ファイヤーウォール(11)

ファイヤーウォール(11)






 月曜日の朝。
 職務時間前の室長室で、岡部は薪の謝罪を受けた。

「この前は、感情的になって悪かった」
「俺のほうこそ、すいませんでした。その……タブーの話を持ち出したりして」
 神妙な顔で頭を下げた薪に、岡部は自分の非礼を詫びた。
「いいんだ。本当のことだから」
 このひとは意地悪でひねくれものだが、こういうところは実に素直だ。自分が悪いと思ったら相手が部下でも子供でも、きちんと謝る。

「青木にも謝ってくださいよ」
「なんで僕が謝らなくちゃならないんだ!? 悪いのはあいつのほうだろ!」
 途端に噛み付いてきた薪に驚いて、岡部は目を瞠る。
 薪は自分の説得を聞き入れてくれたわけではなく、自分と言い争いになってしまったことを詫びたのだ。青木のことを許すつもりはないらしい。
「僕はおまえとはケンカしたくない。だからこのことは放って置いてくれ。職務に支障をきたすような真似はしない。僕がプライベートを仕事に持ち込まないのは、知ってるだろ」
「その辺は心配してませんけど」
 心配なのは青木のほうだ。
 精神的にまだまだ未熟な青木は、ショックでどんなポカをやらかすか分かったものではない。これは自分がフォローに回らなくては。

「岡部。青木のことも放っておけ。このぐらいのことで仕事に影響を出すようでは、使い物にならん」
 見抜かれた。いつもながら鋭い洞察だ。
 薪の牽制を受けて、表立って青木を力づけることもできなくなってしまった岡部だったが、青木は普段と変わりなく仕事に打ち込んでいるようだった。諦めたのか平静を装っているのか、表面上は平穏な日々が過ぎた。

 何日か経つにつれ、おかしくなってきたのは薪のほうだった。

 薪は岡部に言ったことを守り、研究室では普段と同じように振舞っていたが、定時を過ぎて職員達が帰ってしまうと、ひとりでぼんやりしていることが多くなった。給湯室でコーヒーカップを持ったまま佇んでいたこともあるし、何も映っていないモニターを虚ろな目で眺めていたこともある。
 職務中はそんな様子は決して見せないが、薪が淋しさを感じ始めているのは明らかだった。

 やはり自分の読みどおりになった。だからあれほど言ったのに。

 あの時は頭に血が昇っていて、岡部の言葉を素直に聞くことができなかったのだ。今の薪なら説得することも可能かもしれない。
 明日は室長会議があるのに、と渋る薪を強引に『瑞樹』に連れてきて、席に着かせる。薪の好きな吟醸酒と平目の刺身を用意して、岡部は上司を懐柔する作戦に出た。
「薪さん。青木のことなんですけど」
「仕事以外の話なら聞かないぞ」
 先手を打たれてしまった。
 岡部が困った顔をしていると、薪は苦笑してぐい飲みを取り上げた。
「まったく。おまえはお節介だな」
 岡部のほうに杯を出し、酌を受ける。つややかなくちびるが透明な液体を含み、濡れていっそう艶を増した。

「僕は青木とは友だちでいたいんだ。わかるだろ」
「もちろんです」
「でも、あいつはそれ以上の関係になりたがってる。だから一緒にはいられないんだ」
 薪の言い分は尤もだ。応える気がないのなら、冷たくあしらったほうが相手のためだ。
 しかし。
 このひとは、今の自分の表情に気付いているのだろうか。
 哀しそうな瞳をして、弱気に眉を下げて。涙が流れていないのが、いっそ不自然だ。

「俺がストッパーになればいいんじゃないですか?」
 きょとんとした顔で、薪は岡部を見た。ストッパーの意味がよく分からないようだ。
「俺と一緒なら、薪さんが心配しているようなことにはなりませんよ。それでも青木がトチ狂った行動に出るようなら、二人して絞めちまいましょう」
 岡部の提案に薪は目を輝かせた。が、すぐにその光は消えて、代わりに拗ねた子供が顔を出した。
「青木はもう、うちに来る気ないんじゃないか」
「そんなことないですよ」
「だって、もう2週間も経つんだぞ。その間、仕事以外じゃ1回も僕に話しかけてこないし。謝っても来ない」

 実はそれは、岡部が青木に授けた作戦だった。
 今回は、青木が謝って薪に許しを乞うべき諍いではない。薪のほうから歩み寄るべきだ。
 青木は悪いことはしていない。ただ薪に恋をしているだけだ。
 相手が男だという理由でそれを責めるなら、道ならぬ恋に落ちているものすべてを糾弾しなければならない。そこには多分、薪も自分も含まれている。自分たちに青木を責める権利はないのだ。

「落ち込んでる素振りも見せないし。僕がこんなに」
 言いかけて、薪は口を閉ざした。右手で口を覆っている。
 言葉尻を捉えるのは簡単だが、敢えて追求するまい。せっかく素直になろうとしているこの天邪鬼の足を引っ張るようなことはしたくない。
「そんなことないですよ。青木は落ち込んでます。表に出さないだけですよ」
「そうは見えないけど」
「とにかく、明日は誘ってみますから」
「余計なことするな」
 そう言いつつ、薪の目は期待に満ちている。言動と表情が一致しないのは薪の習性だ。

「あいつがどうしても来たいって言うんなら、冷蔵庫の残りもの食わせてやらないこともないけど」
「青木はディスポイザーですか?」
「限りなく環境にやさしい生ゴミ処理機として売り出すか」
 人間扱いされていない。青木も可哀想なやつだ。
「買ったほうも動力費が賄いきれないんじゃないですか?」
「そうだな。食い物以外は受け付けないからな。改良が必要だな。いっちょ皿でも食わせてみるか」
「じゃ、俺が青木を押さえますから」
 あははと笑って、薪は杯を空にする。酔いも手伝ってか、いつもの笑顔が戻りつつある。

「岡部」
 はい? と顔を向けると、薪は岡部が今まで見たこともないくらい、きれいに微笑んだ。
「ありがとう」
「はい」
 薪のありがとうが何に対してのものなのか、はっきりとは分からなかったが、その笑顔は岡部の心にじわりと沁みて、幸せな気分にさせたのだった。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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