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ファイヤーウォール(10)

ファイヤーウォール(10)







 暗い寝室の中で、薪はベッドに蹲っている。
 頭から布団を被って、目を閉じている。しかし安らかな眠りは訪れそうにない。先週も今週も、連続して不愉快な週末になってしまった。
 薪は横向きに寝て膝を抱え、お得意のポーズを取る。考え事をするときに膝を抱えるのは、薪のクセだ。

 胎児の体勢になって、岡部が言ったことを考えてみる。
『青木にとって、薪さんは特別なんです』
 岡部はそう言った。

 つまり、僕が鈴木を好きだったみたいに、青木も僕を好きだってこと?
 そんなはずはない。青木と僕じゃ状況が違う。
 青木は明るくて人付き合いが上手で、友達も多くて彼女もいた。僕は昔からずっと独りで、鈴木が初めてできた親友だった。僕はそれがうれしくてうれしくて、鈴木に夢中になって。あっという間に僕の世界は鈴木の色に塗りつぶされた。
 好きで好きでたまらなかった。全世界と引き換えにしてもいいと思うくらいに、鈴木のことが欲しかった。鈴木は僕のすべてだった。
 青木にとって、僕はそこまで重要じゃないはずだ。青木の周りには多くの人がいる。親も姉弟も友人も女友達も、彼女だって作ろうと思えばできるはずだ。青木は隠してるけど、署内の女の子が何人かあいつにお熱だって聞いたこともある。
 きっと僕のことは、興味本位で――――。

 そこで薪は、病院を自主退院した自分を第九で待っていた喜劇を思い出す。
 あのジャケット。
 自分のジャケットを青木は大切そうに持っていた。病院に見舞いに来て、二時間もパイプ椅子に座ってた。あいつのことだから、眠っちゃっただけなんだろうけど。
 でも、ずっと待ってた。
 
『愛してます。薪さんのことが大好きです。あなたの夢を毎晩見ます。オレの気持ち、分かってくれました?』

 夢。
 問題はその夢だ。
 そこで自分がさせられていることを思うと、ふつふつと怒りが滾ってくる。
 薪も男だから、そういう夢を見ることもある。その中で女の子がしていることを自分がしているのかと思うと、恥ずかしいやら情けないやらで顔から火が出そうになる。
 夢だけで済むはずがない。あいつ、絶対にやってる。
 男なら必ずする。頭の中で妄想を逞しくして、自分の手で……。

「~~~っ!」
 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!
 僕の写真をそういう目的に使ってたクラスメートと同じじゃないか。やるほうはいいけどされたほうは堪ったもんじゃない。まるで自分が風俗嬢かAV女優になったみたいで、男の快楽に奉仕する商品に貶められたみたいで、とても耐えられない。
 だいたい、誰かとのセックスを想像して自慰をするなんて普通は、いや、普通か。男だったら誰でもする。僕だって――――。

「あれ?」 
 そういえば、鈴木とああいう関係になる前の僕って、鈴木のことを想いながら自分で―――― しかも僕は我慢しきれずに襲っちゃったわけで。
「あれれ?」
 もしかして僕って青木よりケダモノだったんじゃ……。

 真夜中のひとり寝のベッドは、薪にわずかばかりの理性を取り戻してくれる。暗い闇を見つめていると、自分がしてきた数々の失敗も思い出されて、青木を一方的に責めることはできないと言った岡部の言葉が、加害者側の味方をしたものではなく、第三者の冷静な判断によるものだったことが解ってくる。

 少し、言い過ぎたかもしれない。
 あの日は朝っぱらから間宮にあんなことをされて、気分が最悪だったせいもあって、短絡的に青木のことをそれ目当てで自分に近づいてきたと考えてしまったけれど。
 確かに岡部の言う通り、反応はしていたけれど、僕に指1本触れてきたわけじゃない。
 用事があるから帰ると言った青木を引き止めて食事に誘ったのもの自分だし、マッサージを頼んだのも自分だ。
 好きだと告白した女の子に自宅に誘われて、手料理をご馳走になって、マッサージと称して自分の上に乗ったり肌を触ったりするのを許されたら……それは僕だって。
 でも、僕は女の子じゃないし、その理屈は通用しない。
 認めるわけにはいかない。
 青木の劣情を認めてしまったら、それを受け入れることになってしまう。

 僕の身体は鈴木のものだから、あいつにはやれない。他の誰にもあげられない。

 それで、青木が自分から離れていくなら構わない。逆にその方が都合が良い。雪子さんのこともあるし、仕事のこともある。普通の上司と部下の関係に戻れるなら、そのほうがいい。
 青木が第九を辞めるというなら、引き止めまい。あいつはもともとこの仕事には向かない。いくら努力したって、持って生まれた性質は直らない。お人好しで他人の言ったことを素直に受け取る青木には、他人を疑うことから始まる捜査官という職業が天職とはいえない。

 薪はベッドから身を起こした。
 リビングに通じるドアを開ける。20畳ほどの広い洋間は真っ暗で、ひとの気配はなかった。
「帰っちゃったのか。怒ったかな」
 そこに置き去りにしたはずの部下の姿がないことを知って、薪は不安に駆られる。
 暗闇がひどく恐ろしいものに思えて、要りもしない明かりを点けた。明るい光ががらんとした部屋を照らし出す。

「この家って……こんなに広かったっけ」
 薪はソファに腰を下ろし、膝を抱えた。周囲を見回して苦笑する。
「広いわけだよな。何もないもんな、この部屋」
 薪の家には家具らしい家具がほとんどない。
 広いリビングにあるのは応接セットとテレビ、仕事用の机と本棚だけだ。置物や観葉植物などの装飾品は、なにひとつ置いていない。サイドボードの上に親友の写真と百合の花が置いてあるが、この広い部屋を賑やかに演出するには、あまりにも控えめなアイテムだ。
 でも、それを今まで広すぎると感じたことはなかったはずだ。
 それが今夜はなんだか、とても広いように思えて。寒々とした冷気まで感じて。

 先刻、岡部とケンカをしてしまったせいかもしれない。岡部とケンカになったのなんか、最初のとき以来だ。あの事件の直後から、岡部はずっと薪を支えてくれていた。
 それが、あんなつまらないことで言い争いになって。
 岡部は僕の味方だったはずなのに、なんで青木の弁護なんかするんだ、と思ったら頭に来て。この世に自分の味方が誰もいなくなってしまったような気がして、喚かずにいられなかった。岡部は何も悪くないのに、八つ当たりして怒鳴り散らしてしまった。

 薪にとって、岡部はとても大切な部下だ。岡部以上に自分を理解して助けてくれる人間はいない。
 岡部には常々感謝してきた薪だが、精神的な部分でこれほど彼に依存していたとは気付かなかった。たったあれだけの口喧嘩で、これほどの喪失感を味わうなんて。
 明日、岡部にはちゃんと謝ろう、と薪は思う。
 青木が第九からいなくなるのは構わないが、岡部は困る。薪は岡部を失いたくない。岡部がいなかったら、第九をまとめる者がいなくなる。
 岡部は狭量な男ではない。小言は多いが、それは薪のことを考えて進言してくれるのだ。こちらが素直に謝れば、快く許してくれるはずだ。
 女房役はひとりでいい。自分を理解してくれる部下も、ひとりいればいい。
 それはとても淋しい考えかもしれないけれど、分け合うには自分の秘密は重過ぎる。

 薪は何かを振り切るように立ち上がると、リビングの明かりを消した。
 暗い部屋に、しばらくの間立ち尽くす。その顔は、1年前の薪の表情に限りなく近い。
 やがてゆるゆると薪は歩き出した。
 罪人のような足取りで、うら寂しい背中が暗い寝室へと入っていった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは!
コメントありがとうございます!!


この辺の薪さんの心情は大分にフクザツでして、
自分自身、平気だ、とモノローグで言っても、実は全然平気じゃなかったりして★
うちの薪さん、意地っ張りなんでね、なかなか自分の気持ち認めようとしないんですよね。 で、いっつも周りの岡部さんとかに助けてもらうの。 ダメな人なんです。(^^;


>青木が第九を辞めてもかまわないけど岡部は困るって(笑)

これは本音だと思いますよ。
原作の薪さんも、きっとそうです。 岡部さんには絶大な信頼を寄せている、わたしにはそう見えます。


>青木が自分を女性のように好きになるわけないと期待してないのか。

してませんね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・そのくらい、してもいいと思うんですけどね・・・・・思うことすら禁じているのでしょうね・・・・・・薪さん・・・・・・・。


>薪さんは岡部がいるから自分がいなくなっても大丈夫と思っているんでしょうね。

そうですね。
岡部さん初め、第九のみんなを信頼しているんでしょうね。
鈴木さんを亡くしたばかりの頃は、自分がいなければ第九が潰れてしまうと思って遮二無二がんばってきたのでしょう。 第九はきっと、鈴木さんと薪さんの子供みたいなものだったのではないかと想像しています。 初代室長・副室長ですから。


>確かに、いなくなってしまった人に恋する方が辛いと思えました(;;)青木、居るうちに気づけ!!

でしょう?
大丈夫ですよ、彼はきっと気付いてくれます。 あの薪さんが好きになったひとですもの、必ず気付きます。
わたしも信じますので、Aさまも信じてあげてください。(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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