新人騒動(18)

新人騒動(18)






 職員食堂のSランチは、人気メニューのひとつである。
 他の商品と比べて少し値は張るが、それだけの価値がある。内容的には洋風フルコースの形をとっており、サラダにスープにメインの魚と肉料理、パンかライスかパスタが選べて、デザートにアイスクリームとコーヒーまでついている。研究所の食堂だから味はそこそこだが、そのボリュームは街中のどの店にも負けない。

 薪は、食後のコーヒーを飲んでいる。
 昔はこのコーヒーを何とも思わずに飲んでいたはずだが、久しぶりに口にしてみると、いまひとつ、というか3つくらい物足りない。
 そういえば、この前小野田にご馳走になったペニンシラのブルマンも、やっぱり後味が悪かった。初めてあのホテルのコーヒーを飲んだときに感じた後味の悪さは、間宮が混入したクスリのせいではなかったのだということが解って、薪は第九のバリスタの地位が不動のものとなったことを悟った。

「もう食べないんですか?」
「うん。ごちそうさま。おなかいっぱいだ」
 岡部から勝ち取ったSランチを結局は食べきれず、半分は残してしまった。食堂の人に悪いとは思うが、これ以上食べるといつぞやの二の舞になる。ぜんぶトイレに食べさせるより、半分でも人間の身になったほうが、これを作った人も喜ぶだろう。その理屈に、何人のシェフが納得してくれるかは別として。

 職員食堂の一角で、突然わあっという歓声が上がった。仲間内で何かめでたいことがあったらしく、おめでとう、という声が聞こえる。
 大きなはしゃぎ声に、薪は眉をしかめた。周りの職員たちも、何事かとそちらを見ている。
ここは公共の場所だ。祝い事も節度を持ってするべきだ。他の職員の憩いのときを妨げるような真似をするなんて、どうせ捜一あたりのマナーをわきまえない連中――――。
「良かったな、青木!」
 ……うちのバカどもだ。

「岡部、止めて来い。周りに迷惑だ」
 向かいの席で食後のコーヒーを飲んでいた岡部に、連中を黙らせるように命じて、薪はため息をついた。
 青木の金星はたしかにめでたいが、いくらなんでも大げさに騒ぎすぎだ。少し、締めてやらなくては。
 が、彼らのお祭り騒ぎは別のことだった。

「室長、見てください!」
 騒音公害の元凶が、こちらに移動して来た。他の連中もわらわらと付いてきて、騒ぎはちっとも収束されていない。何をやってるんだと岡部を見れば、連中と一緒になって青木の肩を叩いている。完全にミイラ取りがミイラだ。
「姉の子供が産まれたんです!いま写メが来て。ね?可愛いでしょう」
 薪の背後から大きな手が伸びてきて、携帯電話の画面が差し出された。
 画面には、生まれたばかりの目も開かない赤ん坊の姿が映っている。産湯を使ったばかりらしく、はだかでバスタオルの上に仰向けに寝かされている。ぎゅっと握られた小さな手が顔の両脇に置かれ、細い棒のような足が、赤子特有の形に開かれている。女の子だ。

「将来はすごい美人になりますよ、きっと」
 サルの子供にしか見えない。頭の形なんか、まるでサトイモみたいだ。
「もう叔父バカか。おめでたいやつだな」
「いくら可愛くても、最終的にはどこかの男にとられちゃうんですよね。嫌だなあ」
 姪の前に自分の心配をしろよ、と小池から突っ込みが入る。
 仲間たちは笑っているが、自分たちだってひとのことは言えないはずだ。第九で恋人がいるのは今井だけで、他の者は女友達すらいない。しかし青木は言い返しもせず、バツが悪そうに頭を掻いた。

 こいつの単純な思考回路の十分の一でもいいから須崎についていれば、あいつはあんな学生時代を送ることもなかっただろう。もしくは、自分のようにいい友だちに巡り会えていれば、もう少し楽に人生を生きられたはずだ。
 須崎は大丈夫だろうか。
 新しい職場で、また除け者にされてしまうんじゃないだろうか。
 第九の仕事が務まらない職員に引導を渡すのは薪の役目だが、その後はいつも憂鬱だ。相手のためを思ってすることだが、切り捨てていることに変わりはない。これで良かったのかどうか、かならず幾ばくかの迷いが残って、それが亜麻色の瞳を曇らせる。

「こんなふうに、産まれたときはみんな天使なんですよね」
 青木の声が低くなる。薪は、その微妙な変化を肌で感じる。
 こいつは叔父バカをよそおって、自分に何か言いたいことがあるのだ。
「みんな、そのことを忘れちゃってるだけです。きっかけさえあれば、思い出せるんです。だから、きっと大丈夫ですよ」
「なにが」
 青木は笑って答えない。
 ……自分の心配事に気付いていたのか。こいつ、このごろ岡部レベルになってきた。

「室長の携帯にも、この写メ転送しときましたから」
「嫌がらせか?」
「子供、嫌いですか?」
「サルの写真なんか要らん。20年後に撮影しなおして、再送しろ」
「うわあ。薪さんて本当は、むっつりスケベなんじゃ」
「あん?」
「だってこれ、オールヌードですよ」
 あはは、と自分の部下たちが笑っている。
 なるほど、須崎の言う通り低レベルだ。
 が、傍目から見ると呆れるような会話でも、輪の中に入ってしまうと楽しいものだ。

「わかった、生写真は諦める。その代わり」
 薪は自分の携帯の写真フォルダを開いて、青木から転送されてきた写メールを画面に呼び出す。意地悪そうな顔になって、新米の叔父に不埒な計画を持ちかける。
「スパコン使って、成長過程をシミュレーションしてみるってのはどうだ?」
「シミュレーション?」
「この写真のポーズのまま、大人の姿になっていくと」
 どういうことになるか、青木にも解ったようだ。他の連中は一足早く、にやにやと笑っている。

「やめてくださいよ! オレの姪っ子を穢さないでください!」
「僕は室長だからな。部下の期待を裏切るわけにはいかん。むっつりスケベならそれらしくしないと」
「助けてください、岡部さん。オレの姪っ子が、嫁にいけなくなっちゃいます」
「おまえさっき、他の男に渡したくないって言ってただろうが」
「えええ~、岡部さんまで」
 青木が情けない顔になる第九の黄金パターンが決まって、職員たちがげらげらと笑い始めた。薪の周りにいた顔も知らない職員たちまで、つられて笑っている。

 笑い声に包まれたカフェテリアの真ん中で、薪はゆっくりとコーヒーを飲み干した。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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