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二年目の桜(10)

二年目の桜(10)





「なんだ、ぜんぜん咲いてないじゃないか」

 日比谷公園の桜は、まだ蕾が膨らみかけたところで、見頃というには早すぎる。自分が『見頃だ』と言ったくせに、花のない桜に薪はくちびるを尖らせている。まったく勝手な人だ。
「おまえがここの桜が咲き始めたって言ったんだぞ」
 今度は人のせいだ。始末に終えない。
「ここは北側ですから。南側に行けば、何本か咲き始めの桜が見られますよ」
 本当だな、と念を押して薪は遊歩道へ足を進めた。
 反対側に移動するなら、公園の中を横切れば早いのに、わざわざ遠回りして外周の遊歩道を通るつもりらしい。
 つまりそれは、薪のいつもの不器用な気の使い方だ。

 薪はゆっくりと、青木の右隣を歩いてくれる。その歩幅と速度が、言葉には表れない薪のやさしさを青木に教えてくれる。

 研究室を出たきり帰って来ない青木の行動を見抜き、薪はあの道で待っていてくれたのだ。前川家で青木が真相に辿りつくことも、その真実の重さに打ちのめされるであろうことも、予想がついていた。
 このひとに、見通せないことなどないのだ。
 
 一本だけぽつぽつと花をつけた桜の前に立ち、薪は両手をズボンのポケットに入れてその見事な枝振りを見上げた。青木に背を向けたまま、静かに尋ねる。
「前川美佐子の父親と話したのか」
「はい」
「……そうか」
 薪の声はひどく憂鬱そうで、その背中は何かに耐えているようにも見えた。
 前川美佐子の悲しい人生を思っているのか、それとも。

「薪さんは……知ってたんですか」
 黙ったまま、薪はゆっくりと振り返った。その亜麻色の瞳に湛えられた、どうにもならないやりきれなさ。

 青木の脳裏にその光景が浮かぶ。
 CCDカメラが仕掛けられた風呂の中で、父親に犯される娘の姿を。それをPCで見ている西田の姿を。
 薪には始めから分かっていた。
 青木が考え付いたようなことは、最初から仮説の一つに入っていた。それを確かめるために、前川家に行ったのだ。父親と娘の話をすることで、彼の心情を読み解いたのだろう。そして結論を出した。前川美佐子の秘密は秘密のままにしておくことに決めたのだ。

 やはり薪はとてもやさしい。
 そのやさしさは、事件の被害者やその遺族だけでなく、加害者やその家族にまで注がれる。それを可能にしているのは、薪の優れた推理力だ。
 あらゆる仮説を瞬時に導き出せる明晰な頭脳。数限りない可能性の中から真実を選び出す洞察力。誰よりも早く真相に辿りつくから、その先のフォローができる。
 どれだけ真剣にこの仕事に向き合えば、薪のようにすべてを見通せるようになるのだろう。
 起こってしまった悲劇に、その渦中で苦しむ者達が、それ以上傷つかずに済むように泣かずに済むように、どこまで強くなればすべてを守れるようになるのだろう。
 薪もきっとそれを願って、だからあんなに捜査に没頭するのだ。自分の身を削って、凄絶なまでの真摯な態度で。

「薪さんがやってることは犯罪です」
 青木の非難に薪は少しだけ怯み、肩を竦めた。
「そうかもしれない。証拠隠蔽といえば言えないこともない。前川美佐子が父親との関係を望んでいたとは思えないからな。強姦罪が成立する可能性は充分ある。でも」
「違います。ドロボーです」
 長い睫毛がぱちぱちとしばたく。わけがわからない、という顔だ。めちゃめちゃかわいい。
「ドロボーというより、強盗ですかね」
 盗まれる、などという生易しいものではない。いまの青木の心理状態には、強奪という表現がぴったりだ。

 このひとは、自分からどれだけのものを奪えば気が済むのだろう。
 こころもからだも魂も、何もかも持っていかれてしまった。
 すべての日常は薪に埋め尽くされて、未来を自由に思い描くこともできない。これから先、薪以外の人間の下で働くことなど想像もつかない。薪の側を離れることなど考えられない。
 もう自分には何も残っていない。あるのはこの想いだけだ。

 また、惚れ直してしまった。

 去年の春、薪のきれいな横顔にときめいて、薪から目が離せなくなって。
 あれから1年。
 色々なことがあって、なおさら薪のことが好きになってしまった。
 こんなに長く片恋が続いたのは初めてだ。こんなに激しい片思いも、初めてだ。

「おまえ、残りの本数ちゃんと数えてたのか」
「は?」
「シリアルバーだろ? おまえの机にたくさん入ってるやつ。昼飯代わりに食べてたんだ。買って返すつもりだったんだけど」
 ……ぜんぜん気がつかなかった。そういえばここのところ、やけに減りが早かったような。


「わかった。『一乃房』で寿司奢ってやる。それで水に流せ」
「はい」
 勘違いの名人は盗み食いの罪を認め、素直に詫びを入れる代わりにランチの提案をしてきた。和解案は成立し、ふたりは公園の出口に向かって歩き始めた。

 薪は青木の前を歩く。青木は薪の背を見ながら、その後ろについて歩く。
 先日と同じように自分を導いてくれる、その背中。青木の半分くらいしかない細い背中なのに、女のような華奢な肩なのに、どうしてこんなに頼もしく見えるのだろう。

 その背中が、公園の門の前で立ち止まった。ひとりの女性が薪を呼び止めたのだ。
「官房室の。松永さんでしたか?」
 薪は1度見た人の顔は忘れない。人間離れした記憶力は、こんなところでも役に立つ。
「官房長から伝言を預かってきました」
 その女性は、薪にメモを渡して去って行った。メモには『Pホテルで待ってるよ』と書かれている。どうやらランチの誘いらしい。

「悪いな、青木。小野田さんからデートのお誘いだ」
 相手が官房長では仕方ない。薪とふたりきりのランチは次回に持ち越しだ。このまま永久に持ち越されてしまう可能性のほうが高いが。

 第九とは反対の銀座方面に向かって歩いていく薪の後姿を見送り、青木は自分の非常食(シリアルバー)のラインナップに、薪の好きなオレンジピールを追加することを決めた。


 ―了―





(2009.2)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは~。
お返事おくれまして、誠にすみません。


>絹子の事件を思い出しました。

そうですねえ、実際、こういうのは絹子みたいになるよりも、美佐子のように我慢し続けてしまうパターンの方が多いんですよね。 
お母さんを傷つけたくないしね・・・・・絹子の場合は多分、あの一回だけだったと思うのですけど、現実は強要されて何度も繰り返されることが多いみたいです。


>あの時も何故、薪さんは絹子を庇うのだろうと思いましたが、もしかして父親にレイプされたことに気づいたのかなあ?

あれっ? 薪さんて、絹子のこと庇ってましたっけ? どの辺で?
ううーん、もう一度読んでみます。


>青木を待っていて桜を見に誘う優しさ。原作にも漫画に描き切れないこんなエピソードがあったのではと思えます(^^)

ありがとうございます~、同意してくださってうれしいです♪
誌面に現れないだけで、影ではたくさんのフォローを入れているのだろうな、と思います。 相手が青木さんじゃなくても、きっと。 
厳しいだけの上司についていくには限界がありますものね。 でも、今のメンバーはとても薪さんを信頼してますよね。 彼らが薪さんを信じるに足る何かがあるのだろうと思い、こんな話が生まれました。


>今の薪さんを戦友と言うより、神様のように信じきっている青木には不安も感じますが・・・

あれは戦友とは言いませんよね。 どう見ても対等じゃないもん。(^^;
岡部さんと薪さんなら、戦友になれるんじゃないかと思うのですけど・・・・・

盲信状態にある青木さんですが、あのひとはあれでいいとわたしは思います。 だって彼、最初からそうだったじゃないですか。 
薪さんに憧れて第九に来て、薪さんが病院で失神すれば見たもの全員自滅したというバイオハザード級の貝沼のMRI(鈴木さんの脳)を無断で見て、薪さんがヤバイと思えば自分の危険も省みずヘリを乗っ取って、
とにかく彼の頭の中には薪さんのことしかなくて、薪さんのためなら何でもしちゃう、そういう男だったじゃないですか。
なのでわたしは、
ようやく原点に戻ってきたな、青木、ってカンジで見てます。
「あんなこと」の時にも、青木さんの活躍に期待してます。(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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