岡部警部の憂鬱(3)

岡部警部の憂鬱(3)








 嫌々ながらも研究所所長の田城に連れられて、室長の薪に挨拶に行った岡部は、そこでますます第九が嫌いになった。
 壁一面の巨大なスクリーン。わけの解らない難しそうな機械が、我が物顔に占拠する部屋。捜一の3倍は広い。
 窓のブラインドは、すべて下ろされている。モニターを見続ける仕事のため、日光は完全に遮断されている。明るい光が差し込み、外の風景を見ることができる捜一とはだいぶ違う。
 岡部のように、外の仕事が好きな人間は、それだけでげんなりする。この部屋でずっとPCの画面を見続けるなんて、まるで引きこもりのようだ。

 初めて会う室長は、徹夜明けの不機嫌な顔で、だらしなく着込んだワイシャツ一枚という格好で岡部を迎えた。
 その幼い顔に、岡部は心底びっくりした。
 自分より1歳年下だと聞いていたが、どう見ても高校生くらいにしか見えない。というか、男にも見えない。
 室内から出たことのない第九の室長らしく、真っ白な肌に貧弱な身体。亜麻色の髪と同じ色の瞳。えらく長い睫毛と、こじんまりした鼻。てかてかと光るくちびる。
 こいつ、男のクセに化粧してやがる―――― 真面目にそう思った。

 そのなよなよした外見からは想像もつかないような言葉が、小さな口から飛び出してきた時には、岡部は二度びっくりした。
「僕の部下は、前の捜査で全員死んだんです。だから今はたった一人の室長です」
 きれいな澄まし顔で、室長は他人事のように言った。
「まったく、情けないやつらです。画を見ただけで自殺なんて考えられない。精神的に脆い連中だったんですよ。まあ、一人は僕が撃ち殺したんですけど」
 なんて言い草だ。
 人間味のない男だという話は聞いていたが、一緒に仕事をしていた部下が死んだというのに、こいつにはひとの心がないのか。
 ましてや自分が射殺したのは、大学時代からの友人だというではないか。そのことに対する後悔すらないのか。
 現場で切羽詰った状況で、犯人に発砲しなければならない時ですら、人に凶器を向けることに躊躇いを感じる岡部には、想像もできない心理だ。
 
「だからあなたのことは歓迎しますよ、岡部警部。捜一のエースのあなたなら、そんなことはないでしょうから」
 冷たい微笑。氷のような、ぞっとするような笑顔だ。
「僕より強そうだし。僕に殺されることもないでしょう」

 岡部に薪の情報を教えてくれた先輩は、あれでも遠慮してくれていたのだ。これからその人でなしの下で働かなければならない岡部を気遣って「人間的にはちょっと」などという曖昧な表現に留めたのだ、と岡部は気付いた。
 見掛けはたしかにきれいだが、こいつは人間の皮を被った悪鬼だ。

 あの事件からまだ2週間しか経っていないというのに、平然とした顔で仕事をしている。
 正当防衛とはいえ、部下を殺しておいてそのまま室長の座に居座り続けるという無神経さも、岡部には理解できない。
 これがもし自分だったら、自ら責任を取って室長の役職を返上し、降格人事を求めたことだろう。なにかしら責めを負わなくては自分自身が許せないに違いない。それが人間というものだ。

 ひとりも部下がいないとの言葉通り、薪は自らコーヒーを淹れて、来客用の紙コップに注いで岡部に勧めた。
「大丈夫ですよ。毒なんか入ってませんから」
 いちいち勘に障る言い方だ。
 自分はいま、険悪な表情をしている。それは百も承知だったが、岡部にはどうすることもできなかった。
 相手はこれから一緒に仕事をする上司なのだ。これはまずい。まずいが、愛想笑いなどできない。岡部はそれほど器用な人間ではなかった。

 コーヒーを受け取ろうとしない岡部を、小馬鹿にしたように薪は言った。
「僕が怖いですか?」
 思わず、差し出されたコーヒーを振り払っていた。
 あっと思った時には遅かった。リノリウムの床にコーヒーがこぼれる。
 平静な顔のまま、第九の室長は両手を腰に当てて、岡部を睥睨した。気取った嫌味な口調で岡部に命令する。
「あなたの初仕事は床の掃除です。ちゃんと拭いておいてください。僕は部屋で寝ますから」
 岡部の返事を待たずに、室長室へ入っていってしまう。所長の田城とともに取り残される形になって、岡部は奥歯を噛み締めた。

 初めて会った人間を、こんなに憎らしく思ったことはない。捜査に先入観は禁物だからだ。
 しかし、この男は特別だ。何もかもが許せない。

「悪いね、岡部くん。薪くんはちょっと変わり者でね」
 雑巾で床を拭いている岡部に、所長が声を掛けてくる。
 所長の田城は、『仏の田城』の異名を持つくらいの人物で、薪のことも悪くは思っていないようだ。薪のことを「ちょっと変わり者」などという生易しい言葉で表現するものなど、署内では田城くらいのものだ。

「あんなふうだけど、薪くんは本当はそんなに残酷な人間じゃないから」
 田城には目がついていないのか。それともこの世に心の底から悪い人間などいない、とでも思っているのだろうか。
 岡部も基本的には性善説に賛同していたが、何事にも例外はある。薪は完全に『例外』のほうだ。
「そうなんですか? 俺にはとても」
「君、心配そうな顔をして薪くんを見てたろ。彼なりに君を心配させまいとして、あんな言い方をしたんだと思うよ」
 心配などしていない。自分の行く末が不安だっただけだ。
「どんだけ屈折してんですか」
「そういう人なんだよ。一緒に仕事すれば分かることだから初めに言っとくけど、薪くんは言ってることとやってることがまるで違うひとだから。あの口に騙されちゃだめだよ。あと、あの見かけにも。あれで柔道は2段だからね」
 それは初耳だ。あの貧相な身体で黒帯とは。

 警察学校を卒業した岡部はもちろん有段者だが、薪はキャリアだからその必要はなかったはずだ。
 自分で習得したということか。努力は認めるが、だからといって薪の人間性が変わるわけでもない。

 あれが第九の室長。あれが自分の新しい上司。
 人間的に尊敬のできない上司ほど、始末の悪いものはない。あんな人でなしの命令に従わなければならないなんて。

「ああ、捜一に帰りたい……」
 第九着任後、わずか30分で。
 早くも捜一にホームシックを感じる岡部であった。



*****

 うふふ。
 やさぐれ薪さん。かわいい

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは~。

やさぐれ薪さん、かわいかったですよねっ!
ジル○ール・コクトーっすね、我が青春に咲き誇りし一輪の薔薇っすね、はい、存じ上げております。 わたしの中学時代の友人が好きでねえ・・・・・中2のとき読まされました。


>なるほど、岡部さんには薪さんが人を殺したとは思えないふてぶてしい態度に感じたのですね。
>私は単に容姿に嫌悪したのかと思ってました。さすが読みが深いです!

いえ、読みが深いとかじゃなくて~、
岡部さんと薪さんがケンカになれば、なんでもよかったりして。(笑)
岡部さんは道徳的な人だと思うので、彼が一番許せないことはなんだろうと考えて、で、こうなりました。


>あの話の薪さん、ことさら美しかったですね(〃▽〃)

ですね、でもって、ツンデレ最強でしたね!
出会いはツンツン、気絶してお姫さまだっこ、(病院で)寝起きに天使の微笑、という息もつかせぬ波状攻撃。 自分の持てるすべての力を使って、岡部さんを落としに行ってましたね!(え)
あれ、そういえば、Aさまってこのときの、ベッドで目覚めて『岡部警部』の薪さんに惚れたんじゃなかったでしたっけ?(違ってたらごめんなさい)
とにかく、かわいかったですね~~~!!!
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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