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官房長の娘(10)

官房長の娘(10)






「それにしても、どうしてオレに彼女ができたなんて思ったんですか? オレ、そんな誤解を受けるような真似しましたか?」
「……おまえに告られてから、4ヶ月も経ってるし」
「そのあと何回も薪さんが好きだって言ったじゃないですか」
「聞いてない」
「言いましたよ」
「そんな風に取れば取れなくもないことは言われたけど、好きだとは言われてない」
 青木が呆気に取られた顔をしている。ひとをバカにしたような表情に、薪はむっと眉をひそめる。
「どんだけ鈍いんですか」
 ぼそっと呟いた青木の言葉を、薪はしっかり聞いている。こと自分の悪口に関しては、薪は地獄耳だ。

「わかりました。オレが悪かったです。薪さんには曖昧な言い方じゃ通じないんですよね。はっきり言わなかったオレの責任です。今度からは、ちゃんと言いますね」
 薪の両肩に、青木の大きな手が置かれる。真剣な眼差しが、薪の瞳を捕らえて離さない。
「愛してます。薪さんのことが大好きです。あなたの夢を毎晩見ます。オレの気持ち、分かってくれました?」
 薪はジャケットを受け取ってしばし呆然とする。
 この自分がこんな大きな勘違いをするなんて。思い込みは捜査官のタブーなのに、証拠固めもせずに、有罪だと決め付けたりして。

 その事実にも驚いたが、もっとびっくりしているのは今の自分の感情だ。
 自分のジャケットを青木が大切に持っていて、こいつはそのジャケットの持ち主が大好きだと言った。僕のことが好きだと―――― 確かにそう言った。
 それを聞いたら何だか……ヘンだ。
 背筋がぞくぞくして胃の下の辺りがきゅうっとなって、風邪がぶり返すのかな、と思ったけれど悪寒とはまるで違う感覚で。心臓がばくばくいって、鼻の奥がつんとなって。

 4ヶ月前に同じことを言われたときは、こんな感じにはならなかった。あのときはただ、びっくりして困惑して、面倒なことになったと思っただけだった。
 それが今は――――。

「これからは、もっと頻繁に好きだって言いますね。忘れられちゃうといやですから」
「言わなくていい」
 薪は慌てて自分の感情にセーブをかける。上司と部下のけじめをつけると誓ったばかりだ。室長の貌を崩すわけにはいかない。もう手遅れという気もするが。
「二度と忘れない。その代わり、好きな人ができたらちゃんと報告しろよ」
「ありえません。オレ、薪さん以外は見えませんから」
「それはさぞ不自由だろう」
 そういう意味じゃないんですけど、と青木は口の中でぶつぶつ言っている。こういう言い方じゃ通じないんだ、と薪の言語能力に対する評価は最低ランクに落ち込んだようだ。

「あの。ひとつだけ確認いいですか?」
 やたらとにやけたツラで、青木が聞いてくる。嫌な予感がするので、とりあえず聞こえない振りをする。
「薪さんが怒ってたのって、あれをオレの彼女の上着だと思ったからなんですよね?」
 次の展開を予想して、薪は拳を固める。右の手をぐっと握って腹の底に力を入れる。
「それってもしかしてヤキ」
 青木のセリフは、顔のすぐ横に猛スピードで打ち込まれた拳によって遮られた。小さい拳だが、風圧で髪の毛が揺らめくほどの勢いである。
「それ以上よけいなことを言ってみろ。顔面に叩き込むぞ」
「……はい」
 捜一時代に鍛えた取調室仕様の迫力のある顔つきと声で、相手の気持ちを挫く。
 こうやって、何人もの容疑者を落としてきたのだ。坊ちゃん育ちの青二才を黙らせることなど、朝飯前だ。

 青くなって口を閉ざした部下に一瞥をくれて、薪はつんと横を向いた。頬が赤くなっていないことを祈りつつ、左手のジャケットに目を落とす。

 さて、これはどうしたものか。
 薪はこれを6月に捨てた。それを他人が拾っていたということは、拾得物扱いだ。半年を経過しているから、権利はすでに拾得者に移っている。つまりこれは法的には青木のものだ。警察官なら法に基づいて行動するべきだ。

 騒動の元となったジャケットを、薪は汚いものを持つ手つきでつまみあげ、青木の頭に乱暴に放る。これは不用品だ。こんなものを返されてもゴミになるだけだ。
「おまえのゲロがついたジャケットなんか着られるか。触るのも嫌だから、ここに捨てていく」
 青木がバカ面をさらしている。バカがますますバカに見える。
「貰っていいんですか?」
「それはもう捨てたものだから、それをだれが拾ってどうしようと僕には関係ない」
 くるりと背を向けて、薪は室長室へ歩き出す。ここへは仕事をしに来たのだ。このバカとくだらない話をするためじゃない。

「本当にいいんですか?」
「だからもう僕には関係ないって」
 不意に、後ろから抱きすくめられた。バクバクいいっぱなしの心臓が止まりそうになる。
 次の瞬間、薪の左肘が背後の大男の腹にのめりこんでいた。
「調子に乗るな」
「すいません……イタタ……」
 咄嗟だったから、手加減できずに思いっきり入ってしまった。青木の腹には大きな痣ができていることだろう。いい気味だ。さんざんひとを悩ませた罰だ。
 自分の勘違いで勝手に悩んでいただけなのだが、薪に反省の色はない。まぎらわしいことをした青木のほうが悪い、と決め付けている。
 とりあえず、青木が悪い。今年もこの路線で行く気らしい。

「青木。その資料をプリントして部屋へ持って来い。あと、コーヒー頼む」
「はい」
 時間外の仕事も、快く引き受けてくれる。元気な返事と笑顔までつけて。
 当たり前だ。

 こいつは僕のことが好きなんだから。僕の役に立ちたくて、堪らないんだから。

 後ろ手にドアを閉めて、そのままドアにもたれかかる。
 ここに鏡がなくて良かった。あったら、今の自分の顔がわかってしまう。
 いくら我慢しても緩んでしまう頬と口元が、喜びにきらめく瞳が、自分の気持ちを目に見えるものとして薪の前に差し出すだろう。それはまだ、薪には認められないことだ。

 が、薪の笑みは次の瞬間、消し飛んだ。
 デスクの上に、今まで見たこともないくらいの書類の山が築かれている。薪がいない間にも第九の部下たちは、真面目に仕事をしていたらしい。これも普段の室長の指導によるものだ。
 しかし、この量は。

「熱が出そうだ……」
 病み上がりの身体に徹夜作業を強いる書類の山に、薪は大きなため息をついた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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