プレゼント(2)

プレゼント(2)







 その予感が的中したのは、3日後のことだった。
 仕事始めの月曜日。薪は所長の田城に呼び出されて所長室へ赴いた。

「こちらは三浦さん。N○Kのディレクターさんだよ」
 色つきの眼鏡をかけた若い男は、薪に名刺を差し出して礼儀正しく頭を下げた。
「はじめまして。三浦です」
 名刺を受け取って相手の身分を確認する。日本放送局とある。
 この若さでディレクターとは大したものだが、第九の仕事にテレビは関係ない。仕事始めの忙しい日に、いったい何の用だろう。
「第九の薪です。テレビ局の方が、私に何の用件です?」
「実は、新春企画でMRI捜査の特集を組むことになりまして。いろいろとご協力いただきたいんです」
 悪い話ではない。
 MRI捜査についての正しい知識を世間に広められるチャンスだ。

 この捜査方法は何かと誤解をされることが多くて、中でもプライバシーの問題については、これまでもありとあらゆる非難を受けてきた。
 MRI捜査には確かに視覚者の脳が必要だが、データを抽出した後は速やかに遺体に戻される。それを世間では、第九の地下には今までMRIにかけられた脳がホルマリン漬けになって保管されている、などとまことしとやかに囁かれている。
 他にも、MRIで見ることができる画像はせいぜい5年前のものまでだが、世間では生まれてから死ぬまでのすべてが見られてしまうと思われていたりする。
 視覚者本人の目が閉じているときの画はもちろん見ることができないし、自分自身の姿は見えないから、鏡にでも映っていない限り、トイレや風呂の様子が盗撮ビデオのように映し出されるわけではない。
 ベッドの中のことにしても、大抵は薄暗いところで行う行為だし、相手の姿は映っても自分の姿は映らない。それがまるでAVのように局部がアップになったり、カメラアングルを変えて映されたものが職員に見られていると誤解されている。
 事件に関連性がなければそんなものは見ないし、見たいと思えば刑事局の5課から押収品の裏モノを借りてきたほうがよっぽど見ごたえがある。あれもあまり続けて見ると吐き気がしてくるが。

 国営のテレビ番組なら、そういった諸々のくだらない誤解を解く絶好の舞台である。室長として協力は惜しまない。薪は自分の名刺を出して、承諾の意を示した。
「わかりました。僕にできるだけのことはしましょう」
 応接セットに腰を下ろし、膝を突き合わせて打ち合わせに入る。三浦はノートにメモを取りながら、薪の説明にいちいち頷いて見せた。
「一般の方向けに、簡単にMRI捜査の概要を説明したレジュメがありますから、それを使っていただいて。あと、ぜひお願いしたいのは、世間で誤解を受けているMRIの画像についての説明をシステムの専門家に」
「それは室長のほうからお願いします」
「僕が?」
 システムの説明はできるが、番組に出演するとなると話は別だ。
 第九の準備期間中は必要にかられて、仕方なくテレビや新聞のインタビューに応じていたが、そのせいで顔が売れてしまったため、あの事件のときマンションを引っ越す羽目になったのだ。

「僕は、番組には出ないほうがいいと思います。そちらにも迷惑がかかります」
「そうはいきません。番組のメインは第九研究室室長と弁護士の大山氏の対談ですから。薪室長には何が何でもご出演いただきませんと、番組になりません」
「大山? 大山稔弁護士ですか」
 大山というのは、人権派の有名な弁護士だ。
 人権問題に関する著書も多く、擁護団体の旗印にも掲げられている。弁護士のタイプとしては、物証や論理に基くよりも裁判官の同情心に訴えかけて、情状酌量を求めるのが得意な人情派である。
 薪が一番嫌いな種類の弁護士だ。対談などすれば、争いになるのが目に見えている。

 薪は一昨年の夏、警察庁始まって以来の大スキャンダルを起こした張本人だ。
 相手は当然、そこをついてくるだろう。自然と世間は、人情派の弁護士に方へ付くことになる。理屈よりも人の心、犯罪防止よりも人権(プライバシー)―――― この国はそういう国だ。
 この国で唯一の国営放送局は、視聴率の低迷から経営が難航しており、視聴者の獲得に躍起になっていると聞く。第九が人権派の弁護士にこてんぱんにやっつけられるところを全国ネットで放映する―――― 薪の役割は、明らかに客寄せパンダだ。
 
「ではお断りです。世間にMRI捜査の正しい姿を知らしめるためなら協力は惜しみませんが、その対談の目的は別のところにあるのでしょう」
「しかし、長官の柏崎さんには承諾を得ていますが」
「長官に?」
 三浦の意外な言葉に、薪は訝しげな声を出し、次いで田城のほうを見た。田城は困惑顔で頷き、控えめに三浦の言葉を肯定した。
「三浦さんは、柏崎長官の甥御さんにあたるそうでね」
 絡め手か。
 だが、それは出演を強制する理由にはならない。
 
「それとこれとは」
「実はこの話は、長官のほうから三浦さんに持ちかけたみたいなんだ」
「はい!?」
 薪は再度、びっくりする。あのタヌキはいったい何を考えているのだろう。
「それは内緒だって言ったじゃないですか」
 三浦が田城の言葉を認める。まったく年寄りの考えることは分からない。
「なんでそんなこと」
「薪くん。きみ、こないだの新年会で長官と会っただろう」
「会ったって……同じ会場にいただけですよ」
「親しく話してただろ?」
「話なんかしてませんよ。最後にちょっと声をかけられたくらいで、それだけですよ」
 本当にそれだけだ。
 柏崎は警察庁長官として第九の室長を労い、薪は室長として当たり障りなく応えた。べつに親しくなどしていない。

「長官が『あの顔は警察庁の宣伝になる』って言ってたって」
「顔って。僕はタレントじゃないですよ」
「第九の室長はルックスで選んだって、世間じゃ有名ですけど」
 三浦の不躾な発言に、薪の目がぎらりと光る。三浦は慌てて口を閉ざし、助けを求めるように田城のほうに視線を走らせた。

「薪くん。君の気持ちは分かるけど、長官が絡んでるとなると」
「お話はよくわかりました。引き受けましょう」
 その瞳に凄烈な怒りを宿したまま、薪は立ち上がった。
 そっちがその気なら、受けて立ってやる。
 放送局の経営状態など知ったことか。思い通りにはさせない。第九を誹謗するものは許さない。
「来週末の土曜、10時にそちらへ伺えばいいんですね。僕が用意するものはMRIシステムの概要書と、他に何かありますか」
 座ったままの三浦を上から睥睨する。
 冷たい目を向けられて、三浦は言葉が出ないようだ。ぶるぶると首を振る。
「では仕事がありますので。失礼」

 薪が出て行った後の所長室で、年若いディレクターは詰めていた息を大きく吐き出した。
「こわ~……」
「だから言葉には気を付けてくださいって言ったでしょう」
「ちゃんと気を付けてましたよ。きれいな顔とか女の子みたいとか、言わなかったでしょ」
「それ言ってたら、睨まれるくらいじゃ済まなかったよ」
 ブリザードのような迫力を持った薪の凄絶な無表情を思い出すだけで、田城は背筋が寒くなる。あれは見た者にしかわからない怖さだ。

「あの、ひとつ聞きたいんですけど」
 さほど悪びれた様子もなく、三浦は田城に質問を投げかける。若者は立ち直りも早い。
「さっき室長が、自分が番組に出ることで局に迷惑が掛かるようなことを言ってましたけど、どういう意味なんですか?」
 薪は、少しこの青年の思惑を誤解している。
 この青年は、あの事件を知らない。というか、覚えていないのだ。
 1年も経てば、どんなに大きな事件でも忘れられてしまう。その事件に深く関わったものでなければ、日常の中に埋もれてしまう。世間などそんなものだ。

 三浦はべつに、第九を糾弾しようとか薪の過去の汚点を暴こうとか、そういったつもりでこの企画を立ち上げたわけではない。第九の室長は警察官にしておくのがもったいないようなルックスの持ち主だと伯父から聞いて、なんとか番組に引っ張れないものかと、情報源の伯父に相談してみたのだ。
 大山弁護士は人権派の弁護士で、公明正大な人柄だ。卑怯な戦法や言葉の暴力は用いない。
 人権擁護団体の代弁者にもなっている大山と第九の室長が和やかに話をすれば、それは世間で叫ばれる第九への非難を緩和することに繋がる。柏崎の算段はそういうことだ。いわば薪の味方だ。
 にも拘らず、あんな冷たい眼で見られて、三浦は番組の先行きが今から不安になっている。
 薪が収録中に、もしあのような態度を取れば、大山のほうも頑なにならざるを得ないだろう。対談はぎすぎすしたものとなり、第九の心証はまた悪くなる。それは柏崎の本意ではない。自分の首を絞めるような真似を、あの抜け目ない伯父がするものか。

「それにしても怖いなあ。噂には聞いてたけど」
「薪くん、最近ちょっと機嫌が悪いんだよ」
「なにかあったんですか?」
「部下の父親が亡くなってね。美味いコーヒーが飲めないんだそうだ」
「はあ?」
 第九の裏事情はよくわからない。
 わからないが、このままいくと伯父の不興を買うことになりそうだ。警察庁長官の伯父には、何かと世話になっている。機嫌を損ねるのは非常にまずい。
 熟考の末、来週末の土曜には薪のために美味いコーヒーを用意することにして、若いディレクターは所長室を後にした。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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