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ファイヤーウォール(4)

ファイヤーウォール(4)






 不意にキュイッという音がして、青木の背後に暖かく湿った空気が流れ込んできた。風呂の扉が開いて、薪が出てきたのだ。
「あ~、気持ちよかった。僕、毎日ここの風呂使おうかな」
「ここに住むつもりですか?」
「あとは洗濯機と冷蔵庫だな」
 どこまで本気だろう。

 薪は、バスタオルで身体に付いた水滴を拭き取っている。
 風呂上りのあまやかな肌の色。首筋から肩のラインが、めちゃくちゃ色っぽい。タオルの裾から見えている太腿の白さが、眼に痛い。

 青木は慌てて薪に背中を向ける。自分の中の男の部分が、理性の殻を破って飛び出してきそうだ。
 さわりたい。抱きしめたい。キスしたい。それ以上のこともしたい。
 このままここにいたら、襲い掛かってしまいそうだ。この場を離れなければ。

 ところが、研究室に戻ろうと歩きかけた青木の背中に、薪は当然のように話しかけてきた。
「あの書類には参った。やってもやっても終わらないんだもんな」
 薪が言っているのは、今週ずっとかかり切りになっていた書類のことだ。
 風邪が治って退院した薪を夜の第九で待っていたのは、お節介な新人と、室長の机に山と積まれた書類だった。

 まったくあいつらときたら、とぶつぶつ言いながら、薪は髪を拭いている。薄紅色に染まったなまめかしい姿態が、青木の目に飛び込んでくる。
 青木は、脱衣所のドアに視線を逃がした。
「そうだ。金曜日、岡部と一緒に僕の家に来るだろ? そのときに米買ってきてくれ」
「え、またですか?」
「誰のせいでこんなに早く、うちの米びつが空になると思ってんだ。僕ひとりなら、4ヶ月くらいもつんだぞ」
「オレだけじゃなくて、岡部さんだってけっこう食べますよね」
「岡部はおまえみたいにしょっちゅう来てない……なんでおまえ、そっち向いてんだ?」
 青木が背を向けたまま話をしているのが気に障ったのか、薪は少し不機嫌な声を出した。
「いや、だって」
 バスタオルを肩に掛けただけの扇情的な姿で、薪はドライヤーを使い始める。
 髪をほぐす左手が動くたびにタオルの裾が揺れて、小さな尻が見え隠れしている。男は、こういう視覚的な刺激には弱い。見えそうで見えない部分からは、目が離せなくなってしまうのだ。

「青木。おまえ、今夜のメシは?」
「今日はいいです」
「珍しいな。おまえがメシの誘いを断るなんて」
 断りたくて断っているのではない。それは男の事情というやつで。
 つまりは、真っ直ぐに背中を伸ばせない状態になりつつある。必死で気を逸らそうとしている青木の前で、髪を乾かし終えた無邪気な妖婦はバスタオルを外して全裸になった。脱衣篭の中を引っ掻き回して、下着を探しているらしい。

「時間が遅いですから」
「今、何時だ?」
「11時です」
 会話をつなげてはいるものの、確実にやばい。しかし、それは青木だけが悪いのではない。
 このひとはどうして、人前で平気ではだかになるのだろう。自分の裸体にどういう効果があるか、自覚がないのだろうか。これだからおかしな男に目をつけられるのだ。

 そのおかしな男の第1人者が自分であることに気付いて、青木はがっくりと肩を落とす。
 他人のことは言えない。自分だって夢の中では、薪にあんなことやそんなことをさせているのだから。

「車、回してきますね」
「大丈夫だ。まだ終電に間に合うから」
「夜道は危険ですから」
 危険なのは青木である。
「平気だ。女子供じゃあるまいし」
 こっちが平気じゃない。

 車のキーを取りに行くという名目で、青木は脱衣所を離れた。鍵は研究室のキャビネットの中だが、その前にトイレに寄らないと、車の運転もできない状態だ。
 我を失って薪に襲い掛かったら、半殺しの目に遭わされる。あんな細い身体をして、薪はとても強いのだ。

 薪に恋をして、1年経つ。
 その間、青木は誰ともベッドを共にしていない。相手が好きなひとでなければ、青木は男になれない。気持ちの入らないセックスは、物理的にできない。子孫繁栄には役に立たない男である。
 が、正直な話、さすがにひとり寝が寂しくなってきた。青木はまだ24歳。盛りと言っても良いくらいの年齢だ。それが1年も相手がいないのでは、ほんの少しの視覚的刺激にも、過敏に反応してしまおうというものである。

 片恋の相手に無理やり関係を迫ろうとは思わないが、自分のこの状態に気付いたら、薪は警戒体制に入ってしまうだろう。そんなことが原因で薪に嫌われるくらいなら、去勢したほうがマシだ。
 ただ、気持ち的にはそうでも、身体の反応はまた別の問題だ。それを止めようとするのは、欠伸を我慢したり、トイレを我慢するのと変わらない。つまりは無駄な努力だ。
 その無駄な努力をしなければ、薪は自分から遠ざかってしまう。厄介な相手を好きになってしまったものだ。

 恋というのは、理屈では説明がつかない。
 そんな無駄なことをしてでも、薪と一緒にいたい。たとえ恋人になれなくても、薪の笑顔が見たい。
 今も青木はハンドルを握りながら、薪の家まで約1時間のドライブができることを嬉しく思っている。
 平日深夜のこの時間、1日の職務に疲れた身体で、しかも助手席の人物はちゃっかりと夢の中にいるというのに、青木は上機嫌だ。狭い車中で、薪と同じ空気を吸っているだけでも幸せな気分になれる。そこにこんなかわいい寝顔が加わったら最高だ。

 マンションの前に車を止めて、薪を揺り起こす。重なり合った長い睫毛と、微かに開かれた口唇。無防備に、しかし限りなく扇情的に青木を誘う、そのつややかなくちびる。
 引き寄せられるままに、くちびるを重ねる。角度を変えて深く重ね合わせる。小さな前歯の間を舌で割って、濡れた内部に入り込む。やわらかい舌を捕らえて吸い上げる。
 存分に舌の甘さを味わって、青木はくちびるを離した。
 薪の亜麻色の瞳が半分開いて、蕩けた顔で青木を見ている。くちづけの余韻に浸っているのか、寝ぼけているのか。その境界線は曖昧だ。

「……おまえ、いま」
「おやすみなさい」
「……うん」
 薪はふらふらと二階への階段を上っていく。部屋に明かりが点るのを確認してから、青木は車をスタートさせた。
 研究所への道を辿りながら、とりあえず風呂場のジャグジーだけは今夜中に外しておこうと思う青木だった。



*****


 まったく男ってやつは。
 どいつもこいつも(笑)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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