帰郷(9)

帰郷(9)







 青木からの連絡が入ったのは、2日後のことであった。
 父親が意識を取り戻し、小康状態に入ったとの知らせだった。
 とりあえずは落ち着いたらしい。電話の向こうの青木の声もいくらか明るくて、電話に出た岡部をほっとさせた。

『仕事のほうは大丈夫ですか?』
「ああ、大丈夫だ。今時期はけっこうヒマなんだ。こっちのことはいいから、親父さんの側にいてやれ」
『ありがとうございます。あの、室長に代わってもらえますか?』
 薪は、今井の後ろからモニターを覗き込んでいる。
 普段と変わらないように見せかけているが、背中にいつもの張りがない。ここ2、3日は、背中を丸めた室長の姿をよく目にしていた。
「室長、青木からです」

 薪はすぐに電話に出て、開口一番に父親の様子を聞いた。
 意識を取り戻したと聞くと、ぱあっと明るい笑顔を浮かべ、部下たちをびっくりさせた。室長のそんな笑顔は、赤い雪より珍しい。
 ところが、その口から出てきた言葉はかなり辛辣だ。
「おまえなんかいなくても、業務に支障はないぞ。いないほうが仕事がはかどるくらいだ。いっそ、この機会に1年くらい休暇を取ったらどうだ。もちろん1年後におまえの席はここにはないが」
 表情と話の内容がまるで一致していない。これは薪にしかできない芸当だ。
 ひどいですよ、と言う喚き声が聞こえる。室長の意地悪を真に受けているらしい。第九の新人は何でも本気にするのだ。

「この電話、室長室へ回してくれ。ちょっと青木に話があるんだ」
「薪さん、例の話はまだ」
「こういうことは、早いほうがいいんだ」
 先日の薪の腹積もりを、腹心の部下は聞いている。
 岡部も雪子と同じ意見だ。いくら親のこととはいえ、青木がそう簡単に第九を離れるとは思えない。

 まだ何か言っている電話を机上に置いて、薪は室長室へ入っていく。
 岡部が受話器を取り上げて、青木に釘を刺した。
「あのな、青木。室長に何か聞かれたら、自分の気持ちを正直に答えろ。迷うことがあったら即答せずに、ゆっくり考えてから返事をするんだぞ。何を聞かれても焦るなよ」
『え、岡部さん? あれ?』
 電話の相手が急に代わって、びっくりしている新人からの長距離電話を、室長室に内線で回す。ワンコールで薪の涼やかな声が聞こえて、岡部は受話器を戻した。

 今回のことは岡部の目にも、薪が先走り過ぎている様に思える。捜査のときに十重二十重に仮説を張りめぐらすのは薪の得意技だが、これはすこし事情が違う。
 薪には、早め早めに仕事を片付けるクセがある。どうせやらなくてはいけないことなら、早くやってしまおうと思うらしい。その考えがマイナスに働くと、どうせ失ってしまうものなら自分から捨ててしまえ、となる。
 基本的に薪は、来るもの拒まず去るもの追わずだが、部下に関してはもう少し追いかけてやらないと本当はまずい。部下が自分の価値を見失ってしまうからだ。
 だから、第九を去ろうとする部下を説得するのは、岡部の陰の仕事だ。青木も岡部の説得でここに残ることを決めたのだ。青木の場合は他にもかなり大きな要因があったようだが。

 青木が室長の話にショックを受けて、第九を止めるなどと言い出したら引きとめるべきかどうか、今回は迷うところだ。あの時とは事情が違う。単に青木のやる気でどうにかなる問題ではないのだ。

 岡部は室長室の中の会話の行方を心配して、そのドアを見つめ続けていた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: