FC2ブログ

オフタイム(1)

 薪さんのプライベートのお話です。
 薪さんには似合わない発言があります。
 原作のイメージを大切にしたい方は、ご遠慮ください。





オフタイム(1)







 それは第九の新人の、素朴な疑問から始まった。

「室長って休みの日、何してるんですかね?」

 第九の職員ご用達の居酒屋『どんてん』の指定席で、今井を除く5人の面子が1週間のストレスを解消しようと、ビールジョッキを片手に笑い合っている。
 酒の肴は仕事以外のことなら何でもいいのだが、特に多く話題に上るのは、やはり彼らの最大のストレスの原因となっている直属の上司のことだ。
「なにって、休みの日に仕事はしないだろ」
「わかんないですよ。仕事中毒ですからね、うちの室長は」
「ああいうのをワーカホリックっていうんだ。一番嫌な上司のタイプだよな」
「他にやることないんですかね。あの性格じゃ恋人はおろか、一緒に遊ぶ友達もいないんでしょうね」
「淋しい人生だよな」
「ああはなりたくないよな」
 云いたい放題である。
 アルコールが入っているせいもあるが、彼らがこの厳しい上司に常日頃からどれだけ虐げられているか、誰もフォローする者がいないことでも察しがつく。

「まあ、誰かが休日出勤するときには必ず出てくるな」
「そうですね。俺、先週出たとき、室長がメシ奢ってくれました」
 笹で作ったような頼りない助け舟を出したのは宇野である。
 宇野は、第九の誰よりもMRIシステムに精通している。年に何回か行わねばならないシステムチェックの間は他の操作ができないので、その作業は休日に行なうことが多い。そのため、休日出勤が一番多いのは宇野である。
「俺は水曜日に代休取ったけど、室長は取らないんですよね。あのひと結局、2週間休みなしですよ」
「別に、出てきてくれって頼んでないのにな」
 宇野の出した助け舟は、小池の意見によってあっさり波間に沈められた。その上から石を投げ込むように、小池は引き続き室長の欠点をあげつらう。
「あのひとって、自分以外誰も信じられないんだよ。報告書一つにしてもめちゃめちゃ細かい所までチェック入れてさ。元のデータから全部見直してんだぜ、あれ。毎日毎日、遅くまで残業してるのはそのせいだよ」
 だから突然倒れたりするんだよ、と吐き捨てるように言ってジョッキを呷った。

「部下に仕事を任せられないってやつ? ちいさい男だね」
「小さい小さい。背丈なんか小学生並だもんな」
「うちのおふくろより小さいよ。でもって細いったら」
「青木と並ぶと大人と子供みたいだよな」
「おまえ、年の割りに老けて見えるからさ、お父さんと子供ってカンジ?」
 話を振られて、背の高い新人は曖昧に笑って見せた。

 先輩たちはひどく室長のことをけなすが、この新人は室長に憧れて第九に入ってきたという変り種だ。初めのうちこそ室長の厳しいイジメ、もとい指導に心が折れそうになっていたが、いろいろあって、今は室長を心の底から尊敬している。
 夢中で敬愛していると言い替えてもいい。むしろ、崇めている。
 室長のためなら、どんなことでもできる。あのひとの役に立ちたくてたまらない。あのひとに褒めてもらいたくて、あの優しい微笑を見たくて。いつも一緒にいたくて、片時もそばを離れたくなくて。

 つまり、恋をしている。

 青木は最近、現場で警察官の心得を室長から叩き込まれたばかりだ。
 青木にそれを教えてくれたときの薪の高潔な心に、冷静な仮面の裏の熱い正義感に、とうとう魂ごと持っていかれてしまった。
 その前から少しずつ惹かれてはいたのだが、ずっと迷い続けていた。
 いくら見かけがきれいでも、室長は男の人だし、自分より12歳も年上だし。いくら想いつめても叶うはずもないし、叶ってしまっても困るし。
 しかし、今はもうそんな段階ではなくなってしまった。
 迷いなどない。
 真っ直ぐに薪のことだけを見ている。

 薪の強さを、潔さを清廉さを、見れば見るほどきれいで透明で、どんどんのめり込んでいく自分を感じている。
 時々は引き返したほうがいいのかなと思うのだが、研究室で顔を合わせてしまうと、そんな考えは瞬時に消滅する。捜査に没頭する薪のひたむきな姿を見ていると、世間的な不利益を考えて自分の気持ちに嘘を吐こうとしている自分がひどくいやらしく思えて、迷わなくてもいいのだと確信してしまう。
 だからこうして、薪の悪口を聞いているのは、正直つらい。
 どうして先輩たちは室長の素晴らしさが分からないんだろう。そう思うが、新人の立場では先輩に意見することもできない。辛辣な陰口にも曖昧に笑うしかない。

「明日は多分、井之頭公園だな」
 薪のシンパだと噂される岡部が、独り言のように呟く。
 岡部は薪の味方のはずなのに、なぜ先輩たちに注意をしてくれないのだろう、と青木は思う。
 一番の年長者で実力も高い岡部の言うことなら、みなも素直に聞き入れてくれるに違いないのに。せっかくみんなが気分良く飲んでいるのに、水を差したくないということだろうか。気配り上手の岡部らしいが、青木には少し不満だ。

「公園ですか? ……もしかして、デートとか」
 薪は青木より一回り年上だから、今年で36歳になるはずだ。結婚を約束した恋人がいてもおかしくない。
 青木にとってはけっこうしんどい予想だったが、岡部はその可能性を笑い飛ばした。岡部だけではない。第九の職員たちはみな、青木の言葉にいっせいに噴き出し、畳の上に転がって笑いこけている。
 なんだろう、この反応は。
「でっ、デートって、おまえ……!」
「デート、あのひとが女の子とデート! ないない、ありえない!」
「どこにそんな勇気のある女がいるんだよ!」
「生きてる女に興味ないぞ、室長は」
 ひどい言われ方だ。薪みたいないい男に、恋人がいないとは考えにくいのだが。

「室長ってモテるじゃないですか。しょっちゅうラブレターが届いてますよね」
「ありゃ、半分は中傷だ。第九は警察内部でも風当たりが強いからな」
「……そうなんですか」
 去年の夏に起きた事件以来、非難の手紙が薪のところに届けられるようになった。
 いかにもそれらしく装ったピンクの封筒を開けてみると、便箋に『警察庁の面汚し』と書いてあったりする。他にも『人殺しは警察を辞めろ』『警視正の資格なし』『第九は閉鎖しろ』などと非難の言葉は限りない。

 どんなひどい言葉にも、平気な顔で中身を確認してはゴミ箱に捨てていた薪だったが、一通だけ薪の顔色を変えさせた手紙があった。

 『私の憧れだった鈴木さんを返して』

 その手紙には、女の文字でそう書いてあった。
 それから薪は、自分宛に届く私信の封を二度と切らなくなった。今では読みもせずにシュレッダーに直行である。それはそれでひどい話だ。

「青木。あのひとの彼女いない歴、何年だか知ってるのか? 間違いなく35年だぞ」
「室長みたいなエリートが? まさか」
「いくらエリートだって、あの性格じゃ。皮肉屋で陰険で意地悪で、その上お天気屋で癇癪持ちだぞ。相手の女性がノイローゼになっちまうよ」
 そこまで言うか。

「じゃあ、何をしに公園へ?」
「来ればわかる。動きやすい格好で7時ごろ来てみろ。珍しいもんが見られるぞ」
 岡部は事情を知っているようだが、詳しいことは教えてくれなかった。
 休日の朝7時とは、ずいぶん早い時間だ。しかし、薪に会えるのなら早起きするだけの価値はある。
 朝の公園なら散歩か。犬でも飼っているのだろうか。
 薪には、マルチーズのような小型犬が似合うだろう。いくら薪が偏屈でも、自分の愛犬にはきっと笑顔を見せるに違いない。岡部の言う『珍しいもの』というのは、きっとそういうことだ。

 薪の明るい笑顔を想像して、明日の朝が今から楽しみな青木だった。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: