プレゼント(5)

プレゼント(5)








 岡部が買ってきた寿司折で夕食を済ませ、ふたりの部下が帰ったあと、薪はゆっくりと風呂に入った。
 湯船につかって両腕を頭の上に伸ばし、大きく背中を反らす。暖かいお湯の中に、疲れもストレスも溶けていく。これだから風呂はやめられない。
 岡部のマッサージが効いて、肩はすっかり軽くなった。夕食の寿司も美味かった。疲れてはいるものの、薪の機嫌はすこぶる良い。
 湯当たりする一歩手前まで温まって、風呂から上がる。
 はだかのままダイニングに行って、冷蔵庫から水を出す。他人が居なければ、やっぱり風呂上りは素っ裸がいちばんだ。肌についた湿気が飛ぶし、冷たい空気の心地よさといったら、もうこたえられない。

 最近、薪のマンションのダイニングには、新しい電化製品が増えた。
 大型のコーヒーメーカーで、エスプレッソも淹れられる本格式のものだ。部下からの預かり物なのだが、保管料として薪が自由に使う権利を認められている。

「遅くなっちゃいましたけど、これ受け取ってください」
 ひと抱えの百合と一緒にそれを第九のバリスタが持ってきたのは、先週のことである。
「こういうものは受け取れない。持って帰れ」
 そのとき薪は、常識はずれの新人に懇々と説教した。
「青木。警察官ていうのはな、上司へのお歳暮や付け届けは禁止されてるんだ。あげたほうも貰ったほうも、規定違反になるんだ」
「これ、お歳暮じゃなくてバースディプレゼントですよ」
「同じことだ」
 青木があまりにがっかりした顔をするので、つき返すのも可哀想になってくる。しかし、決まりは決まりだ。
 
「本当は花もいけないんだけど、まあ、これは消えてしまうものだから」
「食べ物とかなら良かったんですか?」
 論旨がずれている。こいつ、ひとの話を聞いているのか。
「だめだ。もう、花も買ってくるな」
「……もう、ここへ来ちゃダメってことですか?」
 泣きそうな顔になっている。こいつには先日、目の前で大泣きされたばかりだ。あんなのは二度とごめんだ。
 薪は慌てて、青木の早飲み込みを否定した。
「そんなこと言ってないだろ。何も持ってくるなと言ってるんだ。手ぶらで来ればいい」
 薪の言葉に、ぱっと顔を輝かせる。まったく正直な男だ。
「オレが来ても、迷惑じゃないんですね?」

 青木は、秋ごろからちょくちょく薪の家を訪れるようになった。
 大抵は岡部と一緒なのだが、たまにひとりで来ることもある。そんなときはピザやフライドチキンなど、自分の夕食はちゃんと持って来る。が、冷蔵庫に残り物があったりするとそっちを食べて、自分が持ち込んだ食料には手をつけないことが多い。
 また、薪のほうから夕食に誘うこともある。
 最もこれは、室長会議の資料を作る手伝いを青木にさせているからその見返りというわけなのだが、帰宅途中の料理屋のちゃんとした食事より、青木は薪の素人料理を食べたがる。外食は続くと飽きるものだから、その気持ちはわからないでもない。
 そんなこんなで、青木は岡部と共に薪の家の常連客になりつつある。大食漢がふたりになって、薪の家計のエンゲル係数は増える一方だ。
 
「おまえがいると重宝する。生ゴミが減るから」
「……残飯整理ですか?」
「環境にやさしいだろ」
「オレにもやさしくしてくださいよ」
「男にやさしくしてどうするんだ」
 青木は薪の言葉に笑って、薄緑色の包装紙に包まれた大きな箱を開けた。中身を取り出して、薪に差し出す。
「だからダメだって」
「オレの家のキッチン、狭くて置けないんです。ここで預かってもらえませんか?」
 中身は大型のコーヒーメーカーだった。
「これ、新型で抽出温度が選択できるんですよ。苦味を強くしたいときは高めに、和らげたいときは80℃くらいで設定するんです」
 頼みもしないのに製品の機能を説明しながら、勝手にダイニングへ機械を運び入れる。青木はこのところ、ずいぶん図太くなった。
「ミルも付いてるし、エスプレッソも淹れられるんですよ。まあ、所詮はメーカーですからドリッパーほどの香りは出ませんけど、挽き立てのコーヒーが飲めますよ」
 挽き立てのコーヒーと聞いて、薪の表情が変わる。
「どうぞ」
 新品のメーカーで淹れたコーヒーを鼻先に出され、薪は思わず香りを吸い込んだ。
 味わってみると、確かに自分の家のメーカーより美味い。余分な苦味がなく、コクがあり、それでいてさっぱりとした後味だ。

「どうですか? 預かってもらえますか?」
 預かるだけなら確かに違反にはならないが、それは詭弁というもので。
「預けるだけです。薪さんにあげるわけじゃありません。お願いします。もちろん保管料の代わりに、自由に使ってもらって結構ですから」
 屈託のない笑顔でそう言われてしまうと、どうにも逆らえない。
 青木のこういうところは恐ろしいくらい誰かに似ていて、薪の心をざわざわさせる。
「こういうのを、法の網をかいくぐるって言うんだ」
「オレ、法学部ですから」
「だめだろ、それ。悪用じゃないか」
 あはは、と笑って青木はコーヒーサーバーを洗い始めた――――。

 そんなふうにして薪のキッチンの居候となったコーヒーメーカーは、その持ち主が来ると不要品となるという矛盾した機械である。いかに最新式とはいえ、やはりバリスタの手によるミル引きとドリッパーにはかなわないからだ。

 水を飲み終えて脱衣所に戻る。
 髪を乾かす前に、もうひとりの新しい住人の上に乗り、その数値を確かめる。
「46.5。よかった、爆発はないな」
 これは特別なヘルスメーターで、薪にそれを贈ってくれた人の言葉を信じるなら、45キロを下回ると自動的に爆発するそうだ。その言葉は品物に添えられたメッセージカードに書いてあったのだが、スパイ映画の好きな雪子らしい文面である。
 主治医代わりというわけではないが、雪子は薪の健康にとても気を配ってくれていて、それが今回のバースデープレゼントの目的だ。これに毎日乗って、雪子の言うギリギリの数字を下回らないように管理することを強制されている。
 岡部は岡部で、週に一度のマッサージを確約してくれた。
 青木と違って薪の性格を心得ている岡部は、品物を贈って薪を困らせるようなことはしない。しかし、気持ちは雪子や青木に劣るものではない。というか、薪にとっては一番嬉しいプレゼントだ。

 まったく、薪の周りにはお節介が多い。しかもみんな、よく食べる。
『お礼は薪さんのビーフシチューがいいです』
『薪くんが焼いたパンプキンパイが食べたいのよね』
『今度、ちらし寿司つくるときは呼んでください』
 薪が礼を言った後に返ってきたセリフがこれだ。いつか自分の家はこいつらに食いつぶされるんじゃないか、と不安を覚えた薪である。

 ドライヤーで髪を乾かしながら、そんなことを思い出して、つい頬が緩んでしまった薪だったが、次の瞬間、鏡に映った自分の姿にぎょっとして目を見張った。
 肩から首筋にかけて、赤い痣がいくつもある。

 さっき、青木がつけた――――。

 急いでバスローブを着込んでそれを隠す。人目に触れるわけではないが、自分がそれを見るのが耐えられない。
 鏡の前から逃げるように寝室へ入る。今日はもう、寝てしまうに限る。

「ち、ちがうぞ、鈴木」
 枕元に置いてある写真の人物に、薪は必死で言い訳する。
 「あれは違うんだ。あんまり肩が痛くて我慢できなかったんだ。僕が誘ったわけじゃない。あっちもそんなつもりじゃなくて、ただ腹が減ってただけで」
 薪は俯いて、くちびるを噛んだ。
 いくら言い訳をしても、この痣は消えない。ここは素直に謝るべきだ。
 
「ごめん。油断してたんだ。これから気をつけるから」
 優しい笑顔が、薪の謝罪を快く受け入れてくれる。鈴木は薪には甘いのだ。
「おやすみ、鈴木。愛してるよ」
 いつものように愛の言葉とともに写真にキスをして、薪は眠りに就いた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: