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ビアガーデン(4)

ビアガーデン(4)







「なんで教えてくれなかったんですか!」
 法医第一研究室で、青木は雪子に食って掛かっていた。

「薪さんが酔うとキス魔になるって、そんな重要なことを、どうして言ってくれなかったんです?!」
 青木の剣幕に耳を押さえつつ、雪子は悪びれない様子で応えを返す。
「あたし、前に言わなかったっけ?」
「聞いてません!」
「言ったわよ。口当たりのいい酒をガンガン飲ませると、面白いことになるって。でも、周りに迷惑だから、ふたりのときにしなさいって」(2060.10 告)
 ……たしかに聞いたことがある。
 しかし、それはただ単に酒癖が悪いという意味だと思っていた。薪は酔っ払うとくだを巻くし、説教は始めるし、やたらと人に絡んでくる。てっきりそのことだと思っていたのだ。

「はっきり言ってくれなきゃ、分かんないですよ。まさかそんなクセがあるなんて」
 あのあと薪は、竹内から引き離そうとした今井にも襲い掛かって、しっかりくちびるを奪っていった。青木が慌てて薪の体を押さえつけると、薪は青木の胸に倒れこんできて、くーくーと寝息を立て始めた。
 あんまりだ。
 自分にはしてくれないなんて、いや、そうじゃなくて。

 薪に恋をして1年余り。恋心を告げてから、もうすぐ10ヶ月になる。
 薪に好かれようとさまざまなアプローチを重ね、涙ぐましいまでの努力をしてきた。その自分がまだキス止まりなのに、目の前で他の男とバンバンキスされたのだ。自分の立場はどうなるのだ、積み重ねてきた努力はいったい……。

「薪さんが酔っ払うと記憶失くすのはいつものことですけど、今回のはあんまりですよ。オレの気持ち知ってるくせに、オレの前であんな。よりにもよって、相手は竹内さんですよ! 普段、あんなに仲悪いくせに、なんで気がつかないかな、もう!」
 可愛さ余って憎さ百倍とはこのことだ。普段なら薪の言動がどんなに青木の心を傷つけたとしても、それを非難する気持ちなど湧いてこないのだが、今度だけは如何ともしがたい。薪のかわいらしい顔を思い浮かべると、すぐに竹内とのキスシーンが浮かんできて―――― 目の前が怒りで黒く塗りつぶされていくようだ。

「まあまあ。お酒の席のことだし、相手が竹内だったら、返って良かったんじゃないの? あいつ女好きだから、それがきっかけで薪くんに惚れたりすることもないでしょ」
 恋愛の機微にさとい雪子にしては、ひどく間の抜けた慰め方だ。雪子は竹内の気持ちに気付いていないのだろうか。
「なに呑気なこと言ってんですか、三好先生ともあろう人が。気が付かなかったんですか? 竹内さんて、薪さんのこと好きなんですよ」
「え、なんで? いつからそんなことになったの?」
「オレもその辺の事情は知りませんけど。前はケンカばっかりしてたくせに、秋ごろから急に第九に来ちゃあ、薪さんのことチラチラチラチラ見て。いやらしいったら」
「あんたがそれ言うの?」
「オレはチラチラなんか見てません。仕事中もガン見です。モニターより、薪さんを見てる時間のほうが長いです」
「……仕事しなさいよ」
 もちろんそれは冗談だ。
 薪に見蕩れて仕事が手につかないなどということがあれば、仕事最優先実力至上主義者の薪に役立たずの烙印を押されてしまう。そんなことになったら「第九に無能はいらん!」とばかりに、室長権限で即刻異動させられてしまうだろう。

「とにかく、オレのほうがずっと先に薪さんのことを好きになったのに、なんで後からきた竹内さんと同じレベルなんですか!?」
「いいじゃない、キスくらい」
「よくないですよ! オレだってまだキスなんか、片手ほどしかしてないのに!」
「え? あんた、春ごろ薪くんとエッチしたんじゃ」
「は? なんの話ですか?」
「薪くんが、催淫剤を間違って飲んじゃったとき。渋谷の何とかっていうホテルで。あたしがどうだった? って聞いたら、うまく行きました、って言ってたじゃない」(2061.3 ファイヤーウォール)
「あの時は、お手伝いしただけです。あんな状態の薪さんをどうにかするなんて、オレにはとても」
「あんたって……」

 言葉に詰まったように、雪子は青木の顔をじっと見た。
 いつも強気な彼女の瞳は、そのときだけは何故か哀愁を帯びて、青木はふと、いわれのない罪悪感に駆られた。

 が、すぐにその光は消えて、普段の雪子の口調がもどる。
「あんた、この1年なにやってたのよ」
 あまりに遅いふたりの進展具合に、呆れ返ったようだ。脱力した様子で机に肘を突き、手のひらに額をあてる。
「今日び中学生の恋愛だって、告って半年も経てば、キスだけじゃ済まないわよ」
 雪子の一般論に、青木はがっくりと肩を落とした。
 薪も自分も、20歳を越えたいい大人だ。これが普通の男女なら、キスどころか子供が出来ていてもおかしくない。

「ムリですよ。薪さん、普段は全然スキがないし、迫れば殴られるし抱きつけば投げ飛ばされるし。キスなんかしたら蹴りが入ります」
「薪くん口説くのは、命がけってことね」
「そんなに身持ちが固いクセに、酔っ払うとキス魔って。予想不可能ですよ」
「ロスじゃ挨拶代わりだったんでしょ」
 雪子は突然、異国の話を始めた。急な展開についていけず、ぽかんと口を開けてしまう。薪がロスに住んでいたことがあったのだろうか。
「知らなかったの? 薪くん、27のときに1年間ロス市警に研修に行ってるのよ。海外研修は箔付けになるから。研修から帰ってきて、第九の準備室長になったの」
 海外研修までこなしていたのか。やはり薪は、超が付くエリートだったのだ。
 あの事件さえなければ、今頃は警視長に昇任して、官房室にでも勤務していたかもしれない。もったいない話だが、そうなっていたら青木は薪に会うことはできなかった。
 
「知りませんでした。そうですか、ロスに」
 言われてみれば、以前薪が自分の女性遍歴について「ロスにいたころは金髪美人と毎晩犯りまくった」と豪語していたことがあった。金髪美人の話は嘘だったが、ロスにいたのは本当だったのか。(2060.11 仮面の告白)
 確かに、ロスでは友達同士でも軽い挨拶代わりにキスをする。別に特別な感情がなくてもすることだ。
 3度目のキスは薪のほうからしてくれたから舞い上がってしまっていたが、薪にしてみればただの挨拶だったのか。
 
「じゃあ、オレとキスしたのも、大した意味はなかったってことですか」
「そんなことないわよ。ここは日本だし、嫌いな人や普通の部下とはしないわよ」
「竹内さんのことは嫌いじゃないし、今井さんは普通の部下じゃないってことですね」
「そんなに落ち込むこともないでしょ。昨日のは酔った勢い。あんたとのは、そういうんじゃないんでしょ」
 雪子に促されて、青木は改めて自分が薪とキスをしたときの状況を思い出してみた。
「初めのは、薪さんがクスリでラリってるときで」(2060.9 室長の災難)
「初めはそうでも何回かしてるんでしょ? だったら」
「2回目は不意を衝いて無理やり奪っちゃって、その後蹴り出されて。3回目はオレが親父のことで落ち込んでるときに薪さんが慰めてくれて、そのどさくさ紛れに。4回目は」
「4回目は?」
「車の中で眠ってるところを、盗んじゃいました」
「……1回もマトモなのないじゃん」
 自分でもそう思っていたのだが、他人に言われるのはキツイ。ついムッとして、青木は見当違いの不満を雪子にぶつけてしまった。
 
「このごろ三好先生が、オレにちゃんとアドバイスしてくれないからですよ」
「あたしだって、あんたのことばっかり構ってられないのよ。研究論文とか学会の準備とか、けっこう忙しいの」
「そうなんですか?」
 雪子は優秀な監察医である。医師免許も持っている。自分の能力を錆付かせないため、学会やシンポジウムに出席して、最新の知識を仕入れることは職務なのだ。
「秋に大きな学会があるの。そこで、論文発表することになってるのよ」
「それで春ごろから、あまり第九にいらっしゃらなかったんですね?薪さんが寂しがってましたよ。このごろ、雪子さんの差し入れがないって」
「あたしを待ってるの?差し入れを待ってるの?」
「もはやイコールなんじゃないですか?薪さん、三好先生が差し入れてくれたものだけは、ちゃんと食べますから」
「親鳥を待つヒナ鳥の心境ね」
 雪子はちらりと腕時計を見て、席を立った。

「悪いけど、あたしお昼まだなの。そろそろ行かないと、食べ損ねちゃうから」
「あ、オレがご馳走します。職員食堂でいいですか?」
「ごめんね。スガちゃんと約束してるの」
 雪子に誘いを断られたことに、青木は少し驚いている。
 雪子がこんなふうに青木の相談を途中で遮るのは、初めてのことだ。いつもは最後まで青木の話を聞いてくれて、青木が元気になるまで慰めてくれた。それをこんな中途半端なところで、しかも青木の奢りを断るなんて。今までだったら、助手の女の子の分まで青木に払わせていたはずだ。

 法一の自動ドアの前で待っていた助手の女の子に声を掛け、青木には軽く片手を上げて、雪子は廊下を歩いて行ってしまった。青木の相談事は、消化不良を起こしたままだ。

 今日の雪子はひどく冷たい。これまで青木が落ち込んだときには、必ず薪の新しい情報をくれて、次はこの手で行ってみたら、などとアドバイスをくれたのだが。
 まずはお友達から、という雪子のアドバイス通り、薪とは親しくなったものの、それから先は全然進展していない。ここで雪子を失うのは痛い。
 雪子が青木の相談に乗ってくれるようになって、もう1年以上たつ。雪子の有力なアドバイスを活用できない青木の不甲斐なさに、嫌気が差してしまったのかもしれない。

「職員食堂だから、断られたのかな」
 明日は天外天のランチに雪子を誘おう、と青木は心に決めた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Mさまへ

鍵コメくださった、Mさま。

わたしの同人歴ですか?
25のころ、南国少年パプワくんにはまってました(知らないだろうな・・・・・)
シンタローさん、命だった・・・・柴田先生とツーショットで撮った写真も持ってます(^^
その頃一緒に同人誌作ってた友だちが、九州の福岡の娘で。飛行機に乗って九州まで遊びに行ったっけ・・・・ああ、懐かしいなあ。
そのあとは、結婚と同時にこの世界からは足を洗いました。
でも、薪さんに出会って、戻ってきてしまいました。もう、帰れません。(笑)

お後は、Mさまのブログにて。

Aさまへ

Aさま、こんにちは。


> 竹内さんたら益々、薪さんに夢中になっちゃいますね(>▽<)

ですね☆
彼のアイデンティティ(=不憫)は、どんなに好きになっても薪さんには嫌われっぱなし、というところなので。 どんどん好きになっていただきましょう。


> 薪さんとキスしたかったら酔わせればいいのね!

そうです! 
どんどん飲ませちゃってください。
わたしは責任取れませんけど。(笑)


> 薪さん自身はそんな癖があることを知らないのですね? 竹内とキスしたと知ったら大ショックですよね(^^;)

知らないですねえ。
青木さん、心配で眼が離せないですね。

竹内とキスしたことは、
知ったら面白いでしょうね。(・∀・)
証拠写真とか携帯で撮られて、それを見せられて青くなる薪さんとか、見てみたかった気もします。(笑)

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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