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ビアガーデン(5)

ビアガーデン(5)






 昼休みは雪子がいちばん好きな時間である。その理由はもちろん、食事の時間だからだ。
 その貴重な時間に押しかけてきて、大切なランチタイムを短縮させた第九の新人に、雪子は少なからず怒りを覚えている。

「ゴメンね、スガちゃんの昼休みまで潰しちゃって」
 今日は1時から、会議が入っている。定時に開催できるように、昼休みのうちに支度をしなくてはならない。職員食堂で食事を摂っていたら間に合わないので、売店の弁当を買って食べる羽目になった。
「せっかくのお昼に、冷たいお弁当なんて。なんかすごく損した気分よね」
「わたしは別にいいですけど。雪子先生みたいに、食べることに命賭けてませんから」
「相も変わらず厳しい人物評、ありがとう」
 この助手はとてもかわいい顔をしているのに、言うことはもの凄く辛辣だ。
 思ったことは口に出さないといられないタイプで、上司の雪子に対しても、自分の考えをズケズケと言ってくる。
 名前は菅井祥子。天然系の26歳で雪子より10も若い。

「まったく気が利かないわよね、あの男。昼休みに押しかけてくるなんて……あら、このから揚げ、けっこう食べられるじゃない」
 冷たい弁当なんて不味いに決まっていると思っていたが、なかなか美味しい。特に、煮物は味が染みていて、かなりのハイレベルだ。
「またそんな言い方して。素直じゃないんだから。だから30女は可愛くない、とかって言われちゃうんですよ」
「はいはい、美味しいですって素直に言えばいいのよね」
 から揚げの感想ひとつでそこまで言われる筋合いはないと思うが、菅井は雪子より口が達者だ。言い返すと10倍になって返ってくる。逆らわないほうが身のためだ。

「違います。青木さんのことですよ」
「青木くん? 青木くんがどうかしたの?」
 菅井は箸を止めて、雪子の顔をじっと見た。
 ……このから揚げを狙っているのだろうか。

「スガちゃん。1個だけならそのコロッケと交換てことで」
「わたし、雪子先生があの人のこと好きなの、分かってます」
 雪子の箸から、から揚げが転がり落ちた。
 このあたしが食べ物を落とすなんて―――― いや、驚くのはそこではない。
 この娘は突然、なにを言い出すのだろう。

 開いた口が塞がらない。自分の青木に対する態度のどこをどう見たら、そんな意見が出るのだろう。
「なにバカなこと言ってんの」
 口の中が変に乾く。
 この煮物、味が染みて美味しいと思ったけれど、味つけが濃かっただけかもしれない。

「わたしを誰だと思ってるんですか。恋愛マスター、菅井祥子ですよ。先生の気持ちなんか、まるっとお見通しです」
 菅井はたしかに恋多き女で、相手の男はしょっちゅう変わる。すごいときには、週代わりということもあった。それを恋愛マスターと称するのかどうかは疑問だが。

「青木くんがあたしのところに来てたのはね、恋愛相談が目的だったのよ。青木くんの好きなひとっていうのがあたしの友だちで」
「知ってます。でも、恋愛の相談を受けてるうちに恋が芽生えるって、よくあるじゃないですか」
 男と女が話をしていると、すぐにそちらの方向に結びつける人間というのはいるものだ。自分がそうだからと言って、他人にまで自分の恋愛感を押し付けないで欲しい。
「ないわよ。だいたい、いくつ年が違うと思ってんのよ。青木くんにしてみたら、あたしは12歳も年上のオバサンよ」
 それを言ったら、薪も同じことなのだが。
 しかし、この恋愛マスターを自称する女の子を納得させるには、わかりやすい理由が必要だ。
「年なんか関係ないです。わたしだって、高校生の彼氏と付き合ったことあります。わたしのほうが10歳年上でした」
「あんたってホント、守備範囲広いのね」

「わたし、ずっとおふたりのことは見てきました」
 菅井は自分のハンバーグを半分に切って、雪子の弁当箱に入れて寄越した。これは雪子に聞いて欲しいことがあるときの、菅井の習慣である。
「あのひとは、雪子先生のところに来るときは決まって落ち込んでて、雪子先生が慰めてあげると、元気になって帰っていったじゃないですか。今まであの人を支えてあげたのは雪子先生です。雪子先生のお友達じゃありません」
 から揚げも美味しかったが、ハンバーグもなかなかいける。年がら年中ダイエットをしている菅井は、豆腐ハンバーグを選んだようだが、これはこれで美味しい。
「いい加減、素直になったらどうですか? 今日だって聞いてるのが辛くなって、途中で切り上げちゃったんじゃないんですか?」
 菅井の言葉を無視して、雪子は弁当に専念する。食事の際には、目の前の食べ物に集中するのが雪子の作法だ。
 最後の一粒まできれいに食べて、雪子は箸をしまった。冷たい緑茶で喉を潤す。冷たいごはんには冷たい緑茶の取り合わせが最高だ。
 
「先生。ご自分の気持ちを伝えるべきだと」
「それはスガちゃんの考えすぎ。ほら、いつまで食べてんの。仕事仕事」
 雪子が自分の話をまったく取り合わないことを悟って、菅井は弁当の蓋を閉めた。
 雪子の半分も食べていない。よくあれで夕食までおなかが空かないものだ。これだけ食べても、3時もオヤツは欠かせない雪子である。

 菅井は会議用の資料を取りに、キャビネットの方へ歩いていった。
 そのかわいらしい後姿を見ながら、雪子は思い込みの激しい助手に嘆息する。

「相変わらずキツイ娘ね。参るわ」
 短い黒髪を左右に振り、ついでに自分の中の何かも振り切って、雪子は立ち上がった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは。


> 原作の雪子もプロポーズをOKした時は青木に好感を持っていたけど、結婚したいという程ではなかったと思うんです。

そうですよね。
だって彼女の中には、「気になる男=薪さん」がいたわけですから。
薪さんに対する当てつけか、腹いせか、と初めは思いましたが、そういう女性でもないようで。 
まあ、現実的なのかな、と思いました。 お姉さん夫婦の事件の後は、献身的に青木家に尽くしていましたしね。 つまらない見栄や意地で結婚を決めたわけではなかったと思います。


> 婚約後も恋人というより、弟のように愛しく感じてる気がしたのです。

ですよね。
姉さん女房全開でしたものね。 呼び方も、くん付けだったし。


> でも、10月号で青木を薪さんのもとへ送り出す彼女の呟きはちょっと、未練ありげ・・
> もし、薪さんを失って落ち込んでいる青木を見て「やっぱり、私が支えなくちゃ」て思ったらどうしよう!少し心配です(><)

ちょっ、Aさまったら、今とんでもないことをツルッと言いましたよ!?
薪さんを失って、って、
ぎゃー、いやー、その結末はわたしが考える最悪のシナリオですーー!(><)

いきなり10年くらい未来へ飛んでね、
舞ちゃんの右手と左手を青木さんと雪子さんが握って、親子ごっこしながら薪さんのことを思い出すという。 やーめーてー。(TT)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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