帰郷(11)

帰郷(11)







 青木の父親が亡くなったのは、その翌日のことだった。
 意識を取り戻し、小康状態を保っていたのは僅か1日のことで、容態が急変し、手当ての甲斐もなく息を引き取ったということだった。
 正月明けを待って葬儀を執り行うので、あと10日ほど実家に居させて欲しい―――― 電話に出た岡部に、青木は沈んだ声で事情を説明した。

「わかった。こっちは大丈夫だから、無理はするなよ」
『ありがとうございます。長引いてしまってすみません』
「気にするな。……室長に代わるか?」
『いいえ。岡部さんから伝えてください』
 室長の声を聞きたがらない青木に、岡部は不安を感じる。例の話を、青木は室長から聞いてしまったのだろうか。

「青木。この前、室長が言ったことだがな。あまり深刻に考えないほうがいいぞ。べつに室長はおまえを追い出そうってわけじゃ」
『オレがいない方が、仕事がはかどるって話ですか? わかってますよ。あれは室長のいつもの冗談でしょ。シュールすぎて笑えませんけど』
 どうやら聞いてはいないらしい。薪でも言おうとして言えないことがあるのか。
「室長はジョークが下手だからな」
『薪さんに、なるべく早く帰りますって伝えてください』
「ああ」

 岡部は電話を切って、室長室へ向かった。
 青木の父親が亡くなったことを告げると、薪は亜麻色の目を大きく瞠り、長い睫毛を伏せた。
 その瞳が哀しみを湛える。両肘を机について、組み合わせた手で口を覆う。
「そうか。亡くなったのか……」
 近しい人を喪う哀しみは、岡部も薪も知っている。岡部の父親も数年前に亡くなっているのだ。
「弔電と……花輪の用意を。総務部に葬儀の通達の手配と、経理部に香典の申請と、みんなにも報せて。個人的な香典は取りまとめて送るから……そうだ、雪子さんにも報せないと」
「俺がやりますよ。室長はこいつを見ておいてください」
 岡部は出来上がった報告書の束を薪の机に置くと、葬儀関連の仕事は全部引き受けると言ってその場を離れた。
 薪にはなるべく、ひとの死を連想させる仕事をさせたくない。捜査で人の死に触れるのは仕方がないが、こういったことはまた別だ。

「薪さん。青木から伝言です」
 思い出して、室長室の出口で振り返る。薪はまだ固まったままだ。
「なるべく早く帰ります、って言ってましたよ」
「帰るって、あっちが実家なのにな」
「青木にとってはもう、こっちが自分の家なんじゃないですか」
 というか、たぶん薪のいるところが青木の帰りたいところなのだろう。
 岡部は青木の気持ちを知っている。そして、薪の心の中で、青木が大きな存在になってきていることも。
 岡部にとっては、少し悔しくもある。
 自分には、薪を電話一本で元気にしてやることはできない。あんな幸せそうな微笑を浮かべさせてやることも、薪の意地悪心を思う存分満たしてやることも。……逆にあそこまで思いつめさせてしまうこともないが。

 岡部はモニタールームに戻ると同僚たちを呼び集め、青木家の訃報を伝えた。
 全員が暗い顔つきになる。みな、青木のことを好ましく思っているからこその心配顔であり、可愛い後輩に対する心からの憐憫なのだ。
「葬儀が済んだら、青木は帰ってくるんですよね」
「ああ。葬儀は正月が明けてからだそうだから、あと10日ほどだ」
「雑用係がいないと、何かと不便だよな」
「特に夜食の買出し。この季節は寒くて嫌だよな」
 不平不満の衣をかぶせて、それぞれが青木のことを口にする。素直に早く帰ってきて欲しいとはなかなか言えないが、みな青木の存在を大事に思っているのだ。

 ―――― みんなが待ってるぞ、青木。

 青木の家庭の事情については難しい問題だが、決めるのは青木自身だ。本人の意思を尊重して、できるだけのことをしてやろう。
 岡部は総務に提出するための書類に葬儀の日程を書き込みながら、第九に残るにしても福岡県警に異動になるにしても、青木の味方になってやろうと心に決めた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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