新人騒動(6)

新人騒動(6)





 今日も第九のモニターには、グロテスクな人体模型が映っている。
 いや、これは模型ではない。実際の死体だ。
 生きながらに生皮を剥がされた、無惨な他殺死体。人間はその外見がいかに美しかろうと、皮を一枚剥いだだけで、こんなにも醜悪な生き物に変貌する。

「大丈夫か? 姫宮」
 自分の隣で真っ青になっている後輩を横目で見て、青木は昔の自分を思い出している。
「仮眠室で少し休むといい。これはオレがやっておくから」
「すいません、青木先輩」
 青木が指導することになった新人は、とても線の細い神経質そうな男だった。
 彼の名前は姫宮貢。青木にとっては初めての後輩である。
 姫宮は、小さい頃から勉強ばかりしてきたと見えて、度の強い眼鏡を掛けて、不健康そうな肌をしていた。MRIの凄惨な画に耐えられるのかと危惧していたが、やはりかなりしんどそうだ。

「いいなあ。青木先輩はやさしくて」
 向こうのデスクで小池と一緒にモニターを見ている姫宮の同期生、遠藤宏がぼそりと呟く。耳ざとくそれを聞きつけ、小池は嫌味な口調で新人を揶揄した。
「悪かったなあ。小池先輩はやさしくなくて」
「あっ、いえ。そんな」
 遠藤は小池の皮肉癖に困っているようだったが、青木からすれば姫宮よりもずっと恵まれていると思う。
 小池は皮肉屋だが、優れた捜査官だ。まだ新米の域を出ない青木より、的確な指導ができるはずだ。
 青木も小池の指導を受けたことがあるが、自分でも気付かずにいた欠点を精確に指摘してくれる。耳には痛いが、ためになる指導である。

 姫宮と一緒にまとめるはずだった殺人事件の報告書を、自分ひとりで仕上げて室長室に持って行った後、青木は後輩の様子を見に仮眠室へ向かった。気分の悪くなったときは冷たいジュースがいい、と昔だれかに教えてもらった通り、見舞いはオレンジジュースだ。

 仮眠室には先客がいた。第九の最高責任者である。

 室長室にいないと思ったら、姫宮の様子を見に来ていたのか。こいつらはどうせ長続きしない、などと冷たいことを言ったクセに、いざ蓋を開けてみればこの調子だ。
 薪はベッドの端に腰掛けて姫宮と何事か話していたが、青木に気付くとさっとベッドから立ち上がって仮眠室を出て行ってしまった。自分が他人にやさしくしているところを見られることを嫌う。薪は照れ屋だ。

「姫宮。具合はどうだ?」
 薪がさっきまで座っていた場所に腰を下ろして、姫宮の顔を見る。モニターを見ていたときと比べて、顔色も大分良くなっている。
「室長と何を話してたんだ? もしかして、よく眠れる方法か?」
「いえ。室長がこれにサインしろって」
 姫宮がおずおずと青木に差し出した書類を見て、青木は思わず舌打ちする。
 異動願だ。
 あのひとは、また勝手に先走って。姫宮は異動したいなんて一言も言ってないのに。

「室長の言うことなんか気にするな、姫宮。オレも去年はずーっとこれをやられたんだ。でも、これには訳があってな。室長は意地悪をしてるわけじゃなくて、おまえの精神力を試してるだけなんだ。どんなに酷いことを言われても、本気で言ってるわけじゃないから」
「意地悪? 室長は、とてもやさしく異動を勧めてくれましたけど」
 なんでだ。
 自分のときとは、えらい違いだ。

「とにかく、これはオレが室長に返しておくから。姫宮はもっと頑張るって言ってますって、はっきり言っといてやるからな」
「はい……ありがとうございます」
 姫宮のことは定時で家に帰らせて、青木は室長室へ引き返した。
「室長。これはどういうことなんですか」
 ドアを開けると同時に、口調を荒げる。さすがの青木も腹に据えかねているのだ。
 指導員の自分に何も言わずに、異動願いを本人に渡すなんて。いくら薪でも勝手過ぎる。姫宮はここに来てまだ1週間だ。異動なんて早すぎる。

「姫宮はもう持たない。異動させたほうが彼のためだ」
「何言ってんですか。まだ1週間しか経ってないんですよ」
「青木。姫宮の顔をちゃんと見てるか」
 青木の作った報告書に目を落としたまま、薪は青木の観察力を疑うようなことを言う。
 もちろんよく見ている。
 指導員の自分が、一番長く彼のことを見ているのだ。左の手首にホクロがあることまで知っている。
「当たり前じゃないですか。オレは姫宮の指導員ですよ」
「これでもか?」

 薪は机の中から一枚の書類を抜き出し、青木に差し出した。それは姫宮の経歴書だった。
 経歴書に添付された写真を見て、青木は驚く。
 写真に写った姫宮は、神経質そうでも不健康そうでもなかった。眼鏡は掛けているが、今よりも少し太っていて元気そうだ。
「その書類は、おまえにも渡してあったはずだぞ」
「でも、最初から姫宮はあの体つきでした。1週間でこうなったわけじゃありません」
「撮影された日付を見ろ。ここへの配属が決まる1ヶ月前だ。配属が決まってひと月の間に、彼は身を細らせたということだ。最初から嫌でたまらなかったんだ」
 姫宮は、そんなことは一言も言わなかった。「よろしくお願いします」と青木に頭を下げたのだ。

「初めに言っただろ? この仕事は精神を病むんだ。このままだと、彼は確実に精神科医の世話になる」
 薪の見解は正しいのかもしれない。しかし、姫宮本人がそれを言い出すまでは、彼をサポートするのが先輩の役目だ。
「あいつはまだ頑張れます。オレにそう言ってました」
 報告書から目を上げて、薪は青木の顔をじっと見た。亜麻色の瞳が強い光を宿している。
 仕事中の薪の瞳というのは、どうしてこうも煌いているのだろう。自分ひとりのことならこの瞳の前にはあっさりと白旗を掲げる青木だが、今回は後輩の進退が掛かっている。いくら薪の瞳が魅力的でも、おいそれと従うわけにはいかない。

「わかった。それは白紙に戻そう」
 勝った。
 睨み合いで薪に勝ったのは、初めてかもしれない。

「青木。明日の朝、一仕事頼めるか」
 室長室を出て行こうとした青木の背中に、薪の声が掛かる。
 もちろん、断るいわれはない。青木にとって薪の命令は最優先だ。
「はい。何をしましょうか」
「キャビネットの資料を移動したいんだ。8時に此処へ来てくれ」
 わかりました、と返事をして青木は室長室を後にした。

 薪に生意気な態度を取ってしまって、機嫌を損ねたかと危惧したが、そんなこともないようでほっとした。内心はドキドキだったのだ。
 明日は、早朝から薪とふたりきりになれる。3日ぶりに、モーニングコーヒーを淹れてやろう。朝の目覚めにぴったりなキリマンをベースに、ブラジルとジャバロブスタをブレンドして。

 自分が淹れたコーヒーを飲んで微笑む薪のきれいな顔を想像して、青木の頬は自然と緩んでいた。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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