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新人騒動(15)

新人騒動(15)





 誰もいなくなったモニタールームで、須崎はひとり机に向かっている。
 23年間の人生で、自分より試験の成績が悪い人間に、遅れを取ったことなどなかった。
 あの青木という男は、ぼうっとしてるように見せかけて、実は優秀な頭脳を持っているのだろうか。とてもそうは思えない。やっぱりあれはただのまぐれだ。
 青木に出し抜かれた一番の原因は、やはりMRIマウスの操作技術だ。こればかりは、経験がものを言う。だが、練習さえ積めば自分だって負けない。薪室長に肩を並べるには何年もかかりそうだが、青木ごときの技術なら、すぐに追いついてみせる。

 青木の金星の祝賀会と称して、連中は飲みに行った。
 くだらない連中だ。第九のエリート集団には期待していたのに、自分とまともに話ができるのは室長くらいのものだ。
「マウスの練習か?」
 鞄を小脇に抱えて、薪が室長室から出てくる。いつの間にか時計は8時を回っていた。
 「反復練習は大事だけど、あんまり根を詰めてもダメだぞ」
 優しい言葉を掛けて、須崎の隣の席に腰を下ろす。昼間の厳しい彼とは別人のようだ。

「みんなと飲みに行かなかったのか。遠藤は行ったぞ」
「くだらない人たちとは、付き合いたくありません」
「くだらないってどうして思うんだ?」
「歓迎会の時で懲りました。あの人たちの話題って、グラビアアイドルの話だったり車の話だったり、交通課の女子職員とコンパをする計画だったり、そんなつまらない内容ばっかりなんですよ。レベルが低すぎます。もっと仕事の役に立つ話を聞けるのかと思って参加したのに、がっかりです」
 一番多かった話題は薪の悪口だったのだが、それは内緒だ。須崎だって相手によっては、気を使ったりするのだ。

「管理部にいた頃もそうでしたけど、ノンキャリアの言うことは、まったく理解できません。僕がノンキャリアの先輩に、管理部の歓迎会で何言われたか分かりますか? いきなり女性経験を聞かれたんですよ。なんて非常識な人なんだろうって思いましたよ」
「女性経験ならいいじゃないか。僕なんか……」
「はい?」
「なんでもない」
 なんだか、その話題には触れられたくないらしい。

「その他にも、テレビドラマの話とか芸能人の噂話とか、署内の誰と誰はデキてるとか。直接自分に関係のないことでどうしてあんなに盛り上がれるのか、僕には不思議です。室長も飲み会には参加されないって聞きましたけど、やっぱりあのくだらない話を聞くのが耐えられないんでしょ?」
「いや。酒の席のそういう話が、くだらないとは思わないけど」
「じゃあ、どうして? 青木先輩の誘いを断ってましたよね」
「僕が顔を出したら、あいつらが僕の悪口を言えなくなるだろ」
 薪は、須崎が意図的に隠したことをずばりと指摘した。
 どうやら、自分の陰口が、連中の酒の肴になっていることを知っていたらしい。しかし、そう不愉快そうな顔もしていない。頭にこないのだろうか。

「サラリーマンにとって上司の悪口ってのは、効果的なストレスの解消法なんだ。僕だって若い頃は、友だちと上司の悪口で盛り上がったさ」
「僕は、人の陰口は好きじゃありません。本人に言えない事なら、陰に回っても言うべきじゃないと思ってます」
「潔癖なんだな。須崎は」
「青木さんだって室長の前ではいい子ぶってますけど、みんなと一緒に室長の悪口言ってますよ。僕はああいうのが許せないです」
 自分は薪を尊敬している。だから薪の悪口は聞きたくない。
 しかし薪は、青木が自分の陰口を叩いていることを知っても、さほど気にならないようだ。
 ふっと表情を和ませて立ち上がると、須崎の右手の上に自分の右手を重ねて、MRIマウスの正しい持ち方を教えてくれた。
「おまえ、薬指の使い方が違うんだ。もっとこう、指を立てて」

 連中は室長を鬼呼ばわりするが、自分にはこんなにやさしく指導してくれる。自分が室長にとって、特別な存在であるような気がして、須崎はうれしかった。
「ご教授ありがとうございます。なんとなく、コツが解ったような気がします」
 薪室長の言うとおり、こういうものは一日ではうまくならない。続きはまた明日だ。
 須崎は机の上を片付けて、モニターの電源を落とし、帰り支度をした。

「おまえくらいの手だと、教えやすいな」
「え?」
「去年は青木にも教えてやったんだけど、あいつの手は大きくてさ。指が届かないから、形を作るのも難しくて。今みたいにすんなりいかなかったんだ。それじゃなくてもあいつ、不器用だし」
 なんだ。青木もこの個人レッスンを受けたのか。
 この課外授業が、自分にだけ施された特別なものではなかったことが分かって、須崎は少しがっかりした。
「じゃ、僕のほうが優秀ですか?」
「覚えの速さから言ったら、おまえのほうがずっと上だ。青木はここに来て最初の2ヶ月は、トイレで吐いてただけだからな。あいつを仕込むのは、本当に苦労したよ。ようやく画に慣れたのが秋の終わりだから、1年近く掛かったんだ」
 青木の情けない逸話に、須崎は声を立てて笑った。今も大したことはないが、新人の頃の話は、もはや漫才だ。

「おまえは平気なんだな。あの凄惨な『お宝画像』を見ても」
「僕は理Ⅲの人間ですから。人間の内臓は見慣れてるんです」
 東大理科三類は、医学部への道でもある。それで薪なら納得してくれるはずだ。
 しかし、須崎がお宝画像のグロテスクさに目を背けなかったのは、大学の頃からずっと訓練してきたからだ。医学部の教授に頼んで解剖の見学をさせてもらったり、DVDを見せてもらったり、須崎は将来警察機構で働くことを視野に入れて、努力を重ねてきたのだ。

「なるほどな。がんばれよ、須崎」
「はい」
 薪室長は、自分に期待してくれている。
 たかだか1歳年上の、あんなボンクラに負けるわけには行かない。青木にもそこのところは、きっちりと釘を刺しておかなくては。1度くらいのまぐれ当たりで、自分のほうが上だと思われてはたまらない。
 セキュリティーをかけて部屋を出る室長の後について歩きながら、須崎はひとつ年上の同僚に敵愾心を燃やしていた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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