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ファイヤーウォール(17)

ファイヤーウォール(17)






 それからどのくらい経っただろう。
 ドアをノックする音がして、薪はびくりと肩を上げた。

「薪さん、オレです。三好先生から薬を預かってきました」
 耳に馴染んだ第九の新人の声に、薪は思わず顔をしかめた。
 雪子がここに来なかった理由は、理解できる。こんな状態の男の前に、女の雪子が姿を見せたら、間違いなく襲われると思ったのだろう。薪も自分を抑えられる自信はない。

 でも、よりによってなんでこいつなんだ? こんなときに、間宮と大差ないじゃないか。

 しかし、薬は必要だ。どうにかして自分の状態に気付かれることなく、青木から薬を手に入れなければ。
 繰り返された手淫のために力が入らない右手で、ローテーブルの上のボールペンを掴む。ホテルに備え付けのもので、黒くて長いペン先の尖ったタイプだ。それを逆手に持ち、ワイシャツの裾を噛んで、薪はペンを自分の太ももに突き立てた。
「――――!」
 鋭い痛みが走って、正気が返ってくる。その場凌ぎではあるが、こうするより他には方法が無い。
 薪の足には今つけた傷以外にも多くの傷があり、ペンにはすでに乾いた血がこびりついていた。色々試みはしたのだが、痛覚以外に自分を抑えてくれるものは見つからなかった。

 ようやく立てるようになって、薪は床に落ちていた毛布を拾い、肩からすっぽりと被ってドアに向かった。薬さえあればこの地獄から抜け出せる。
 警戒しながらドアを開け、青木を部屋の中に入れる。絶対にスキを見せまいと、剣呑な表情と刺々しい雰囲気で、守備を固める。
「薬は?」
「これです」
 白い縦長の封筒。平べったくて、薬袋というよりは手紙のようだ。
 封を切ると、果たして中には一枚のメモ用紙が入っていた。他には何も無い。

「雪子さんから預かったのは、これだけか?」
「それだけです」
 訝しく思いながらも薪が二つ折りにされたメモ用紙を開くと、そこには雪子の文字で恐ろしいことが書かれていた。
『この薬の効果を消せるのは人間だけ。頑張ってね』
 嫌な予感がして、青木の背を見る。無能なメッセンジャーの背中には紙が貼り付けてあり、大きな文字で『特効薬』と書いてあった。

「雪子さん……どうせなら女の子を送ってください……」
 こいつ相手になにを頑張れと!?

 雪子がけらけらと大口を開けて笑っているのが、目に見えるようだ。彼女のお祭り好きは今に始まったことではないが、他人事だと思って酷すぎる。男の事情が女の雪子には理解できないのだ。
 頭を抱えてしまった薪を見て、青木が心配そうな顔つきになる。
 この善人面に騙されてはいけない。こいつの本音は間宮と同じだ。
 純真そうな仮面の裏側で、あんな汚らしいことを考えていたような男なのだ。

「おまえ、どこまで事情を知ってるんだ」
 「薪さんが間違って、5課で押収した催淫剤を飲んじゃったから、特効薬を届けるようにって三好先生が」
 青木の説明を聞いて、薪は雪子の機転に感謝する。
 青木はずっと以前、裏取引の代償として薪のことを厚生省の役人に差し出そうとした上役の首を締め上げてしまったことがある。またそんな騒ぎを起こすことを恐れて、青木には本当のことを言わなかったのだ。

「その格好で、ここまで来たのか?」
「え?」
 薪に背中の紙を剥がされて、青木は初めてそれに気付いたらしい。まったく注意力散漫なやつだ。警察官失格、というよりはただの間抜けだ。
「オレが特効薬なんですか?」
「それは雪子さんのジョーク……」
 ぞくん、と下腹部が疼いて、薪はクスリの効果が再び身体に現れたことを悟った。
 早く青木を追い返さなければ。始まってしまったら、自制できない。その姿は青木の理性を壊してしまう。だって、こいつは僕のことをあんな目で――――。

「もういい、おまえは早く帰、うっ!」
 下腹部から全身に震えが走って、薪は思わずその場にしゃがみ込む。とても立っていられない。そこに手を伸ばしたくなるのを必死でこらえる。
 心配そうに肩に置かれた青木の手が、微かに強張る。薪が今どんな状態か気付いたのだ。
 薪はとっさに、先刻ボールペンの先でつけた傷口を爪で抉った。痛みで正気に戻ろうとするが、2回目はその効果が薄い。すでに何度も試している。この方法が通用するのは1度きりで、次の時には屈辱的な行為に頼るしかない。
「薪さん、やめてください」
 不自然な欲求は、薪の心を裏切る。強い自制心とプライドが、その欲望を抑えるために薪を自傷行為に走らせる。心と身体がバラバラの方向へ引っ張られて、気が変になりそうだった。

「我慢することないです。これはあくまで薬のせいです。だれも薪さんを、責めたり笑ったりしません」
「……本当に?」
「はい。もちろんです。オレにはちゃんと解ってますから」
 やさしい言葉と微笑みに、薪の涙腺が壊れそうになる。
 あんなひどい目に遭わされて、舌を噛み切りたくなるような恥辱を味わって。幾度となく繰り返された望まざる行為に、身もこころもボロボロに傷ついて。
 もう、限界だった。
 目の前にある広い胸に取り縋って、顔を伏せて泣いた。この男の危険性は充分認識しているはずなのに、身体が勝手に動いてしまった。

「大丈夫ですよ。もう大丈夫ですからね」
 ぎゅっと抱きしめてくれる、やさしい腕。これは危険なものだと解っているのに、なぜ安心するのだろう。

 震える両手を大きな背中に回し、薪は自分を救ってくれる特効薬を抱きしめた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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