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新人騒動(16)

新人騒動(16)





 翌日、青木には報告書をまとめる仕事が待っていた。
 捜一から借りてきた膨大な資料の中から、林田琴美以外の被害者に関するものをピックアップする。他の被害者のことも、報告書には記載する必要があるからだ。
 今井と曽我が、自分たちの調べ上げたデータは渡してくれたが、被害者達がどんな人間だったのか、自分の目でも確かめておきたい。何を考え、どんな人たちを愛し、そしてどれだけの無念を抱えて死んでいったのか、できる限り理解してやりたい。

 箱の中を探っている青木の前に、ふいに人影が差した。
 須崎だ。コンビのサブとして、自分を手伝いに来てくれたのだろうか。
「青木さん。あのぐらいで僕に勝ったと思わないでくださいね」
 ……だと思った。
 
「僕に勝って室長の期待に応えられて良かった、とか思ってるんでしょう」
「別にそんなこと思ってないよ。それより、資料を探すのを手伝ってくれないか。最初の被害者の、山崎恵子さんに関するものを」
 須崎は勘違いをしている。
 薪が求めているのは、部下たちが優劣を競うことではない。全員が協力して、いち早く事件を解明することだ。

「須崎。捜査は勝ち負けじゃなくてさ、被害者の数を増やさないため、被害者や遺族の無念を晴らすためにするものだろ。おまえもこういう資料を読んで、被害者の人生について考えてみたら」
「僕、あなたのそういうところ大嫌いです」
 面と向かって人に嫌いだ、と言われたのは初めてだ。そんなにカンに障ることを言っただろうか。
「綺麗ごとばっかり並べ立てて。謙虚で控えめな可愛い後輩を装って。自分の能力に自信のない人は、そうやって他人に媚びへつらって生きるしかないんでしょうけど、あなたの場合はその態度が露骨過ぎて、ものすごく頭にきます」
 自分は、他人からそんな風に見えるのだろうか。自分では意識していなかったが、先輩たちに媚びているように感じられるのだろうか。
「I種の模擬試験もギリギリだったくせに。お宝画像も去年の冬、ようやく見終わったばかりのくせに。どっちも僕の成績の足元にも及ばないじゃないですか。それなのに、どうして室長はあなたを僕よりも上だなんて!」
 それは何日か前の早朝、薪とモニタールームの掃除をしながら交わした会話だ。どうやら立ち聞きされていたらしい。
 須崎の勢いに押されて、青木は黙った。ここで言い返せないところが、青木のやさしさであり、ダメなところだ。

「須崎。第九はたしかに実力主義だがな、それは目上の者に対する敬意を忘れていいということじゃないぞ」
 何も言えない青木の代わりに、須崎をたしなめてくれたのは、岡部だった。
 岡部は、薪と遠藤の次の研修について話していたのだが、新入りに追い詰められている青木を見かねて助け舟を出しに来たのだ。薪は放っておけと言ったが、青木の性格では、須崎にやり込められてしまうだろう。今井に頼まれていたことでもあるし、一度は話をしておこうと思っていたのだ。

 青木は頼りになる先輩の出現に、ほっと胸を撫で下ろした。
 副室長の岡部の言うことなら、須崎も素直に聞くだろう。
 青木だけでなく、職員たちはみなそう思っていた。陰でこの新人が、岡部のことを類人猿呼ばわりしていたとしても、本人を目の前にしては何も言えないはずだ。岡部は正式な第九の副室長なのだ。
 ところが、須崎のキャリア魂は常識を超えていた。

「目上? ノンキャリアのあなたが、キャリアの僕の上だって言うんですか?」
 攻撃対象を岡部に変えて、須崎は辛辣に言い放った。
「僕は7月には、警部の昇格試験を受けます。秋にはあなたと同じ警部だ。たった半年の間の尊敬が、そんなに欲しいんですか?」
 ぎゅっと拳を握り締めて、岡部は口を閉ざした。
 こいつには何を言っても無駄だ。幼い頃からエリート教育を受けて育ったのだろう。警察庁に入って、たった半年で、すっかりキャリア組の色に染まっている。
「まあ、気持ちは解らなくもないですけど。ノンキャリアのあなたがキャリア組の僕の上に立てるとしたら、今のうちだけでしょうからね。でも、そんなの無駄なことだと……っ!」

 パン! という音に続き、カシャン、という無機質な音が響いて、須崎の眼鏡が床に落ちた。
 全員が須崎の頬を張った人物に注目する。それは、須崎が第九で唯一尊敬していた室長その人だった。
 
「須崎。おまえは僕を愚弄するのか」
「まさか。僕は薪室長を心から尊敬して」
「岡部を副室長に選任したのは僕だ。僕の人事評価が、間違っていると言いたいのか」
 背中に冷気をまとって、薪は須崎を睨み据える。会議のときに遠藤に見せた冷たさとは比較にならない、絶対零度の青白いオーラ。
 氷の室長の本領発揮である。
 初めて見せる薪の冷たい瞳に、須崎は鼻白んだ。

「岡部の言葉は、僕の言葉だ。肝に銘じておけ」
「……やってられません」
 床に落ちた眼鏡を拾い、掛けなおして須崎は薪を睨んだ。薪の前ではずっと従順だった新人は、初めて彼に反抗心を見せてきた。
「上司の命令に従えないなら、おまえにはここを辞めてもらうしかない。命令をきけない部下など、無能な部下よりたちが悪い」
「キャリアの僕に、ノンキャリアの命令に従えって言うんですか。自分より頭の悪い人間の言うことを聞くなんて、僕には耐えられません」
「頭の悪い人間? 僕から見れば、おまえの頭も大したことないけどな」

 部屋中の人間が、耳を疑った。
 全国1位の頭脳を持つ須崎が、大したことない?
 薪が優秀なのは知っているが、これは少し言葉が過ぎるだろう。
 薪と違って、須崎は去年大学を卒業したばかりだ。勉学にも論文にも慣れ親しんでいるし、休み時間にまで数学の専門書を読んでいるほどの勉強家だ。

「いくら薪室長でも、言っていい事と悪い事があります。僕は自分の頭を錆付かせないために、いつも努力してるんです」
「おまえの努力って、これのことか」
 薪は須崎の机から、数学の参考書を取り出した。
 分厚い本は、難解な数式で埋め尽くされている。理数系が苦手な青木などは、表紙を見ただけで頭が痛くなってしまう。
「くだらんな」
「くだらない? 昼休みに昼寝ばかりしてるあなたに、その内容が理解できるんですか? 次のページの問題が解けますか?」
 薪は、現役の学生から離れて大分経つはずだ。大学を卒業してからもずっと勉学に励んできた自分より、学問に関して勝っているはずがない。

 挑戦的に言い募る須崎に、参考書が突き返された。
「つまらん。頭の体操なら、オセロゲームのほうがまだマシだ」
「負け惜しみ言って、え!?」
 難解度Aクラスの問題を掲載したページには、いつの間にか答えが書き込まれていた。
 いずれも計算式の記載はなく、解だけが記入されている。10問すべての答えがあっていることを確認して、須崎の顔が青くなる。

 計算式も書かずに、この問題を暗算で? しかもこの短時間で?

 須崎はぎりっと口元を歪めると、参考書を床に叩き付け、モニタールームから飛び出していった。残された職員たちは、今の一幕に完全に固まってしまっている。
「おまえら、なにをぼーっとしてんだ。さっさと持ち場に戻れ」
 薪の言葉にみなが我に返り、自分の仕事に戻っていく。
 岡部が床に落ちた参考書を拾い上げて、パラパラとページを捲った。薪が解答を記入した頁を開いて、大きくため息をつく。

「俺には、問題の意味すら解りません」
 その参考書の内容は、岡部には理解不能だ。外国語どころか、宇宙の言葉で書かれているようだ。
「僕だってそんなの、解けるわけないだろ。何年現役から離れてると思ってんだ」
「だって今、すらすらと答えを」
 薪は意地悪そうな顔になると、人の良い副室長に種明かしをしてやった。
「須崎の目を盗んで、巻末についてる答えだけ暗記したんだ。数式までは覚え切れなかったけど、答えだけならな」
「なんだ。そうだったんですか」
 自分の上司が宇宙人ではないと分かって、岡部は安心したように笑った。
「そんなもの解けたって、仕事の役には立たない。それはただの資源ゴミだ」
 せせら笑いを浮かべて、東大理Ⅲ用の参考書を資源ごみと断定する。この上司はどこまでも傲慢だ。
「昼休みに、オセロでもしますか」
「いいぞ。その代わり、負けたほうがランチ奢りな」
「受けて立ちますよ。オセロは俺、けっこう得意ですから」

 そんな会話で、今の寸劇に幕を下ろすふたりを見て、青木は切ない気持ちでいっぱいになる。
 なんてひとだろう。
 あの参考書は青木も見たことがある。店頭で手に取っただけだが、自分には無理だと諦めた。
 だから青木は知っている。薪は巻末の解答を見て答えを書いた、と言ったがそれは不可能だ。あの参考書は、解答が別冊なのだ。つまり、薪はあの問題をその場で解いたのだ。
 しかし、青木のこころの震えは、その人間離れした頭脳への感嘆ではない。

 まことしやかな嘘。あんな見事な嘘がつけるのは、薪しかいない。
 なんてやさしい嘘をつくひとなんだろう。
 これまでもこのひとは、こうして鮮やかな嘘を吐き続けてきたのだろうか。あの皮肉屋の仮面の裏側で、どれだけの見えない愛を周囲に注いできたのか。

 新人の新しい研修内容を決定して、薪はモニタールームを出て行った。所長に研修の申請をしてくる、と薪は言ったが、たぶん帰りは遅くなる。申請書類を挟んだファイルに隠すように、分厚い『資源ゴミ』を持って行ったからだ。

 その細い背中を見送って、青木は薪に対する気持ちが、また膨らみ出すのを感じる。
 自分はよくひとにやさしい男だと言われるけれど、薪のような真似はできない。関わる人間すべてに注げるほどの、愛情は持ち合わせていない。
 部下に、友人に、事件の被害者や遺族、あるいは加害者、さらには市井の人々にまで―――― 対象となる人物は限りがないように思える。
 どうやったら、あそこまでやさしくなれるのだろう。自分もここで研鑽を重ねれば、いつか薪のようになれるのだろうか。

 青木は、2年目の春に相応しい決意を胸にする。
 きっとなってみせる。
 薪の下で精進を重ねて、強さもやさしさもしたたかさも、薪に吊り合うくらいの人間に。頭脳だけは、無理だと思うが。
 
「よし。山崎さんの書類書類、と」
 新たな想いを胸に、青木は再び資料を探し始めた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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きゃー!!

頭の良い薪さん萌え♪♪
惚れました、結婚して下さい。
(思わず告った(笑))

Re: きゃー!!(めぐみさんへ)

いらっしゃいませ、めぐみさん。

> 頭の良い薪さん萌え♪♪
> 惚れました、結婚して下さい。

うちの薪さんと結婚したら、苦労しますよ!
ダンナはちょっとおバカなくらいが、扱いやすくていいんですよ(笑)
あ、でも、うちの薪さんの場合、『男らしい』っておだてときゃ、なんでもやってくれそうですね。

めぐみさん   「あなたって、男らしくてステキ」
うちの薪さん  「嘘のつけないきみが好きだよ」
めぐみさん   「夕飯の用意、よろしくね」
うちの薪さん  「まかせとけ!」      

・・・・ちょろすぎ?

鍵拍手くださった方へ

11/23 こちらに鍵拍手くださった方へ

ありがとうございました。
思わず、みたいな感じですか?

きっとそれは、須崎がそーとー憎らしかったんですね(笑)
うふふー、そういう風に書いてます。
自分が性格悪いので、こういうひとはとっても書きやすいです!(サイテーですいません・・・・・)

またのお越しをお待ちしております♪

Aさまへ

Aさま、こんにちは~。


>ついに、薪さんも岡部さんを侮辱されて黙っていられなくなりましたね!

青木さんをバカにされてたときは平気だったくせに、ねえ。(笑)
薪さんは、岡部さんのことをとっても頼りにしてると思うのです。 自分が岡部さんに我が儘言って困らせるのは平気でも、他の人がしてきたら許さないんじゃないかな~。


>でも、この人は頭脳で負けたと思うと何も言えなくなるのですね。

Aさま、するどい!
そうなんです、須崎はそれ以外、何も自分を主張できるものがないんです。 頭がいい、それだけしか自分の存在価値を認められない人なんですね。 だからそこを崩されると、一気に壊れちゃうの。
それが分かっているから、薪さんもフォローに向かったのです。


>薪さん、本当にかっこいい!!惚れ直します(>▽<)

ありがとうございます!
オヤジ薪さんも、たまにはキメます!


>やさしい嘘に気づくいて、薪さんに釣り合う人間になろうと新たに決意する青木も良いですね(^^)

1年経って、惚れ直した、とか言ってますね。
恋人同士になるまで、あと1年ありますからね~、先は長いです。


>須崎は改心できるのだろうか?優秀な頭脳だけでやさしさがわからないのは不幸ですね(´`)

人間の幸福って、頭の良さとは比例しない気がします。
ほら、頭がいいと、色んなものが見えちゃうじゃないですか。 たくさんの可能性を思いついちゃうから、余計な心配とかしちゃったり、先のことまで考えすぎちゃったりして、目の前の幸せに気が付かなかったりする。
ちょっとお間抜けなくらいの方が、楽しく生きられる気がします。 だからしづは幸せなのかな。(笑)

Eさまへ

Eさま。

こんな昔のお話に感想を寄せてくださって、ありがとうございます。

てか、恥ずかし!!
なにこれ、ものすご恥ずかし!!

これは小説じゃないねえ……テーマが無いもんねえ……
この頃の話は、ただただ薪さんへの自分の思いを、青木さんに乗せて綴っていたように思います。
だからどんなに稚拙なストーリーでも、薪さんさえカッコよければそれでよかったんですね(^^;

下手にストーリーが練られてない分、薪さん愛は、こちらの方が強く感じますね。(この当時は、ストーリーを組み立てる時間が惜しいくらい、薪さんを語りたくて仕方なかったんです)
だから「ぎゅーっ」てなってもらえるのかな?

二次創作って、そういうものかもしれませんね。
小説じゃないもんね。
初心に戻って、またこういうの、書いてみたいです。


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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