ファイヤーウォール(16)
ファイヤーウォール(16)
一人になった薪が一番にしたことは、ベッドから離れることだった。
ここで、あんな厭な目に遭ったのだ。このベッドに触れるのも嫌だ。
身体は自由に動くから、さっきの麻痺は一時的なものだったらしい。少量の痺れ薬か、筋肉弛緩剤をあのクスリに混ぜたものと思われる。
ソファに座って膝を抱え込む。ワイシャツの肩に爪を食い込ませて、本能を抑え込もうと必死になる。
ローテーブルに、薪の携帯電話が置いたままになっている。メールの着信があるのに気付いて、震える手で画面を開く。メールは雪子からで『解毒剤は無いけれど、特効薬を送る』と書いてあった。
「特効薬……それまで何とか、我慢しろってことか」
ここには誰もいないし、雪子の処方に従うことは間違いではないと思うが、薪にはプライドがある。
薪も男だから自慰はするが、それは自分の意志でするものであって、こんな不自然な欲求からするものではない。全然そんな気はないのに、そこだけが快楽を求めて猛り狂っているなんて、自制心の強い薪には初めての経験だ。
自分は間宮とは違う。下半身の欲求に汲みするなんて、絶対に許せない。
しかし。
「だ、ダメだ、きたっ……!」
二度目に深く塗りこまれた薬の効果は、絶大だった。
指一本触れていないのに、薪の欲求はどんどん膨れ上がってズボンの前を押し上げている。下着がこすれて痛い。とても抑えきれる衝動ではない。堪らず、ベルトを外してズボンを緩める。下着の中に右手を滑り込ませ、屹立している自分自身を押さえ込む。
「あっ、んんんっ!」
触れてしまったら、もう止められなかった。
欲求の命ずるままに、薪の右手は意志とは関係なく快楽を得ようと動き始める。
「ちっくしょ……」
くやしい。
間宮に盛られた薬のせいで、こんなことをするなんて。あの男の思い通りに、自分の身体が操られるなんて。
もし岡部が助けに来てくれなかったら、間宮の前でこんな醜態を晒していたことになる。それが目的の人間なら、一も二もなく飛びついてくるだろう。こっちだって、この状態じゃとても抵抗できない。誰かがここにいたら、男女構わずこっちから襲い掛かってしまいそうだ。
ズボンと下着を膝の位置まで下ろしたみっともない格好で、薪はソファの上に横になる。奥歯を噛み締めて、せめて声は出さない。心の中は口惜しさと情けなさで、台風のような有様だ。
「―――― っ!」
欲望を吐き出して、薪は荒い息をつく。クスリに負けてしまった自分が嫌になるが、やはりどうにもならなかった。
とにかく一段落だ。気持ちを切り替えて第九に帰ろう。
「あ、あれ?」
薪は思わず自分の手を見た。
白くて華奢な手には、いま吐き出したばかりの欲望が付着している。ティッシュを取る余裕も無かったのだ。しかし、薪が驚いたのはそこではない。
おずおずと下を見ると、薪のそこは未だ処方前の状態のままで、次の処置を待っていた。
「なんでだ!?」
もともと性欲が薄い薪は、自慰もセックスも1度したらお終いだ。
風俗の女の子が頑張ってくれたが、2度目はとうとうできなかった、という苦い経験もあるくらいだ。自慰もせいぜい1ヶ月に1度くらい。それもかける時間はものの3分。セックスにいたっては10年以上もご無沙汰だ。それでもなんら不自由を感じないほどに、薪はそちらの方面には興味が無いのだ。
そんな自分が、こんなバカな。いくらクスリのせいとはいえ、イッたばかりですぐにまた欲しくなるなんて。
いったん与えてしまった愛撫は、もう止めることができなかった。二度目の衝動は初めのものより遥かに強く、より深い刺激を求めて薪のからだを突き動かした。
「くそっ……」
自分自身を罵りながら、薪は目を閉じた。
くやしくてくやしくて、たまらなかった。
一人になった薪が一番にしたことは、ベッドから離れることだった。
ここで、あんな厭な目に遭ったのだ。このベッドに触れるのも嫌だ。
身体は自由に動くから、さっきの麻痺は一時的なものだったらしい。少量の痺れ薬か、筋肉弛緩剤をあのクスリに混ぜたものと思われる。
ソファに座って膝を抱え込む。ワイシャツの肩に爪を食い込ませて、本能を抑え込もうと必死になる。
ローテーブルに、薪の携帯電話が置いたままになっている。メールの着信があるのに気付いて、震える手で画面を開く。メールは雪子からで『解毒剤は無いけれど、特効薬を送る』と書いてあった。
「特効薬……それまで何とか、我慢しろってことか」
ここには誰もいないし、雪子の処方に従うことは間違いではないと思うが、薪にはプライドがある。
薪も男だから自慰はするが、それは自分の意志でするものであって、こんな不自然な欲求からするものではない。全然そんな気はないのに、そこだけが快楽を求めて猛り狂っているなんて、自制心の強い薪には初めての経験だ。
自分は間宮とは違う。下半身の欲求に汲みするなんて、絶対に許せない。
しかし。
「だ、ダメだ、きたっ……!」
二度目に深く塗りこまれた薬の効果は、絶大だった。
指一本触れていないのに、薪の欲求はどんどん膨れ上がってズボンの前を押し上げている。下着がこすれて痛い。とても抑えきれる衝動ではない。堪らず、ベルトを外してズボンを緩める。下着の中に右手を滑り込ませ、屹立している自分自身を押さえ込む。
「あっ、んんんっ!」
触れてしまったら、もう止められなかった。
欲求の命ずるままに、薪の右手は意志とは関係なく快楽を得ようと動き始める。
「ちっくしょ……」
くやしい。
間宮に盛られた薬のせいで、こんなことをするなんて。あの男の思い通りに、自分の身体が操られるなんて。
もし岡部が助けに来てくれなかったら、間宮の前でこんな醜態を晒していたことになる。それが目的の人間なら、一も二もなく飛びついてくるだろう。こっちだって、この状態じゃとても抵抗できない。誰かがここにいたら、男女構わずこっちから襲い掛かってしまいそうだ。
ズボンと下着を膝の位置まで下ろしたみっともない格好で、薪はソファの上に横になる。奥歯を噛み締めて、せめて声は出さない。心の中は口惜しさと情けなさで、台風のような有様だ。
「―――― っ!」
欲望を吐き出して、薪は荒い息をつく。クスリに負けてしまった自分が嫌になるが、やはりどうにもならなかった。
とにかく一段落だ。気持ちを切り替えて第九に帰ろう。
「あ、あれ?」
薪は思わず自分の手を見た。
白くて華奢な手には、いま吐き出したばかりの欲望が付着している。ティッシュを取る余裕も無かったのだ。しかし、薪が驚いたのはそこではない。
おずおずと下を見ると、薪のそこは未だ処方前の状態のままで、次の処置を待っていた。
「なんでだ!?」
もともと性欲が薄い薪は、自慰もセックスも1度したらお終いだ。
風俗の女の子が頑張ってくれたが、2度目はとうとうできなかった、という苦い経験もあるくらいだ。自慰もせいぜい1ヶ月に1度くらい。それもかける時間はものの3分。セックスにいたっては10年以上もご無沙汰だ。それでもなんら不自由を感じないほどに、薪はそちらの方面には興味が無いのだ。
そんな自分が、こんなバカな。いくらクスリのせいとはいえ、イッたばかりですぐにまた欲しくなるなんて。
いったん与えてしまった愛撫は、もう止めることができなかった。二度目の衝動は初めのものより遥かに強く、より深い刺激を求めて薪のからだを突き動かした。
「くそっ……」
自分自身を罵りながら、薪は目を閉じた。
くやしくてくやしくて、たまらなかった。