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デート(3)

デート(3)





 動物園を出たのは4時過ぎだった。
 夕飯にはまだ早いが、このまま帰るにはもったいない。そんな中途半端な時刻だ。
 上野の駅までは西門を出れば一直線なのだが、わざと東門から出て不忍池の周りを散策することにした。今時期はツツジが見ごろだ。

 さきほど会ってきた動物たちの愛らしい仕草を思い出すと、薪の頬はついつい緩んでしまう。
 人間といるより、ずっと楽しい。
 動物は嘘を吐かないし、言葉で心をごまかしたりしない。

「ここって、恋人同士が一緒にボートに乗ると別れるって言い伝えがあるんじゃなかったですか?」
 不忍池に浮かんだいくつものボートを見て、青木が古いジンクスを持ち出してくる。薪もそれは聞いたことがあるが、今はそんなことを気にする者もいないようだ。
「逆に、愛を確かめようとしてるんですかね。ジンクスに打ち勝つ、みたいな」
「もしかしたら、別れたがってるのかもしれないぞ。全員離婚調停中だったりして」
「こんなんで縁が切れれば、家庭裁判所は要りません」
「あはは。確かにそうだな」
 どうでもいい話をしながら、ぶらぶら歩く。そんな普通のことがすごく楽しい。動物たちのパワーをもらったおかげで、こころが元気になった証拠だ。

「別れさせ屋って商売もあるみたいですよ」
「なんだ、それ。どういう商売なんだ?」
「別れたい彼女がいるときとかに頼むと、後くされなく別れさせてくれるんですって」
「別れたかったら別れたいって、言えばいいじゃないか」
「そんなに単純に行きませんよ。付き合い始めるときはなんとなくでも、別れるときはたいてい修羅場ですからね。相手を傷つけたくないとか、恨まれるのは嫌だとか。色々考えちゃうのが普通です」
「別れ話なんだから、傷つくのも恨まれるのも当たり前だろ。それを他人にどうにかしてもらおうなんて、卑怯じゃないか?そんな覚悟もできないんだったら、初めっから付き合わなきゃいいんだ」
「どうなんでしょうね。オレは振られたことしかないから、わかりませんけど」
「そういえばおまえ、前の彼女に振られたときって、何て言われたんだ?」
「聞きますか? 普通。そういうこと」
「聞きたい。しつこく付きまとってくる誰かさんを諦めさせるのに、効果的な言葉かもしれないだろ」
 青木はちょっとイヤな顔になった。誰かさん、というのが自分のことだと分かったらしい。

「あなたは私を見ていない」
 前を向いたまま、やれやれと言いたげに、青木は口を開いた。
「そう言われました。たしかに第九に入ったばかりで、彼女のことは1ヶ月以上もほったらかしでしたから。無理もないです」
 他の部署に配属になっていたら、きっと今でもその彼女と仲良くやっていたのだろう。こいつはそう簡単に、心変わりや浮気をするタイプには見えない。

「薪さんには使えませんよ。オレはあなたのことしか見てませんから」
 たしかに、これは使えない。
 青木はいつも自分を見ている。いつも熱い視線を感じている。
「迷惑ですか?」
「別に。上司が部下の見本になるのは当然だから」
 そういう意味で見てるんじゃないのに、とぶつぶつ言っているが、それは聞こえないフリだ。せっかくいい気分なのに、そっちの方向へ話を持っていきたくない。
 青木の気持ちは知っているが、薪はこのまま青木とは友だちでいたい。それ以上の関係にはなりたくない。
 かと言って、青木に恋人ができて自分の地位が格下げになるのも面白くない。
 ……なんだかものすごく勝手なことを望んでいるような気がする。

 少し申し訳ない気がして、薪は青木が喜びそうな情報を、他の職員たちより一足先に教えてやることにした。
「再来月から、女子職員が来ることになったぞ」
「本当ですか」
 それは、第九職員全員が切望していたことだった。
 職場に女の子がいるのといないのとでは、仕事の熱の入り方も違ってくる。男ばかりの環境だと、どうしてもむさくるしくなるし、お茶だって男に淹れてもらうより、かわいい女の子に手渡されたほうが、美味しく感じるに決まっている。

「お茶汲みや買い物なんかは、彼女がやってくれる。伝票の整理も資料ファイルの作成も任せて大丈夫だ。もとは警察庁の経理課にいたそうだから、要領は心得ているとさ」
「ありがとうございます。助かります」
「礼には及ばん。職員の確保は室長の仕事だからな。
 ただ、パートタイマーだから、勤務時間が10時から4時までなんだ。朝の掃除だけは、このままおまえに続けてもらうしかないな。それとも、当番制にするか」
「いいえ。オレがやります」
 多分、そう言うだろうと思った。こいつの性格はわかっている。

「彼女は、いつから来てくれるんですか?」
「7月の第一月曜からだ」
「第一月曜ってことは、7月の4日からですか。じゃあ、オレのバリスタ稼業も、来月でおしまいですね」
「まあ、そういうことになるかな。でも」
 薪はそこで、じっと青木を見る。
「薪さんの朝と昼のコーヒーは、オレが淹れます。専属ですから」
 当然だ、という顔で、薪は鷹揚に頷いた。

 思ったとおりの答えだ。こいつがこう答えることは、100%解っていた。
 自分の専属のバリスタにしてやる、と言ってやったときの青木の嬉しそうな顔を思い出して、薪の頬が自然に緩む。
 こいつは自分と一緒にいられるのが、楽しくてたまらないのだ。今からだって、美味いコーヒーが飲みたいから僕の家に来て淹れてくれ、って言ったら尻尾を振ってついてくるに決まってる。そこまで甘い顔をするつもりはないけれど、この立場はやっぱり気分が良い。

「これ、動物園にあったんですけど」
 青木はジーパンのポケットから、折り畳んだパンフレットを取り出した。動物園と同じ系列の、水族館のパンフレットだった。
 薪は、魚類はそれほど好きではないが、ペンギンやイルカは大好きだ。アザラシとかオットセイとかアシカとか。たとえ彼らが夕飯の刺身を食べてしまっても、きっと怒らない。

 メガネの奥の黒い瞳が、なにか言おうとしている。
 察しがついたが、OKする気はない。2日続けてこいつとデートなんて、いくらなんでもまずい。今日だって本当は、少し後ろめたかったのだ。普通の上司と部下は、休みの日にふたりで動物園には行かない。

「明日は第4日曜日で、シャチのショーをやるみたいですよ。イルカはよく聞きますけど、シャチは珍しいですよね。きっとダイナミックで面白いでしょうね」
「シャチ? あのでかいやつが、ショーをやるのか?」
 それは薪も、見たことがない。
 イルカやオットセイは、空中に飛び上がってボールを尾ひれで蹴ったりするが、シャチがそれをしたらさぞかし見ごたえがあるだろう。イルカの5倍は大きいのだ。力も強いだろうし、水飛沫も盛大に上がったりして……想像するとワクワクする。

「場所は? 何時からだ?」
「今日と同じ時間に、薪さんのお宅まで迎えに行きます」
「行くなんて言ってないだろ。参考までに聞いただけだ」
「いったい何の参考にするんですか?」
「……今度の室長会議の資料にしようかと」
「水族館における犯罪の傾向と対策ですか? それは是非、実地検証が必要かと」
 青木の巧妙な誘い方に、ついニヤリとしてしまう。こいつも捻りの利いた会話に乗ってくるようになった。
「実地検証には助手が必要です。捜査官は基本的に、ふたり一組ですから」
「検証じゃ仕方ないな。ちゃんと報告書、提出しろよ」
「はい!」
 ものすごく嬉しそうだ。こっちまでつられて、笑ってしまいそうだ。
 おかしなやつだ。休みの日に職場の上司と外出なんて、薪だったら絶対に嫌だ。

 変人は放っておいて、薪はパンフレットを眺める。シャチのショーの他に、定番のイルカ、ペンギン、アシカのショーもある。これは計画的に回らないと、一日では見切れない。
 今日より1時間早く出ることにして、霞ヶ関の駅で青木と別れた。
 青木は送りたがったが、まだそれほど遅い時間ではないし、送ってもらわなければならない立場でもない。薪は男だし、青木より強い。

 電車の窓越しに、青木の姿が見える。ホームに立って、ずっとこちらを見ている。
 やがて電車が動き出し、地下鉄のホームが見えなくなっても。
 その暖かい視線は、いつまでも薪を包んでいた。





*****


 色気のイの字もないまま、デート終了です。
 どこの中学生だよ、おまえら。(笑)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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No title

しづさん、こんにちは。
お忙しいのにこまめな更新、ありがとうございます。

こ、この女子職員って、もしかして……
いやいや、せっかく楽しいんだから不吉なことは考えないようにしよう。

以前上野に行った時、(2)で出てきた触れ合い広場で夫がズボンの後ろポケットに入れてたパンフをヤギに取られました。
青木のパンフは無事だったようですね。
次は水族館デートですか~、楽しみ~。
しづさん、あんまりひどいおしおきはしないで下さいねっ。

お仕置き

おしおきいりません(笑)
誰かも書いていらっしゃいましたが、薪さんや青木が幸せそうだと、そのうち倍返しで不幸や辛い事が待ってる予兆のようでかえってハラハラします。
しづさん、容赦ないから(そこがいいんですけど、、、、、でも、、複雑。)

No title

しづさん、こんばんは。ruruharuでこざいます。

‥上野動物園、ああ…残念でしたね‥パンダお亡くなりに‥。
パンダがいたらよかったのに‥。

こんど水族館ですか、美ら海水族館とか…あ、無理ですね…。
でも、薪さんお好きかも…。

えっと、後、ディズニーリゾート、できれば、シーのほうで、
それから、表参道でしょ、後は葉山とか…
井の頭公園はどうですか?あそこ動物もいますし、
なにより‥私の地元♡
えーそれから‥‥‥ぼ、暴走していました?!

いえ、妄想しておりましたね…申し訳ありません。
でも‥デートいいです…色々行かせてあげたいです。
しづさん、お願いします?

スミマセン…またお邪魔します(^_^;)

歓喜の歌さまへ

こんにちは、歓喜の歌さん。
いつも来てくださって、ありがとうございます!

> お忙しいのにこまめな更新、ありがとうございます。

あ、ごめんなさい。
余計な気を使わせてしまいました・・・・。
仕事の疲れを癒すには、ブログが一番です。こうして、いただいたコメを拝見していると、疲れも吹っ飛びます。
いや、本当に、わたしってゲンキンなんです。
施工計画書作りながら、事務所のPCの前で欠伸連発だったのに、いまは目がランランと輝いて・・・・人間て、不思議です(笑)

> こ、この女子職員って、もしかして……
> いやいや、せっかく楽しいんだから不吉なことは考えないようにしよう。

にやり。
察していただけたようで、うれしいです。うふふ。

> 以前上野に行った時、(2)で出てきた触れ合い広場で夫がズボンの後ろポケットに入れてたパンフをヤギに取られました。
> 青木のパンフは無事だったようですね。

あはは。
だんな様、驚かれたでしょうね。
わたし、実は関東の田舎に住んでおりまして、上野動物園は行ったことがないんです。ネットの情報と、想像で書いてます。すいません、根っからのウソツキ野郎なんです・・・・。

> 次は水族館デートですか~、楽しみ~。
> しづさん、あんまりひどいおしおきはしないで下さいねっ。

うふふ。
そんなに無体なことはしませんよ~。わたし、薪さんには甘いですから。(・・・・信じる?)

シーラカンスさんへ

いらっしゃいませ、シーラカンスさん。

> おしおきいりません(笑)

んぎゃ!
釘を刺されてしまいました(^^;

> 誰かも書いていらっしゃいましたが、薪さんや青木が幸せそうだと、そのうち倍返しで不幸や辛い事が待ってる予兆のようでかえってハラハラします。
> しづさん、容赦ないから(そこがいいんですけど、、、、、でも、、複雑。)

あははは!
みなさん、学習してらっしゃる!
大丈夫ですよ~~、かるーく撫でるだけですから(悪魔の笑)

えっと、ちゃんと鍵をつけますので、ご安心ください。
内容がわかるように、その次の節の冒頭に、簡単な説明を入れますので。読まれなくても、お話が続くようにしますから、それでなんとかご容赦ください。(^^;

ruruharuさんへ

こんばんは、ruruharu さん。

> ‥上野動物園、ああ…残念でしたね‥パンダお亡くなりに‥。
> パンダがいたらよかったのに‥。

ああ、パンダ!
そうですよね、この時代にはいるはずですね。
わたし、これ書くのに地元の動物園に行ったものですから、パンダはいませんでした・・・・上野動物園は行ったことないです。すいません、想像で書きました。(ごめんなさい、ウソばっかりついて・・・・ああ、ぜったいにわたし、地獄行きだ・・・・・)

> こんど水族館ですか、美ら海水族館とか…あ、無理ですね…。
> でも、薪さんお好きかも…。
>
> えっと、後、ディズニーリゾート、できれば、シーのほうで、
> それから、表参道でしょ、後は葉山とか…
> 井の頭公園はどうですか?あそこ動物もいますし、
> なにより‥私の地元♡

井の頭公園が地元??
薪さんが吉祥寺に住んでるんですけど、地元の方でした?
や、ヤバイ・・・・・わたし、吉祥寺には行ったこともなくて・・・・・全部想像で・・・・・・ううう、本当にすみません!!ああ、これから、どんどんボロが出そう・・・・・。

> でも‥デートいいです…色々行かせてあげたいです。
> しづさん、お願いします?

それは、ruruharuさんのところのおふたりでお願いします♪
仲良しですもんね~、ruruharu さんのおうちは!
なんたって、青木くんが絶倫 す、すいません。自主規制します。(><;)

ワガママな希望

いつも楽しく読ませて頂いてます

突然で甚だ失礼なのは百も承知ですが。
実は‥一話一話がとても長くて読み応えがあり、とてもとても嬉しい反面、「デート4」と過去作にも(確か)一度、長すぎて携帯では最後まで読めない状態に‥(>_<)
完全に私個人の問題かと思いますので聞き流して頂いて全然構わないのですが、‥‥最後まで読めない状態が残念で(*_*)
なんて‥ちょっとだけおねだりしちゃいました、ごめんなさい

むぅ さまへ

いらっしゃいませ、むぅ さま。
来てくださって、ありがとうございます♪

> 突然で甚だ失礼なのは百も承知ですが。
> 実は‥一話一話がとても長くて読み応えがあり、とてもとても嬉しい反面、「デート4」と過去作にも(確か)一度、長すぎて携帯では最後まで読めない状態に‥(>_<)

すいません、すいません。
なにも考えないで、載せてました(;;)

それで、携帯では最後まで読めない、という意味なんですけど・・・・
ごめんなさい、わたし、携帯持ってないんです。(今時びっくりですよね。でも本当にないの)

なので、失礼を承知で質問ですが、これは、物理的に不可能という状態になるのでしょうか?
それとも、携帯の画面は小さくて疲れるので、長すぎて読む気が失せてしまう、ということでしょうか?(実はわたし、目が悪い上に年を取っているので、他のブログ様のSSを拝読していても、目が痛くなってきて読めなくなってしまうんです)

いずれにしても、すぐに記事は分けますので、ぜひぜひ、どの辺で分ければいいのか、教えてください。
過去の記事も、教えていただけるとうれしいです。
思い当たるのは、「聖夜」ですが?(薪さんと鈴木さんの過去ネタ)

せっかく読んでくださる方に、こんな思いをさせてしまうのは、ぜったいぜったいイヤなので、ご面倒だとは思いますが、どうか教えてください。
よろしくお願いします。

気遣いに溢れた、丁寧なご指摘、感謝いたします。
むぅ さまのやさしい人柄が伝わってきます。とってもうれしいです!
本当にありがとうございます!

Aさまへ

Aさま、こんにちは。


>あの8巻の表紙の猫を抱き上げている薪さんを見ると、本当に動物が好きそうですよね(^^)

薪さんには最初から、人間には厳しくても、動物にはやさしいイメージがありました。 3巻でゴリラを熱心に見てましたしね♪ (ゴリラの名前を見て目が離せなくなった、という説もありますが(笑))

実はわたしは以前、動物が嫌いでして。 だから動物園なんか行ったことが無くて、これを書くにあたって仕方なく動物園に行ったんです。
で、
SSのためにじっくりと動物を見て回ったら、嵌っちゃいましてね~~!!
今ではすっかり動物好きになってしまいました。 動物園・水族館・牧場は、うちの定番のデートコースです。(^^


>そして、犬のように自分に懐いてくる青木を可愛く感じるのも無理からぬこと。

なるほど!
あれは動物愛なんですね!(ちがう)


>どうか、薪さんに心の安らぎを・・(><)

そう思われるなら、次とその次の章は飛ばしてくださいねっ!
読んじゃダメですよっ!!(←もう必死)

見逃してください。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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