新人騒動(4)

新人騒動(4)





 科学警察研究所の管理棟には、大小合わせて20の会議室がある。
 200名ほどの人数が収容可能な大会議室が3つと、定員50名以下の中規模な会議室が5つ。残りは30名ほどしか入れない狭い小会議室だが、これは各研究室のグループ会議などに使われている。
 室長会議には、約30名ほどの人数が集まるため、中程度の部屋で行なわれる。
 定番は第4会議室。部屋にはすでに全研究室の室長と副室長が顔を揃えて、所長の到着を待っていた。コの字形に並んだ会議用の机に向かい、隣の者と雑談を交わしながら、配布された今年の室長会のメンバー表を眺めている。

 いつもはぽつねんと会議の開始を待っている薪だが、今日は隣に副室長の姿がある。それだけで、待ち時間の退屈さは半減する。
 その副室長は、落ちつかなげに周囲を見回している。薪はこの会議に慣れているし、周りの面々とも顔なじみだが、岡部は初めてだ。ガラにもなく、緊張しているらしい。
「なんか俺、浮いてます?」
「研究所内の会議だからな。おまえみたいなタイプは、少ないかもな」
 科学警察研究所の室長、副室長といえば、階級は警視正か警視以上、その殆どがキャリアだ。研究室というくらいだから、学者のような風貌の者が多く、岡部のようないかつい男はいない。たしかに目立っているが、顔で仕事をするわけではない。

 しかし、中にはそう思っていない輩もいるようで、第3研究室のふたりが岡部の方をちらちらと見ながら、不愉快な話を始めた。
『第九の副室長は、警部だって?』
『ええ。しかもノンキャリアだそうですよ』
『ノンキャリア!? 嘘だろう。研究所一の頭脳集団と呼ばれる第九の副室長だぞ』
 噂話には大きすぎる声だ。聞きたくなくても耳に入ってきてしまう。

「岡部。気にするな。聞き流しておけ」
 副室長の心中を慮って、薪は前を向いたまま小さな声で言う。
 こういうのは、聞こえない振りをするに限る。自分が槍玉に上がっているときには、いつもそうしてきた。
「大丈夫ですよ。覚悟はしてきましたから」
 さすがに岡部は落ち着いたものだ。これぐらいの神経がなければ、薪の片腕は務まらない。

『そもそも、なんでノンキャリアが第九に入れたんだ?』
『警視総監の指示だったみたいですよ。捜一からの特別人事で』
 周りの人々も、彼らの話に耳をそばだてている。みな多かれ少なかれ、新しく第九の副室長に就任した人物に、関心はあるのだ。
「階級に拘る連中に、ロクな人間はいない。そんなやつらの話なんか、聞く必要はない」
「はい」
 第九の二人は澄ました顔で、静かに会議の開始を待っている。騒ぎ立てないことが彼らの中傷を否定することにも繋がるし、おまえらなんか相手にしていないぞ、という意思表示にもなる。

『捜一から? じゃ、本物の叩き上げってことか』
『ええ。もう現場専門で。あの太い腕を見れば解るでしょう?』
『うわあ。俺だったら耐えられないな、そんな野蛮な部下なんて』
『見た目も凄いですよね。警察官というよりは、ヤクザですよ、あれは』
『どう見ても肉体労働者だな。脳みそまで筋肉で出来てるんじゃないか?』
「ろくにPCも使えない副室長なんて、薪室長も気の毒に……わっ!」

 ばばん! という派手な音に、第3研究室の室長と副室長は、椅子から転げ落ちんばかりに驚いた。
 彼らの大きく見開かれた目に映ったのは、至近距離にまで近づけられた第九の室長の、凄惨さを添えたきれいな顔だった。
 ついさっきまで、コの字型に組まれたテーブルの向こうにいたはずの薪室長が、いつの間にここに来たのだろう。いや、それよりも彼は、何をこんなに怒っているのだろう。

「あなた方は、私を誹謗するんですか」
 水を打ったように静まり返った会議室に、薪の冷たい声が響いた。
 薪の実力は、ここにいる者ならみな知っている。第3研究室のふたりも、薪にそんなことを言った覚えはなかった。
「わ、わたしは何も、薪室長のことを言ったわけでは」
「そうですよ。事務仕事に慣れない副室長では、薪室長が気の毒だと」
 ふたりの弁明に、薪の不興はますます高まったようだ。
 亜麻色の大きな瞳が、冷たい怒りに燃えている。いつも冷静な第九の室長のこんな姿を見るのは、初めてだ。

「副室長を選任したのは私です。副室長への言葉は、私への言葉と受け取ります。その上で彼を中傷するなら、それなりの覚悟をしていただきます」
 薪の周囲の空気が、まるで真冬の凍てつくような冷気に変貌していく。ひんやりとした寒波がふたりを襲い、彼らは思わず白衣の肩を震わせた。
「いえ、そういうことでしたら」
「すいませんでした」
「謝る気があるのなら僕ではなく、うちの副室長に謝ってください」
「はあ?」
 薪の無謀な言い分に、会議室の中がざわめき始めた。
 彼らの階級は、警視正だ。その彼らに対して、警部に頭を下げろと?

「わたしたちは警視正ですよ? あなたには謝罪してもいいが、彼に謝罪するわけには」
 薪の要求は、無茶苦茶なものに思えた。
 警察機構において、上の階級の者が下の階級の者に人前で頭を下げることなど、まずありえない。第三研究室のふたりの言い分は尤もだ。
 しかし、薪は引かなかった。
「悪いことをしたと思ったら、相手が誰だろうと素直に謝る。これは人間として当たり前のことでしょう。子供にも分かることですよ。国民の見本となるべき我々警察官が、どうしてそれを実践できないんです?」
「いや、しかし」
「上に立つ人間がそんなだから、警察(ここ)は腐る一方なんですよ。人の基本を忘れてしまっているから」
「聞き捨てなりませんな。薪室長といえども、言葉が過ぎますよ」
「僕は本当のことを言ったまでです」
 3人の男は睨みあい、その表情はどんどん険悪なものになっていく。周りの人間たちは、不安な顔つきで、あるいは興味深そうに事の成り行きを見守っている。

 そのとき。
 まさに一触即発の空気の中、突如として大音量で鳴り響いた携帯電話の着信音が、部屋のムードをがらりと変えた。

「なんだ、お袋? 今、会議中なんだ。後でかけ直すから」
 緊迫した空気を破った携帯電話の持ち主は、言い争いの種になっている第九の副室長本人だった。
「いやあ、すいません。携帯マナーモードにするの忘れてて」
 照れたように頭を掻きながら、にやりと笑う。
 その笑顔は決してやさしそうとは言えないが、不思議とひとを落ち着かせる。
 しかし、その日の会議室は落ち着くどころか、ざわざわとおかしな声が洩れ始め、ところどころでクスクスという忍び笑いが。

「も、森のクマさん……」
「クマみたいな男が『森のクマさん』の着メロ!」
 とうとう耐え切れなくなった第8研究室の片山副室長が、岡部を指差して笑い始めた。
「ぎゃはははは! あっ、いや、これは薪室長を笑ったわけでは―――― しかしっ!」
 片山の方を振り向いた薪は、芝居がかった仕草で華奢な肩を大仰にすくめて見せた。
「いいです。ここは笑うところですから」
 薪の許可を待っていたとばかりに、会議室中が笑い出す。
 怒っているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。こうなったら第3研究室のふたりも第九の室長も、笑うしかない。

 げらげらという笑い声が響く中、薪は自分の席に戻った。
「……すまん」
「聞き流しとくんじゃなかったんですか」
「身体が勝手に動いちゃったんだ」
 会議室に入る前から、岡部が携帯をマナーモードにしていたことを薪は知っている。岡部の携帯の着信音が、実用的なピーピーという電子音であることも。
 隣に座った強面の副室長を見やって、薪は嘆息する。
「やっぱり、おまえには敵わないなあ」

 3人の警視正が作り出した険悪な雰囲気は、一人の警部の機転によって、和やかなものへと変えられた。観察力に優れた人間には、今の一幕の真相は解っている筈である。
 一部始終を会議室のドアの陰から見守っていた人物も、その理解者のひとりだ。
「楽しそうだね。何かあったの?」
 所長と一緒に会議室に入ってきた人物に、室内の人間が一斉に立ち上がって最敬礼する。警察庁№3の小野田官房長官である。
 
「やあ、岡部くん。来たね」
 新顔の岡部に、真っ直ぐに近付いてくる。研究室の幹部たちは、その事実にびっくりする。
 官房長がご執心の薪よりもお声掛かりが早いとは、この警部は何者だ?
「きみが第九の副室長を受けてくれて、本当に良かったよ。きみに任せておけば安心だからね。これからも、ぼくのかわいい薪くんを頼んだよ」
 見事な手並みだったよ、と岡部にだけ聞こえるように耳打ちして、小野田はいつもの調子で薪に話しかける。

「薪くん。今日のお昼、ランチデートしようよ」
「だからそういうことを、ひと前で言うのはやめてくださいって」
「ふたりきりのときに誘えばいいの?」
「そういう問題じゃありません。いったい何しにここへ」
 そこで薪は、岡部を見るみなの視線が変わっていることに気付く。
 曲がりなりにも第九の副室長。
 その上、官房長の信頼まで得ている。薪が官房長の秘蔵っ子であることは周知の事実だが、この男にも警察庁最高幹部との繋がりがある。

 第3研究室のふたりが、顔を見合わせている。彼らの困惑した表情に、薪は吹き出しそうになる。
 小野田は岡部のことを気遣って、ここまで足を運んでくれたのだ。新任の副室長が、自分が見込んだ男だということを、室長会に知らしめるために。
「小野田さん。僕、ぺニンシラホテルのカントリーピザが食べたいです」
「え? ぺニンシラでいいの?」
「ええ、ぜひ」
 薪が希望したランチデートの場所に、小野田は目をぱちくりさせている。
 そのホテルは、先月、薪が悪夢のような出来事にみまわれた場所だ。自分から行きたいと思うところではないはずだが。

「岡部くん。薪くん、どうしてこんなにさばさばしちゃってるの?」
「俺も不思議なんですけど」
 薪に聞こえないように、官房長と副室長はこそこそと言葉を交わす。しかし、薪の耳はすこぶる性能がよい。ふたりの会話はちゃんと聞こえている。
「おかげで大事なこともわかったからいいんだ、とか言ってましたけど」
「大事なことって?」
「あの状態でしたから。俺が帰った後、女の子でも呼んだんじゃないですか?」
「つまり、自分が女の子を満足させられる男だってことが分かって、嬉しかったってこと?」
「だと思いますよ」

 ものすごい誤解を受けている。
 が、本当のことは口が裂けても言えない。ここは聞こえない振りだ。
 
「単純だね、薪くんは。所詮クスリの力なのにね」
「どういう意味ですか?」
「だって薪くんて、あっちのほうはてんで弱くって、続けて2回なんてとても」
「小野田さん、会議資料です!」
 小野田のセリフを遮って、新しい室長会名簿を顔面めがけて叩きつける。
 そこから先を言わせてなるものか。

「うん。じゃあ、これだけ貰ったらぼくは帰るね。またお昼にね、薪くん」
 セクハラ好きの困った上司は、薪の氷の視線にすごすごと引き下がった。残されたのは岡部の誤解だけだが、これはどうやって解いたらいいものか。
 
「薪さん。まさか、官房長と」
「なに想像してんだ! 僕がそんなことするはずないだろ!」
「それじゃ官房長は、どうやってあんな情報を得たんです?」
「聞かないでくれ。思い出したくもない」
「やっぱり過去にそういうことが」
「ない! 断じてない!」
「じゃあ、どうして官房長が、薪さんの打ち止めの数まで知ってるんですか?」
「打ち止めってなんだ! 僕がその気になったらすごいんだぞ!!」
「薪さんて、自信のないことに限って『自分はすごいんだ』って言い出すんですよね」
「なんだって!?」
「薪くん」
 田城の声に、はっと我に返る。
 知らないうちに、声のトーンが上がっていたらしい。岡部との会話は周りの人間に聞かれてしまったらしく、みな呆れたような顔をしている。

「取り込み中のところ悪いんだけどね。そろそろ会議を始めさせてもらってもいいかな」
「す、すみません」
 薪は咄嗟に顔を伏せて、赤くなった頬を隠す。
 周囲の人間が、くすくすと笑っている。室長会で他人に笑われたのは初めてだ。これもみんな小野田のせいだ。

 もう、ピザは止めだ。スカイレストランのプロヴァンスコースを奢らせてやる。1階のラウンジの、2千円のコーヒーも追加してやる。
 穴があったら入りたいような恥ずかしさに顔を赤らめながら、薪は小野田に対するセコイ仕返しを決意していた。



*****



 薪さんのやんちゃ坊主化が進行してます。
 わたしにも止められません☆

 小野田さんが薪さんの打ち止めの回数を知っていた理由は『2062.7 スロースロースロー』の中に書いてあります。よろしかったらどうぞ。(R色の強いお話なので、苦手な方にはすみません)



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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ぎゃははははは!!

打ち止めって…!
その気になったらすごいって…!!
この薪さん、面白すぎる~~~。

期待の新人君、なかなか出てきませんね。

Re: ぎゃははははは!!

こんにちは、めぐみさん。

> 打ち止めって…!
> その気になったらすごいって…!!
> この薪さん、面白すぎる~~~。

こういう下品でおバカな会話が大好きです♪R系ギャグの真髄です(笑)
めぐみさんはいつも、わたしが一番笑って欲しいと思うところで、的確にウケてくれますね。
もしかしたら、笑いのツボが似てるのかも。(あ、どん引き・・・?)

> 期待の新人君、なかなか出てきませんね。

あ、はい。
次の次あたりで・・・って、前ふり、長!
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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