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聖夜(2)

聖夜(2)












 目にも美しい日本料理は、もはや芸術品だ。

 九谷焼の鮮やかな色彩に負けない、品格ある料理の数々。前菜の段階から、薪はすこぶる上機嫌だ。
 純和風の部屋も、薪を喜ばせているようだ。周りを見回しては目を輝かせている。
 畳に障子、襖に欄干。床の間には掛け軸と美しい花が活けられている。繊細な料理の匂いを妨げないよう、控えめな香りの花だ。

 座布団の上に胡坐をかき、座卓を挟んで親友と熱燗の酒を酌み交わす。薪の好みは冷たい吟醸酒だが、こういうときはやはり熱燗だ。外の寒さに凍えた身体を温めてくれるし、せっかくふたりで来ているのだから、お互いに差しつ差されつしたいものだ。
 プライベートと仕事には、明確な線を引くのが薪の主義だ。よって先程とは打って変わって薪の表情は明るい。気を許せる親友と大好きな和懐石。しかも山水亭の特別メニューとくれば、少しくらいはしゃいでも無理はない。

「そうだ。今日のメシ代、半分払うよ」
「いいよ。オレが誘ったんだし」
 料亭の代金は、鈴木が予約のときに支払い済みだ。薪がいなければ無駄になるところだったのだから気遣いは無用なのだが、こういうところが薪らしい。
「でもさ」
「薪、今日誕生日だろ? お祝いってことで」
 亜麻色の眼が大きくなって、やがて嬉しそうな笑顔に変わる。この親友は、時々とても無邪気で愛らしい表情を見せる。
「じゃあ、ごちそうさま」
 素直に礼を言って、軽く頭を下げる。どういたしまして、と鈴木が返しながら薪の猪口に酒を注ぐ。小さい手が徳利を受け取って、すぐに鈴木の猪口にも返杯してくれる。

「さすが山水亭だよな。この土瓶蒸、めちゃめちゃ美味い」
「おまえってほんと、顔と好みが合ってないよな」
 亜麻色の髪に亜麻色の瞳。日本人離れした肌の白さとスタイル。どう見ても薪にはフランス料理に赤ワインのほうが似合うのだが、薪の好みは昔から日本食だ。
「だって僕、日本人だもん」
 仕事の時には絶対に見せない、全開の笑顔と気安い口調。薪の幼い外見には、こちらのほうが遥かにしっくりくる。

「オレだって日本人だけどさ。洋食のほうが好きだもんな」
「オムライスとかカレーとかハンバーグとか、そういうんだろ。鈴木の好みはお子ちゃまなんだよ。もっと大人になれよ」
 ジャケットを脱いでネクタイを外しているせいか、どう見ても高校生にしか見えない薪にそんなことを言われて、鈴木は笑うしかない。
「おまえに言われたくないよ」
「なんで」
「なんでっておまえ。鏡、見てみろよ」
「あっ、また僕が背が低いことバカにして」
「そうじゃなくて」
「どうせ僕は、雪子さんより背が低いよ」
 高けりゃ良いってもんでもないと思うけどな、とぶつぶつ言いながら、平目の刺身に箸をつける。子供のようにむくれた表情が、刺身を口に入れた途端ころっと笑顔になる。
 可愛らしくて目が離せない。これも昔からのことだ。

 揚げたての天ぷらが運ばれてきて、薪の目が嬉しそうにくるめく。新鮮な魚介と野菜の天ぷらは薪の好物だ。
「鈴木。天ぷらは好きだろ。やるよ」
「いいよ。おまえも好きじゃん」
「でも、これ全部食べたら、このあと何も食べられなくなるんだよな」
 昔から薪は食が細い。
 警察庁に入ってから大学時代よりは食べるようになったのだが、それでも鈴木の半分くらいだ。薪に言わせると、自分のほうが食べすぎだということだがそんなことはない。男なんだから2人前は基本だろう。

「やっぱり、海老だけ食わせて」
 一度は鈴木のほうに寄越したものを、物欲しそうな目で見ている。
 人が食べているのを見て、自分も食べたくなったらしい。本当に子供みたいなやつだ。
 かるく塩をつけて、顔の前に出してやる。つややかな口唇がそれをぱくりと咥える。満足げに微笑んで、うんうんと頷く。頭を撫でてやりたくなるくらい可愛い。

 この姿を第九の連中が見たらどう思うだろう。

 むしろ、こういうところを少し出したほうが良いのではないか、とも思う。薪は室長の威厳を保つことを重要視するあまり、自分の魅力を殺してしまっている。本当の薪はあんな評判を立てられるほど、冷血漢でも鬼でもないのに。
 室長として、設立したてで不安定な状態の第九を守るためには仕方のないことかも知れない。外部からも部下からも、なめられてはいけないと肝に銘じているのだろう。職場で薪が笑顔を見せることは滅多にない。親友の鈴木に対してはいくらか優しい顔をするが、こんな風に全開の笑顔ではない。

 本音を言うと、こんな薪を独占していることが嬉しくもある。
 他の誰にも見せない表情。誰にも聞かせない口調。誰にも触らせない髪も、鈴木が撫でるのだけは許してくれる。
「子供じゃないんだからさあ」
 そういいながらも、振り払わない。
 さらさらした短髪は実にさわり心地がいい。職場でこれをやったら殴られるが、今は大丈夫だ。

 金目鯛の煮つけと牛ヒレ肉の炭焼き、鴨鍋と締めの牡蠣飯が出て、会食は終わりに近づいた。牛ヒレ辺りから薪はひと口くらいずつしか食べられなくなってしまったようで、ほとんどは鈴木が平らげたのだが。
「いいなあ、鈴木は。いっぱい食べられて」
「これからケーキ出るぞ。クリスマスだから」
「げ。マジ?」
「オプションで頼んだんだ」
 コーヒーとケーキが運ばれてきて、これで最後だ。
 薪は当然のように、ケーキの皿を鈴木のほうによこしてきた。甘いものはそれほど好きではないのだ。が、実は薪は料理が得意で、ケーキも作れる。それがまた美味い。昔はよく食べさせてもらった。この頃はさすがに忙しくて、ケーキを焼くようなまとまった時間は取れないらしいが。

「鈴木。いちご」
 目を閉じて、あーん、と口を開く。食べさせろ、ということらしい。
 赤いイチゴをちいさな口に入れてやる。薪の口には少し大きかったようだが、美味しそうに目を細めている。
 自分のケーキについている苺を食べてみて、鈴木は首を傾げた。
「あれ? すっぱくないか、この苺」
「ケーキ用の苺は、わざとそうするんだ。生クリームの甘さを中和して、後味を良くするためなんだって。苺を最後に食べる人がいるけど、あれは理に適ってるんだ」
「なんでもよく知ってるな、おまえ」
「ケーキ好きの誰かさんのために、むかし研究したから」
 食後のコーヒーをブラックのまま飲みながら、薪は笑った。

 その笑顔に、鈴木は息苦しさを覚える。
 ……今日は初めから、薪を誘うつもりだった。
 鈴木は薪に告げたいことがあった。これを聞いても、薪はこの笑顔を自分に見せてくれるだろうか。

 コーヒーに砂糖を2杯も入れる自分を見て、また子供の味覚だと笑う親友に、鈴木はその言葉を口にするのを躊躇う。しかし、言わなければならない。
「あのさ、薪」
「ん?」
 暖かい部屋と程よいアルコールのおかげで、桜色に上気したきれいな顔が無邪気に微笑む。その微笑がこの告白によって消えないことを祈りつつ、鈴木はその言葉を口にした。

「オレ、雪子と結婚することにした」

 亜麻色の目が大きく見開かれて、コーヒーカップがガチャンと耳障りな音を立てた。その瞳に一瞬宿った哀しみを、鈴木は見逃さなかった。
 が、それは瞬時にかき消され、薪はにっこりと微笑んだ。
「そうなんだ。おめでとう」
「喜んでくれるか?」
「当然だろ。長い春だったよな、おまえら。いつ結婚するんだろうって、こっちがやきもきしてたよ」
 先刻までと変わらない笑顔。
 鈴木から眼を逸らしたりしない。コーヒーカップを持つ手に震えもない。
 一瞬の翳りは自分の見間違いだった―――― それもまた淋しいな、と鈴木は勝手なことを思う。

「よかった。おまえのことだけが心配でさ。おまえとはその……色々あったから」
 色々、という言葉で過去をごまかしてしまうのは、卑怯な気がした。
「ちょうど14年前の今日だよな。オレたち」
「いつの話してんだよ。もう忘れたよ」
 薪は、平然とコーヒーを飲んでいる。まるで他人事のような口ぶりだ。
言い出した鈴木のほうが言葉に詰まって、視線を自分のコーヒーカップに落としてしまう。

「あれは若気の至りっていうかさ。気の迷いみたいなもんじゃん? 酔ってたし、興味もあったし。ただのアソビだよ、あんなの。その証拠に、すぐに飽きちゃっただろ? やっぱり、セックスは女のほうが気持ちいいよな」
 薪もまた、曖昧な言葉に逃げたりはしない。過去は消せない。だからきちんと清算して、その上で乗り越えていかなくては自分たちに未来はない。

「僕も彼女作ろっかな。そんで、おまえらより早く結婚してやるよ」
「クリスマスに予定もないやつがよく言うよ」
「ばっか。僕がその気になれば、相手なんかわんさかいるんだぞ。官房長の娘だって僕に気があるって噂、おまえ知らないの?」
「マジで? すげえじゃん、それ」
 出所は不明確だが、そんな噂があるのは確かだ。しかし、あくまで噂である。だいたい、官房長の娘はまだ中学生だったはずだ。
「出世コースど真ン中だろ。狙っちゃおうかな、警察庁官房室室長」
「おまえなら行けそうなところが怖いよ」
 政略結婚なんかしなくても、薪の実力なら本当にいけそうだ。しかし、それにはもう少し、上役に媚を売ることを覚えなくてはならないが。
「僕が官房長になったら、おまえを首席参事官にしてやるよ」
「えー? オレ、一生おまえのお守り役かよ」
「あたりまえだろ? 結婚くらいで僕から逃げられると思うなよ」
 薪は声を上げて、あはは、と笑う。

 十余年の歳月は、人をこれほど成長させるのか。
 役職や仕事の面ではとうてい敵わないが、精神的な面では自分のほうが大人だと思っていたのに。いつの間にか置いていかれていたのは、自分の方だったらしい。

「は~。とんでもないやつと友達になっちゃったよな」
「そう言うなって。親友」
 薪が悪戯っぽい笑顔でコーヒーカップを突き出す。それに応えて、鈴木も同じように自分のカップを掲げた。
「じゃあ、未来の官房長に」
 かちん、とカップを触れ合わせる。
 やわらかい瀬戸物のぶつかる音が部屋に響いて、特別なディナーは終わりを告げた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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対 鈴木仕様の薪さん かわいすぎ
もう、私の脳内で『月の子』のベンジャミン並みに無邪気な薪さんが
「すずき~」(←ひらがな。甘い。)ってコロコロ走り寄って……うっ、かわいい。たまらん。

イヤ。原作読んでいる分には鈴木と薪さんは友達どまり(薪さんの無自覚な片想い)と思っているんですが
かわいい。
でも、鈴木ひどい。
こんなにかわいいのにぃ(T_T)

まきまきさまへ

まきまきさま、こんにちは。
コメントありがとうございます♪


> 対 鈴木仕様の薪さん かわいすぎ

うふふ~、うちの薪さんはオヤジですけどね、
鈴木さんの前でだけは異様にかわいいんですよ☆
ほんと、どんだけ好きなの、って感じです。 


> もう、私の脳内で『月の子』のベンジャミン並みに無邪気な薪さんが
> 「すずき~」(←ひらがな。甘い。)ってコロコロ走り寄って……うっ、かわいい。たまらん。

まさにそういうイメージですね。
頭とか撫でてもらってるし。 よく考えたら、30超えた男がすることじゃないんですけど(^^;
でも薪さんなら許されますよね。(笑)


> イヤ。原作読んでいる分には鈴木と薪さんは友達どまり(薪さんの無自覚な片想い)と思っているんですが

あ、わたしもです。
原作では、恋愛関係になったことはないと思っています。
わたしの解釈は、
表面上は普通の友人、水面下では薪さんの片思い、鈴木さんはその気持ちに気付いておらず、
さらに水底では、鈴木さんは無自覚に薪さんを愛していたのではないかと思っています。


鈴木さんがひどいのは、えーっと、
それは鈴木さんの愛の形なんですよ~。
身を引かないと、薪さんの未来を潰してしまう、と思ってるんです。
それは必ずしも正しい愛の形ではないと、筆者のわたしも思いますが、その間違いを正せないまま死んでしまう鈴木さんが、その愚かさが愛しかったりします。(^^


ありがとうございました。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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