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新人騒動(11)

新人騒動(11)






 室長室の扉が勢いよく開く音は、本当のMRI捜査が始まる合図だ。
「捜一からの協力依頼だ!」
 この瞬間から、薪は仕事の鬼になる。

 捜一から送られてきた捜査資料を、岡部が全員に配布する。すぐさま中身を確認して、青木はこの事件の捜査が、火急を要するものであることを認識した。
 被疑者未確定の連続殺人。被害者はすでに3人。犯行の手口に同一性が認められ、シリアルキラーと断定された。

 全員に資料が行き渡ると同時に、薪の鋭い声が響く。
「10分後に捜査会議を始める。10分で頭に叩き込め!」
「10分? これを全部?」
 写真を交えた20枚ほどの捜査資料を見て、新人の遠藤が困惑の表情を浮かべる。これが10分で覚えられたら、試験前の数ヶ月を勉強に費やす必要はない。

「遠藤。全部覚えなくても大丈夫だから。室長がちゃんと、事件の概要は説明してくれるから。それをよく聞いてれば解るから、平気だよ」
 この資料を10分で覚えられるのは、第九の中でも、薪と捜一の資料に慣れた岡部くらいのものではないだろうか。少なくとも青木には無理だ。
「オレだって10分じゃ覚えきれないよ」
「ありがとうございます。青木先輩」
 遠藤は安堵の表情を浮かべて、青木に笑いかけた。
 このところ一緒に雑務をこなしている遠藤と青木は、すっかり仲良くなった。
 遠藤は素直で明るくて、好感の持てる後輩だ。指導員は小池だが、新人の仕事を教えるのは青木の役目だから、遠藤とは共に過ごす時間も多い。朝の掃除から始まって、昼の弁当の手配や夜食の買出し。職員全員の好みを覚えてもらうには、もう少し時間がかかりそうだ。

 かっきり10分後に、捜査会議は始まった。
「全員、メインスクリーンに注目!」
 普段は大声を出さない薪だが、進行中の事件の時だけは別だ。よく通るアルトの声が、モニタールームに響き渡る。
「事件の概要を説明する。現在のところ被害者は3人。いずれも頚動脈を鋭利な刃物で切られている。凶器の断定はまだされていないが、有力なのは手術用のメスか、薄い剃刀のようなものと思われる。
 第一の事件発生は、4月25日の午後7時34分。場所は青山2丁目3-246、プラムというラブホテルで、被害者の名前は山崎恵子。南青山のベルフォーレマンションに住む主婦だ。遺体には情交の後があり、死体発見の状況から不倫のもつれと思われたが」
 メモひとつ見ないで、薪は流暢に説明を続ける。というか、薪はメモを取らない。薪の頭の中にはPCが入っていて、必要な情報はそのメモリーに保存しておけるらしい。

「資料の4枚目の写真にあるように、現場に残されたグラスは3つ。洗浄済みだったが、微かに口紅の痕跡が見られた。この口紅は被害者がつけていたものとは一致せず、遺留品の中にもグラスに付着した口紅と同一のものは存在しなかった」
 事件の現場には、被害者の他に2人の人間がいたことになる。そのうちひとりは女性の可能性が高いが、グラスに残った口紅からそれを辿るのは難しいだろう。

「第2の被害者も女性で、名前は」
 薪はふいに言葉を切り、つややかなくちびるを引き結んだ。亜麻色の瞳が険悪なものになり、きりりとした眉が吊り上げられる。
 びっくりするくらいの素早さで、薪がこちらに来る。青木の2つ隣の机をバン!と叩き、資料を見ていた新人を厳しい眼で睨みつけた。
 
「ガサガサ音を立てるな。周りの人間に迷惑だ」
 事件の説明に合わせて資料をめくっていた遠藤の手が、薪の華奢な手に押さえつけられる。説明を受けながらレジュメを見るのは会議のセオリーだが、第九では通用しない。

「頭に入れておけと言っただろう」
「だ、だって、10分じゃとても写真の細かい情報までは」
 遠藤の尤もな言い訳に、薪の目が氷のように冷たくなる。こういうときの薪は、本当の冷血漢に見える。
「その程度の頭で、よくここに来れたもんだな」
 遠藤は、真っ赤になって顔を伏せた。
 薪のこのセリフで、今まで何人のキャリアが第九を去って行ったことだろう。キャリアとしてのプライドを衆目の中でズタズタにされて、自分が自慢にしてきた頭脳を『その程度』と称され、彼らの我慢の糸が切れてしまう様子を、何度も見てきた。
 遠藤はそれほど自分がキャリアであることを鼻にかけていないから大丈夫だと思うが、後で元気付けてやらなくては。

 しかし。
 遠藤を傷つけるものは、薪だけではなかった。

「まったく、薪室長の仰る通りですよ。この程度の資料の暗記に、10分も必要ないでしょう。遠藤君。きみ、ほんとにI種試験受かったの?」
 薪に対しては自分の能力不足を恥じた遠藤だったが、同期の須崎にまでそんなことを言われて、さすがにかっとしたらしい。先輩の前では決して見せなかった厳しい顔で、同い年の天才を睨みつけた。
 他人から向けられるこういう視線に慣れているのか、須崎は一向に平気な様子だ。怯えるどころか優越感を滲ませた声で嫌味を重ねる。
「もっとも、先輩方の中にも、記憶力に障害のある人がいるみたいですけどね」
 露骨に青木を見ている。悔しいが、実際に覚え切れていないから言い返すこともできない。

「須崎。無駄話は慎め」
 室長に注意を受けて、すいません、としおらしく謝るが、青木のほうを見る目は変っていない。完全に馬鹿にされている。
 薪は須崎の青木に対する視線の意味に気付いていたはずだが、そのことには言及せず、遠藤の手から捜査資料を取り上げると、踵を返して壇上に戻ってしまった。
「おまえにこれは必要ない」
 薪の洗礼を初めて受けた新人は、呆然としている。どこの部署に配属されても、新人は似たような目に遭うのだが、第九でのそれは殊のほかきつい。

 再び薪の流暢な説明が始まり、職員たちの視線は新人から壇上の人物に戻された。
「いいか、おまえら。この事件の犯人は、まだ大手を振って街中を歩いている。今この瞬間にも第4の被害者がでるかもしれない。一刻も早く犯人の手がかりを見つけ出せ!」
「はい!」
 モニタールームに緊張感が張り詰めていくのが分かる。その源泉はもちろん室長の毅然とした姿だ。犯人確保に到るまで、これから薪は不眠不休で捜査に当たる。

 みなが席を立って必要な資料やファイルを取りにいく中、椅子に座ったまま動けずにいる新人の姿がある。薪の冷たい仕打ちに、心が萎えてしまったらしい。指導員の小池の慰めも耳に入らないようだ。
 このままだと、また遠藤は薪に叱られる。見かねて青木は声を掛けた。

「遠藤、元気出せ。室長は厳しいひとだけど、努力すれば必ず認めてくれるから」
「どうやって努力するんですか? 室長はおれから捜査資料を取り上げたんですよ。おれはお荷物だから、捜査に加わるなってことでしょう?」
「あれはそういう意味じゃない。捜査資料を見慣れていない人間は、資料を読むより話を聞いたほうが理解が早いんだ。資料を読むのはその後だ。でも手元に資料があると、ついそっちを見ちゃうだろ。だから室長はおまえから資料を取り上げたんだ」
「そうなんですか? あんな言い方されたら、誰だっておれみたいに考えると思いますけど」
 青木の説明に、遠藤は納得がいかないようだった。
 ふてくされたような顔をして、ぶちぶちと吐き捨てる。どうも今年の新人は精神的に未熟な気がするが、自分も去年はこうだったのだろうか。

「そんなに気にするな。青木なんか去年、目の前で資料をびりびりに破られて、それを顔にぶつけられたんだぞ」
「え! 破かれちゃったんですか?」
 小池の昔話に、遠藤が目を丸くして青木を見る。自分の情けない過去を話すのは抵抗があるが、これも凹んだ後輩を力づけるためだ。
「うん。紙ふぶきになって飛んでった。あとの掃除が大変だったんだ」
「……それって、もう読めませんよね」
「それもそうだな。青木、おまえあの時、本当に捜査から外されてたんじゃないのか?」
「ええ? そうだったんですか?」
 小池と青木の掛け合いに、遠藤は少しだけ頬を緩ませる。その微妙な変化を汲み取って、青木は新人を資料運びの相棒に勧誘した。
「遠藤。一緒に捜一へ行って、過去の類似事件のファイルを借りてこよう」
「はい」

 警視庁への地下連絡通路を歩きながら、青木は遠藤に話しかける。
 遠藤にはフォローが必要だ。去年青木も、薪に厳しい言葉をぶつけられるたびに、岡部や他の職員たちに勇気付けてもらった。こころのケアは早いほうがいいのだ。
「遠藤。さっきはオレの言い方が悪かった。資料はうろ覚えでもいいから、しっかり室長の顔を見て話を聞くんだ」
 薪を中心にしてみなが一丸となったときに、第九は最大の力を発揮する。遠藤も第九の一員だ。心にしこりを残したままでは、捜査に差し支える。
「でも、室長の説明は立て板に水で、とてもついていけません」
「一言も洩らさずに話を聞くよりも、室長をよく見るんだ。ひとは自分が大切だと思ったことを話すときには自然に力が入るから、この事件のポイントがどこにあるかすぐに解る。次はそうしてみろ」
「わかりました」
 遠藤は素直に頷いた。

 須崎と違って、こいつは自分を先輩と呼んでくれるし、自分の言うことを真面目に聞いてくれる。明るくて気立ても良くて、プライベートの趣味もオートバイだというから、青木と共通するものもある。公私ともに、いい友人になれそうだ。

 段ボール箱いっぱいのファイルをふたり掛かりで持ち上げて第九に帰ると、薪が資料を携えて青木を待っていた。
「第2の被害者の林田琴美。おまえがメインで担当しろ」
「はい」
「サブには須崎をつける。よく指導してやれ」
 相棒の名前に、青木だけでなく部屋中の職員たちが息を呑んだ。
「あの、今井さんは」
「今井は岡部と組んで、第1の被害者の検証に当たる。なにか問題でもあるか」
「いえ」

「薪室長。お願いがあります」
 青木のサポートに付くことになった新人が、教室で手を挙げるように薪に声を掛ける。
「青木先輩より僕のほうが先に犯人を見つけたら、僕をメインにしてくれますか? 第九は実力主義なんでしょう?」
 周囲の職員たちが、眉を顰める。
 火急の捜査に当たらなければならないこのときに、こいつは何を言い出すのだ。
 常識外れの須崎の振る舞いを、しかし薪は咎めなかった。それどころかくすっと笑って、頼もしいな、と須崎の士気を揚げるようなことまで言う。
「いいだろう。ふたりとも頑張れよ」

 第2の被害者の経歴や資料を綴じたファイルを青木の手に押し付けて、薪は小さな声で言った。
「青木。僕の言いたいことはわかってるな」
「はい」
 わかっている。
 結果を出すこと。それがすべてだ。

 瞬時に絡んだ互いの視線で言外の言葉を確認し合い、青木は自分の席に戻った。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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途中ですが、、 

 こちらでは青木に感情移入してしまう私はもう既に胃がきりきりと痛む思いで読んでます、、、、、苦しい、、、というかむかつく、、、踊らされてると思いつつも、、(しづさんのことだからきっと最後には救ってくださると解ってても!)

青木、ガンバレ-!!

素晴らしいです、良い見せ場です。
青木ならやってくれると、薪さんのように信じます。
ホント、しづさん上手いなあ~(^^)

Re: 途中ですが、、 (シーラカンスさんへ)

シーラカンスさん、いらっしゃいませ!
途中コメ、すごくうれしいです。励みになります♪

>  こちらでは青木に感情移入してしまう私はもう既に胃がきりきりと痛む思いで読んでます、、、、、苦しい、、、というかむかつく、、、踊らされてると思いつつも、、

ありゃりゃ・・・・・なんて健康に悪いSS(笑)
でも、うちの青木くんに同調していただいて、とてもうれしいです。
青木くん、大人しいので表立っては言わないですが、腹の中は台風状態なので。けど、正直なので、顔に表れてしまって、周囲の先輩に心配されてます。

>(しづさんのことだからきっと最後には救ってくださると解ってても!)

はい、『今回は』 大丈夫です!
え?『  』 の意味?
そんなに大した意味はありませんよお・・・ちょっと、断っておいた方がいいかなって・・・・えへへ。

Re: 青木、ガンバレ-!!(めぐみさんへ)

いらっしゃいませ、めぐみさん。
マメにコメいただいて、本当に感謝してます!

> 素晴らしいです、良い見せ場です。
> 青木ならやってくれると、薪さんのように信じます。

そうなんです。
薪さんが須崎のことを咎めなかったのは、青木の実力を信じているからなんです。
上司からどうこう言うよりも、実力で黙らせる。第九の実力主義とは、そういうことですから。青木にはそれができると信じて、口を出さなかったんです。

次の節から、青木の反撃開始です。
ご期待に沿えるように、がんばります。

Aさまへ

Aさま、こんにちは。


>原作では岡部さんでさえ、資料を顔にぶつけられてましたね(^^;)

やってましたね~。
でも、あれは岡部さんに甘えてるんですよ。 もうっ、薪さんたら岡部さんには頼りきりなんだからっ。

薪さんにみたいな上司、はわたしも嫌です。(^^;
叱ってもいいけど、後のフォローは大事ですよね。 それをしないと、下のひとは付いてこないと思うなあ。


>生き霊がいっぱい憑いてるのは恨んでるかっての新人達のもあるかも(笑)

そうか!
守っているとばかりは限らないんですね。(笑)


>青木は大丈夫と思いますが、遠藤も須崎の鼻をあかせたらよいなあと思います。二人とも現在の第九に残っていないようですが・・青木がどんな風に勝ち星を上げるのか楽しみです(^^)

はい、ちゃんと勝ちますよ♪ 先をお楽しみに~。

色々ありまして、第九には新人は居つきませんでした☆
第九で働くには、薪さんに恋をしないといけないんですよ、きっと。(笑)

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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