ウィークポイント(4)

ウィークポイント(4)







 ノックの音がして、ロッカールームに岡部が入って来た。手には青木が持って行ってしまったはずの、大判のタオルが握られている。
「なんでおまえがこれを持ってるんだ?青木は?」
 頭にワイシャツを被って、裸のまま室長は問い質す。べつに恥ずかしがる様子もなく、裸身を隠そうともしない。

 華奢な肩、滑らかな背中―――― 男とは思えない、白くて細い肢体。腰の辺りに漂う色香。小さな尻から形の良い足がすんなりと伸びて、まるで人形のようだ。

「半泣きになってましたよ。あんまり苛めないでやってくださいよ」
「僕は何もしてない」
 タオルで身体を拭きながら、憤慨したように薪が反論する。

 優雅な腕。薄い筋肉が覆う胸。引き締まった腹。たしかに女の身体ではないが、男の身体でもない。自分たちとは別の種類の生き物のようだ。
 きれい、という素直な表現が一番ふさわしい。

 こんなものを見せられたら、普通の男だってどぎまぎしてしまう。ましてや、青木は室長に憧れてこの第九に入ってきたのだ。理性を失ってしまうのも無理はない。襲い掛からなかっただけでも褒めてやりたいくらいだ。
 しかし困ったことに、薪は自分がどんなふうに他人の目に映るのか、まったく自覚がない。
「あいつが勝手にパニクって飛び出して行ったんだぞ。おかげで見ろ、このワイシャツ。床は水浸しだし。後で掃除しておくように、青木に言っといてくれ」
「まあ、だいたい想像はつきますけどね」
 室長のほうを見ないように、顔を上に向けて会話をつなぐ。岡部はノーマルな男だが、これは礼儀というものだ。
「最近の若いもんはよく分からんな。10以上も違うと、世代の差ってやつかな」
 髪を拭きながら年寄りじみた意見を言う。まったく顔に似合わない。

「なあ岡部。ここ、ユニットバスに改造したいと思わないか? ちゃんとした湯船のあるやつ。脱衣所と洗濯機と、ああ、アイロンもいるな」
「薪さん、ここに住むつもりですか?」
「田城さん、予算組んでくれないかな」
「難しいんじゃないですか」
 そんな雑談を交わしながら、着替えを終えた室長は、真っ直ぐモニタールームに向かう。
 きちんとスーツを着ると、先刻の危ういような美貌は消えて、静謐ないつもの顔に戻る。硬質な色香を含んだその顔を、岡部はいちばん好ましいと思っている。

 前を歩いている、生気溢れる背中。
 室長という重責を、その苦悩を微塵も感じさせない頼もしい背中。この小さな背中を守って、ずっと着いて行く。岡部は生涯、薪の下で働くつもりだった。

「薪さん、この画なんですけど」
「室長、6月28日の画像出ました」
「さっきの女の件ですけど」
 モニタールームに入るや否や、我先にと部下たちが捜査状況を報告する。薪は、それぞれの報告にそれぞれの捜査の方向を示しながら、次々と推理を展開させていく。
 やはり、うちの室長はすごい。エリート集団第九の頂点を極める男なのだ。

 その明晰な頭脳に、ずばぬけた実力に、何よりも捜査のため―――― ひいては市民を犯罪の魔手から救うため―― 自分のすべてを捧げるその潔さに、憧れずにはいられない。男が男に惚れるとはこういうことだ。
 青木の奴は、少し勘違いしているみたいだが。

 岡部は青木の薪に対する執心に、少しだけ異質なものを感じている。あの外見だから、初めはみんな多少はそんな感情を抱いてしまうのかもしれない。
 見た目は確かに幼げでなよやかで、つい見とれてしまうほどきれいな顔をしているが、中身はそこいらの男よりも数段男らしい。そのうち青木にも分かるだろう。薪の芯の強さは、捜一の出世頭だった岡部が舌を巻くほどなのだ。
 それに気付けば、おかしな気持ちは消えてなくなる。そういう対象として見ること自体が彼に対する冒涜だ。
 室長は、ただ真っ直ぐに事件と向き合い、職務にそのすべてを懸けているだけだ。だから今回のようなことが起こる。押さえつけてでもベッドで休ませたいが、無駄なことだと岡部には分かっている。
 だから薪が倒れるまで、岡部は口を挟まない。室長のプライドを優先して、手出しもしない。その代わり、室長の考えに従ってひたすら捜査を続ける。それが部下の役割だとわきまえている。

 しかし。
 薪の過去に何があったか、岡部はそれも知っている。
 そのせいで、まるで憑かれたように仕事に没頭する室長を見るに耐えないこともある。
 ぎりぎりのところで持ちこたえている薪の精神状態を、危うい均衡を、放ってはおけない。が、自分では彼の内側に入り込めないことも承知している。自分の過去に、殺してしまった親友とのことに、他人が口を挟むのを薪は何より嫌うからだ。
 自分では、薪の背負った十字架を取り除いてやることはできない。自分は少し大人になりすぎて、分別を持ちすぎた。
 逆に、青木のような若輩者ゆえの無鉄砲さが、案外薪を救ってくれるかもしれない。下手に突いて薪を怒らせてしまう可能性のほうが遥かに大きいが。
 
 若い青木の可能性に、ほんの少しだけ嫉妬を覚える。
 それでも室長がいつか、心の底から笑ってくれたら―――― そう願わずにはいられない。そのためなら、青木の後押しも辞さない。
 
「岡部。この建物の2階の窓に」
「はい、調べてあります」
「さすがだな。で、映っていたか?」
「いや、残念ながらありませんでした」
「そうか。じゃ、次の可能性としてはこちらのビルの」
 小さな頭の中で、あらゆる仮説が瞬時に立てられ、打ち消され、再構築される。岡部には真似のできない早業である。
 エスカレートしていく薪の推理に引き込まれるように、岡部もまた捜査に夢中になっていく。これが室長と仕事をする醍醐味だ。

 俺の役割は、これでいい。
 ずっとこうして、このひとと捜査がしたい。

 その日、第九の灯りはとうとう朝まで消えなかった。



 ―了―




(2008.8)


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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感想3

あとでまたじっくり読んでから感想を、、、
などと呑気に構えていたら何ですかこの怒濤の更新は!!
(嬉しい悲鳴)この分では2年後(?)の薪さん陥落までそう遠くないのかも?
また後で(多分深夜)お伺いいたします!
ああ、ここの岡部さんと薪さんの信頼関係、着かず離れず、いいですねえ!

Re: 感想3

こんにちは、シーラカンスさん。
こんな文字ばっかりで色気のないサイトに何度も足を運んでいただいて、恐縮です。

> などと呑気に構えていたら何ですかこの怒濤の更新は!!

す、すいません・・
でも、こいつらさっさと片付けないと、いつまでもRに入れないから(←腐りきってる)

> (嬉しい悲鳴)この分では2年後(?)の薪さん陥落までそう遠くないのかも?

・・・・えへへ。(笑ってごまかすしかないくらい、遠いです・・・)

> ああ、ここの岡部さんと薪さんの信頼関係、着かず離れず、いいですねえ!

ここを気にいっていただくと、とてもうれしいです。
わたしのお気に入りは岡部さんと雪子さんなので。

もちろん、青薪の次にですよ。(いま、ひらがなで『あおまき』って入れたら一発変換された。・・成長したな=腐ったな。うちのPC)

Aさまへ

Aさま、こんにちは。
今から2月号を買いに行かれるのですね。 う、うらやましい・・・・・。
今日はわたし、ちょっと出られなくて・・・・・・義妹に買ってきてもらうことになってるんですけど。 あー、早く帰ってこないかなあ。


>薪さん、まるで聖徳太子のようですね!10人から同時に話されてもそれぞれにちゃんと答えられるみたいな。(笑)

うちの薪さんはね、仕事だけはデキるんですよ。
他はちょっとアレなんですけど(^^;


>原作の薪さんは自分の体にコンプレックスを持っていてあまり、人に裸を見られたくない感じがします。

はい~。
もう時効だと思うから言いますけど、
原作薪さんには、1ミリたりとも崩れて欲しくないわたしは、正直、トイレにも行って欲しくなかったのです。 ご飯も、ずるずる啜る麺類はアウトっ!! せめてパスタにしてよっ、とか思っていたのでした(笑)
うちの薪さんには、平気でカップラーメン食わせますけどね☆


>しづさんとこは本当に男らしいですね!

モットーは男の中の男!ですから。
て、どこで路線を間違えたものか、オヤジになってますけど★


>青木がこの薪さんをどうやって攻略したのか楽しみです(^^)

そりゃーもう、ストーカーのようにしつこく付け回し、事あるごとに迫りまくり、その度に撃沈されると(笑)
うちの薪さん、これからガンガン崩れますけど~、
ギャグなのでね、笑ってくださいね。・・・・・・・・限度はありますよね、すみません(^^;

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Mさまへ

Mさま、こんにちは。
お返事おそくなりまして、申し訳ありません~。


> 『青木が簡単に薪さんを手に入れると気に入らない』のに
> ここまでに既に2回も「押し倒してしまえ!青木!」と思ってしまったのは何故だろう(・∀・;)

わかります~、
原作があの調子なので、青木くんには苦労させたくなっちゃうんですよね。(^^;
そして、「いてまえ」と思うのは、うちの薪さんがあまりにも鈍いからだと・・・・・・・
ええ、ですからね、ときどき原作の薪さんにも、
「不意をついてのしていく」ことができるほどの腕がおありなら、
不意をついて物陰に引きずり込んでしまえばよろしいのに、と思っ・・・・・・・ごほんごほん。


> 原作の3人の関係が忠実に出てますね~

ありがとうございます。
薪さんの苦悩に関してだけは、原作に忠実に書いてるつもりです。 
岡部さんは、とてもよく自分の立場をわきまえてて、でもそれじゃ薪さんの心に入っていくことはできないのではないかと・・・・・
引き換え、青木さんは時々、警察官とは思えないようなすごい無鉄砲なことをしますよね。 そのせいで薪さんの心が大きく揺れて、色んな感情を取り戻しているのではないかと思います。


> (最近の原作の岡部さんは薪さんに一歩踏み込んでくれて、心からエールを送りたい)

ですねっ!
青木さんよりよっぽど頼りになると思います!
なんだかあの状況だと、「戦友」って言葉は、青木さんより岡部さんに相応しい言葉のような?
だけど、薪さんは未だに独りで戦う気まんまんみたいなので、ぜひ岡部さんにもう一歩踏み込んで欲しいです。 青木さんには、それは期待してないです。 最後に薪さんを守ればそれでよし。 最終的に一番オイシイところを持っていってよし、わたしが許す。 ←何様?


> 話変わりますが、先週の金曜日、

きゃ~~~~、そうでしたか~~~~!
思わず1週間喪に服されたMさまのお気持ち、わかりますーー!! わたしもあれを読んだときには、PCの前で顔を伏せて号泣・・・・・・
ねっ、Mちゅうさんはすごいでしょう! ←なぜか自慢げ。
ストーリーもさることながら、あの言葉選びがね~、すごい表現力ですよねっ。 なにを書いてもきれいだし! 美しすぎて切なすぎて、胸が痛いです。 
あの状態から薪さんが、次第に青木さんに惹かれていく過程がね~、またいいんですよ~~。


「東京タワー」は、テレビドラマを見てたんですけど、わたしも毎週泣いてました。(^^;
しまいには、コブクロの歌う主題歌を聞くだけで泣けるようになって。
オットが呆れてましたね・・・・・・年取ると、涙腺が弱くなって。(笑)


あ、コメの修正はですね、
コメント入力の際にパスワードを入力しておくと、後で『編集』をクリックして修正する事ができますよ。(^^
でも、そんな細かいことお気になさることはないと思うのですけど・・・・・はい、わたしは気付きませんでした。 誤字に鈍感なSS書きってどうよ?




No title

しづさん、こんばんわ。
お仕事お忙しいですか?体調気を付けてくださいね。

久しぶりにウィークポイント読みましたぁ。
薪さんは、一度に色んなことを言われてもちゃんと聞いて
指示を出せるとは、ほんとに頭がいいんですねぇ。羨ましい・・・
この頃から、第九にユニットバスを熱望してたのですね。
ほんとにお風呂好き。薪さんが入ってるとこじ~と見ていたい・・
でも、身体が綺麗すぎてパニック起こしそう。青木と一緒だ・・・
薪さんの裸を見て、大パニックを起こす青木。
まだ、裸を直視できないなんて・・・
まだストーカーの気配はみえないですねぇ。

薪さんが倒れてお姫様抱っこされるのは、基本ですよね。
やっぱり、薪さんは姫だから。
娘に言わせると、薪さんには性別はいらないらしいです。
穴もなにもなくてつるんとした感じらしい・・・
薪さんをなんだと思ってるんでしょう・・・

岡部さん、いつもどんな時も薪さんを心配して見守ってくれてる
やっぱり、薪さんには岡部さんがいないと・・・

とだらだらとコメントしてみましたが、ほんとに文章力が乏しすぎる・・・
しづさん、ごめんなさい・・・
他の方たちのような、素敵だったり、お~と思うようなコメントは
書けません・・・( ノД`)シクシク
でも、しづさんにコメントしたいんですよねぇ・・・

こんな私がブログを始めようと考えておりました。
内容は、ただの日記ですが・・・(SSも書けないし、絵も無理だし・・・)
天然家族の話題を書いたり、趣味の話しを書いたり・・・と思ってます。
我ながら凄い度胸だと思います。が、娘が校閲してくれるので
なんとかなるかと・・・なるのか・・・?
もし始めたら迷惑かもしれませんが、お知らせします。
(私、度胸ありすぎですね)
すごぉい暇なときに暇つぶしにしてくださいまし。
しづさんのSSと関係ないお話が長くなってしまってすみません。

さぁ、次のお話し行ってみよう!!楽しみです。

ひろっぴさんへ

ひろっぴさん

こんばんは!
ちょっとお時間空いちゃいました、すみません。
おかげさまで、祖母の葬儀も無事に終わりました。


>久しぶりにウィークポイント読みましたぁ。

まあ、本当に最初から、読み直してくださってるんですね\(◎o◎)/!
ありがとうございます。感激です。


>この頃から、第九にユニットバスを熱望してたのですね。

あははは、わたし、こんなこと書きましたっけ(笑)
そう言えばうちの薪さん、この頃は年中お風呂に入ってたから、シズカちゃんとか渾名付けられてたような。

そうそう、この頃の青木さんはまだ初心でございました。
原作が今、この状態だと思うのはわたしだけかしら?
2月号の青木さん、薪さんに急に胸元に入られて(拳銃確認されただけですが)ドギマギしてましたよね? 薪さん、小悪魔(>▽<)



>薪さんには性別はいらないらしいです。

分かるような気がします~。
男でも女でもない、第三の性と言うのはニューハーフの主張ですが、薪さんの場合は彼ら(彼女?)とも違うんですよねえ。
もうね、男、女、薪さん、て性別なんだと思いますよww


>岡部さん、いつもどんな時も薪さんを心配して見守ってくれてる

もちろんですとも!
法十のナイトは岡部さんですから!


>他の方たちのような、素敵だったり、お~と思うようなコメントは書けません・・・


わたしも、わたしもですよ~。
感動して、涙して、首がもげるほど頷いて、それなのに、ありきたりの言葉しか出てこない。もどかしいですよね。

尤も、ひろっぴさんのコメントは、ご自分でおっしゃるほどつまらないものじゃないですけど……

あ、でもね、そんなの、ちっとも気にしなくていいんですよ。
いただいた方は、どんな言葉でもうれしいし、ありがたいと思うものです。
コメント書くのって、時間も手間も掛かるじゃないですか。読み逃げしたって誰に何を言われるわけでもないのに、それを書いてくれる、気持ちを行動にしてくれること、それがまず嬉しい。嬉しい気持ちで読むから、どんなにたどたどしい言葉でも嬉しく感じるのは当然、というわけです(^^)


ブログ活動、楽しいですよ!
日記ブログですか~。逆にわたしはリアルのことを書くのが苦手なので、すごいと思います。どうしても話が冗漫になってしまって。
書いているうちに主題がズレていくというか、話がボケてしまうし。思ったことを上手く言葉にできないし。

日常のこと、趣味のこと、天然家族(笑) それは癒されそうですね。
はい、楽しみにしてます(^^)

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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