二年目の桜(2)

二年目の桜(2)





 茶色の革靴のつま先が、苛立たしげに上げ下げされている。
 美貌の室長は、細い指でモニターを指差し、急き立てるように部下に問いかけている。
「宇野。おまえでも駄目か? 側頭部は? 前頭野は?」
「どっちも手のつけようがありません。完全に潰れちゃってます」
 システムに一番詳しい部下の判断を聞いて、つややかな唇がぎりっと噛み締められる。「八方塞がりか。ちくしょう!」

 捜査開始から4日目。新しい情報は得られず、薪は焦りの色を濃くしている。
 その焦燥に、青木は若干の疑念を持っている。
 室長の指示で、曽我も青木も昨夜は第九に泊まりこみだった。自分たちは12時から5時間の睡眠を取っているが、薪は寝ていない。
 捜査に没頭すると、飲まず食わず眠らずになってしまう薪の困ったクセは健在のようだが、今回は進行中の事件ではない。犯人は死亡しているし、被害者がこれ以上増える心配もない。証拠品も押収済みで、あとは動機の問題だけという案件だ。室長がこれほど根を詰める必要はないはずだ。
 被害拡大の恐れがないのだからのんびりやればいいとは言わないが、徹夜してまで捜査を続ける案件でもないように思う。なにより室長の身体が心配だ。薪はいつも体力の限界まで仕事をして、突然倒れてしまう。その度にこちらは、どれだけ冷や冷やさせられることか。

「くそ!」
 薪は手近な椅子に乱暴に腰を下ろし、亜麻色の髪に両手を埋めた。
 確かに、このままでは『お宮入り』という不名誉な結果になりかねない。それゆえの焦燥なのだろうが、これ以上無理が続くと、薪はまた倒れてしまう。
「室長。そんなに焦っても、捜査は捗りませんよ」
 ささくれ立った薪の気持ちを和らげようと、青木は努めてなごやかな口調で言った。
「今回の事件はもう終わったものなんですから、そんなに焦らなくてもいいじゃないですか。ゆっくり仮眠を取って、それから散歩にでも行って来たらどうですか? 日比谷公園の桜も咲き始めましたよ。暖かくなってきたし、鶯の声も聞こえたりして。気分転換にはもってこいですよ」
 気持ちにゆとりを持てば仕事の能率も上がるし、薪の健康にもいいはずだ。もう3日も2、3時間の仮眠だけで働いているのだから、今日は半日くらいゆっくり休むべきだ。

「青木。薪さんはな」
 曽我が何か言いかけたとき、いつも閉じられっぱなしのブラインドがさっと開かれ、眩しい春の光がモニタールームに差し込んできた。
 青木は思わず目を細める。
 光の影響で、すべての液晶画面は鮮明さを失った。ぼんやりとした輪郭が、発光する画面の中で踊っている。
「青木の言う通りだ。今日はこんなにいい天気だし、部屋の中にいるのはもったいないな」
 やわらかい陽光を背に、春の女神のような淡い美貌が青木に微笑みかける。
 なんてきれいな微笑だろう。光に溶けていきそうだ。

「青木。僕とデートしよう。いいところに連れてってやる」
 どんなときも仕事最優先の室長がそんなことを言い出して、第九の部下たちは、みな目を丸くしている。この新人はたしかに薪のお気に入りだが、仕事中に薪がそれを表面に出したことは一度もない。

 他の職員たちの前で、自分を特別扱いしてくれたことが嬉しくて、青木は舞い上がりそうな気分になる。
 去年の秋ごろから、青木は薪との距離を徐々に縮めていて、すでにただの上司と部下の関係ではない。ここだけの話、キスもしている。まだ恋人というわけではないが、いつかそうなれたら、と青木は思っている。

 モカブラウンのスーツ姿を追いかけて、室長に贔屓されている幸せな新人は、嬉しそうにモニタールームを出て行く。その大きな背中を見送って、残された第九の職員たちは、みな一様に複雑な表情を浮かべた。
「とうとう薪さんの『デート』が出ちゃったよ」
「青木も1年経ったからな。そろそろ大丈夫だと思ったんだろ」
「アレはきついんだよな。俺、あの後、1週間くらい立ち直れなかったよ」
「俺もやられたとき、泣きそうになった」
「俺は我慢できなくて泣いちゃいました。室長の前で」
「あそこまでやるのが薪さんだ。だから俺は薪さんの部下でいるんだ」
 口々に薪とのデートの思い出を語る職員たちに、室長の留守を託された岡部が誇りを噛み締めるような口調で言った。

「優秀な捜査官としての能力や、天才的な推理力も充分尊敬に値するけど。俺が一番尊敬してるのは、薪さんのああいうところだ」
「俺もです。でなけりゃ、あの性格にはついていけませんよ」
「まったくですよ。薪さんが意地悪と皮肉だけの人だったら、とっくにあのひとの部下なんか辞めてます」
「割合から言うと、9対1ってところなんだけどな」
「その1割が、俺たちをこの仕事にのめり込ませたんだろ」
 最初こそ上からの異動命令でいやいや集まった職員たちは、室長の仕事に対する姿勢に感化されて、この職場に愛情を抱くまでになっている。室長を介して職員同士が繋がりあい、仲間意識が芽生えて、強い連帯感が生まれている。

「よし、曽我。メインスクリーンに加害者の画を映し出せ。全員の目で、もう一度検証してみよう」
「はい!」
 岡部の指示に、全員が力強く頷く。
 再生から1年半。
 新しい第九の結束は日々を追うごとに深まって、旧第九を凌ぐ力を手に入れつつあった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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