二年目の桜(1)

 このお話は、次の話と時期的に絡んでいます。
 当初はひとつのお話だったのですが、長すぎるのとカラーが違いすぎるので、分けてみました。
 その為、途中、脈絡のない会話が混じったりしますが、たいして意味のない会話なのでスルーしてください。

 真面目にお仕事のお話です。
 でもやっぱりR系ギャグは外せません(笑)





二年目の桜(1)






 モニタールームの椅子に座って頬杖をつき、薪はモニターを見つめている。
 凄まじい勢いでアスファルトの道路が迫ってきて、ふいに画面が暗転する。犯人がビルから飛び降りて、その生涯を終えたのだ。
「くそっ」
 思わず舌打ちして、薪はマウスをクリックする。最初の画がモニターに映し出される。さっきから何度この場面を見ているだろう。

 3月の初めに起こった殺人事件で、犯人の女性は自殺し事件は片が付いているのだが、どうしても動機が見つからない。捜一の捜査でも、犯人と被害者の接点は何も浮かばなかった。そこで第九に犯人の脳が送られてきた。
 ところが加害者の女性は、ビルの屋上から飛び降り自殺をした為、脳の大半が潰れてしまっている。そのせいで、途切れ途切れの画像しか手に入れることができない。
 第九に脳が届いて3日目。色々やってみたが、これ以上のデータは取れそうにもない。
 この映画の宣伝のような継ぎ接ぎの画を組み合わせて、事件の骨子を組み立てなくてはいけない。その中から争点となっている、犯行の動機を探り当てなければならないのだが。

「室長の眼でもダメですか?」
 この事件を担当している曽我が、がっかりしたような声を出す。いつもなら諦めるな、と叱り飛ばすところだが、今回ばかりはさすがの薪もグロッキー気味だ。
「がむしゃらに画を見続けても駄目だ。情報を整理して仮説を組み立てないと」
「でも、見ることができる画がこれだけじゃあ」
 曽我の言う通りだ。今回は情報が少なすぎる。仮説を立てようにも、材料が足りない。

 半分潰れた脳に残されているのは、事件に関係のない場面ばかりだ。
 朝起きて食事をして、会社へ行き仕事をする。家に帰って夕飯を摂り、風呂に入って床に付く。なんの変哲もない日常の風景。そこからあの陰惨な事件が起こった理由を探し出さねばならない。

 この事件の被害者は、若い男だった。
 犯人の女性は30代の独身OL。大手の商社に勤めるキャリアウーマンだった。被害者の男はいわゆるニートで、日がな一日ネットサーフィンをして時間を潰していたらしい。住む場所も世界もまるで違う。ふたりの間には恋愛関係どころか、何一つ接点は見つからなかった。

 被害者の男は惨い殺され方をしていた。アイスピックで体中刺されていて、その数なんと100箇所以上。特に顔はひどかった。両目は完全に潰されて、頬や額にも無数の穴が開いていた。
 一流企業に勤めるOLが、縁もゆかりもない青年をメッタ突きにして惨殺する。その憎悪と殺意は、いったいどこから来たのか。

「いくら画を見ても、被害者の男が出てくるのは犯行の場面だけだ。潰れてしまった脳の中に動機となる画があるとしたら……お手上げだな」
「MRIに解明できない事件はないと思ってましたけど」
 粘り強さが取り得の青木は、もっと多くの脳データを取り出せないかと、様々なアプローチを重ねている。専門書の研究にも余念のないこの新人は、特殊な機器操作をいくつか習得していて、いまはそれをひとつひとつ試しているところらしい。
「肝心の脳が潰れてしまっていてはな。MRIシステムがいかに優れていても、所詮は機械だ。人間の心まではわからん。人間の心が理解できるのは、人間だけだ」

 薪は、捜一から回ってきた資料にもう一度目を通した。
 ごくごく普通の家庭に育ってきた真面目な娘。結婚を約束した恋人もいた。
 事件の1週間前に突然別れているが、それは彼女から言い出したことで、理由はどうしても話してくれなかったと相手の男は証言した。職場でも仕事熱心で、上司の評判も同僚の評判もいい。誰に聞いても、あのような事件を起こすような人間ではないと言う。

 そんな人間が、あれだけのことをしたのだ。何かしら理由があったに違いないのに。
 このままではこの女性は、突然発狂してたまたまこの被害者の家に入り、犯行に及んだ後ビルから飛び降り自殺をしたことになってしまう。32年間も真面目に生きてきて、そんな人生の結末は可哀相すぎる。
「理解してやりたいな。この女性の気持ちを」
 しかし、接点が見つからないことには……。

 薪は手の平で目を揉む。朝から何時間もモニターを睨んでいたから、目が痛い。肩もバリバリに凝っている。
「室長。気分転換なさったらいかがですか?」
 目薬を点している薪に、第九の新人がそんな提案をしてくる。
 煮詰まってしまっては柔軟な発想は生まれてこない。中庭の散歩かプールでのひと泳ぎか、どちらにしようか迷っていた薪に、彼は第3の選択肢を提示してきた。
「風呂、沸いてますよ」
 風呂と聞いて、亜麻色の目が俄かに輝く。薪は大の風呂好きだ。

 第九には最近、ちゃんとしたユニットバスがついた。
 手足がゆっくりと伸ばせる湯船に、広い洗い場とシャワー。湯船の底にはバブルバスと、背もたれにはジャグジーまで付いている。このジャグジーがめちゃめちゃ気持ちいい。
 これは薪の高熱を伴う3日間の苦痛と引き換えの、言わば戦利品のようなものだ。だから薪には、これを優先的に使う権利がある。
 しかし、それはある事情で今は取り外され、第九の地下倉庫の片隅にひっそりと眠っている。今後も目覚めることはないだろう。

「青木。まだジャグジー直らないのか?」
 故障を理由に、薪のお気に入りのマッサージ器具を湯船から取り外して行ったのは、第九の新人である。薪は修理品が返ってくるのを信じて、ずっと待っているのだ。
「メーカー修理は時間がかかりますから」
 もちろん嘘だ。が、薪は青木の言葉を疑わない。
 こういうときには、普段の信用がモノを言う。この新人は室長には絶対の忠誠を誓っていて、決して命令には逆らわないし、職務にはとても誠実だ。周りの職員からも、お人好しとバカ正直のレッテルを貼られており、犯人との駆け引きが必要な捜査官という職業には向いていないのではないか、と将来を心配されているくらいだ。
 しかし。
 こと薪の不利益になることに関してだけは、青木は鮮やかなペテン師になる。

「あれ、気持ちよかったんだよな。自腹でここにつけようかな。そういえばおまえ、業者に値段訊いといてくれたか?」
「200万円だそうです」
「そんなに高いのか? 僕の給料じゃ無理だな」
 200万もあったら、ジャグジーどころか大理石の立派な浴室ができてしまう。
 だいたい、クレームのお詫びにと業者がおまけで付けてくれた備品なのだ。そんなに高価な品物のはずがない。常識で考えれば分かりそうなことだが、事件の捜査に関係のないことについては、薪はびっくりするくらい疎い。

「まあいいか。じゃ、ちょっと入ってくるから」
「どうぞごゆっくり」
 ちょっと、というが薪は長風呂だ。1時間くらいは出てこない。捜査に夢中になると食事も仮眠も取らなくなってしまう薪を休ませるには、風呂に入れるしかない。

 薪がいなくなったモニタールームでは、曽我がひとり残ってまだモニターを見続けていた。
「室長でも見つけられないとなると、お宮かなあ」
 一般に『お宮』と言えば犯人を検挙できない事件のことだが、この場合はそうではない。犯人は判っているし、犯行の手口も現場検証から判明している。ただ、動機だけが解らない。これ以上被害は拡大しないが、犯行動機は闇の中に埋もれたままだ。
 第九の迷宮入りとは、完全な報告書が作成できない事件を指す。人間の脳から直接事件の画を抽出し、真相を解明する第九にとって、これは甚だ不名誉なことだ。
「MRIの限界ですか」
 MRIシステムは神様ではない。すべてを見通せるわけではないのだ。

 事件が迷宮入りとなった際の薪の気持ちを考えると、青木はとても歯がゆい気分になる。薪は負けず嫌いでプライドが高い。この不名誉な結果に塞ぎこんでしまうことだろう。
 その薪に元気を出してもらえるなら、地下倉庫に隠してあるアイテムに、もう一度日の目を見せてやってもいい。ただし、それを使っている薪を見るのは自分だけ、という条件の下にだ。

「曽我さん。オレ、昼の弁当買ってきます」
「青木。俺のもついでに頼む」
「岡部さんもですか? 岡部さんの案件て、もう報告書だけって言ってませんでした?」
 自分の仕事に余裕があるのなら、モニタールームで冷たい弁当を食べることはない。職員食堂の炊き立てのごはんと、揚げたてのフライのほうがずっと美味しい。
「何人もの眼で見れば、また違うものが見えてくるかもしれないだろ」
「岡部さん。ありがとうございます」
 岡部のありがたい申し出に、曽我と青木は素直に礼を言った。

 岡部はコワモテだが、中身は面倒見がよくてとてもやさしい。
 第九に入ったばかりでこの職場に慣れない頃、岡部にはどれだけ助けられたか。岡部がいなかったら、きっと青木は第九を辞めてしまっていた。
 そうしたら……あのひとを好きになることもなかった。自分を取り巻く世界が、こんなに輝き始めることもなかっただろう。

「から揚げとスタミナ弁当ですね。行って来ます」
「悪いな」
「いえ、これはオレの仕事ですから」
 新人の青木にとって、買出しやお茶汲みは立派な仕事である。
 梅の季節も終わり、暖かい日が寒い日を上回るようになってきたこの季節、買出しの仕事は決して不快ではない。薪のコーヒーも切れる頃だし、青木の机に常備してある非常食(シリアルバー)も底を尽いて来た。今日は街まで足を延ばして、品川屋の弁当を買ってきてやろう。

 外に出ると、どこからか鶯の鳴き声が聞こえる。
「もう春だなあ」
 2年目の春は、そこまで来ていた。

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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