新人騒動(10)

新人騒動(10)





 早朝のモニタールームで、青木は掃除に精を出している。
 モニターの埃を払うのは新人の仕事だが、3人いたはずの今年の新人は1人が異動し、2人目は研修、3人目は職務開始時間5分前の出勤という状態で、朝の仕事をするものがいない。これは誰かがしなければならないことだ。それは社会人2年生の青木しかいない。

「おはよう。早いな」
 モニタールームに薪が入ってくる。頬がいくらか紅潮しているところを見ると、警視庁のジムで一汗かいてきたと見える。
「おはようございます」
「なんでおまえが掃除してんだ。新人にやらせろって言っただろ」
「遠藤は、今週いっぱいPC工学の研修ですから」
 新人はもうひとりいるはずだが、薪もその事情は分かっている。くすりと笑って手近な机に鞄を置くと、ジャケットを脱いで椅子の背もたれに掛けた。

「相変わらずお人好しだな、おまえは」
 液晶画面専用のブラシを持って、モニターの埃を払い始める。青木は慌てて薪の手から、掃除用具を取り上げた。
「室長にこんなことさせられません。ただいまコーヒーをお持ちしますから、室長室で新聞でもご覧になっててください」
「いいから貸せ。おまえほどじゃないけど、僕だってここの掃除は慣れてるんだぞ」
 薪は、ひとつひとつのモニターの埃を丁寧に払っていく。そのやさしい手つきから、MRIシステムに対する愛情が感じられた。

「一昨年の夏、僕はここで一人ぼっちになった。その時は、ずっと僕がこうやって掃除をしてたんだ」
 旧第九の部下たちが全員いなくなって、岡部たちが異動してくる間の2週間、薪はたった一人で第九の仕事を切り回した。部下たちが途中にしていた案件を、すべてひとりで片付けたのだ。不眠不休で何度も貧血を起こしながら、食事も受付けなくなったぼろぼろの身体を無理やり動かして、何かに取り憑かれたように仕事をした。そうすることであの事件から逃れようと必死だった。
「モニターを全台使うことはないと分かってたけど、やっぱり全部の埃を払って。メインスクリーンを拭くのは苦労したな」
 薪の身長では、脚立を使わないと上のほうは届かない。メインスクリーンは壁一面に広がる巨大なものだから、脚立を何度も移動させなければならなかっただろう。
「これはずっと鈴木の仕事だったんだ。昔の第九には、新人はいなかったから」
 青木ほどではないが、鈴木も背が高かったらしい。写真を見ると、薪よりも20センチは大きい。
 メインスクリーンを拭いている青木に親友を重ねているのか、薪の目が感傷を含む。薪はまだあの事件から、完全には立ち直っていない。

「ところで。今井がおまえのことを心配してたみたいだぞ」
「今井さんが? どうしてですか」
「全国1位の新人に負けて、落ち込んでるってさ」
 痛いところを衝かれて、青木は思わず困った顔になる。表面上は普通にしていたつもりなのに、見抜かれてしまっていたらしい。さすがは第九の捜査官だ。

「須崎がお宝画像を2週間で制覇したって聞いて、さすがに落ち込んじゃいました。オレがあれをマスターしたのは、去年の冬でしたから」
「バカ。全国1位と自分を比べること事体、間違ってるだろ」
 いつもの皮肉が返ってくる。これが薪のスタンダードだ。
「あはは。そうですよね。須崎は、昔の薪さんと同じ成績を修めてるんですもんね。オレなんか敵いっこないか」
 青木がしんみりした口調になると、薪は意地悪な微笑を引っ込めた。真面目な顔つきになって、メインスクリーンを拭いている青木の方へ歩いてくる。

「青木。僕をがっかりさせるな」
「だって、須崎は全国1位の実力者ですよ。オレなんか模擬試験も合格ラインすれすれで」
「何回も言わせるな。試験の成績なんか、クソの役にも立たん」
 そのきれいな顔には似つかわしくないセリフで、薪は青木の弱音を切り捨てる。亜麻色の瞳が強い光を持って、青木の瞳を射抜いた。

「おまえは、第九の全員で育て上げた捜査官だぞ。おまえの中には、みんなの能力(ちから)が注ぎこまれてる。もちろん僕の力も」
 強い口調で、青木の強気を引き出そうとする。涼やかなアルトの声が、青木の耳に心地よく響いた。
「未だ発展途上だが、新人より下ということはない。僕が保証してやる」
 薪の言葉は嬉しかったが、青木にはいまひとつピンとこない。自分が全国1位の天才よりも勝ることなど、あるのだろうか。

「自分を信じろ。それが無理なら」
 薪は顎を上げて青木の顔を真っ向から見つめる。迷いのない瞳が、青木の実力を信じていると言っている。
「おまえの中の僕を信じろ」
「オレの中の……あなたを……」
 青木の魂の根幹の部分には、薪の倫理観がしっかりと刻まれている。それを信じろということか。

「わかりました。室長の期待に副えるよう、頑張ります」
「頑張るだけじゃダメだ。きちんと結果を出せ」
 相変わらず手厳しい。薪は結果主義者だ。
「はい。必ずご期待に応えてみせます」
「それでいい」
 満足そうに頷くと、薪は掃除に戻った。全部のモニターを拭き終えて、室長室へ入って行く。青木はその背中に最敬礼で感謝をする。

 何としても薪の期待に応えたい。須崎に勝てるとは思わないが、何か一つくらいは、勝ち星を上げなくては。
「とりあえずは室長のコーヒーだな」
 確実に勝てるひとつを実行するために、青木は給湯室へ向かった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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しづさん、こんばんは

>「おまえの中の僕を信じろ」

きゃああああ・・・・ま、薪室長・・・・・し、しびれますぅぅぅ~~~(≧▽≦)

須崎って、いかにも終盤で痛い目を見そうな典型な感じが、すでに可哀想なんですけど・・・(@@

Yさんへ

こんばんは、第九の部下Yさん。

> >「おまえの中の僕を信じろ」
>
> きゃああああ・・・・ま、薪室長・・・・・し、しびれますぅぅぅ~~~(≧▽≦)

しびれてくださってうれしいです!
一応、キメゼリフでしたので(笑)

今回はリキ入ってます。うちのおはなしで、男らしくて素敵な上司の薪さんを書けるのは、仕事のときだけですから。(笑)

> 須崎って、いかにも終盤で痛い目を見そうな典型な感じが、すでに可哀想なんですけど・・・(@@

あははは。
Yさん、やさしいなあ。思いっきり鼻っ柱折ってやって、とは思われないんですね。
そんなに痛い目には遭いませんよ。わたし、甘ちゃんなので。(・・・信じて?)
それに、彼は10年後に、第九にとって大事なひとになる予定なので。

こんにちは。

しづさん、こんにちは。

>「おまえの中の僕を信じろ」
 
あああ、わたくしもぐっと来ました!!!!

薪さん、カッコいいです!!

大好きです!!!

Re: こんにちは。

こんにちは、みちゅうさん!

拍手コメもたくさんいただいて、ありがとうございます!リアルにみちゅうさんの叫びが伝わってきて、とてもうれしいです!


> >「おまえの中の僕を信じろ」  
> あああ、わたくしもぐっと来ました!!!!
> 薪さん、カッコいいです!!

でしょ、でしょ!?
うちの薪さんだって、キメルときはキメルんですよ!
普段はちょっと、アレですけど(苦笑)

>
> 大好きです!!!

わたしもみーちゃんが大好きです!
・・・・・・あ、すべった・・・・。

Aさまへ

Aさま、こんにちは。(^^


>私も「おまえの中の僕を信じろ」のセリフにグッときました(^^)

ありがとうございますっ。
これ、一応キメ台詞だったんです、とってもうれしいですっ。


>でも、それで青木はあの事件の直後、しっかりしていられたのですよね。「僕がちゃんと聞くから」という言葉があったから・・

そうですよー。
あの時電話に出てくれたのが薪さんじゃなくて雪子さんだったら、青木さん、とっくに潰れちゃってましたよー。


>捜査に加えて貰ったのに薪さんを叩いてしまったことは甘えだったかもしれないけど。「薪さんはそんな事する人じゃない」と人間性は変わらず信じていた。

うん、もうね、どんだけ非常識な男なんだ、と思ったけど。<上司を叩いた。 しかもあんな理由。 
それだけショックだったんだろうな、って。
しかも、それを後悔しているコマが一つもないのが、こいつ、大物?それともバ・・・・いえ、なんでもないです。
まあ、薪さんが残したメッセージをしっかり受け止めて、彼の後を追って行ったからよしとしましょう。(何様?) 
がんばってね、青木さん!


>今度は青木が薪さんから「ちゃんと聞く」番なのですね(^^)

ああ、そうなんですねっ。
あの時と対になる形で、「オレがちゃんと聞きますから」って、薪さんに青木さんが言うんですね。
薪さん、今度こそ青木さんに本当の気持ちを・・・! 誰にも遠慮なさらずに、本当の気持ちを告げてください!! できれば腐含みでっっ!!
そういう展開があるかもしれないと思うと、4ヶ月後が待ち遠しくなってきました。 薪さん、死んじゃったらどうしよう、逆に滝沢さんを殺しちゃったらどうしよう、って超不安だったんですけど~、やっぱり他の方の意見には助けられます。 勇気を出して、レビュー読みに行こう。 (薪さん死亡説を見るのが怖くて、レビュー読めなかったの・・・・)

ありがとうございました。


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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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