FC2ブログ

岡部警部の憂鬱(2)

岡部警部の憂鬱(2)







 岡部が薪と初めて会ったのは、2年前の夏である。
 所轄での功績が認められ、憧れの捜査一課に配属になって、岡部は張り切って仕事に取り組んでいた。代々の課長をノンキャリアが努める慣習になっていることでも分かるように、捜査一課は完全な実力主義の世界。ここの水は、岡部にぴったりだった。
 その頃コンビを組んでいたのは、竹内という後輩だ。竹内は京大出のキャリアだったが、ノンキャリアの自分を見下すこともなく、よく慕ってくれていた。
 しかし、岡部が捜一にいられたのは、たったの4年。新設の第九研究室で起きたあの事件の直後、岡部は第九に引き抜かれたのだ。

 それは、警察組織全体を揺るがすような大事件だった。

 第九の室長の薪警視正が、部下の鈴木警視を勤務時間中に射殺した。
 2059年8月9日の早朝、鈴木警視は拳銃の保管庫から銃を強奪。第九の要であるMRIシステムを破壊した上、室長の薪警視正に2発の銃弾を発砲。鈴木警視には明らかな錯乱状態が認められ、身の危険を感じた薪警視正に拳銃で胸を撃ち抜かれる、といった光景が防犯カメラの映像にはっきりと残されており、薪の正当防衛が認められた。
 そんな大事件の当事者たる薪室長に降格人事はなく、たった3ヶ月の減俸処分で済んだのは、かねてからの彼の高い実績と、警察庁官房室室長の小野田聖司の力によるものだった、と岡部は聞いている。

 彼を第九の室長に抜擢した当時、小野田は官房長に昇任したばかりだった。その頃から目をかけていた薪を庇ってのことだったらしいが、岡部にはひどく甘い処分に思えた。
 正当防衛とはいえ、部下を撃ち殺したのだ。どう考えても、普通なら島流しだ。
 大きなミスをしたキャリアは出世街道から脱落し、外郭団体に左遷されたりして、二度と桧舞台に帰ってくることはできない。それは例え失敗をしても、小さな実績を積み重ねていけば再び返り咲くことができるノンキャリアよりも厳しい世界だ。
 それが降格人事すらないとは。

 警察は公正であるべきだ、と岡部は常々考えている。
 身内の交通違反を揉み消すことすら許せない、と思うくらいなのだ。それがこんな大事件を起こしておいて、なんのお咎めもなしとは、とうてい信じられない。

 薪は警察庁始まって以来の天才と謳われていて、警視正に昇任したのが、なんと27の時だという。
 普通、警視正に昇任できるのは最短ルートを辿ったとしても35歳。警視正の昇格試験を過去最高得点でパスしたというが、官房長の特別承認がなければありえない人事だ。
 それから、ロスに1年ほど海外研修に行っている。
 海外研修で箔をつけて、翌年には第九の準備室長に就任し、そのまま第九の正式な室長として在任―――― あの事件が起こるまでは、順風満帆の出世街道だったのだ。

 しかし、警察内部の多くのものが囁くように、筆記試験で捜査の実力が測れるものではない。むしろ、知識ばかりを詰め込んだ頭でっかちの現場を知らない捜査官など、実際の捜査では邪魔なだけだ。エリート集団の第九をまとめ上げるには試験の結果が物を言うのかもしれないが、ノンキャリアの岡部は、もちろんそういう連中に反感を持っている。
 現場を這いずり回るようにして証拠品を探し、風雨に耐えながら聞き込みを続けて、ようやく犯人を検挙する岡部たちにとって、現場の悲惨さも見ることなく、被害者遺族の嘆きも聞かず、血の匂いさえ嗅がずに捜一の捜査資料だけを奪っていって、モニターを見ることだけで事件を解決してしまう第九は、この世で一番憎らしい連中だ。室長といえば、その親玉だ。実際、捜一の中にはこの事件が起きた時、宿敵第九の窮地に祝杯を挙げた輩もいたほどだ。
 犬猿の仲の第九とはいえ、同じ警察官が亡くなっているのだから、岡部にはそこまでの非常識さはなかったが、これで第九が潰れてしまえばいい、と心の中で思っていたのは事実だ。

 その自分が第九へ――――!?

 警視総監の直々の人事異動とはいえ、岡部は嫌でたまらなかった。
 だいたい、自分はキャリアではないし、難しいMRIの機器操作などわからない。普通のPCでさえ苦手なのに、MRIシステムなどというPCのお化けのようなものを使って捜査をするなんて。
 しかも、人間の脳を見るというではないか。医者でも科学者でもない自分が、そんな人の道に外れるような真似をしなければならないなんて。

 しかし、警察というところは、上役の命令に逆らうことは許されない。
 どんな結果になるにせよ、一旦は第九に勤めなければならない。使い物にならないと思えば、室長のほうから異動を勧めてくるだろう。そうしたら捜一に帰ってくれば良い。課長もできるだけ、自分がここに戻ってこれるように手を打つ、と約束してくれた。

 同僚たちが開いてくれた送別会の席で、岡部は捜一の先輩から、新しい上司の情報をあれこれ仕入れることができた。
「とにかく嫌なやつだよ」
 捜査会議で何度か一緒になったことがあるという先輩の薪に対する評価は、それに尽きるようだった。

 薪は警大卒業後、最初から捜一に配属されるという異例人事だったらしい。
 捜一は警視庁の花形部署だ。普通、そう簡単に入れるところではない。
 警大での優秀な成績と、教官の強力な推薦と、本人のたっての希望だったらしいが、何年も所轄で地味な下積みを経てようやく捜一に行くことができた岡部とは、えらい違いだ。ここらへんも、なんだか面白くない。

 一般に、キャリアは入庁後、まずは警察大学に入学する。
 大学で身につけるのは、管理者としての知識だ。現場の警察官を養成する警察学校とは、学ぶことも求められることも、まるで違う。たとえば警察学校では柔道の初段が必須課題だが、大学ではそんな課題はない。現場に出て犯人を捕まえるのが、キャリアの仕事ではないからだ。
 警大を卒業すると、最初は地方の所轄に係長クラスの配属となり、6ヶ月の実地研修を経て、警察庁に戻る。内部勤務を経て、また所轄に出る。それを何年か繰り返すだけで自動的に階級が上がっていく―――― のは、薪が警察庁に入庁する2年前までの話だ。
 現在はキャリアにも、一般の警察官と同様、昇格試験という制度が導入されている。
 キャリアの昇格試験は、岡部たちの受ける一般の昇任試験より遥かに難しい。
 問題は一般にも公開されているが、警部用の一番簡単な昇格試験でさえ、岡部にはちんぷんかんぷんである。ましてや警視正用の昇格試験ともなると、異世界の話のようだ。次元が違う。それを薪は27の時に一発で、しかも最高得点記録というおまけまでつけてパスしている。
 ……ますます面白くない。

「頭は切れるのかもしれないけど、人間的にはちょっとな。試験のように現実の事件が解決できるなら、誰も苦労しないって。上の連中は、それを分かっていないんだ」
 普段は他人を悪く言う先輩ではないだけに、この人物評には信憑性があった。

 他の誰に聞いても、薪の評判はよくない。
 皮肉屋で嫌味ったらしくて気取り屋。傲岸不遜で傍若無人。
 仕事には熱心だが、部下の人権を一切認めず、自分の奴隷でもあるかのように扱う。室長の冷酷非道な仕打ちによる精神的な苦痛から、第九の職員たちは一様に痩せ衰えていくという。「中年太りを解消したけりゃ第九に行け」などという笑い話まであるくらいだ。

 薪の噂を聞けば聞くほど、岡部はこの異動が嫌になった。
 捜一の課長は自分と同じノンキャリアで、現場のことを良く分かってくれているし、岡部とはとても話が合う。
 せっかくいい上司と同僚に恵まれて、やりがいのある仕事をしていたというのに、これからは暗い部屋の中で岡部の嫌いなPCのお化けに囲まれて、学歴を鼻にかけた嫌味な上司の下で働かなくてはならないのか、と思うと泣けてくる。
 何事にも前向きな岡部だが、今回ばかりはため息が出てしまう。
 そんな岡部の表情を気にしてか、竹内が心配そうにやってきた。ビール瓶を傾け、岡部のグラスに注ぎながら、こちらもまたしょぼくれた顔をしている。
 
「岡部さん……行っちゃうんですね」
 竹内とは現場でコンビを組んでいる。竹内はキャリア組だが、素直で頑張り屋の後輩だ。
「岡部さんがいなくなったら、俺」
「大丈夫。薄井さんは俺より優秀だぞ」
「でも。俺は岡部さんとずっと一緒に仕事がしたかったです」
 岡部だとて、キャリアすべてに反感を持っているわけではない。こうして自分を慕ってくれれば、純粋に可愛いやつだと思える。

 泣きそうな顔をしている竹内に、『すぐに帰ってくる』と誓いを立てて、岡部は捜査一課を離れたのだった。



*****


 以前にも説明を入れた昇格試験ですが。
 これは、このお話だけの設定です。(現実のキャリアは自動昇任です)
 また、岡部さんはノンキャリアという設定で書いてます。(本当はエリートなんですよね) 
 勝手に設定を変えてしまってすみません。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: