帰郷(5)

帰郷(5)







「振られちゃいました」
 竹内が端的に状況を説明すると、薪はなんとも可愛らしい表情で竹内を見上げてきた。

 白いカシミヤのコートに包まれた薪は、竹内が知っているどの女性よりもきれいだった。コートで体の線が隠されるうえ、こんな表情をしてしまったら、もはや女性にしか見えない。
 先刻も薪の姿に気づいて、目が離せなくなってしまったのだ。
 華奢な肩をすくめ、両腕を胸の前で抱き合わせ、にっこりと笑ってこっちを見ていた。薪が自分に微笑みかけてくれている―――― それはどんなプレゼントより、竹内を喜ばせた。こんなところで薪に出会えるなんて、聖夜の奇跡だと竹内は思った。

 ……薪本人の意向とはだいぶ違っているが、竹内にはそう見えた、と言うことだ。

 竹内の薪に対する気持ちは、最近になってがらりと変わった。
 以前は蛇蝎のように嫌っていたのだが、あのおとり捜査の一件以来、薪のことが気になって仕方がない。決して近寄らなかった第九にも、捜一の先輩である岡部を訪ねる振りをして、頻繁に顔を出すようになっている。
 竹内は自分の気持ちの正体に気付いている。
 捜査のために女装した薪の美しさに目を奪われて、冷静な仮面の下の熱い正義感にこころを奪われた。それからずっと魅了され続けている。
 つい先日も、夢に見てしまったくらいだ。夢の中の薪は、竹内に笑いかけてくれた。その笑顔は例えようもなくきれいで――――。

「……痛そうですね」
 彼女に思い切りひっぱたかれた竹内の頬は、真っ赤に腫れあがっている。やさしい気遣いがうれしかった。
「平気です」
 薪に心を奪われてから、竹内はそれまで付き合っていた何人かの女性と縁を切った。
 というより、振られた。
 デートの最中だというのに、竹内は相手の女性のことでなく薪のことばかり考えるようになってしまっていた。
 映画を見れば薪はどんな映画が好きなんだろうとか、食事をすれば食べ物の好みはなんだろうとか、ショッピングに行けばこの服は薪に似合いそうだとか、極めつけはベッドの中で、これが薪だったら……とか。振られて当然だ。

「僕のせいですか?」
 自分の気持ちを悟られたのかと、竹内は驚いて薪の顔を見る。竹内の視線をはぐらかすように、薪は目を伏せてきれいな横顔を見せた。
「僕がじろじろ見てたから、その、竹内さんが素直になれなかったっていうか。そういうことですか?」
 薪は意外なくらい他人に気を使うタイプだ、と岡部が言っていたが本当らしい。

「違いますよ。デート中に、他のひとのことばかり考えてしまって。『どうしたの?』って彼女に聞かれたから、正直に言ったらああなりました」
「なにも正直に言わなくたって。彼女も怒りますよ、それは」
「仕方ないです。他に好きなひとができちゃいましたから」
 竹内の言葉によほど驚いたらしく、薪は亜麻色の眼を丸くして竹内の顔をじっと見つめた。長い睫毛が何度も瞬いている。
 仕事のとき以外は、あれで結構かわいい顔もするんだぞ、とやはりこれも岡部のセリフだが。けっこうなんて半端なもんじゃない。めちゃめちゃかわいい。

「常時3人は恋人がいるって評判の、竹内さんらしくないじゃないですか」
 いつもの皮肉な口調に戻って、薪は竹内を揶揄する。片頬だけで意地悪そうに嗤う、4ヶ月ほど前までは竹内が大嫌いだったはずの顔だ。
 しかし、いまの竹内の色眼鏡には、そんな薪が魅力的に映る。
 結局、受け取る方の問題なのだ。相手を嫌っていれば、例えそれが満面の笑みでも、腹の中では何を思っているのか分からないなどと邪推したりするものだし、逆に相手のことを好きなら、どんな顔をしていても可愛いと思うものだ。

「はい。自分でも驚いています。自分の中に、こんな純粋なものが残っているとは思っていませんでした」
 きっとそれは、相手が薪だからだ。
 真っ直ぐに事件に向かう薪に、自分は惹かれたのだ。
 薪の中の揺るがない正義感に、いっさいの妥協をしない捜査の姿勢に、竹内は惚れ込んでいる。薪のその純粋さが竹内の心を捉えているから、竹内も自然に感化されたのだ。

 竹内があまりに素直に話すものだから、薪は戸惑っているようだ。
 無理もない。これまでは会えば嫌味の応酬だったのだ。
「室長は今日はどうなさったんですか? おひとりみたいですけど」
「僕も今日はすっぽかされてしまって」
 答えてすぐに、しまった、という顔をする。竹内の変貌に調子が狂ったのか、今のは失言だったらしい。
 しかし信じられない。薪との約束をすっぽかすなんて。何でもいいから罪状をでっち上げて、手錠を掛けてやりたいくらいだ。
 だが、そのおかげでこうして話ができるのだ。薪が女連れだったら、竹内のことを無視したに違いない。

「許せないですね。どこの女です?」
「いえ、今日は部下と」
「部下? クリスマスイブに?」
 すっぽかされたというのだから、相手は一人だろう。めずらしいイブの過ごし方だが、これが本当だとすると。
「もしかして、彼女いないんですか?」
「……悪いですか」
 開き直ったらしく、薪はそんな言い方で竹内の疑惑を肯定した。

 薪に特定の相手がいない―――― 竹内は、思わず込み上げてくる笑いを必死で押し殺した。
「いいえ。俺も今、いなくなりましたから」
 先刻の場面を思い出したのか、薪の目が同情を含む。
 べつに同情は要らないが、すこし弱気な薪の顔はとても愛らしくて、何度でも見たくなる。このまま誤解させておいたほうが得だ。
「こういうときは美味いものでも食べて、パーッと酒でも飲むと気が晴れるんですよね。予定がないのなら、付き合っていただけませんか?」
 だめもとで誘ってみる。
 薪が自分を嫌っているのは知っているが、今日くらいは付き合ってもらえるかもしれない。なんといっても、今日はクリスマスイブなのだ。

「僕がですか?」
 ……露骨にイヤそうだ。
「諦めが早すぎるんじゃないですか。もう一度、先ほどの彼女を誘ってみてはどうですか」
「彼女とはもう終わりました。他に好きな人ができたって言ったでしょう?」
「じゃあ、その好きなひととやらを誘ってください」
「……いま誘ってるじゃないですか」
「は?」
「いえ、何でもありません」

 薪は、眉根を寄せて竹内を見た。
 ちいさなくちびるがすぼめられて、細い人差し指が当てられる。考え込むときにこんな動作をしているところを、竹内は何度か目にしている。
 たぶん、自分が薪を誘った裏を読んでいるのだ。自分は薪に信用されていない。
 竹内は苦笑して両手を肩の両脇に上げ、降参の意を示した。
「室長が俺を嫌いなのは知ってます。でも、今日は一時休戦ということにしませんか? 寛容と友愛の象徴、キリストの誕生日なんですから。いがみ合いはやめましょう」
 尤もらしい理屈をつけて、懐柔作戦に出る。こんなチャンスは滅多にない。なんとかものにしたい竹内である。
「お願いします、薪室長」
 竹内は頭を下げる仕草で、薪の顔を覗き込んだ。先刻の彼女に対する態度とは雲泥の差である。

 反射的に身を引く薪の初々しさに、愛しさが込み上げてくる。
 好きな相手のために、こんなにひたむきになれる自分を発見して、竹内は嬉しくなった。
 自分の中にも薪のような純粋な部分がある。そのことを薪に知って欲しい。それには一度、ゆっくり腹を割って話をしないと。

「銀座の山水亭って知ってますか?」
 ふいに薪は、そんなことを言い出した。
 山水亭は竹内も知っている。有名な料亭で、日本料理の専門店だ。そこに行きたいのだろうか。しかし、あそこは完全予約制だ。
「あそこに僕の名前で予約が入れてあります」
 そうか。薪の今日の約束はそこだったのだ。だから銀座で出会ったのか。
 竹内は嬉しさのあまり、頬が紅潮するのを感じた。
 約束相手の代打とはいえ、薪が誘いにのってくれた。小躍りしたいくらいだ。
 
「よかったら使ってください」
 薪は細いあごをしゃくって、竹内の後ろを指し示した。
 薪の視線に促されて竹内が後ろを向くと、さっき別れたはずの彼女が街灯の影からこちらを伺っている。彼女とはもう、と言い掛けるが薪はすでに竹内に背を向けていた。
「待ってください、室長!俺はあなたが……」
 背中にかかる竹内の声はきれいに無視して、人ごみに紛れ込む。身長の163cmの薪ならではの早業だ。
 薪の姿を見失って、竹内は肩を落とした。その隣に彼女がやって来る。

 女の顔は、覚悟を決めた顔だ。彼女は竹内の気持ちに気付いている。
「山水亭の予約を譲って貰っちゃったよ」
 彼女は美しい眼で竹内の顔を見つめる。
 竹内を虜にしたはずの、ヘーゼルナッツの瞳。半年前にはあれほど夢中になって口説き落としたのに――― いま竹内が見たいのは、薪の亜麻色の瞳だけだ。
「一緒にいく?」
「いいわ。最後の晩餐にしてあげる」
「うん……ごめん」

 クリスマスイブに彼女と別れるなんて、初めての経験だ。我ながらバカなことをしているな、と竹内は思う。薪に操を立てても、当の本人はちっとも気付いていないのだ。自分の健気さに涙が出そうだ。
 しかし、そんな自分も悪くない。
 30歳を過ぎて、自分の中の純情や情熱などというものは、すべて失われてしまったと思っていた。つまらない大人になってしまった、と自分自身に幻滅していた。
 しかし、薪に心を奪われてからというもの、失くしたと思っていた感情が溢れ出すほどに沸いてきて、竹内は自分を見直した。薪を好きになればなるほど、自分のことも好ましく思えるようになった。

 薪を好きになって良かった。
 べつに報われなくてもいいのだ。どうせ室長は男だし、どうにかなりたいとは竹内は思っていない。

 心の離れた彼女と連れ立って歩きながら、薪の今日の約束相手は誰だったのだろう、と竹内は考えていた。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Yさまへ

2/22に拍手コメントいただきました Yさまへ

竹内を気に入ってくださってありがとうございます。(^^
残念ながら(?) 竹内×薪 は成立しませんが、
というのもわたしがコテコテのあおまきすとなので! 薪さんの身体に触れていいのは青木さん(or鈴木さん)だけ!!
の割には色んな男に襲われるうちの薪さん……おやあ?

食事くらい、とYさま、お優しいですね。(^^
しかーし!
薪さんはですね、心の底から竹内がキライなんですよ。(笑)
てか、うちの薪さんてちょっと人格破綻してて、一旦嫌いになったらとことんキライ。 相手がどんなに態度を改めようと、誠意を持って歩み寄ろうと、聞く耳持たないんです。 やられたことは忘れないし、恨みは3倍返しが信条ですから☆
雪子さんと竹内が結婚してからは、そこに嫉妬心が加わって、ますますキライに~。
多分、竹内は法十で一番不憫なキャラだと思います。(笑・笑)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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