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つむじ風(10)

 みちゅうさんのように、泣ける話が書きたい、とか言いつつ、みなさんが怒りまくるような話を書いてました☆
 TさんのΨ、お受けします。(笑)




つむじ風(10)





 時が、止まったような気がした。

 青木の大きな手から、マグカップが滑り落ちた。
 やけにゆっくりと落下していく。まるでストップモーションのような画像が、宇野の目に映っている。
 ボーンチャイナ特有の白さと薄さを合わせ持ったマグカップは、薪の愛用の品だ。それがガシャン、と床で音を立てて、時計の針は動き出した。

「遠藤! 室長に謝れ!!」
 どんなときでも声を荒げたことなどない控えめな後輩が、年若い新人を怒鳴りつけた。周囲の空気が、びりびりと震えるほどの怒気。
 宇野は思わず肩を竦める。こんな青木は初めて見た。

「嫌です。おれは間違ったことは言ってません」
 遠藤も負けずに言い返す。自分の正当性を信じている人間というのは、他人のどんな攻撃にも耐えうるものだ。
「だって事実ですよね? 先輩達だって知ってたんでしょう。一昨年の事件」
 遠藤が言っているのは、貝沼の狂気に犯された捜査官の凶行を止めるために、薪が自分の部下を射殺した事件のことだ。現状からも防犯カメラの映像からも、銃の使用はやむを得なかったことが認められ、結果降格処分もなかったと聞く。陰では官房長の力が働いていたという話もあるが、あくまでそれは噂だ。

「公式発表の記録を読んでないのか。あれは正当防衛だ」
「公式発表の、どこに真実があるんですか。世間の非難を回避するために、事実を捻じ曲げているに決まってるじゃないですか」
「違う! あの時は本当に他に方法がなかったんだ! 室長はそのことをずっと悔やんで」
 怒りのあまり、青木の声は震えている。心なしか顔色も青ざめて、非難を受けた当人よりも遥かに激昂していた。

「どうしてそんなに、このひとを庇うんですか? 室長と特別な関係だからですか?」
 遠藤の言葉に、宇野は開いた口が塞がらなかった。さすがの青木も、言葉を失っている。
 突然なにを言い出すのだ、この新入りは。
「と、特別って」
 そこでどもってはダメだろう。こういうところが、青木の未熟さだ。
「そんなに室長のことが好きなんですか? このひとがどういうつもりで青木先輩と付き合ってるのか、知ってるんですか」
「付き合うって、そりゃ、そうなれたら嬉しいけど」
 ダメだ。テンパッてる。
「青木先輩は騙されてるんですよ! このひとは青木先輩のことが好きなんじゃなくて、昔の男の代わりにしてるだけです!」
 遠藤の勢いに押されて、青木は何も言えなくなっている。ぎゅっと唇を噛んで、拳をふるわせている。
 見かねて、宇野は助け舟を出すことにした。

「なに訳の分かんないこと言ってんだ、おまえ」
 薪と青木のことについて、第3者の自分が口を挟むことではないかもしれないが、室長に対する暴言は、部下として許しておけない。
「おれは、青木先輩を責めてるわけじゃないです。室長に誘惑されたんですよね? ていうか、無理矢理強制されたんでしょう? それで関係を持ったんでしょう?」
 これが事実だとしても、双方の協力がなければ作れない関係なのに、悪者は薪ひとりだと決め付けている。まるでボーイフレンドとの間に子供ができてしまった高校生の娘の肩を持つ、母親のようだ。

「誰に吹き込まれてきたんだ、そんな馬鹿げた話」
 交通課の女子職員あたりだろうか。
 あの一角には、薪のことを完全にそういう趣味の人間だと思い込んで、署内の誰それとカップリングの仮説を立てては面白がっている女の子達がいる。彼女達の一押しは、今のところ捜査一課の竹内警視らしい。ふたりとも、超が付く美形だというのがその理由だ。ふたりの仲の悪さは署内でも有名なはずだが、所詮は空想の世界なので、事実関係には拘らないそうだ。
 今井の彼女は交通課にいるので、こんな話も伝わってくる。もちろん、薪には秘密だ。しかし、青木が相手というのは初耳だ。

「どこで聞いてきたか知らないが、根も葉もない噂話を鵜呑みにするなんて。捜査官失格だぞ。おまえも警察官なら、ちゃんと証拠を見つけてから物を言え」
「おれ、この目で見たんですよ。青木先輩、昨夜ふたりで室長のマンションに入って行きましたよね」
 昨夜、この新人が、酒席を中座して何をしていたのか判明した。
 昨日の店は吉祥寺だ。薪のマンションの近くだったのだろう。わざわざ様子を伺いに行ったのか、偶然だったのかは不明だが、青木が薪と一緒のところを目撃して、下らない噂を信じてしまったわけだ。

「あのな、遠藤。室長と岡部さんと青木は、飲み仲間なんだ。金曜日の夜はいつも室長の家で、3人で飲んでるんだ。ふたりきりじゃないよ」
「宇野さん。知ってたんですか?」
 青木がびっくりした顔で、宇野のほうを見る。第九の情報網を甘く見ないで欲しい。
「みんな知ってるよ。岡部さんから聞いてたから」
「岡部さん、話しちゃってたんですか? なんだ。オレ、ずっと気を使ってたのに」

「口裏あわせても、ダメですよ」
 宇野の話を聞いても、遠藤は納得していないようだった。本当に自分の間違いを認めないやつだ。
「おれはちゃんと調べてきたんです。室長に殺された、鈴木って人の写真も見せてもらいました。青木先輩に、なんとなく似てますよね。室長はその鈴木ってひとが好きだったんでしょう? でも、そのひとには婚約者がいて、自分のものにならないもんだから、正当防衛を装って殺したんじゃないんですか? 青木先輩を誘惑したのだって、そのひとの身代わりにしようと思って」
「遠藤! それ以上室長を侮辱するな!」

「青木。黙ってろ。遠藤は僕に言ってるんだ」
 ヒステリックな遠藤の声も、青木の怒号も、その威厳に満ちたアルトの声の前には黙らざるを得ない。薪が室長の仮面をつけたら、誰も逆らうことはできないのだ。
 右手に持っていた緑色のマグカップを、机の上に静かに置いて、薪は穏やかな目で糾弾者を見る。その亜麻色の瞳には、怒りも悲しみもなかった。

「異動願いは、書いたのか」
 遠藤は、無言で縦長の封筒を突き出した。表面に異動願の文字がある。
 薪はその封書を受け取り、中身を確認した。眉ひとつ動かさず、瞬きすらしない。いつも通りの冷静な顔で、その書類を受諾した。
「解った。月曜日付けで受理する。どこか希望する部署はあるか」
「あなたの顔の見えないところなら、どこでもいいです」
「それなら所轄だな。新宿署の二課あたりでどうだ」
「それでけっこうです。失礼します」

 敬礼すらせずに、遠藤は踵を返した。
 薪と同じ空気を吸うのも嫌だと言いたげな表情で、今日まで世話になった上司を睨みつけ、足早に研究室を出て行った。
 一呼吸おいて、青木がその後を追いかける。
「青木。放っておけ」
「いいえ! 絶対に遠藤には謝罪させますから!!」
 言葉と同時に、自動ドアの向こうに姿を消す。薪は肩をすくめて、軽くため息をついた。

「これで何個目だ? あいつが僕のマグカップ割ったの」
「きりがないですね。10個くらい、まとめ買いしといたらどうですか」
「そうだな。青木の給料から差っ引いてやる」
 宇野は床に散らばったマグカップの欠片を拾い始める。薪が給湯室から雑巾を持ってきて、こぼれた緑茶を拭き取った。

「青木の名誉のために言っておくけど、僕たちはそんな関係じゃない」
「わかってます。てか、どうでもいいです」
 床にしゃがんだまま、宇野は上司の顔を見た。
 薪の大きな瞳が丸くなって、不思議そうな光を宿す。宇野の意見に、補足説明を求めているようだ。

「うちの連中は、みんな同じ考えです。極端な話、薪さんが官房長の愛人でも、間宮部長のセフレでも、俺たちはかまわないんです」
「ちょっと待て! だれが愛人でセフレだ!!」
「いや、だから例え話ですよ。薪さんがゲイだったとしても、捜査官としての能力が落ちるわけじゃなし、室長としての才覚が欠けるわけでもないでしょう。薪さんにどんな趣味があっても、それは個人の自由です。別に俺たちにせまってくるわけでもないし、俺たちは一向に困らないです」
「……宇野。おまえ、僕がゲイだって前提で、話進めてないか」
「いや、だって、薪さんの顔見てるとそっちのほうが自然で――― い、いえ、その」
 宇野の失言に、氷の警視正が君臨してしまった。
 5月だというのにピシピシと周囲の空気が凍っていき、青白いオーラが薪を包み――――。

「宇野」
「す、すいません! 今日は、徹夜してでもシステムチェックを!」
 床に膝を付いてオーバーに頭を下げる宇野に、ふわりとやわらかい薪の声が降ってきた。
「ありがとう」
 宇野と同じ目線の高さで、照れたように微笑んだ室長の顔は、一昨年の秋に宇野を惹きつけたものより、遥かに魅力的だった。
 あの時も女優のようだと思ったが、この1年の間にどんな進化を遂げたのか。近頃のこのひとは、人間を越えた美しさを手に入れつつある。

「俺のほうこそ、一度ちゃんとお礼を言いたかったんです」
 亜麻色の小さな頭が左側に傾いで、大きな目がゆっくりと瞬く。つややかなくちびるは疑問符の形に窄められ、その魅力をいや増した。
「薪さんは俺を所轄から―――― 灰色の毎日から、俺を引き上げてくれて、生涯を捧げて悔いのない職務を与えてくれました。ありがとうございました」
「なにガラにもないこと言ってんだ。僕はただ、MRIシステムのメンテナンスを、全部自分でやるのは大変だから、PC工学科出身のおまえに声を掛けただけだ」
 礼なぞいらん、とそっぽを向きながら、耳が真っ赤になっている。宇野は吹き出したいのを、必死でこらえる。
 このひとは時々、頭をくしゃくしゃに撫で回したくなるくらい可愛い。
 その幼げな顔立ちのせいか、男にしては小柄すぎる体型のせいだろうか。宇野より、年はだいぶ上なのだが、それが分かっていてもやっぱりかわいい。

 薪は雑巾をゆすいでから、清掃用具のロッカーに戻し、ブラインドの隙間を手で広げて外を眺めた。
 右手を口許に当てて、ほんの少し迷うようだったが、すぐに宇野の机に近付いてきて、箸を手に取った。
「バカに、メシ食わせてくる」
 まったく世話の焼ける、とぶつぶつ言いながら、せっせと弁当を取り分けている。重箱の蓋に稲荷寿司を載せ、空いた場所に煮物とから揚げを添える。人参を避けているところを見ると、どうやら薪は青木の苦手食材を知っているらしい。
「あいつ、一食でも抜くと飢え死にするんだ」
「ハムスターみたいですね」
「そんなかわいいもんか。象だ、ゾウ」
 憎まれ口を叩いて、薪はモニタールームを出て行った。

 そのあとで、宇野は薪が見ていた窓から、同じように外を眺める。
 第九の正門の手前に立っている、青木の姿が見える。大きな背中は連れ合いを無くした老人のように、しょんぼりと丸められていた。
 そこに小さな人影が近付いていって、後ろから尻を蹴る。思わず前のめりに膝を付き、何事かと振り向いた青木の顔が、徐々に苦笑の形に変わっていく。
 ふたりは連れ立って中庭のほうへ歩いていった。いつも室長が昼寝をしている、見事な枝振りの樹の下に並んで腰を下ろすと、芝生の上に弁当を広げた。

「う~ん。これは青木説、来るかもしれないな」
 その噂が交通課にいる今井の彼女から伝わってきたときのことを想像して、宇野は複雑な気分になった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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非公開コメント

はじめまして

こちらでははじめましてですね。
よろしくお願いします。
いつも楽しく拝読させていただいています。

ここの宇野さん素敵ですね。大人だなぁ。遠藤君とは大違い。
薪さんとの馴れ初めも良い思い出ですね。
他の方たちと薪さんの馴れ初めも知りたいです。
それぞれ心に残るエピソードがあるんでしょうね。

拍手コメについて

〉いつも、お話をアップすると同時に読んでいただいてる気がするんですけど、
〉どうしてそんなに素早いんですか??もしかして、千里眼?(笑)

いえいえ。それは、薪さんへの愛のなせる技!
というのは冗談ですが。たぶん、私がブログめぐりをする時間帯と、
しづ様が更新される時間帯が重なっているからだと思います。

つい最近、「秘密」にはまった不届き物ですが、今後ともよろしくお願いします。
「つむじ風」の続き、謎の女性。楽しみにしています。

yumemi さんへ

いらっしゃいませ、yumemi さま!
いつも、たくさんの拍手コメをありがとうございます。

> ここの宇野さん素敵ですね。大人だなぁ。遠藤君とは大違い。
> 薪さんとの馴れ初めも良い思い出ですね。
> 他の方たちと薪さんの馴れ初めも知りたいです。
> それぞれ心に残るエピソードがあるんでしょうね。

はい、すべてが馴れ初めではありませんが、薪さんとの絆が深くなるエピソードは、ひとりひとり考えてます。しかし、わたしの脳内の隅っこで、まだ卵の状態です。わたしは『あおまきすと』なので、やっぱりこっちが優先です(笑)

>拍手コメについて
> いえいえ。それは、薪さんへの愛のなせる技!

やっぱり!
愛は不可能を可能にするんですね!(笑)

> つい最近、「秘密」にはまった不届き物ですが、今後ともよろしくお願いします。

わたしもまだ、1年くらいですから、まだ新米の域を出ていないです。
こちらこそ、よろしくお願いします!

> 「つむじ風」の続き、謎の女性。楽しみにしています。

ありがとうございます!
楽しんでいただけるように、がんばります。

Aさまへ

こんにちは。


>この宇野さんと薪さんの関係は本当によいですね(^^)新作でもいい感じですが。

ありがとうございます。
うちの宇野さんは、以前からこういう立ち位置にいましたので、『タイムリミット』でも青木さんに喝を入れる役になりました。 もうこの辺から、「ん? この二人、もしかして?」と言う目で見てたんですね~。


原作でも、案外みんな、青薪さんを温かい目で見ているかも、というご見解は、
わたしもそう思います。
岡部さんはモロに知ってるし、小池さんは「薪さんは青木を気に入ってる」って公言してるし、それをみんなも聞いてて、でも青木さんのことは、滝沢さんのことみたいに怒ったりしてませんでしたものね。
もう、公認ということで。(笑)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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