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オフタイム(2)

オフタイム(2)





 吉祥寺にある井之頭公園は、森林浴のスポットとして有名である。
 広い敷地には遊歩道が整備されていて、ジョギングコースやちょっとしたアスレチック施設もある。季節の花や植物が美しく配置され、公園を訪れた人々の目を楽しませてくれる。恋人同士の散策には、もってこいの公園だ。

 こんな美しい公園を、薪とふたりで歩いたらどんなに幸せな気分だろう、と青木は考えている。
 薪の物静かな佇まいには、緑色の樹木が良く似合う。薪はそれほど活動的なタイプではないから、さんさんと照りつける太陽の下より、こういった静かな雰囲気がぴったりだ。
 遊歩道をゆっくりと歩く白百合のような美貌に、青木は声を掛ける。
『室長。散歩ですか?お供します』
 薪は青木の姿を見て少し驚くが、にっこりと微笑んで隣を歩くことを許してくれる。あまり口数が多くない薪のこと、取り立てて会話はないが、それでもこうして連れ立って歩いていると恋人同士のような甘い雰囲気に……。
―――― などと、中学生のような青臭い妄想をたくましくしていた青木だったが。

「も、もうだめです。限界です」
 現実の青木は、芝生の上に四つん這いになってゼイゼイと息を弾ませていた。
「限界って、おまえまだ2キロも走ってないだろ」
 確かに隣には薪の姿があるのだが、それは青木が想像していたものとはまるで違う。白地に黒の線が入ったトレーニングウェア姿。ジョギングシューズにスポーツタオル。今日の室長はめいっぱいアクティブないでたちである。
 そんな服装をしていると、とても青木より年上には見えない。きっちりとスーツを着ていてすら30代というのが信じられないのだ。ジャージ姿なんて間違いなく高校生だ。

 薪はその場で足踏みをしながら少しの間待っていてくれたようだったが、青木がもう立てそうにないことを見て取ると、大仰に肩を竦めて見せた。
「だらしないな。最近の若いもんは」
 まったくもって顔に似合わないセリフを吐いて、薪はジョギングの続きに戻る。セリフも似合わないが、室長の学者然とした雰囲気に、スポーツはもっと似合わない。

「こんなに走ったの、何年ぶりだろ」
 芝生の上に座り込んで、青木は息を整える。薪は走る速度を上げて前を行く岡部に追いつき、何事か話しかけている。たぶん、青木のヘタレっぷりを嗤っているのだろう。
「まさかジョギングなんて」

 薪は亜麻色の短髪を上下させながら、1周2キロのジョギングコースをひた走る。細い身体のどこにそんな体力があるのか、岡部と一緒のペースで早3週目である。
「青木、これ持ってろ」
 側を通り過ぎるときに、上着を投げられた。ウェアの下は半袖のTシャツを着ている。なんの変哲もない白いTシャツだが、薪が着ているとブランド品のように見えるから不思議だ。
 上着からは、甘やかで清冽な香りがする。これは薪の体臭なのだろうか。以前も薪はこの匂いを纏っていた。あのときは香水かと思ったが、どうやら違うようだ。

 5周目を回り終えた時点で、薪は走るのを止めた。息を弾ませながら青木のところへ歩いてくる。両膝に手を置いて前に屈み込み、荒い呼吸を繰り返している。
「青木、水くれ」
「あ、これオレのですから」
 新しいの買って来ます、という前に横取りされて、ペットボトルに半分ほど残っていたミネラルウォーターは薪の口の中に注ぎ込まれた。薪がこういうことに無頓着なのは知っているが、それでもやはりドギマギしてしまう。
 ごくごくと、白い喉が動いている。額や首筋に汗が流れていて、それが何故か妙にきれいだ。普通、男が汗にまみれるともっと汚らしく見えるものだが、やはり惚れた欲目なのだろうか。
 しなやかな腕。仰け反った細い首。汗でシャツが身体に張り付いているため、反り返った後頭部から背中のラインがはっきりとわかる。そのフォルムは、とても男のものとは思えない。肩も背中も華奢で頼りない。ウエストは青木の元カノより確実に細い。
 思わず見とれてしまう。やっぱりきれいだ。

 青木の視線の意味をどう捉えたのか、薪は秀麗な眉を寄せて軽く舌打ちした。
「……わかった、買って返すから」
 水くらいでケチくさいやつだ、と空のペットボトルを放ってよこす。
 誤解です、と青木は心の中で言い返す。まだそれを口に出せるほど、室長とは近しい関係ではない。
「岡部さんは?」
「まだ走ってる。岡部にはかなわん」
 薪は芝の上に仰向けに寝転がって、目を閉じた。呼吸を整えようと大きく息をする。薄い胸が上下して額には汗が浮かんで、その姿は見るものに蠱惑を与える。
 まるでそういう行為の後のような……あの艶めいたくちびるのせいだろうか。

「おまえ、もう少し体を鍛えたほうがいいぞ。この仕事は体力勝負だからな」
「室長はよく走ってるんですか?」
「まあな。毎朝5キロは走るぞ。平日は警視庁の中のジムでトレーニングするんだ。朝早いうちは誰もいないから」
 知らなかった。室長がこんなに体力づくりに熱心な人だったなんて。
 物静かでなよやかなイメージとはかけ離れた薪の習慣に、青木はびっくりしている。ジムでトレーニングなんて、想像もつかない。

 20キロを完走して、岡部がこちらへやってくる。冷たい水が入ったペットボトルを2本、手に下げている。片方を薪に渡して青木の隣に腰を下ろすが、表情はまだまだ余裕のようだ。岡部の体力は底なしらしい。
「岡部さん。知ってました?室長がジムでトレーニングしてるって」
 もちろん、という顔で岡部は頷いた。薪のことなら何でも知っていると言いたげだ。青木は微かな嫉妬を覚える。岡部と薪の信頼関係が、ひどく羨ましい。

 「ジムで竹内に会うそうですね」
 「あのバカ、ああ見えてよくトレーニングしてるんだ」
 ひょいと腹筋で起き上がり、薪は芝生の上に胡坐をかいた。
 男の人だから自然な座り方なのだが、やっぱり顔に似合わない。薪には、椅子の上でスマートに足を組んでいて欲しい。が、実際は職場でも足を組んでいることはあまりない。背筋をピシッと伸ばして、きっちりと両足を床に着けているのがいつものスタイルだ。
「竹内さんて、捜一の?」
 竹内という人物は捜査一課のエースで、薪とはあまり仲が良くない。青木もまだ、竹内のことは噂でしか知らない。何でも署内モテる男№1で、俳優のような色男だという。
「細く見えるけど、あいつ僕より筋肉あるんだ」
 その事実は室長にとって、面白くないらしい。いくらか顰められた眉と、尖らせたつややかな口唇が薪の不満を表している。
「バカのクセに、生意気なんだよな」
 竹内は確か京大出のエリートだ。それをバカと言い切ってしまうところがすごい。
「竹内はキャリアですよ」
「キャリアだって、バカはバカだ。おまえはキャリアじゃないけど、竹内よりずっと話が通じる。竹内の頭には、毛虫程度の脳みそしか入ってないんだ」
 薪は岡部にだけはこんなふうに、砕けた口調で話をする。表情も研究室にいるときとは大分ちがう。決してにこやかではないが、無表情ではない。

「それ、竹内が聞いたら泣きますよ」
「あいつが泣くようなタマか。そもそもあいつに涙なんかあるのか? 親が死んでも泣かないぞ、きっと」
「どんだけ嫌ってんですか」
「世界で3番目にきらいだ」
「ベスト1と2は誰ですか?」
「2番目は三田村のバカだ。1番は」
 そこで薪は、ちらりと青木の顔を見る。まさか自分じゃないですよね、と不安になってしまう青木である。そこまで嫌われることはしていないと思うが、いや……。

 やはり、あれだろうか。

 第九に来たばかりの頃、無神経にも鈴木の脳を薪に見せた。あのことで、自分を恨んでいるのだろうか。
 一度、きちんと謝っておいたほうがいいのかもしれない。しかし、もしも違っていたら、また余計なことを蒸し返してしまう。

 ふと、青木は自分の膝に微震を感じた。預かっていた薪の上着のポケットで、携帯電話が震えている。薪がすぐに気が付いて上着を取り上げ、電話に出た。
 「はい、薪。……分かりました。すぐに伺います」
 簡潔な会話の後、薪は慌しく上着を着込んだ。所長からの呼び出しらしい。休日だというのに、室長は本当に忙しい。
「俺も行きましょうか」
「いや。僕ひとりで十分だ」
 岡部の申し出を断ってすっくと立ち上がると、薪は封を切っていないペットボトルを青木に放ってよこした。
「あんまりケチくさいこと言ってると、女にもてないぞ」
 だから誤解ですったら。
 どう言ったらいいものか困惑顔の青木に意地悪な笑みをくれて、室長は歩き去った。
 薪の眼に、自分はどう映っているのだろう。出来の悪い手のかかる新人―――― 残念ながら、まだそんなところだろう。

「薪さんの朝メシ、食い損ねたな」
「はい?」
「いつもなら、これから薪さんちで朝メシ食うんだ。あのひとの料理は美味いぞ」
「え!? 室長、料理なんかするんですか」
 意外だ。これもまた想像がつかない。
「卵焼きなんかプロはだしだぞ。味噌汁もちゃんと出汁をとってな」
 岡部は、薪の自宅にもよく遊びに行くと聞いた。休みの前日などはふたりで飲みに行くことも多いという。
「岡部さんて、本当に室長と仲がいいんですね」
「仲がいいっていうか、危なくてひとりにしておけないっていうか」
「は?」
「まあ、あの人とは年も近いし。経験した部署も同じだから、話が合うのかもな」

 岡部は薪よりひとつ年上。第九の中で唯一、薪の先達である。
 階級は下でも、警察官としての経験年数なら18年にもなる。長い下積み期間を経て捜査一課に配属になった岡部は、そこで水を得た魚のごとくめきめきと頭角を顕し、たちまち捜一のエースとなった。犯人検挙率トップの座を守り続けて4年。その実力を買われてキャリア限定の第九へ特別に異動となったわけだが、それは警視総監じきじきの人事だったと聞いている。薪が頼りにするわけだ。

 あと10年早く生まれたかった。そうしたら。
 岡部ほどではなくとも、もう少し薪と親しくなれたかもしれない。いかんせん、12歳の年の差は厳しい。
 羨望の眼差しで頼りがいのある先輩を見ながら、青木は自分の若さを嘆いていた。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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しづ薪さんの生命力が好きっ

薪さんがジョギング~

きっと白地に水色のラインのトレーニングウェアは芝生に座っても草の汁も土も付かないに違いないっ
薪さんの周囲には厚さ0.3mmの泥汚れ防止バリアーがあるはずだからっ(←バカ?)
美ジョガーと間違われてナンパされそ~デスはっ岡部さんはその警護っ

青木のお水を奪い取って飲むトコの描写が色っぽくて好きです


ああ

生命力のある薪さん、素晴らしい゜。(≧ω≦)。゜゜

原作の不安が和らぐ~

この薪さんなら幸せになってくれそうな気がします。


先日、みちゅうさんの秘密のたまごにお邪魔しまして
非常に美しい世界観で薪さんが“鈴木が好き”だと自覚するあたりBLとか二次創作とかを越えて美しくて
胸がキュンキュンし過ぎて心臓が筋肉痛になりそうだったんですが
あの、可愛い可愛いヒヨコ薪さんが鈴木を打ち殺してしまうかと思うと……
ヒヨコ薪さんは生きていられるとどうしても思えず~
ヒヨコ薪さんと同時に読んでる私が半死半生になりそ~で
もう、辛すぎて続き読めず……

ありえない系に逃げてみた。

『ダークな薪さん、あるいは……(しりとりの話)』を開いた。

通勤電車内で(爆)

30分間笑い続けました(><)


あの美しい世界観の中に、あんな破壊力強い爆弾が埋まってるなんて……………みちゅうさん…………恐ろしい人(◎∀◎;)

まきまきさまへ

まきまきさん、こんにちは~。

> 薪さんがジョギング~

最後にものを言うのは体力だと思います。
なんちゃって、原作ではできないことをするのが二次創作なので、(←その定義はどこから?)
「絶対にやらないだろうな」と思われることは片っ端からやらせてます。
あ、でも、アニメの薪さんは柔道やってたみたいなので、ジョギングもしてたかも?


> 薪さんの周囲には厚さ0.3mmの泥汚れ防止バリアーがあるはずだからっ(←バカ?)

↑ 吹きました☆
確かにっ、薪さんは例え車に泥水掛けられても、汚れないような気がしますっ!!


> 美ジョガーと間違われてナンパされそ~デスはっ岡部さんはその警護っ

わははは、なるほど!
岡部さんの心配はそっちだったか!!


> 青木のお水を奪い取って飲むトコの描写が色っぽくて好きです

本人は全然意識してないんですけどね、自然に出ちゃうイロケがいいですよね。(^^


> 生命力のある薪さん、素晴らしい゜。(≧ω≦)。゜゜
>
> 原作の不安が和らぐ~
>
> この薪さんなら幸せになってくれそうな気がします。

ありがとうございます。
薪さんは、もともと生命力の強い方だと思うんですよ。
貝沼の画を見て、狂わなかった唯一の捜査官(滝沢さんは別ですけど)ですから。 精神的にも肉体的にも、タフだったとわたしは思っています。
ただ今は、鈴木さんの事件があったせいで、自分の命を軽んじる傾向にあるような気がして、
だから「青木さんの無念を晴らす」という目的のためには、自分の命も身体も道具として躊躇なく使いそうな気がして、それが怖いんですよね。(^^;


> 先日、みちゅうさんの秘密のたまごにお邪魔しまして

おおおおお!!!!
はい、わたしも大ファンです!!!
メロメロに参ってます、みちゅうさん大好きです~! 

そうなんですよっ、ひよこがね~~! 
あれはもう、二次創作の域を超えてます、文学ですよ!!
鈴木さんを撃ち殺してしまったヒヨコ薪さんは、ええ、まきまきさんのご想像通り見るに耐えない苦悩を抱え込むことになるのですけど、
でもだからこそ!
そこに現れて薪さんを救う青木さんの構図が素晴らしいのですよ!!
ぜひ読んでください!!!! 


> ありえない系に逃げてみた。

> あの美しい世界観の中に、あんな破壊力強い爆弾が埋まってるなんて……………みちゅうさん…………恐ろしい人(◎∀◎;)

ええ、そこがね、みちゅうさんのみちゅうさんたる所以と言うか、深さと言うか、不思議ちゃんというか。(笑)
彼女はギャグもすごいんですよ。 (『こんな薪さんはいやだ』シリーズとか)
もう、感性がわたしのような平凡な人間とは根っこから違うの~~。
みちゅうさんには『天才』という称号が相応しいと思いますっ!

まきまきさんは、通勤電車の中で笑い続けたんですね☆
わたしは事務所で「ユダのキス」読んで泣き崩れました。あと「ビミル」も泣いた。 止まらなくなった。 
・・・・・って、こんなところでお噂して、ごめんなさいね、みちゅうさん。(^^;


コメントありがとうございました。
まきまきさんの、またのお越しをお待ちしております~。(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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