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ファイヤーウォール(2)

ファイヤーウォール(2)






「はい。どうしました?」
 双方向性の通話装置は、ある事情によってごく最近研究室に取り付けられた。その事情というのが薪ならではの出来事で、あの時のことを思い出すたびに青木は苦笑してしまう。

 その時は進行中の事件の最中だったのだが、例によって飲まず食わず眠らずの室長に、少しでも休息を取ってもらおうと、青木は風呂の用意をした。
 行き詰った捜査に「リラックス効果の高い風呂の中で事件のことを考えれば、違う局面も見えてくるかもしれない」と言葉巧みに唆して、薪を風呂に送り込むことに成功した。
 ところが、その10分後。

「新宿駅の東口4番改札だ! メインスクリーンに出せ!」
 叫び声と共に研究室に駆け込んできた室長の姿に、第九は一瞬で機能停止状態になった。
「し、室長!」
 亜麻色の髪から雫が落ちている。湯に浸かっていたらしく、肌がピンク色に染まっている。滑らかな肩のライン。男にしてはくびれの強いウエスト。細い腰から伸びたきれいな足。きゅっと締まった足首の下は素足で、くるぶしの曲線がめちゃめちゃ色っぽい。
 腰にタオルを巻いただけのあられもない格好に、職員全員が慌てふためく。ロッカールームやシャワー室なら心の準備もできるが、こんな日常の研究室で見るには刺激が強すぎる。

「今井、拡大しろ。……ここだ、この駅員の手を見ろ。手袋をしていない。何らかの事情で、手袋を外さなければならなかったんだ」
 机に片手を突いて、伸び上がってモニターを指差す。爪先立った足にしなやかな筋肉が浮いて、きゅっと上向きのヒップがタオルの上からでも視認できる。
「まだ可能性に過ぎないが、もしかしたら血が付いたのかもしれない。犯行時の映像に手袋らしきものが映ってないかどうか、もう一度チェックしろ」
 画像を映し出している今井のほうを振り向きざま、腰のタオルがキーボードの端に引っかかって落ちそうになった。
「あっ!」
 見たいけど、見たくない。
 こんなきれいな生き物に、あんなものがついているとは認めたくない。複雑な男心である。

「僕は別に寒くないぞ?」
「こないだ風邪をこじらせたばかりじゃないですか。大事を取ったほうがいいですよ」
 とっさに目を覆った手の隙間から職員たちが見たものは、第九の新人に毛布でぐるぐる巻きにされている室長の姿だった。
 青木の機転で、職員たちの精神的ショックは最小限に抑えられた。
 そのあと薪は、岡部の小言をひとしきり聞いて、入浴中の緊急連絡のためにインターホンをつけることにしたのだ。

『青木。これ、どうしたんだ?』
「これってなんですか?」
『これだ、これ!』
 これではわからない。どうやら様子を見に行くしかないようだ。

 研究室を出て2番目のドアを開け、ロッカールームを通り抜けると、そこがバスルームになっている。脱衣所も整備され、鏡やドライヤーも備え付けられて、一応の身づくろいができるようになっている。
 青木は目隠しガラスのドア越しに、声を掛けた。
「どうしたんですか?」
「見てみろ! すごいぞ、これ!」
 見ろと言われても、困ってしまう。
 青木は、薪とそういう関係になりたいと思っている。他の職員とは違って、見たいけれど見たくないのではなく、見てしまったら大変なことになるから、見るのを我慢しているのだ。
 しかし、自分の指示に従わないと、薪は途端に不機嫌になる。週末の定例会に参加を禁じられでもしたら、1週間の頑張りはどこで報われるのかわからない。
 なるべく薪の姿を見ないように視線を上に向けて、青木はバスルームに通じる折りたたみ式のドアを押し開いた。

 ブクブク泡立つ湯船の中で、薪が子供のようにはしゃいでいる。湯船の床から気泡が上がる方式のバブルバスが、どうやらお気に召したらしい。
「こないだのお詫びにって、業者のひとがサービスしてくれたんですよ」
「お詫び」とは、薪が風邪をこじらせて3日も入院する一因となった、業者の施工ミスによる水災害のことだ。厳寒の夜に、蛇口から噴出した水を頭から被って濡れネズミになった薪は、その後風邪をひいてしまった。薪が風邪をこじらせた理由は、日頃の疲れやその他にもあったのだが、大本の原因はやはりこれだ。

「これ、新製品なんですって。昨日の昼間、わざわざ付けに来てくれたんですよ」
「こっちはなんだ?」
 湯船の背面に、見慣れない器具がついている。湯の中で手を伸ばして、物珍しそうにその機械を触っている薪の無邪気な表情が、たまらなくかわいい。
「それはジェットジャグジーです。そこに背中が当たるようにして、操作はパネルのボタンでしてください」
「これか?」
 給湯パネルに新設されたスイッチを押すと、背面に空いた4つの穴から勢いよくお湯が出てくる。オプション品で脱着式のものだが、背中と腰に分けて水流を調節できるようになっていて、強弱も自動でつけられる高性能の商品である。
 業者のサービスと薪には言ったが、実はクレームのお詫びだ。
 蛇口の故障のせいで、薪があんなひどい目に遭ったのだ。慰謝料と損害賠償を請求してもいいくらいだ。
 法学部の知識にものをいわせ、青木は丁寧に事細かくその辺のことを説明してやった。滅多に怒らない青木だが、今回は自分の命より大事なひとが熱を出して寝込んでしまったのだ。原因となった業者には、猛省してもらわなければ気が済まない。
 ここまで形になって返ってくるとは思わなかったが、薪がこんなに喜んでくれるのなら結果オーライだ。言ってみるものだ。

 風呂の入り口からは、薪の後姿が見える。見ないようにしてはいるが、やはり見てしまう。
 亜麻色の濡れた髪、華奢な肩。細い首に白い背中―――― なんてきれいなんだろう。

「う、わ、これっ……あっ、あんんっ!」
 ……しまった。これは大失敗だ。
 薪のこのクセを忘れていた。マッサージであの声が出るのなら、ジャグジーでもやっぱりこうなるに決まっている。
 白い肩と背中が薄紅色に染まって、びくびくしてる。風呂の中だから当然、全裸だ。これじゃまるで向こう側に誰かいて、何かしている最中のようだ。
「ああ~、たまらんな~、クセになりそうだ」

 こっちも、たまったものではない。
 青木は後ろを向いて、バスルームのドアを閉めた。頬が火照っているのが自分でも解る。

 今夜はきっとまたあの夢を見てしまう。秋口の事件の最中の、青木しか知らない薪の姿を。
 今まで何度夢に見ただろう。
 あの時の薪を思い出すと、自分を抑えることができなくなってしまう。薪に悪いとは思うが、自分が男である限りはそれを止めることはむりだ。

「いいな、これ。うちの風呂にもつけようかな」
 青木の心中に気付きもせずに、薪は上機嫌で喋り続けている。まったく、罪作りなひとだ。
「いくらぐらいするのかな。青木、業者に聞いといてくれ」
「はい」
 無神経な上司の命令を聞きながら、このジャグジーは外しておこうと決心する青木だった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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