二年目の桜(7)

二年目の桜(7)






 現場検証の結果、青木の仮説は裏付けられた。
 加害者前川美佐子の家の風呂場の換気扇と反対側の天井の壁から、2台のCCDカメラが発見されたのだ。
 この事実から、捜査一課は被害者西田聡史の自宅の家宅捜索を行なった。
 西田はこれまでにも何人かの女性の家から、同じ方法で盗撮映像を入手していた。その映像を種に、被害に遭った女性たちに、金品や肉体関係を迫っていたらしい。その証拠となる写真や写真を相手に送りつける際に使われたと思われる封筒などが発見され、それは青木の仮説を強く支持するものだった。

 だが、前川美佐子に関しては、覗き行為を行なっていたという事実は判明しなかった。おそらくは殺害時に壊されたパソコンの中に確証となるデータが保存されていたと考えられるが、PCのハードは粉々に粉砕されており、データの抽出は絶望的であった。
 PCの固定番号から辿った西田のネット遍歴には、多くの盗撮HPがヒットしており、自分自身何度かネットに盗撮ビデオを流していることが判明した。西田によって以前ネットに公開された映像は、前川美佐子のものではなく、他の女性のものだった。

 自分の仮説を証明するため、青木は西田聡史の脳を見ることを主張した。
 このような猟奇的な事件の場合、当局からの指示で2週間は被害者の脳が冷凍保存されることになっている。被害者はアイスピックで目を潰されているが、後頭部は無事だ。西田の脳を見ることは充分可能だった。
「両目が潰されている時点で、この可能性に気付くべきだった。今回はおまえの手柄だ。よくやったな、青木」
「ありがとうございます」
 尊敬する室長に褒められて、青木は頬を紅潮させている。よくやった、とたった一言ではあるが、薪のきれいな微笑が、青木にとってはなによりの褒美だ。
「でも室長。まだ確たる証拠はありません。西田の脳に、前川美佐子の盗撮画像が残っていることを確認しないと」
「そのことなんだが」

 室長席の回転椅子をくるりと回して、薪は左手のPCに向かった。
 神業のような速度でキーボードを叩き、目的のHPを開く。読んだばかりの捜査報告書に記載されたHPのURLをすでに暗記している辺り、やはり神レベルだ。青木にはとても真似できない。
「動機が薄すぎると思わないか」
 HPには、様々な場所で盗み撮りされた人々の秘め事が、赤裸々に公開されている。
 風呂やトイレは言うに及ばず、ラブホテルや夫婦の寝室までが、不特定多数の無遠慮な視線に晒されている。

「風呂を覗かれてその映像をネットに流すと脅されて、犯行に及んだ。でも、そのくらいのことでひとを殺すだろうか」
 顔にモザイクがかけてあるのは良心的なほうで、殆どが素顔のままだ。HPのアクセス件数は10万件を超えている。ピーピングという卑劣な行為の犠牲となった不幸な羊たちが、どれだけ多くの人々にその秘密を知られてしまっているのか、本人が知ったらその嘆きはいかばかりだろう。
「第九の風呂にもカメラが仕掛けられてて、僕やおまえの裸の映像も誰かが持っているはずだけど。それをネットに流すって言われたくらいで、その相手を殺そうとするか? 僕だったら勝手にどうぞって感じだけどな」
「それはオレたちが男だからですよ。女の人はそうはいきません。ましてや前川美佐子には、結婚を約束した相手がいたんですよ。そんな映像がネットに流れたら、結婚話までダメになっちゃうじゃないですか」

 前川美佐子は32歳。この辺で落ち着きたいと思っていたはずだ。
 西田聡史による金品の脅迫と肉体関係の強要。それが婚約者に知られたら、すべてがお終いだ。会社だってクビになるかもしれない。殺害の動機には充分だ。
 しかし、薪にはまだ納得がいかないようである。
「前川美佐子の家の風呂場に仕掛けられたカメラは、換気扇と天井の隙間だ。遠すぎて局部までは映らない。第九のカメラみたいに、洗い場の鏡とかに設置してあれば話は別だけど、あれじゃ全体像しか映らない。そんなぼやけた映像をネットに公開されたくらいで、どうってことはないと思うんだがな。ほら、これだ」

 薪がHP上で捜していたのは、脅しに屈しなかった女性の盗撮映像を、西田が見せしめとばかりにネットに公開したものだった。
 たしかにその画は不鮮明で、女性の顔は判別できるが肝心の身体は輪郭がぼんやりして、この程度ならそれほど屈辱的なものとは思えない。しかし、それは青木が男だから言える事であって、前川美佐子にとっては死んでも見せたくない画だったのかもしれない。

「カメラの性能と仕掛けられた位置から、前川美佐子の映像もこの程度のものだったと推察される。それから婚約者のことだが、美佐子は事件の1週間前に自分のほうから別れを切り出している。これは犯行を決意してのことなのか、それとも何か別の理由があったのか。別の理由だとしたらそれはなんなのか」
「どちらにせよ、西田の脳を見ればはっきりしますよ。西田の脳を第九に送ってくれるよう、所長に申請書を提出してください」
 確実な証拠となる画を添付した報告書を提出するためには、それ以外に方法はない。青木の嘆願は当然受け入れられるものと思っていた。

 ところがその2日後。
 薪は青木の予想を裏切って、とんでもないことを言い出した。

 西田の脳はいつ届くのかと聞いた青木に、薪は『西田の脳は検証しない』と宣言したのだ。そればかりか、これ以上の捜査は打ち切るという。
「僕はこの件は、このまま捜一に返そうと思ってる」
「どうしてですか!?」
「捜一の公式発表で、前川家の人々に対する世間の迫害は止むはずだ。これ以上の何を望むんだ?」
 先日の家宅捜索の結果から、捜一はこの事件についての公式発表を行った。
 前川美佐子は西田聡史によって覗きの被害に遭い、金品やからだの関係を迫られて、已む無く被害者を殺害するに至った、というのがその内容だった。

「そんなことしたら、全部捜一の手柄になっちゃいますよ!」
 薪が5日も不眠不休で頑張ったのに。全員で泊り込んでモニターを見続けたのに。
 目を閉じると、前川美佐子のMRIが始めから終りまですべて思い出せるくらい、何度も何度も繰り返し。その自分たちの苦労は何処に行くのだ。捜一に事件を返すということは、あの苦労をすべて水の泡にするということだ。

「手柄? おまえは何のために警察官になったんだ」
 亜麻色の瞳が厳しい光を宿す。
 厳格な上司の目になって、薪は青木を睨み据えた。
「おまえは何のために、この仕事をしてるんだ? 第九の名誉のためか、実績のためか。違うだろう。前川家の人々のような、弱い立場の人たちを守る為にやってるんじゃないのか。MRI捜査は、社会を平和にするための捜査だ。もう死んでしまっている人の恥辱を遺族に突きつけるための捜査じゃない。そんな捜査は必要ない」
「でも! 西田の脳を検証して報告書をつけなかったら、第九としてはお宮入りじゃないですか。室長の失点になるんですよ!」
 青木は、激しい口調で薪の翻意を促そうとした。
 この判断は絶対に自分が正しい。第九の人間なら、第九の実績を上げることを最大の目標にするべきだ。
 しかし、薪は首を縦には振らなかった。

「せっかくのおまえの金星を捜一にくれてやるのは僕だって業腹だけど、これ以上の捜査は藪から蛇を出すようなものなんだ。前川美佐子が人を殺し、自分も死んでまで守ろうとした秘密だぞ。それを暴き立ててどうする気だ」
「オレは別に自分の仮説に拘ってるわけじゃないです! 手柄が欲しいわけでもない。真実が知りたいんです」
「思い上がるな! おまえの好奇心を満たすために捜査をしてるわけじゃない!」
 そんなつもりはない。
 でもこれは、つい先日薪が自分に言ったことだ。
「事件はまだ終わってない、何が何でも真相を突き止めると言ったのは薪さんですよ。それなのにどうして」
「あの時とは事情が変わったんだ。いま西田の脳を見ても誰も救われない」
「それはどういう意味ですか」
「これは僕の判断だ。おまえが知る必要はない」

 青木には、薪の気持ちがまるで理解できなかった。
 部下たちの苦労を水泡に帰しても、加害者の秘密を守ると薪は言う。
 その加害者の秘密とは、どうやら入浴を盗撮されたという単純なことではないらしい。だったらその真実を追究するのが、捜査官の仕事ではないのか。そのためのMRIではないのか。真相の解明以外に重要視しなければならないことが、第九の捜査官にあっていいのか。
 
「納得できません」
「この事件の担当は曽我だ。曽我と僕とで決めたことだ。おまえにはこの事件に関して、意見をする権利はない! さっさと持ち場に戻れ!」
 険しい表情で、青木は室長室を退室した。
 そのままモニタールームを素通りして、研究室の外へ出て行ってしまう。青木のことだから少し頭が冷えたら帰ってくるだろうが、こんな風に薪に逆らうことは滅多にないだけに、仲間たちは一様に眉根を寄せた。

 青木がいなくなった室長室に、二人のやり取りを心配そうに聞いていた曽我が、コーヒーを持ってきた。薪にマグカップを差し出し、おずおずと進言する。
「室長。あのこと、青木に言ったほうがいいんじゃないですか? 青木だって子供じゃないんですから。事情を説明すれば、青木も必ず室長の考えに賛同しますよ」
「青木には黙ってろ」
 愛用のマグカップを受け取って、薪は一口だけコーヒーを啜る。相変わらず、曽我のコーヒーは味が一定しない。今日は妙に味が薄い。
「確証が取れたわけじゃない。下衆の勘繰りってやつかもしれない」

 青木が淹れたコーヒーが飲みたい。
 あいつのコーヒーは、香りが良くてコクがあって後味がすっきりして。口中に広がる深みのある苦さが、薪を恍惚とさせてくれる。あれは青木以外の部下には出せない味だ。

「青木には……まだ早い」
 薄くて苦味ばかりが強いコーヒーを飲みながら、薪は小さくため息をついた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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