FC2ブログ

官房長の娘(7)

官房長の娘(7)






 薪に皮肉を返す計画は、残念ながらお流れになった。
 病院についていった今井から、薪の病状は思ったよりも深刻で、2、3日は入院しなければならない、という報告が入ったためだ。
「病名はただの風邪なんですけど、胃も弱ってるみたいで。水も薬も吐いちゃうんですよ。脱水状態になってるから、点滴で栄養剤と抗生物質を投与するそうです」
 そんな具合では、皆で病室に押しかけたりしたら返って迷惑だ。岡部が代表で帰りに見舞いに行くことにして、定時退室を励行した第九である。

 見舞いに行きたがる青木を、病院側から面会はひとりだけと念を押された、という尤もらしいウソで騙して、岡部は病室を訪れた。
 病院の飾り気のない白いベッドで、薪はよく眠っていた。点滴のおかげか、昼間より顔色もいいようだ。
 点滴がなくなりかけていたので、ナースコールを押して看護師を呼ぶ。すぐに追加の点滴を持って、看護師がやってきた。
 頭を下げる岡部を見て、なんとも複雑な顔をする。泣き笑いのような、なにか言いたいのを我慢しているような。
 
「その花とおまえが似合わないんだ」
 点滴を替える音に目を覚ました薪が、開口一番にそんなことを言う。
「あの看護師、きっと今ごろナースセンターで爆笑してるぞ」
 減らず口が叩けるようになったらしい。回復してきている証拠だ。
「なんで百合の花なんか持ってきたんだ? らしくない」
「これは青木からです。こっちはみんなから」
 棚の上に置いた果物篭を指差す。先ほどから花瓶を探しているのだが、見当たらないようだ。花をことづかったのに、花瓶までは気が回らなかった。
「ナースセンターにでも持っていってくれ。ここには花瓶もないし」
「花瓶なら俺が買ってきます。青木のやつが言ってましたよ。百合は薪さんが好きな花だからって」
「百合は匂いが強いから、病室には合わないだろ」

 どうもおかしい。
 薪が百合の花が好きなことは、岡部も知っている。薪の家には年中この花が飾られているし、薪の身体から百合の移り香が漂うこともしばしばある。確かに病室には強い香かも知れないが、個室なら問題はなかろうと思われる。

「薪さん。青木と何かありました?」
「べつに」
 動揺する気配はない。
 しかし、返事が速過ぎる。岡部の質問を予測していたようだ。
 じっと薪の目を見ると、薪は目を逸らして窓の方向を見た。やはりなにかある。
 薪のほうから言い出すのを待って、岡部は沈黙を守る。長い沈黙にやがて薪は折れて、ぽつぽつと自分の考えを語り始めた。
 
「青木とは……もう少し、上司と部下のけじめをつけようと思って」
 何をどう考えてこういう見解を出したのだろう。薪の思考は、ときに突拍子もない結論に行き着いてしまうことがある。
「けじめ、ですか?」
「あいつ、しょっちゅう僕の家に来てるだろ。やっぱり、ああいうのはマズイかなって。青木のことだけ特別扱いしてるみたいだろ? 他の連中の目もあるし」
「あいつら、そんなこと気にしてませんよ」
 薪には内緒だが、室長のお守り役がひとり増えた、と喜んでいるのが実情である。
 それに、薪は仕事とプライベートはきっちりと分けている。いつも一緒に酒を飲んでいる岡部ですら、仕事で甘い点をつけてくれるなどということはまずない。ましてや、新人の青木の未熟さに第九の誰よりも厳しいのは、他ならぬ室長である。
 
「仕事にそれを持ち込むようじゃ困りますけど、青木はそんなやつじゃないですよ」
「うん。でも、新入りが室長にべったりっていうのもおかしな話だろ」
「そうですかね。青木は薪さんに憧れて第九に来たって言ってましたから、無理もないと思いますけど」
 それは、第九の人間全員が知っていることだ。青木が薪に心酔しているということも。

「とにかく、あいつはもう僕の家に連れてこないでくれ」
「どうしてですか」
「青木はおまえとは違うから」
「俺だって部下ですよ?」
「おまえはいいんだ」
 薪は目を閉じた。長い睫毛が重なって、眼下に影を落とす。
「僕だって、一人くらいおまえみたいなのがいなきゃ、やってられないんだよ」

 疲れが出たのか、ほどなく薪は眠ってしまった。
 2、3日はここに寝ているしかないが、ちょうどいい機会だ。この際ゆっくり休めばいい。室長には休日が少なすぎるのだ。
 それにしても、問題は青木のやつが薪に何をしたのかだ。
 薪が原因もなしに、こんな風に考え込むはずがない。昨日までは普通だったのだ。
 そもそも、薪が風邪を引くこと自体めずらしい。貧血と低血糖でよく倒れてはいるが、病弱というわけではない。普段から鍛えているから、こんな細い体でも体力はけっこうあるのだ。
 筋力はそれほどでもないが、瞬発力と持久力はなかなかのものだ。10キロくらいは走れるし、腕立て伏せや腹筋も50回くらいならいける。デスクワークばかりの仕事についている割には立派な数字だ。

 そういえば、昨日は官房長の娘とデートだと言っていたが。そのことと何か関係があるのだろうか。あと変わったことといえば、シャワー室の工事が入ったことか。
 今朝早く、青木は昨日の業者を呼んで何事か指示していたようだったが。人当たりの良い青木にしては、珍しく厳しい顔をしていた。なにか工事の不手際でもあったのだろうか。
 証拠もないのに、考えても仕方ない。
 この件に関しては後で直接青木に問い質すことにして、岡部は病室を出た。花瓶をどこかで調達してこなければならない。薪はああ言ったが、青木が可哀想だ。

 病院内の売店はもう閉まっているため、外に出なければ手に入らない。駅前のホームセンターなら、まだ開いているはずだ。
 階段を下りて、夜間専用の出入り口に向かった岡部は、見覚えのある長身を待合室の隅に発見した。救急の診察待ちの患者に混じって、壁にもたれて立っている。
 ぼうっと空を見つめて、何事か考え込んでいるらしく、岡部がすぐ側に来ても気がつかないようだ。警察官としては失格である。
 
「室長ならもう心配ないぞ」
「岡部さん」
 室長のことが心配で、じっとしていられなかったのか。こいつの室長への忠臣ぶりは呆れるほど実直だ。
「そうですか。よかった」
 青木は手にビニール袋を持っている。岡部が今から行こうとしていたホームセンターの名前入りのものだ。半透明の袋の中には緩衝材に包まれた筒状のものが入っていた。
「おまえ、それもしかして」
「あ、花瓶です。病室にありました?」
「いや。ちょうど買いに行こうとしてたんだ」
 薪が以前、青木は最近の若い者にしては気が利くと褒めていたが、その見立ては正しいようだ。
 他にも色々と青木の評価は聞かされている。
 真面目で勤勉で努力家。粘り強く、意志が固い。そこまでは褒め言葉だが、同じくらい悪い評価もある。かなりの頑固者で自分の意見に固執する。普段はおとなしいくせに、切れるととんでもないことをやらかす。
 その『とんでもないこと』と、室長の風邪は関係があるのだろうか。

「青木。おまえ、薪さんとなにかあったのか?」
「どうしてですか」
「なんか室長の様子がおかしいからさ。なにかあったのかなと思って」
「あった、と言うか……していたのがバレたと言うか……」
 歯切れの悪い言い方だ。
「オレが悪いんですけど。薪さんの気持ちも考えずにあんなこと」
 まさかこいつ、薪にあれ以上のことを迫ったのか?

 あれ、というのはアレだ。先月の初めに、岡部は夜の室長室での出来事を目撃している。そのことは誰にも言っていないが、やはり青木には釘を刺しておくべきだったか。
 しかし、それはないな、と岡部はすぐに考え直す。
 そんなことをしたら、今ここに入院してるのは青木のほうだ。薪は見かけによらず強い。青木が体躯の割りに弱すぎるのだが。薪を守れる男になれるように、現在青木は岡部のもとで特訓中だ。

「そんなつもりはなかったんですけど、結果的に裏切ってしまったというか。傷つけてしまったらしくて、謝ろうとしたんですけど、薪さんはぜんぜん聞いてくれなくて」
 今朝のメデューサ化の原因はこいつか。
 この問題が解決するまで、あの現象が続くのか。このままでは、職務に支障をきたしかねない。第九のクオリティを守るには、室長の心の平穏が必須要素なのだ。

「すみません。オレ、帰ります。この花瓶、使ってください」
 青木が差し出した包みを、岡部は受け取ろうとしなかった。腕を組んでしばし黙り込む。あとで薪さんに怒られるんだろうな、と思いつつ岡部は言った。

「薪さんの部屋は、312号室だ」
「岡部さん」
「早く行かないと、せっかくの花が枯れちまうぞ」
 青木はうれしそうに笑って、岡部にぺこりと頭を下げた。
 階段のほうへ駆け出して、通りかかった看護師に「走らないで」と注意されている。その場は静かに歩いた青木だったが、すぐに階段を駆け上る足音が聞こえてきた。

 おそらく、青木は何も悪いことはしていない。薪に首ったけのこいつが、薪を傷つけるような真似をするとは思えない。行き違いか誤解が生じているだけではあるまいか。
 一途な後輩に後を託して、岡部は帰途についた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: