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プレゼント(1)

 このお話では、薪さんがテレビ出演します。
 お正月の特別番組です。
 始まりは1月の頭からなので、ちょうど青木くんが実家に帰っているときです。
 薪さんはこの時点ではまだ、青木くんがもう帰ってこないのでは、と思い込んでいます。前作の終わりと時間的に前後していますので、ご了承ください。






プレゼント(1)







 第九にも正月は来る。
 合理性重視の室長ではあるが、新たな年のスタートを新たな気持ちで切りたいという職員の希望に応じて、仕事始めの日だけは定時で仕事を切り上げて、研究室でお神酒を上げる。
 もちろん緊急の捜査がないというのが条件だが、忘年会も新年会も出席しない室長と一緒に酒が飲めるのは、1年のうちでこの日だけである。といっても付き合うのは最初の1杯だけで、あとは自由にやってくれ、といつものように軍資金を岡部に託して帰途についてしまうのだが。

 だいたい「あけましておめでとう」の意味が分からない。
 明けない夜はないし、太陽が昇らない朝もない。1月1日のこの日だけが特別なわけではない。そもそも地球が太陽の周りを1回転する期間を便宜的に1年と定めているに過ぎない。一周回って元に戻ったことが、国を挙げて祝うほどのことだろうか。
 それなのに、12月31日から1月1日に日付が変わっただけのことで、みんなどうしてこんなに浮かれた気分になれるのか、その心理が薪には理解できない。年が変わったからといって犯罪が減るわけでも、社会が平和になるわけでもない。なにがめでたいのか、さっぱりわからない。

 以前、親友にそんな話をしたら、めいっぱい呆れた顔をされた挙句、おまえの冗談は笑えない、と言われてしまった。別に冗談を言ったつもりではなかったのだが、やはり薪の考え方は周囲の人々と若干のズレがあるらしい。

 この時期、特に気が重いのは、署内の新年会や祈願行事に出席しなくてはならないことだ。
 普段あまり話したこともない2課や3課の課長連中や、仲の悪い捜査一課の課長と上辺だけでもにこやかに話をしなければならないのは、薪にとって苦行に等しい。これは相手も同じ気持ちだろうから、痛み分けといったところなのだろうが。
 神社への祈願にしても、薪は神も仏も信じないし、お札はただの木片としか思えない。いるかどうかもわからないものに一生懸命祈るなんて馬鹿らしいし、木の板に紙を巻いただけの代物に何万円も払うなんて、それこそ税金の無駄遣いだ。そんなお金があるのなら、MRIのメンテナンス費用に回して欲しい。

 神様が聞いていたら天罰が下りそうなことを考えて、薪は今日も壁の花を決め込んでいる。右手に冷酒のグラスを持って、なるべく人目につかないところでじっとしている。

 警察庁科学研究所管理棟の中にある大ホールを使っての賀正の宴には、警察庁長官を始めとした高官がずらりと顔を揃える。料理も酒もそれなりのものが用意されて、お堅い警察の行事にしては華やかな宴席だ。
 この会に出席できるのは、警視正以上の階級に限られていてる。
 出世を望む職員にとって、上層部と交流できるこの宴席は自分の顔を売る絶好のチャンスなのだが、薪にはこの上なく無駄な時間だ。薪は出世には興味がないし、騒がしい酒宴は嫌いである。会場の壁にもたれて立っているだけの2時間余りは、退屈極まりない。

 エリート街道を進む同僚たちは自己アピールに余念がないようだが、薪には必要のないことだ。以前から出世にはそれほど興味がなかったが、一昨年の事件以来、爪のさきほどの魅力も感じられなくなってしまった。
 あれだけの醜聞(スキャンダル)だ。どうせ自分には、出世の道など閉ざされている。

 本当は早く帰りたいのだが、最後に警察庁長官の退席を全員で見送るという強制参加のイベントが用意されている。自分ひとりくらい欠けても分からないだろうと思って、何年か前に帰ってしまったことがあるのだが、次の日、次長に呼び出されてこっぴどく怒られた。
 まったくもって、上層部の考えることは分からない。百人の見送りが99人になったからといって、どうなるわけでもないと思うが。

 それに、今年はまた特別だ。
 現在警察庁長官の席に座っているのは柏崎という男で、11月の末に前任者から業務を引き継いだばかりだ。この新年会は、新しい長官のお披露目という目的もある。そんな大事な宴席を中途で退座したら、次長に怒られるくらいでは済まないかもしれない。

「薪くん。今年も壁の花?」
 シャンパンのグラスを2つ持って、熟年の紳士が声を掛けてくる。ひとつを薪に差し出して左手に持たせ、グラスをかちりと触れ合わせた。
「小野田さん。あけましておめでとうごさいます」
「おめでとう。って何がおめでたいのかよくわからないけどね」
 自分と似たようなことを言っている。薪は思わず苦笑した。
 小野田は、薪が上層部の中で尊敬している数少ない上司の一人である。役職は警察庁官房室室長。警察庁長官、次長に続く警察機構で上から3番目の高官だ。
 薪を第九の室長に抜擢したのはこの男だ。
 9年前の特別承認の時から、ずっと薪のことを気に掛けてくれている。その態度は、あの事件があった後も変わらなかった。あまり表面には出さないが、薪は心の中で小野田にはいつも感謝している。

「だめだよ、こんなところで油売ってちゃ。あそこに局長がいるだろ。しっかり顔を売っておいで」
「いいですよ、僕は」
「よくないよ。おいで。紹介してあげるから」
 小野田が薪の将来を考えてくれているのは分かるのだが、薪にとってはありがた迷惑だ。相手が小野田でなかったらはっきりそう言う所だが、さすがに官房長相手にその言い方はできない。
「苦手なんですよ。エライ人って」
「きみも将来は偉くなるんだよ」
「なりませんよ。僕は一生このままでいいです」
「なに言ってんの。きみほどのキャリアが万年警視正なんて」
 実は何年か前から、特別承認の申請を出すように言われている。薪は警視正になってから9年。次の役職に上がるための試験を受けるためにはあと1年の経験年数が必要だが、所長の特別承認を得れば、それを待たずして警視長の昇格試験を受けることが可能だ。
 しかし、警視長に昇任したら間違いなく警察庁本部に呼び戻されてしまう。このまま第九の室長を務めることはできなくなる。それは薪には、本末転倒ともいえる結果だ。

「僕は第九の室長を辞める気はありませんから」
「またそんなこと言って。きみはぼくのプロポーズを、いつになったら受けてくれるのかな」
「百年後くらいですかね」
 冗談には冗談で返す。薪の返答は素早い。
「……きみの冗談て、ほんとに笑えないね」
 むかし、誰かにも言われた気がする。

 抱いていってあげようか、と脅しをかけられて、仕方なく薪は小野田の後ろに着いていく。
 幾人かの幹部と顔合わせをし、新年の挨拶を交わして頭を下げる。自分たちがその場を離れた後、何人かはひそひそと囁きあっている。決して好意的な感じではない。
『あれが官房長のお気に入りの坊やだよ』
『美人は得だね。大した実力もないくせに』
『官房長が骨抜きになるくらいだ。ベッドの中の実力は、さぞ凄いんだろう』
 聞こえるはずはないのだが、薪の耳にはそんな声が入ってくる。

「……なんか僕、めちゃくちゃムカついてきたんですけど」
「言わせときなさいよ。そのうちみんな、君の力にひれ伏すときがくるから」
 小野田の耳にもその手の噂は入ってきている。
 小野田としては、薪に早く警視長の昇格試験を受けてもらって、その結果で外野を黙らせて欲しいのだが、本人が首を縦に振らないことにはどうにもならない。
「僕は別に気にしませんけど。でも、小野田さんの立場だってあるでしょう。こういった公の場で、あまり僕に関わらない方がいいんじゃないですか?」
「だから警視長の試験受けて、僕の事務次官になりなよ。そうすればみんな何も言えなくなるんだよ。次官への中傷は、官房室室長への言葉と同じだからね」
「いやです」
 僕には無理です、ではなく『いやです』と答えるところがいかにも薪らしい。相変わらず、不遜なまでの自信家だ。

「冷たいなあ。昨夜はあんなに激しかったのに」
「……これ以上、僕の神経逆撫でしないでもらえます? それじゃなくても今年は、部下の実家で不幸があったばかりで、こういう席には出たくなかったんですから」
「ああ。青木くんの。お父さん、気の毒だったね。まだ若かったのに」
「ええ」
 薪はその話題になると、ひどく沈痛な顔つきになった。自分の部下が死んだわけでもあるまいに、そこまで暗くなることもないと思うのだが。あの事件以降、薪は人の死に敏感になったような気がする。
 
「青木くんの実家ってどこだっけ?」
「福岡です」
「遠いねえ」
「はい」
「気落ちしてるだろうから、君がしっかりフォロー……と、ごめん、薪くん。ここで待っててくれるかな」
 長官の姿を見つけて、小野田はそちらのほうへ歩いていく。
 いくら小野田でも、警察庁最高責任者の前に、一介の警視正である薪を伴っていくわけにはいかない。
 殺伐とした警察庁の中にあって、不思議とひとを和ませる笑顔で、小野田は長官と話をしている。話の内容は聞こえないが、互いの柔和な表情から、少なくとも事件の話ではないようだ。

 薪はそっとその場を離れる。
 元の位置に戻って腕を組み、再び壁の花になる。
 終了予定時刻まで、あと1時間。その時間を埋めるため、薪は頭の中で第九の新しい勤務体制を組み立てることにした。

 今年の第九は、もしかしたらひとり人員が減るかもしれない。新しい人員が補充されるまでの間、臨時の勤務表が必要だ。
 しかし、薪の心は何故かざわざわと乱れて、職員のローテーションに集中できない。周りが煩いせいだろうか。
だが、毎年こうして何かしら考え事をして、この手持ち無沙汰な時間を乗り切ってきたのだ。今年に限ってそれができないなんて、自分はどうしてしまったのだろう。
 青木の空いた穴に、他の誰かを少しずつ入れていけばいいだけの話だ。そんな簡単な作業ができないなんて……。
 いや、そうじゃない。
 考えたくないのかもしれない。
 もう、青木が第九へ帰ってこないかもしれないと、顔を見ることもできなくなってしまうかもしれない、などと思いたくないのかも。

 かぶりを振って、その馬鹿げた考えを頭の中から追い払う。
 すでに福岡県警への異動届は作成済みだし、推薦状も添付してある。あとは本人の了承を得るだけに書類を整えたのは、他の誰でもない薪自身だ。それなのに新しいシフトが組めないなんて、矛盾している。
 でも、頭の中に青木の名前のない勤務表が映し出されると、足元が崩れていくような感覚を覚える。ひどく不安で心配で、暗い闇の中に置き去りにされた子供のように、怯えることしかできない自分がそこにいて。

 本当に、僕はどうしてしまったんだろう――――。

「薪くん。どうしていなくなっちゃうんだい? せっかく長官に紹介しようとしたのに」
 咎めるような小野田の声に、薪は我に返った。
 今度はカクテルグラスを差し出されて、薪は苦笑とともにそれを受け取る。薄緑色の液体を一気に飲み干し、にこりと笑って見せる。小野田の機嫌はこれで直るはずだ。
「どうしたの? 誰かに苛められた?」
「はい?」
「目が潤んでるよ」
 はっとして目元に手をやると、たしかに目のふちに濡れた感触がある。その事実に薪は愕然となる。
 こんなところでこんな……自分は何をやっているのだろう。

「飲みすぎちゃったみたいです」
「日本酒なんか飲んでるからだよ。もっと軽いお酒にしときなさい」
「はい」
 薪の手からカクテルグラスを取り上げて、小野田は薪の言い訳に騙された振りをしてくれた。その気遣いがありがたい。

「あ、長官が帰るみたいだね。やれやれ、やっと家に帰れる。じゃあね、薪くん」
「お疲れ様です」
 大ホールの中央に敷かれた赤い絨毯の両側に出席者全員が並び、恒例の儀式は幕を閉じようとしていた。
 整列の順番は、役職の高いほうから順に出口の方へ下りていく形である。小野田は長官の席に一番近い位置で次長の向かいに立ち、警視正の薪は末席だ。警視監以上は敬礼で見送り、警視長から下は最敬礼で見送る。
 最敬礼というのは警察官の場合、30度に腰を折ったお辞儀のことだ。よって薪は長官の顔を見ることもできない。べつに見たくもないが。

「薪警視正?」
 足を止めた最高責任者に自分の名前を呼ばれ、薪は驚いて顔を上げる。
 新しい長官が、なぜ自分の名を知っているのだろう?
「君が第九研究室の室長かい」
「はい」
 警察庁長官というのは、実は警察官ではない。
 もちろん警察庁の出身者から選ばれるのだが、所属は内閣である。警察庁を一旦離れて政府の人間となり、何年かの政務を経て再び警察庁に長官となって帰ってくる。だから次長や局長など側近の顔は覚えても、末端の人間の顔は知らないのが普通だ。
「私をご存知でしたか?」
「いや。一番小さい男がそうだって、小野田君が言ってたから」
 あんまりだ。
 小野田としては解りやすいように、一番の特徴を説明しただけなのだろうが、薪にとっては最大級の侮辱だ。この次小野田がふざけてじゃれついてきたときには、相手の正体に気付かなかった振りをして一本背負いを決めてやる。

「君が小野田君の秘蔵っ子か。なるほど、小野田君が好みそうな貌だ」
 どういう意味だろう。まさか長官までもがおかしな噂を信じているわけではあるまい。
 柔和な笑いは心からのものか上辺だけのものか、判断がつかない。小野田もタヌキだが、この男もいい勝負だ。
「彼はああ見えて青臭いからな。君もそういうタイプだろう」
 なんと答えたものか、迷ってしまう。自分だけのことならともかく、下手な応答は小野田の減点に繋がる。薪は黙って頭を下げた。
「第九には私も期待している。がんばってくれたまえ」
「ありがとうございます」

 顔を上げてマスコミ対策用の完璧な笑顔を浮かべ、薪は長官の顔を真っ直ぐに見た。
 社交辞令でも長官の言葉だ。第九の株が上がるなら、ここは笑顔だ。
 薪の笑顔に長官もにっこりと笑って、薪の肩をぽんぽんと叩いた。警視正以上がすべて顔を並べる賀宴でのその行為は、長官が第九を認めていることを全員にアピールしたことになる。
 しかし、またこれで敵が増えるな、と薪は心の中でため息をつく。
 短い会話でも、周りの嫉妬を買うには十分だ。薪が官房長のお気に入りというだけでもかなりのブーイングがあるのに、長官のお声掛かりなどというよけいな尾ひれが付いたらまた……その証拠に、隣の2課の課長が薪のことを睨んでいる。

 今年もどうやらロクなことがない。

 薪の2061年は、陰鬱な予感から始まった。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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