新人騒動(5)

新人騒動(5)





 和やかな雰囲気、というより、忍び笑いの中で始まった室長会は1時間ほどで終了し、時刻はちょうど昼だ。
「岡部。おまえも来る? 小野田さんに奢ってもらえるぞ」
「俺はいいです。馬に蹴られて死にたくありません」
「おまえまで、そんな冗談言うなよ。この頃、小野田さんに影響されてきたんじゃないのか」
 苦笑と共に肩をすくめて、薪は会議室を出て行った。

 残された岡部が、会議の記録に2,3の必要事項を書き加えていると、隣の席に座っていた第8研究室の副室長が話しかけてきた。
「岡部副室長。さっきはお見事でした」
「いや。返ってご協力ありがとうございました。片山副室長」
「あんなケンカの収め方があるとはね。俺も岡部副室長を見習わないと」
 賛辞の言葉を掛けてきたのは、第7研究室の水谷副室長だ。
他にも10人ほどの副室長や次長が、岡部の周りに集まってきている。さすがに室長クラスになると会議の後で無駄話に興じたりしないらしいが、警視になりたての彼らは、去年まで自分と同じ階級だったこの新任の副室長を、仲間に加えてくれる気になったらしい。

「薪室長のあんな顔を、初めて見ました。あの人でも怒ることがあるんですね」
 どうやら薪は、室長会ではネコを被り通していたらしい。
「あの第3研究室のふたりは、人の噂話が好きで、いつもあの調子なんですよ。薪室長のことも言いたい放題で。その、昔の話とか官房長との噂とか。でも、何を言われても、薪室長は顔色ひとつ変えなかったんですよ。立派だなって思ってたんですけど」
 これは失敗した。
 他の研究室の幹部からせっかく尊敬されていたのに、薪の未熟な人格が露呈してしまった。フォローしておかなくては。

「いや、今日はたまたま」
「岡部副室長が羨ましいです」
「はい?」
「自分のことでは怒らないのに、部下の悪口を言われて怒るなんて。薪室長に、よほど大切に思われているんですね」
「そうだよ。うちの室長なんか、何でも俺のせいにするもんな」
 薪にもそういうところはある。その対象となる人物は岡部ではなく、他のだれかに限られているようだが。

「それにしてもさ、薪室長って運動神経良かったんだな」
「そうそう。あの跳躍にはびっくりした。自分の机から向かいのテーブルまでひとっ飛びだもんな。映画のスタントマンみたいだったよ」
 あのくらいは捜一の後輩なら誰でもやるが、研究室の学者たちの目には賞賛に値するのか。ならばここはもう少し、薪の株を上げておいてやろう。

「うちの室長は、ああ見えて強いんですよ。柔道も空手も黒帯です」
「あはは、またまた」
「岡部副室長って、本当に面白いひとですね」
「薪室長が黒帯だったら、うちの奥さんは世界チャンピオンですよ」
「おまえのかみさん、めっちゃ強いもんな」
 薪の武道家としての力にさぞや感心してくれるかと思いきや、だれも信じてくれない。
 仕方ない。薪のためにもう一押しだ。

「本当ですよ。柔道も空手も、2段の実力者です。みなさん、なかなか信じてくれないんですよね。逆に、生花と日本舞踊の師範だっていう冗談の方が、リアリティがあるって納得されてしまったりして」
「ああ、そうなんだ。道理で立ち振る舞いが優雅だと思った」
「日本舞踊かあ。薪室長にぴったりだな」
「いや、あの、これは冗談で」
「なに? 薪室長、日本舞踊やってるの? 生花も?」
「師範らしいぜ」
「いや、薪さんは柔道と空手を」
「うちの奥さんに教えてもらえないかな」
「おまえが教わりたいんだろ」
「ばれた?」
「柔道と空手……」
「生花は池ノ坊? 名門じゃん」
「日本舞踊は花柳流の名取だって? すごいな」
 ……止まらなくなってしまった。

 岡部の否定の言葉には、誰も耳を貸そうとしない。イメージの先行というのは、人間の正しい理解力を阻害する。
 今度、室長会の懇親会で踊りを披露してもらおう、などという恐ろしい意見も出始めて、岡部はこの話が自分の手の届かない場所に到達してしまったことを悟った。
「薪さん、すいません……」
 
 岡部副室長は初日からしでかした大きな失敗に、いかつい手で頭を抱え込んだのだった。



*****


 社会の平和を守るための警察機構に、こんなに勘違いと思い込みの激しい人間ばかりそろってて、この世界の明日は大丈夫なんでしょうか(笑)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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