新人騒動(3)

新人騒動(3)






「副室長。今日の郵便物です」
「この書類にサインお願いします、副室長」
「副室長、総務課からの回覧ですけど」
「……頼むからその呼び方、やめてくれ」
 岡部が情けない顔で周りの職員を見回す。強面の岡部の弱りきった様子に、第九の面々は一斉に笑った。

 今朝のミーティングで、岡部が正式な副室長に任命されたこと、明日から3人の新人が配属されてくることが発表された。岡部は人望も厚く、前々から副室長的役割を果たしていたから、この人事はみなに歓迎されるものだった。
 暴君のような薪を抑えられるのは、岡部しかない。正式に副室長に任命されたことで、ますます薪との絆は深まるだろう。

「副室長。コーヒーどうぞ」
「青木。おまえもか」
「あはは。岡部さんってば、照れ屋なんだから」
 明日から先輩になる第九の新人は、岡部の副室長就任のお祝いに、特別なコーヒーを淹れてくれた。この男は、第九のバリスタと異名を取るくらい、コーヒーを淹れるのが上手いのだ。

「ガラじゃないよ。俺が役付きなんて」
「そんなことないですよ。岡部さんの実力は、みんな知ってるし」
「そうですよ。この中で室長の操縦ができるのは、岡部さんだけだもんな」
「そこがいちばんスゴイところだよな」
「ああ。尊敬するよな」
「俺の実力ってそういうこと?」
 とぼけた会話に、また笑いがこぼれる。岡部の就任をみなが喜んでくれていることが伝わってきて、岡部は胸が暖かくなるのを感じた。

「青木。新人の教育係、おまえにやらせろって室長が言ってたぞ」
「え? オレ、ひとりでですか?」
 たしかに、今年の新人は3人だ。青木ひとりでは荷が重過ぎる。
 どうせ長続きしないに決まっているから青木にでもやらせとけ、と薪の本音はそんなところなのだろうが、一応の形をとっておかないと、後々厄介なことになる。薪の思惑通りになったとして、人事部への異動願いには、指導に当たっていた職員の氏名も記入する。それが3人とも同じ人物だったら、第九は新人の教育に不熱心だ、ということになり、室長の失点になってしまう。

「そうだな。小池と今井。おまえらも頼む」
「はい。わかりました」
 この二人を選んだのは、一流大学卒業のキャリアだからだ。新人がキャリアなら、指導員もキャリアのほうが話が合うだろう。

 薪の方針で、第九内部では全くないと言っていいキャリアとノンキャリアの見えない壁は、研究室の一歩外に出ると確実に存在している。
 今年の新人は、キャリア入庁後警察大学を修め、半年間の内部勤務を経て第九に配属されてくる。そこで彼らはノンキャリアを見下す毎日を送っていたはずだ。
 彼らがノンキャリアである宇野や、キャリアではあるが大学のレベルで劣る曽我の指導を、素直に受けるのは抵抗があるだろう。気配り上手な岡部らしい配慮である。

「青木。僕にもコーヒー淹れてくれ。みんなにも」
 コーヒーの匂いを嗅ぎつけてきたわけでもあるまいが、薪が室長室から出てきた。手には会議用のファイルを持っている。これから研究所内の室長会議があるのだ。
 会議と言っても、これは4月の異動で新しく役職についた人間の紹介をする、いわばお披露目会のようなものだ。これから1年間はこのメンバーで室長会を運営していくことになる。その最初の挨拶というわけだ。

 馨しい香りを漂わせて、第九のバリスタがコーヒーを運んでくる。
「今日はブラジルサントス№2です」
 どうぞ、と差し出された白いマグカップを受け取り、薪はその芳香と味に満足そうな笑顔を浮かべる。薪にはいつもスペシャルなコーヒーを淹れる青木だが、近頃はまさに職人の域に達してきた。
「職場でおまえのコーヒーが飲めるのも、今日で最後だな」
「え、どうしてですか?」
「明日から新人が来るんだぞ。お茶汲みは新人の仕事だろ」
 それはそうだ。青木のコーヒーが飲めなくなるのは残念だが、これは仕方のないことだ。
 バリスタ解任の命に、青木は少し複雑そうな顔をしたが、はいと素直に頷いた。

 貴重な最後の1杯を楽しみながら、モニタールームでしばしの歓談を楽しむ。
 特に急ぎの案件がなければ、室長を囲んでこんなゆっくりした雰囲気も生まれるようになってきた。これも第九のバリスタによる魔法の液体のおかげである。
「室長。今度うちに来る新人の中に、Ⅰ種試験全国1位のやつがいるって本当ですか?」
「そうらしいな」
「全国1位? どうしてそんなこと分かるんですか? あれって順位発表されないですよね」
「そうだけど。でも毎年、それとなく伝わってくるよな」
「本人にも分からないものが、どうして噂になるんですかね」
「1位になると、人事院の総裁から激励の賞状が届くんだ」
 マグカップをゆらゆらと動かして、薪がこともなげにみなの疑問に答える。室長が何故それを知っているのか、理由は単純なことだった。
「届いたんですね」
「薄っぺらいただの紙切れだぞ。何の役にも立たん。同じ紙なら、トイレットペーパーのほうがまだ気が利いてる」
 なんてありがたみのない全国1位だろう。人事院が気の毒になってきた。

「全国1位かあ。きっとすごく頭がいいやつなんだろうな。MRIの機器操作も、あっという間に覚えちゃったりして」
「どうする? 1週間で青木よりサーチが早くなっちゃったら」
「そんな。脅かさないで下さいよ、小池さん」
 素直な青木は1年経っても新人のイメージが強くて、みなにからかわれる。その様子を薪は穏やかな目で見ている。

「でも、ホントにそうなったらどうしよう。オレ、先輩って呼んでもらえますかね?」
「何度も言ってるだろう。学歴なんぞクソの役にも立たん」
 東大首席卒業及び国家公務員Ⅰ種試験首席合格者は、その勲章をばっさり切って捨てた。謙遜ではなく、このひとの場合本気でそう思っているから怖い。
「第九で必要なのは学歴じゃない。試験ができたからって、優秀な捜査官になれるとは限らない。実際の捜査には、ひらめきや想像力のほうが大切だ。でも、一番大事なのは」
 全員が室長に注目する。
 室長が、自分の部下に求める最重要資質。これは聞き逃すわけにはいかない。
「体力と根性だ」
 ……エリート集団というより、スポ根集団である。

 何とも複雑な表情をしている部下たちを尻目に、薪はコーヒーを飲み終えて立ち上がった。
「さて。会議に行くぞ、副室長」
「薪さんまで」
 くすくすと笑いが漏れる。モニタームールの会話を薪も聞いていたようだ。

 空になったマグカップを青木に渡し、歩き出そうとして薪は足を止めた。
 振り返って青木の顔を見上げる。この新人は、薪より30センチも背が高い。
「青木。明日からはコピー取りも買出しも、雑用は全部連中にやらせて、おまえは捜査活動に専念しろ。新人の教育なんて適当でいい。どうせこいつらは長続きしない」
「そんな言い方ないですよ」
「無理だ。大学出たての坊やに、ここの仕事が勤まるはずがない」
「オレだって大学出たばかりでここに来たんですよ」
 明日から此処に来る青木の後輩は、青木と同じ経歴を持っている。自分が第九で働くことを誇りに思えるようになったのだから、彼らだってきっと頑張れるはずだ。

「オレ、絶対に彼らにこの仕事の素晴らしさを教えてやります。そして立派な捜査官に」
「いいのか? そんなことしたら、おまえ確実に全国1位の後輩に追い抜かれるぞ」
 薪が意地悪そうな顔で、青木を下からねめあげる。薪はこの新人を苛めるときは、ものすごく生き生きしている。
「そうなったら、またおまえのコーヒーが飲めるな。第九は完全な実力主義だからな」
「そんなあ……」
 もはや見慣れた風景となったふたりのやり取りを聞いて、他の職員たちはみな似たような感慨を抱く。

 第九に必要なのは学歴ではない。室長が主張する体力と根性でもない。
 本当に重要なのは、薪のイジメに耐え抜く忍耐力だ、と職員たちは思った。




*****


 すみません。
 お話の進行上、また勝手に、都合よく設定してます。
 現実には、国家公務員Ⅰ種試験の順位は発表されます。人事院の総裁からの賞状は存在しません。
 さらに、副室長には警視以上の階級でないとなれない、という規定もないです。(室長は警視正以上と決まっているみたいですね)
 エピソードの為にいろいろ作っちゃってます。ご了承ください。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは。

岡部さんの階級は、そうですね、今は警視なのかな? 
薪さんと出会ったときは警部でしたよね。 それから昇任したのかもしれませんね。

滝沢さんが副室長だったらイヤですよね。(^^;
正直、滝沢さんが岡部さんに命令する場面は見たくないです~。


>でも、室長は警視正以上なら薪さんがいなくなったらどうなるの!?きっと、薪さんは帰って来るのね!!

室長は警視正以上、というのはちゃんと決まっているらしいですよ。
うん、多分ね、こういう場合は緊急事態なので、残念ながら他所の部署から臨時の室長が来ると思う。 そうしないと指揮系統が崩壊しちゃうから。 で、後々には全員が警視正に昇任して、それぞれの地区の室長になると。


>新人教育というと、どうしても天地さんを思い出しちゃうんですが(><)
>あの時、青木はとても後悔したから山本さんが来た時は優しく出来たのかなあと思います。

ああ、そうですね、きっと・・・!!
天地さんのことがあったから、一生懸命に山本さんを盛り立てた。 青木さんならきっとそうしますね!!
過去の経験を未来に生かすことのできる人ですよね、青木さん。 素晴らしいひと。
・・・・・だから早く薪さんの本心に気付いてくださいっ。 ←結局はこれ。


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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