FC2ブログ

官房長の娘(8)

官房長の娘(8)






 カチャカチャという金属音で、薪は目を覚ました。
 看護師が、点滴の容器を掛け替えている。腕時計を見ながら速度を調節し、管が外れていないことを確認する。
 薪が起きたことに気付いて、気分はいかがですか?と微笑を添えて尋ねてくる。夜勤の看護師は人手不足で大変だという話を聞いていたが、この看護師はとても親切で、笑顔がチャーミングだ。
「大丈夫です。ありがとう」
 優しい人には優しさを返すのが、薪のポリシーである。部下が見たらびっくりしそうな笑顔で、丁寧に礼を言う。

「毛布でも持ってきましょうか?」
「平気です。暖房が効いてますから」
「いえ、あの、こちらの方の分です」
 看護師の言葉にベッドの反対側を見ると、見舞い客用の椅子に、腰掛けたまま居眠りをしている男がいる。

「会社の方ですか?」
「……部下です」
 赤っ恥もいいところだ。上司の見舞いに来て居眠りをしている部下など、不届千万だ。
「すみません。面会時間は過ぎてますよね。すぐに帰らせますから」
「個室ですから別に構いませんけど。この方、2時間も前にいらしたんですよ。消灯時間は過ぎてますけど、少しくらいならお話されても大丈夫ですよ」
 何かあったら呼んでください、と言って看護師は病室から出て行った。

 看護師がいなくなると、薪は身を起こした。ベッドの上に胡坐をかいて、少々行儀悪く頬杖をつく。
 眠っている男の顔をじろりと睨んで、視線で覚醒させようと試みる。が、部下の眠りは深いらしい。まったく、ふざけたやつだ。
「岡部のやつ。よけいなことを」
 サイドボードの上に、百合の花が活けてある。どこからか花瓶を調達してきたらしい。
 透明でシンプルなデザイン。岡部にしては趣味がいい。
 岡部はああ見えて、わりとアニマル柄とか小花柄とかが好きだから、そういうものを買って来られるかとびくついていたのだが。

 看護師の話では、花の贈り主は2時間も前からここにいたという。
 長い手足を組んで背もたれに長身をあずけ、安らかな寝息を立てている。よく椅子の上なんかで眠れるものだ、と薪は以前、自分が地下鉄の中で立ったまま眠ってしまったことを棚に上げて、部下の無神経さに呆れてみる。

 ……こいつが僕を大事に思ってくれているのは本当だ、と薪は思う。

 だったらそれ以上のものは必要ない。いま、青木の心が誰のところにあろうと、それは自分には関係のないことだ。自分たちの関係はただの上司と部下でしかないのだから。
 こいつが自分に憧れのようなものを抱いていたとしても、それは昔の話だ。告白されたときにキッパリ振っておいて、そいつに新しい恋人ができたからと言ってそれを責めるなんて、無茶苦茶だ。
 こっちだってその方が都合がいいはずだ。余計な気を使わずに済むし、これからも自分の心は変わらないのだし。

 鈴木のこと以外は……もう、愛せない。

 恋人ができてよかったな、と言ってやろう。心から祝福してやろう。
 昨日は突然のことで少し驚いてしまって、自分がやってしまったあれやこれやに動揺していただけだ。自分の失敗に気付いて、それであんな嫌な気分になったのだ。

「青木。起きろ」
 2、3度声を掛けるが、一向に目覚める気配がない。業を煮やして薪は、部下の顔面めがけて枕を投げつけた。「ダメです、薪さん! そんなところ触っちゃ……あれ?」
「……どんな夢を見てたんだ」
 薪を見て、ほっとした顔をする。いつもの満面の笑顔になって、こちらへ身を乗り出してくる。
「顔色、良くなったみたいですね。心配してたんですよ」
「夢の中でか?」
「昨日、眠れなかったんですよ。あの後すぐに携帯に電話入れたのに、薪さん出てくれないから」
 昨日、携帯は第九に忘れてきた。レストランに着いたとき、携帯電話は鞄の中に入れてクロークに預けるように、と小野田から強制されたのだ。そのまま鞄に入れっぱなしだった。そのおかげで浸水を免れたのだが。

「怒ってるのかなって不安で」
「怒ってない」
「じゃ、なんで帰っちゃったんですか?」
「急用を思い出して」
「あのジャケットに気付いたからじゃないんですか?」
「ちがう」
「ハンガーが曲がってましたよ。薪さんが引っ張ったんじゃ」
「ちがうって言ってるだろ!」
 自分でもびっくりするくらい、大きな声が出てしまった。病院の中でこれはまずい。

「僕はもう寝る。帰れ」
 乱暴に毛布を引っつかんで横になる。青木が困惑した表情をしていたが、知ったことか。
「帰ります。おやすみなさい」
 薪が背を向けて黙り込んでしまったので、青木はそうするしかなかった。
 2時間も狭いパイプ椅子の上で待っていて、その挙句にこんな冷淡な扱いを受けて、それでも穏やかに「早く元気になってくださいね」と言って帰って行った。

 あれ?
 どうしてこうなるんだろう。
 よかったなって言ってやるんじゃなかったのか?
 彼女とうまくやれよって。仕事をおろそかにするようでは困るから、その辺はけじめをつけるように釘を刺して。でも大切にしてやれよって。
 そう言ってやらないとこいつは困るはずだ。警察というところは、結婚するにも上司の承諾がいる。滅多なことでは異を唱えたりはしないが、相手の女性の身辺調査はしっかりと行う。親類に犯罪者がいたり、新興宗教にはまっているような両親だったりしたときには、上司命令で破談にした例も実際にあるのだ。
 だから今の薪の正しい行動は、祝福の言葉を述べたあと相手の女性のことを聞きだし、結婚の話が出ているようなら密かに調査を行い、なにも問題がなければよし、あったらその旨を青木に伝えて『出世したけりゃ別れろ』と言うか、どちらかなのだ。間違っても布団を被って寝ている場合ではない。

 おかしい。
 今までもそうしてきたはずだ。
 今の第九の連中は、あまり女との付き合いがないようだが、旧第九のメンバーにはそれぞれ恋人がいたから、その相手のことは秘密裏に調べをつけておいた。犯罪者の娘などと結婚されたら、こっちの立場まで危なくなる。
 それがどうして訊けないんだろう。それどころか、その話題まで知らない振りで避けてしまうなんて。

「どうしちゃったんだ、僕……」
 なぜこんなに腹が立つのだろう。そしてどうして感情のままに、大人げない態度をとってしまうのだろう。熱のせいで、冷静な判断がつかなくなっているのだろうか。

 あいつがあんまりやさしいからだ。

 僕のことをただの上司としか思っていないくせに、やさしすぎるからだ。
 今だって僕があんな態度をとったのに、ちっとも怒らない。口に出さなくても感情を害すれば、それは自然に伝わるものだ。それを苦笑するだけで許してくれて。
 まるで鈴木みたいだ。
 鈴木はいつも、僕のわがままや子供っぽい癇癪の癖を、笑って許してくれた。
 だから、僕はずっと鈴木への想いを断ち切れなくて。雪子さんに悪いと思いながらも、鈴木を見つめることをやめられなくて。

 常夜灯の明かりだけの薄暗い病室で、薪は再びベッドの上に身を起こす。薬が切れてきたのか、体の節々が痛い。また熱が出るのかもしれない。今夜も寝苦しい夜になりそうだ。
 ふと見ると、青木が座っていた椅子の上にA4サイズの紙袋が置いてある。忘れ物かと思って中を覗いてみると、薪がいつも昼寝のときに抱いている洋書と、ステンレスのポットが入っていた。ポットの中には温かいコーヒーが入っていて、どうやら薪のために淹れて持ってきてくれたらしい。が、薪の機嫌が悪かったので言い出せなかったのだろう。

「カゼひいて熱があるのにコーヒーなんて、気の利かないやつ」
 憎まれ口をたたきながら、薪は少しだけコーヒーを飲んでみる。淹れてから時間がたっているせいか、第九で飲むときよりだいぶ味が落ちるが、缶コーヒーよりはずっとマシだ。残りは明日の朝のお楽しみにして、薪は分厚い洋書を手に取った。
 ぱらぱらとページをめくると、中から1枚の写真が出てくる。ベッドの頭に備え付けてある明かりを点けて、写真の男の顔をじっと見つめる。

「僕にはおまえがいるもんな」

 親友はいつものように、薪に笑いかけてくれる。
 やさしく、薪のすべてを許してくれる微笑。
 この笑顔が大好きだった。他の誰にも見せたくないくらい、好きで好きで。でもそれは許されないことで。

 鈴木は雪子さんを愛していて、僕はただの友だちで。あのふたりはお人好しだから、僕がまだ鈴木を好きなことを知ったらきっといつまでも結婚しないから、必死で忘れた振りをした。
 でも今は、僕が鈴木を好きだと言っても誰も困らない。この恋を一生貫いても、誰も傷つかない。もう鈴木はこの世にいないのだから。

「おまえだけだ……僕は一生、おまえだけのものでいるから」
 写真を元通り本に挟みこみ、抱きかかえるようにして、薪は眠りについた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

Aさまへ

Aさま、こんにちは。


>薪さんは病室がとても似合ってしまうんですよね(笑)

似合いますねえ。
決して病弱な感じはしないんですけど、アニメでも漫画でも、気を失って病院に担ぎ込まれるイメージがついちゃってますからね。
そこがまた、強そうに見えて意外と脆い、という薪さんの大きな魅力につながっているんですよね(^^


>そういえば爆弾事件があった時も青木ってば病院の廊下を走ってましたね!

激走でしたね。
よく叱られなかったな。


>アニメの最終回のエンディングシーンでも病室で居眠りしてたし(笑)カーディガンを羽織った薪さんが可愛かったなあ(´▽`)

最終回の挿絵みたいなショットは嬉しかったですね。
でもあれ、めちゃくちゃ唐突じゃなかったですか? ああいうショットは今までの場面を振り返るのが普通なのに、あれっ、こんなシーンなかったよね? どっから引き出してきたの、この記憶? と思いませんでした? 
毎回毎回、なんて無理のある展開なんだろうと思って見てましたけど、最後まであのスタイルを貫きましたからね~。 ある意味、すごいアニメでしたね~。


>さっさと帰されちゃう青木可哀想・・ああ、私は鈴木さんの写真に語りかける薪さんにいつも涙目になるのです・・(;;)

うちの薪さんは、永遠に鈴木さんのことは忘れません。
わたしにとっては、鈴木さんあっての薪さん、そして鈴木さんを殺めてしまった過去があるからこそのあおまきさんなので・・・・・・
ギャグ小説なのに、おかしいかな(笑)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: