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新人騒動(12)

新人騒動(12)





「須崎。よろしくな。まずはこの資料に目を通して」
「そんなものより、脳データの検証が先でしょ」
 青木の指示を待たずに、須崎は勝手にサーチを始めている。
「被害者の脳に犯人の画が映っていれば、一発じゃないですか」
 須崎の言う通りだが、それはメインの人間がやる仕事だ。
 サブの役割は、メインの補佐だ。資料を熟読して被害者の人間像を摑み、そこから何故この人物が殺されなければならなかったのかを推測する。事件の裏側を探るのも大事な仕事だ。

 須崎の勝手な行動を止めるのは諦めて、青木は黙って資料に目を通した。
 家族構成に交友関係。近所付き合いに仕事関係。膨大な資料の中には、必ず手がかりが隠されている。

 青木は、岡部の指導を思い出す。
 捜一からの資料は、事件の概要を説明したものだ。被害者の名前は記号でしかない。
 この資料の中にこそ被害者の人生はあり、それを終えなければならなくなった理由が潜んでいる。それを見つけ出すのが捜査官の仕事だ。

 資料には、赤いフレームの眼鏡を掛けた、若い女性の写真が添付されている。
 被害者の林田琴美は27歳。まだまだやりたいことがあっただろう。結婚して5年目で、子供もいなかったから、きっとこれから生まれてくるであろう子供を夫と共に夢見ていただろう。

 資料に没頭している青木を尻目に、須崎は新人とは思えない手つきでMRIマウスを操っている。頭が良い上に手先も器用だなんて、神様は不公平だ。
「犯人もバカじゃありませんね。被害者は目隠しをされてます」
 真っ暗な画面が突如赤く染まって、被害者の人生は終わりを告げた。
 須崎が犯行時の画像を探り当てるまで、時間にして2時間も掛かっていない。去年の同時期の青木と比べると、大人と子供ほどの違いがある。やはり、全国1位はダテではない。

「でも、被害者をホテルに連れ込む前に目隠しをしていたはずはないから、ここから遡って探していけば、すぐに見つかりますよ」
 須崎は5分おきに脳データを取り出し、犯人の映像を探し始めた。
 データの抽出には時間が掛かる。けっこう面倒な作業だ。
 隣の席では、ようやく青木がMRIマウスを手にしたところだ。
 今頃取り掛かっても遅い。犯行時のカウンタは解っているが、ライバルにそれを教える気はない。MRIを見始めた時間差は約2時間。こんなトロくさいやつに負けるわけがない。

 しかし、それから1時間もしないうち、須崎は思わぬ逆襲を受けることになる。

「室長。お願いします」
 青木の声に、須崎は思わず隣を見た。
 サーチを始めてから1時間も経っていない。それなのに室長を呼びつけるとは何事だろう。
 青木の呼びかけに、薪はすぐにやってきた。背後から青木のモニターを覗き込み、亜麻色の目を輝かせる。
「見つけたか」
「はい」
 いつの間にサーチを完了したのだろう。いや、それよりも何を見つけたって?
「この女性です」

 女、と聞いて須崎は胸を撫で下ろした。
 なんだ、青木に先を越されたのかと焦ってしまった。この事件の犯人は男だ。犯行現場はすべて都内のラブホテル。死体には情交の痕跡もあった。女は事件には関係ない。
 しかも、青木のモニターに映っているのは病院の待合室のようなところだ。犯行現場ではない。

「青木。メインスクリーンに出せ。みんな! メインスクリーンに注目!」
 メインスクリーンには、髪の長いなかなかの美人が映っている。年のころは30~35。右の頬に、縦に並んだホクロが3つある。
 この女が何だと言うのだろう。薪は何故、この画をみなに見せようとしているのだろう。

 ……しまった。グラスに残った口紅の件を忘れていた。
 1人目の被害者のときには、女の影があった。遺体に情交の後が残っていても、女が犯人ということもあり得るのか。

 薪に促されて、青木が立ち上がる。背の高い青木は、それだけでみんなの注目を集めることができる。
「この女性は第2の被害者、林田琴美さんが通っていた産婦人科の看護師です。この人物は個人的にも林田さんと付き合いがあったらしく、頻繁に病院の外で会っています。おそらく、不妊治療のために病院に来ていた、林田さんの相談にのっていたものと思われます」
 メインスクリーンの画が切り替わる。
 喫茶店の中、ショッピングセンター、レストラン、そして犯行現場となったラブホテルの駐車場。いずれもその女はにこにこと笑って、被害者の女性と楽しそうに喋っていた。

「林田さんはこの女性と、何度もラブホテルに通ってます。これは、この女性と同性愛の関係にあったわけではなく、不妊治療の一環と思われます。なぜならここに、彼女の夫の姿があるからです」
「夫とわざわざラブホ?」
「子供が出来にくい夫婦の場合、環境を変えることは有効な手段です」
「目隠しは?」
「目隠しをして行為に及ぶというのも、外部の情報をシャットアウトして、行為に集中することで性的な興奮を高め、女性をオルガスムスに導きやすくします。女性はその状態で受精すると、とても妊娠しやすいんです」
「なんでおまえ、そんなこと詳しいんだ?」
「実は姉夫婦に子供が出来なくて。やっぱり不妊治療を受けてるんですけど、病院で受けたアドバイスを、いちいちオレにメールしてくるんですよ。自分じゃ旦那に恥ずかしくって言えないから、オレから言ってくれって言うんですよ」
 青木家の舞台裏に、思わず失笑が洩れる。
「でも、その苦労が報われまして、もうすぐ―――― あ痛っ!」
 話が横道に逸れて、薪の蹴りが青木の向こう脛に決まった。青木は慌てて話を戻す。

「これが犯行当日の画です。この日も都内のラブホテルを利用していますが、夫の姿はありません。この女性の前で目隠しをしている画が、これです。この画から30分後に、林田さんは殺害されました。この女性の犯行である可能性が高いかと」
「情交の後があったのは、どう説明するんだ?」
「この女性は産婦人科の看護師です。不妊治療の患者から精子を採取して持ち込み、針のない注射器で被害者の局部に注入したのではないでしょうか」
 今のところ理論上の破綻はない。詳しく調べればボロも出るかもしれないが、一刻を争う進行中の事件だ。容疑者の絞込みは、早ければ早いほどいい。

「宇野! 病院のデータからこの女性の身元を割り出せ。他のものは全員、被害者の脳からこの女性の画をサーチ!」
 青木から言葉を引き継いで、薪がみなに指示を出す。青木は自分の席に腰を下ろし、冷静な顔で再びモニターを見始める。
 その様子を、須崎は信じられないものを見る目で見ている。
 誰よりも早く容疑者を見つけ出したというのに、嬉しがる素振りも見せない。真剣な眼でモニターを見つめ、さらなる手がかりを捜そうとしているようだ。

「室長。ひとつ気になることがあるんですけど」
「なんだ」
「この女性、印象が……なんだか場所場所で変わる様な」
「女性は、髪形や服装で印象が変わるものだ。見掛けに惑わされるな」
 青木のあやふやな疑問に、薪がこともなげに答える。
 やはり、青木はまだ半人前だ。というよりは、女性の二面性をよく知らないのだろう。

「ありました! 被害者との接触は、犯行の4時間前。ここからサーチを続けます」
「こっちも出ました。当日の午後6時の画像です」
 他の捜査官から声が上がる。どうやら青木の読みは当たったらしい。
「よし! 青木、この女性の画像をプリント」
 言葉の途中で差し出された写真に、薪の言葉が止まる。にやりと笑って、右の拳で青木の胸を軽く小突いた。

「岡部、行くぞ! 今度こそ青木の金星を捜一に認めさせてやる!」
 数枚の女性の写真を手に、薪はモニタールームを早足に出て行く。報告だけなら室長が出向くことはないが、今回は青木の手柄を捜一に認めさせる必要がある。
 青木は先々月、初めての金星を捜一に横取りされている。それは薪も承知の上で、青木も納得したことだったが、やはり悔しかった。薪も同じ気持ちでいてくれたらしい。そのことが少しだけ嬉しい。

「やったな、青木!」
「成長したなあ、おまえ」
「ずっと頑張ってたもんな」
「みなさんのおかげです。オレは、みなさんに育ててもらったんですから」
 口々に自分を褒めてくれる先輩たちに謙虚な言葉を返して、青木は再びモニターに目を戻す。眼鏡の奥の切れ長の目が、何かに引き寄せられている。

「宇野さん。この女性の個人データ、見せてもらえますか?」
「いいぞ」
 薪に渡したのと同じものを、宇野はプリントアウトしてくれた。
 犯人とおぼしき女性の名前は早川智美。35才、独身。5年前から花房産婦人科の看護師を勤めている。
 両親共に健在。妹がひとりいる。
 青木はそれを見て、男らしい眉根を寄せた。 

「やっぱり」
「なんだ? やっぱりって」
「この事件、犯人の特定は難しいかもしれません。ああ、でもオレの考えすぎか。室長もそう言ってたもんな。うん、考えすぎだ、きっと」
 ひとりで疑問を投げかけて、ひとりで納得している。青木の言動はときどき意味不明だ。第九の職員たちは、すでにこの現象に慣れている。

 宇野はそのデータを人数分プリントして、職員全員に配った。
 青木は、何かに気付いている。きっとこのデータは必要なものになる。

「いりません。犯人を見つけたら、後は捜一の仕事でしょう。それは、報告書をまとめる青木さんだけが持っていればいいものです」
 須崎は宇野から資料を受け取ろうとせず、投げやりに言った。青木に先を越されたのが、よっぽど悔しかったらしい。いい気味だ。
 ノンキャリアの宇野は、この生意気な新人に数々の暴言を吐かれている。宇野は意地の悪い人間ではないが、この機会に少しくらいの報復をしても罰は当たらないはずだ。

「残念だったな須崎。メインになれなくて」
「どうせまぐれ当たりでしょ。この次の事件では負けませんよ」
「この事件は、まだ終わってないぞ」
 宇野の思いがけない言葉に、須崎は顔を上げた。
「なに言ってるんですか。薪室長がいま、捜一に報告に行ってるじゃありませんか。それが間違いだとでも言うつもりですか」
「青木が何かに気付いてる。あいつ、調子づくと怖いんだ」

 青木は首を傾げながら、モニターを見ている。腕を組んで遠くから見たり、顔を画面に近づけてみたり、やはり青木の考えることはよく分からない。
 青木の様子が気になって、須崎は自分のモニターを青木のものに連動させてみる。青木と同じ画を見て、青木が何を考えているのか予想してみる。

 場面は次々と変わる。しかし犯行現場は一度も現れない。被害者の日常の風景を見ているようだ。
 画面には、夫や職場の友達が映っている。そんな事件に何の関係もないものを見て、いったいどうする気なのだろう。バカの考え休むに似たりというから、これは何の意味もないことなのかもしれない。

 ノンキャリアの言ったことを真に受けて、ついモニターを見てしまった自分を少しだけ恥じて、須崎は宇野が置いていった資料をゴミ箱に投げ捨てた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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