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二年目の桜(3)

二年目の桜(3)





 外は今日もすこぶるいい天気で、最高のデート日和だった。
 職務中にこんなことをするのは気が引けるが、薪のほうから誘ってくれたのだし、青木にはそれを断るなど思いもよらない。欠勤扱いにされて、ボーナスの査定が低くなっても文句は言わない。青木にとって薪との時間は、最優先最重要項目だ。

「どこへ行くんですか? 公園はこっちですけど」
「せっかく出てきたんだ。そんな近場で済ませないで、少し遠出しよう」
 薪のうれしい提案に、青木は満面の笑顔になる。
 薪がこんなふうに、自分との外出を楽しんでくれるなんて。

 なんでもない周りの風景が、輝いて見える。きっと薪が一緒だからだ。
 道の両側には民家があり、庭には樹木や花が植えられている。T字路を左に曲がったところの家では、遅咲きの白梅が満開だ。
 長い塀の上に、猫が昼寝をしている。可愛らしく体を丸めた小動物の姿に、酔っ払って座布団を抱いて寝ている薪の姿を重ね合わせて、青木は思わず微笑んだ。

 薪は、さっさと青木の前を歩いていく。
 もっとゆっくり散策して、春めいてきた周りの風景を楽しめばいいのにと思うが、薪はもともと早足なのだ。足の長さはだいぶ違うのに、歩く速度は青木とたいして変わらない。

 やがて十字路に差し掛かり、薪は迷わずに右の道を選んだ。次の三叉路では左の道に足を進める。どうやら薪には目的地があって、そこに向かって歩いているようだ。
「薪さん? どこへ向かってるんですか?」
 それには答えず、薪は無言のまま先を歩いていく。華奢な背中が会話を拒否している。デートと自分で言っておきながら、とてもそんな雰囲気ではない。

 やがて薪は、一軒の家の前で足を止めた。
「な……なんですか、この家」
 思いがけない薪の誘いに舞い上がっていた青木だが、ここに至ってようやく真の目的に気付いた。薪は、これを青木に見せたかったのだ。
「ここって、もしかして」
「前川美佐子の自宅だ」
 やはりそうか。
 ここは、あの事件の加害者の家なのだ。

「ひどい……」
 ブロック塀に囲まれた、ごく普通の一軒家。よくあるタイプの2階建ての建売住宅で、ベージュ色の外壁に洋式の出窓が数箇所突き出ている。その出窓はすべてダンボールで塞がれており、割れた窓ガラスがそのまま放置されていた。
 ブロック塀には『人殺しの家』『キチガイ娘』などという中傷が、スプレーで殴り書きされている。庭には石ころや生ゴミが散乱しており、これらがこの家に向かって外から投げ込まれたものであることは明白だった。
 生ゴミを漁りに、幾羽ものカラスが庭に舞い降りてくる。ギャアギャアと鳴くその黒い不吉な鳥は、この家に突然降りかかった不幸の象徴のようだった。

「わかったか。事件は終わってなんかいないんだ」
「どうしてこんな」
「殺人事件の加害者家族は、多かれ少なかれ世間の迫害を受ける。今回みたいに突然気が狂って被害者を惨殺したと風評が立った場合、家族が受ける弾圧は想像するも恐ろしいものになる。それに耐え切れず、自ら命を絶つ者も少なくない」
「そんなの、周りの人たちの方がおかしいですよ。だって、いまここにいる人たちは、何の罪も犯していないじゃないですか」
 青木の理屈は正しい。が、現状はこの通りだ。
 群集の行動は理屈が通用しない。団体の中に生まれた思想(エネルギー)は、個人の理性や道徳心を粉砕してしまう威力を持っている。

「彼らを非難することは出来ない。彼らだって怖いんだ。自分と違うことをするものが、怖い。だからしゃにむに攻撃することで自分を守るんだ。群集心理も働いてるけど、大本の要因は恐怖だ。おまえだって、隣の家の主人がいきなり殺人者になってみろ。今までみたいに気軽に訪ねて行けるか?」
「うちの隣のご主人は、温厚なひとです。そんなことはありえません」
「この家の娘も、真面目ないい子だったんだ。それが突然あんな事件を起こして、自分たちの見てきたものが信じられなくなる。自分たちの日常を守るために、彼らはこんな馬鹿げたことをしてしまうんだ」
「ちょっと待ってください」

 加害者の家族が世間から白い目で見られて、迫害を受けるのはよくあることだと薪は言う。しかし、その犯人を検挙したのは自分たち警察ではないか。
「オレたち警察は、罪を犯したひとを捕まえるのが仕事ですよね。でもそれは、こんな不幸な加害者家族を作ることにも繋がっているってことですか」
「そうだ」
 青木の言葉を、薪はあっさりと肯定した。
 それは逃れようのない真実だった。自分たちが犯人逮捕の祝杯を挙げる裏側で、この悲劇は確実に繰り返されている。
「じゃあ、オレたちの苦労ってなんなんです? 何日も徹夜して犯人を見つけ出して、被害者遺族の無念を晴らすことはできても、その影で結局は不幸な人を増やしてるってことですか?」

 青木は所轄の経験がない。その手で犯人に手錠を掛けたことはない。しかし、今まで何件かの事件をMRIで解明に導いている。
 自分が事件を解明したことで、こんなに悲惨な目に遭っている人がいたなんて。被害者の無念を晴らすことが、加害者の家族を地獄に突き落とすことになるなんて。

「犯人を突き止めても、死んだ人間は帰ってこない。被害者の遺族は嘆き続け、加害者の家族は地獄を味わう」
 薪は、淡々と救いのない現実を青木に突きつける。その中には一筋の光もない。
「それでも、僕たちは捜査を続けるんだ。それが僕たちの仕事だ」
「その仕事に意味はあるんですか? こんな―――― こんな可哀想な人たちを作ってまで」
「だから僕たちは、何が何でも真相を突き止めるんだ!」

 華奢な両手が青木のネクタイを摑み、青木はぐいっと下方に引き寄せられた。
 亜麻色の大きな瞳が、燃えるようにきらめいている。強い光が青木の瞳を捕らえ、その輝きを焼き付ける。
「僕たちが、この人たちを助けるんだ。娘さんが被害者を殺さなければならなくなった理由を探し出して、狂気に駆られて衝動的に殺人を犯したわけではなく、やむにやまれぬ事情がそこにあったと解れば、いくらかは世間の目も違ってくる。場合によっては同情も集まるかもしれない。それがこの家の人たちを救う唯一の方法なんだ」

 青木は、自分の甘さを思い知らされる。
 薪は、ここまで考えを巡らせていたのだ。被害者側のことだけでなく、加害者側の悲劇にまで思いを寄せて。不幸な人間をこれ以上作り出すまいと、自分のからだに鞭打って。

 このひとは、どこまで深い愛を持っているのだろう。
 その小さな手で、どれだけの人々の幸せを守っていきたいと考えているのだろう。

「はい……はい!」
 このひとの部下であることを誇りに思う。この人になら一生を捧げても悔いはない。
「早く第九へ帰りましょう」
「ちょ、ちょっと待て。何も走らなくても」
 普段なら青木よりもずっと早いスピードで走る薪だが、睡眠不足と栄養失調で足が前に出ないらしい。青木は途中のコンビニでおむすびをひとつ買い込むと、後ろから追いついてきた薪に、それを放り投げた

「室長。この仕事は体力勝負ですよ! 食べなきゃ駄目です!」
 おかかのおむすびを受け取った薪が、呆れた顔で青木を見ている。その可愛らしい顔に笑いかけて、青木は先を急いだ。
「先に行きます。薪さんは、それ食べて少し休んでください。風呂沸かしておきますから!」

 薪の目が、自分の背中を見ているのが分かる。
 いつも見守ってくれている。自分に手を差し延べてくれる。
 こっちへ来い、この方向を目指せ、と捜査に向かう薪の真摯な姿勢が、青木を導いてくれる。ぐいぐいと引き寄せられる。

 この想いはもう、誰にも止められない。

「やっぱり薪さんは、オレの神さまです」
 口の中で呟いてひとり微笑み、青木は第九の門を走り抜けた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは。(^^
コメントありがとうございます~。

薪さんは素晴らしい人、と言っていただけて幸甚でございます♪
ええ、うちの薪さんだって、仕事の時だけはかっこいいんですよ。(笑)

まあ、正直、ここまで考えちゃうと仕事できなくなっちゃうと思うんですけど。
それでも、3巻で佳人くんのために (いや、青木さんのためか?) 証拠隠滅を図った薪さんなら、こんな風に考えることもあるかもしれない、とは思いました。 
でもそれに時間を割くことは許されないんだろうな、だったら二次創作でさせてあげたいな、と思って、このお話を書きました。


>ちょっと、郁子の事件を思い出しました。あれもMRIで見なければ単なる痴情のもつれで終わった事件でしたね。岡部さんも薪さんを尊敬するきっかけになったし。(^^)

そうでしたね。
犯人が判ればいいというものではない。 事件の表層には現れない加害者の心。 それを知るまで、判決は軽々しく出すべきではない。 薪さん、素敵でしたね。 6巻の薪さん、過去の話だったせいか異様に可愛かったし!

あの話はとっても鮮烈な印象を受けました。

それまでMRIシステムについては理論でしか理解していなかったので、
被験者の心情によってあそこまで異なった画になる、という事実に驚きました。 
郁子さんの場合は病によるものでしたけど、佳代子さんの目から見た郁子さんがすごく醜く描かれていて、お父さんから見た郁子さんはとても可愛らしくて・・・・・・
ひとは、他人の心の中に自分の領域を持つ生き物ですが、受け皿となる人によってその姿を変えていくのだと、
それをこんな風に描き表した清水先生はすごいな、とこれを読んだ時は本当に感動しました。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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