聖夜(3)

聖夜(3)








 聖誕祭の夜、この街は不夜城に変わる。

 街中が浮かれているようで、ふたりともこのまま真っ直ぐ家に帰る気にはなれなかった。
「薪。これからどうする?」
「う~ん、なんか飲み足りないよな」
 2人で徳利を3本では確かに物足りないが、料亭で好きなだけ飲んだら勘定書きが恐ろしいことになる。
 結局、薪の家で飲みなおす事にして、途中の酒屋で好みの酒とつまみを買い込んだ。鈴木は実家から職場に通っているので、こういうときは自然と一人暮らしの薪のマンションに流れることになる。

 玄関の前で、薪は鈴木にストップをかけた。

「掃除してないから、ここで待ってて」
 強引に押し留めて先に中に入るが、1分もしないうちにまた出てくる。
「いいよ」
 部屋の中はきれいに片付いている。えらく早い掃除だ。
「どこ掃除したの?」
 それには答えずに、薪は台所へ行ってグラスとつまみを載せる皿を用意する。焼酎用のお湯と梅干。冷酒用のぐいのみ。鈴木が手伝いに来て、ついでに冷蔵庫を物色していく。

「お、美味そうな煮物。あ、卵焼きがある。薪、これ食っていい?」
「いいけど。でもおまえ、あれだけ食ってきてまだ食うのかよ」
「だって薪の卵焼き、絶品なんだもん」
 一切れつまんで、鈴木は満足そうに頷いた。
「なんでおまえの料理って、こんなに美味いんだろ。オレの好みドンピシャっていうか」
 その理由は簡単だ。
 このレシピは、鈴木の母親に習ったのだ。もちろん鈴木には内緒で、こっそりと教えてもらった。だから薪の料理は家庭的なものが多く、鈴木の好みの味付けなのだ。当然これは、鈴木の母親と薪だけの秘密である。

 場所をリビングに移して、2人は酒盛りを始めた。
 根菜の煮物と卵焼きを肴に、鈴木は焼酎のお湯割を飲んでいる。買ってきたサラミやチーズには手をつけていない。
「雪子もこのくらい料理が上手かったらなあ」
 ため息交じりに鈴木が愚痴る。雪子は料理が大の苦手なのだ。
「結婚したら料理は鈴木の担当だぞ、きっと」
「どうなんだろうな。包丁もろくに使えない監察医って」
「外科医じゃなくて良かったと思うしかないんじゃないか?」
 顔を見合わせて、くすくす笑う。いまごろきっと雪子はくしゃみをしているだろう。

 冷えた吟醸酒をぐいのみに注いで、薪はその芳醇な香りに目を細める。さりげなさを装って、気になって仕方のなかった話題を振ってみる。
「結婚式って、いつの予定なんだ?」
「まだ決まってない。結納は3月の予定だけど。そういや、婚約指輪とかも要るのか」
「なんだよ。指輪も買ってないのかよ」
「指輪っていえば―――― おまえ、昔オレがやった指輪、どうした?」
 どうした、と言われても咄嗟にはうまい言葉が見つからない。ここは冗談に紛らすことにして、薪はわざと冷たい顔を作った。
「鈴木。まさか使い回す気じゃ」
「無理無理。あれは細くて雪子の指には入らないよ。そうじゃなくてさ、まだおまえが持ってるのかなと思って」
 薪は眼を閉じて冷酒をすする。肩を竦めて投げやりな口調で、鈴木の問いに答えた。
 
「さあ。どっかいっちゃったよ」
「人から取り上げといて失くしちゃったのかよ? ひでえな」
「引越しとかしたからな」
「あれ、けっこう高かったんだぞ」
「いったん人にやったものを今更ぐずぐず言うなよ。セコイやつ」
「そういう問題じゃないだろ。大事に持っててくれるんならともかくさあ」
「いいから、結婚式の日取りだよ。仕事の都合とか、調整しなきゃならないだろ」
「まあ、来年中にはってカンジかな」
「……勤務表の組みようがないんだけど、それ」

 ずいぶんいい加減な話だ。結婚を決めたというだけで、まだ形になっていないらしい。
 それでも雪子とは両家ともに公認の仲だから、親のほうでいろいろと準備を進めてくれるのだろう。

「ほんと美味いなあ。この卵焼きだけでも雪子に教えてくんない?」
 結婚式の予定より、鈴木には卵焼きのほうが重要らしい。
「前に教えようとしたんだけどさ、雪子さんすごい不器用で。いくらやってもスクランブルエッグになっちゃうんだ。しかもカチカチのやつ」
「いいや。オレ、ここに朝メシ食いにくるから」
「僕のうちは定食屋じゃないぞ」
 そこで結婚の話題は途切れた。
 そこからは、大学時代の友達のことや警察庁の噂話や第九の七不思議、気に入らない上役のこきおろしまで話は弾み、聖なる夜は更けていった。
 薪は、鈴木と過ごすこういう時間が大好きだった。やっぱり男同士は気楽でいい。
 鈴木になら何を言っても安心だし、どんな言い方をしても自分の本意を汲み取ってくれる。薪がいちばん信頼し、心を許せる相手―――― それが鈴木だった。

「あれ、もうこんな時間か。薪、オレ、泊まってっていい?」
「いいよ」
 話に夢中で、終電が無くなったのにも気付かなかった。
 明日は平日だ。もうそろそろ休まないと、仕事に差し支える。
 薪は風呂の用意をして、食器を台所に運んだ。シンクに水を溜めて汚れた皿をつけておく。洗うのは明日の朝だ。今日はもう、風呂に入って眠りたい。
 
「鈴木。風呂は?」
「オレいい。面倒」
「汚いなあ。雪子さんに嫌われるぞ」
 アルコールが回ってしまうと、確かに少し面倒くさい。でも、薪は大の風呂好きだ。特に冬は必ず湯船につかりたい。

 風呂から上がると、鈴木の姿がない。てっきりソファで寝ているものと思っていたのに、用意してやった毛布ごとどこかへ行ってしまったようだ。
 まさかと思って寝室を覗いてみると、長身の男がちゃっかりとベッドに寝ている。
「鈴木。僕のベッドだぞ」
 肩をつかんで揺さぶり起こす。まったく図々しいやつだ。
「このベッド、セミダブルだろ。半分貸してくれよ」
「狭いよ。おまえ、ソファで寝ろよ」
「いいじゃん、クリスマスなんだし」
「それ、どっかで聞いた……」

 腕を掴まれて、ベッドに引きずり込まれる。広い胸に抱きこまれて、薪は身体を強張らせた。
「うわあ。薪、ほかほかしてる」
「風呂から出たばかりだから」
 他の男なら気持ち悪いけど、相手が鈴木だと心地よい。不思議なものだ。
「いい匂い。あったけー」
「僕は抱き枕じゃないぞ」
 鈴木はそのまま、眠りに戻ってしまった。

 ひとの気も知らないで呑気なものだ、と薪は思う。
 鈴木とこんなに密着していたら―――― とても平静ではいられない。

 先刻、料亭で僕はへまをしなかっただろうか。
 声は震えていなかったか? 涙は浮かんでいなかったか? 不自然にはしゃぎ過ぎなかったか? 座卓の下の膝は震えてしまっていたが、気取られずに済んだだろうか。
 僕の本心に、鈴木は気付かなかっただろうか。
 ―――― きっと大丈夫だ。
 薪には上手くできた自信があった。

 警察庁に入庁して12年。なかでも、第九の室長として5年を過ごした日々が、薪の心を強くしてくれた。
 どんなに心が乱れていようとも、冷静な表情を繕うことができる。相手をどれだけ不快に思っても、にこやかに笑うことができる。そうでなくては室長として、世間や警察庁内の迫害から第九を守ることなどできない。

 薪はそっと鈴木の腕の中から抜け出して、ベッドを降りた。
 これは自分がソファで寝るより仕方がない。鈴木と同じベッドで熟睡できるはずがない。

 そのまま振り返らずに、ベッドを離れればよかった。しかし、薪は不覚にも立ち止まってしまった。そして鈴木の寝顔を見てしまった。
 薄明かりの中、あの頃より大人びて色香を感じさせる―――― 男らしい寝顔。
 薪の心臓がとくんと高鳴って、息が苦しくなる。見えない力に引き寄せられるように、薪の顔が鈴木の寝顔に近づいていく。

 だめだ、しっかりしろ! また鈴木を困らせるつもりか!?

 激しくかぶりを振って、薪は奥歯をぎりっと噛み締めた。十余年の間に培ってきた理性が、薪を思いとどまらせてくれる。乱れた呼吸を整えて両の拳を握り締める。
 ところが、鈴木はどこまでも薪の心を揺さぶってくれた。
 
「む~……」
 何事か呟くと、薪の頭を掴んで自分のほうに引き寄せる。
 寝ぼけているとは思えない、深いくちづけ。

 時が―――― もどる。
 14年前の今日に。初めて鈴木とキスをした……初めて鈴木と結ばれた、僕が生涯で一番幸せだったあのときに。

 くちびるが離れて、鈴木は再び安らかな夢の世界へ降りていく。

 ……これ以上はとても無理だ。

 薪は足音を殺して、リビングへ逃げた。
 暖房の切れた居間はひどく寒い。持ってきた毛布にくるまって、薪はソファに蹲った。自分の両肩を抱くようにして、小さな身体を丸める。ふと思いついて、ローテーブルの引き出しから一枚の写真を取り出した。
 鈴木と二人で、第九の前で撮った写真。
 鈴木は薪の背後からふざけて薪に抱きついている。そのたくましい腕に両手を掛けて、薪が嬉しそうに笑っている。薪の気持ちがひと目で分かってしまうような、幸せそうな笑顔。

 さっきは掃除と偽ってこの写真を隠した。こんな写真を見られたら、自分の気持ちが一発でばれてしまう。鈴木が気にしていた指輪も、もちろん大事にしまってある。あの指輪は薪にとって大切な思い出の品だ。

 薪のきれいな顔が悲しみに歪んで、写真立てのガラスカバーに透明な液体が滴り落ちる。
 声を殺して、息を殺して、溢れ出す気持ちを押し殺して。
 いったい、いつまで――。
 いつになったら、この想いから解放されるのだろう。
 いつになったら、鈴木を忘れられるのだろう。
 こんな……こんなつらい、想い。
 もう10年以上も昔のことなのに、どうして。どうして、僕の中からこの感情は消えてくれないのだろう。

 仕事が一緒だから? 毎日、鈴木の顔を見ているから?

 結婚するって聞いただけでこの有様だ。こんなことで、ちゃんと自分の役目が果たせるのだろうか。
 友人として上司として、結婚式に出席して祝辞を述べて。誓いのキスに拍手をして。子供が生まれたらお祝いにベビーカーを贈って。
 幸せそうな3人を見て、笑うことができるのか? 狂わずにいられるのか?
 無理だ。僕には無理だ……。
 
「なんだよ、ちくしょう」
 僕は14年前から、まるで成長していない。
 鈴木の親友に相応しい男になろうと、頑張ってきたつもりなのに。雪子さんにどんどん引き離される。

 涙には終わりがない。後から後から溢れ出して、薪のすべらかな頬を濡らしていく。
 やがて泣き疲れて眠るまで―――― 薪の慟哭がおさまることはなかった。





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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