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ビアガーデン(7)

ビアガーデン(7)





 亜麻色の大きな瞳がうっとりと情を含み、たまらない色香を持って近付いてくる。
 朝露に濡れた花弁のようなくちびるが半開きになって、その隙間から赤い舌が覗いている。やがてそれは竹内のくちびるに重なって、舌が激しく絡められ吸い上げられ――――。

「竹内さん。いつまでソースかけてんすか」
 大友の言葉に、竹内は我に返った。気が付くと、ソースの海にイカフライが浮いている。
「いいんだよ。俺はソースが大好きなんだから」
 フライを箸で摘み上げると、衣の吸収量をはるかに超えたソースが、ぼたぼたと皿の上に落ちてくる。付け合せのキャベツにいたっては、まるで泥のようだ。別皿でポテトサラダを取っておいてよかった。

 竹内がサラダにマヨネーズのチューブを絞っていると、聞き覚えのある声がして、先刻の竹内の言い分に疑問を投げかけた。
「おまえって、そんなにソース好きだっけ?」
「あ、岡部さん。昨日はどうも、―――― っ!」
 捜一の先輩である岡部の傍らに薪の姿を発見して、竹内は思わず右手を握りしめた。ブシュッ、という音がして、どうやらサラダも食べられなくなりそうだ。

「岡部。あっちへ行こう。二日酔いが悪化しそうだ」
 ソースの海に浮いたフライと、マヨネーズに埋もれたポテトサラダ。たしかに竹内のプレートは、食欲を減退させる。
 自称二日酔いの薪のプレートには、冷たいそばと大根おろし、ほうれん草のおひたしが載っている。しごくあっさりしたものばかり。だから薪は筋肉がつかないのだ。

 さっさと竹内たちの席から遠ざかっていく薪の背中を目で追って、竹内は自分の心臓が早鐘のように打っていることに気付く。周囲に聞こえてしまいそうなくらい、大きな音を立てている。
 そんな竹内の心中を知ってか知らずか、岡部は無造作にそのことに触れてきた。
「竹内。昨日のことだけど」
 あの場面を、岡部は目撃している。岡部だけではなく、他の第九の職員たちもみんな見ていたのだ。
「薪さん、何も憶えてないんだ」
「憶えてない?」
「あのひとは、酔うと記憶を失くすタイプでな。沈没する30分前からの記憶は、完全に消去されるんだ。昨夜おまえが一緒だったことも記憶にない」

 竹内を名指しして説教を始めた頃には、ぐでんぐでんだったのか。確かに目の縁はアルコールのせいで色っぽく染まっていたが、それほど酔っているとは思えなかった。
「いつもああなんですか? その」
「まさか。いつもは眠ったらそのままだ。おまえがムリに起こすから。おおかた女の夢でも見てたんだろうよ」
 普段と変わらない白い頬だったから、急性のアルコール中毒を疑ってしまったのだが、薪は酔いが顔に出ない性質らしい。
「まあ、悪い夢を見たと思って早く忘れてくれ」
 災難にあった竹内を慰めようと、やさしい岡部はそんなふうに言って、自分を待っている上司の席へ歩いていった。

 あのキスが、特別なものではなかったことはわかっていた。
 薪は自分の後にも、第九の部下のひとりに襲い掛かっていた。それでも竹内にとっては、憧れの人との初めてのキスだ。忘れられるはずがない。

 やわらかいくちびるだった。甘くてぞくぞくするような舌だった。アルコールの匂いは強かったが、薪の身体からはとてもいい匂いがした。
 竹内の首に抱きついて膝の上に腰掛けて、竹内の太腿に密着した薪の小さな尻の質感が、下腹部を直撃してきて―――― 思わず抱きしめて、夢中で舌を吸い返してしまった。
 周りの人間がパニックに陥っていたおかげで、竹内の不埒な行いは誰にも気付かれなかったが、第九の職員が薪を引き離してくれなかったら、あのまま押し倒してしまっていたかもしれない。……もう少し、放っておいて欲しかった……。

 それをすべて忘れてしまっているとは。うれしいような悲しいような。
 しかしそれは、飲ませてしまえば何をやってもOKということか?
 ……すいません、薪室長。いま俺は、人間のクズになりかけました。

 薪のほうをこっそりと見ると、背筋をしゃんと伸ばして端然と椅子に腰掛けている。
 その清廉な美貌。昨日の乱れた酔いどれと同じ人物とは、とても思えない。
 あれはきっと、第九の仲間だけに見せる顔なのだ。
 薪がこころを許しているのは、あの連中だけだ。自分ではその中に入っていくことはできない。こうして遠くから見ているしかない。
 青木のように薪に憧れて第九に異動願いを出す、などということは竹内にはできない。竹内は捜一の仕事に誇りを持っている。これが自分の天職だと思っている。いくら薪に近付きたいからと言って、それを自ら捨てることはできない。

 薪にとって、第九の部下たちが自分をさらけ出せる仲間であるように、竹内には捜一の大切な仲間がいる。目の前の大友もその一人だ。
 竹内はソース浸しのイカフライを箸で摘んで、大事な仲間に声を掛けた。
「ひとつだけ、取替えっこしないか?」
「いやです」
「冷たいやつだな。俺が腹減って現場で犯人取り逃がしたら、おまえのせいだぞ」
「ソース大好きなんじゃなかったんですか」
「だからさ、この味をおまえにも教えてやろうと思って」
「けっこうです」
 竹内が大事に思っていても、相手はそうとは限らないのかもしれない。

「ちっ、冒険心のないやつ」
 これはもう一度、買いに行くしかない。
 そう思って席を立ちかけた竹内の前に、新しいランチプレートが差し出された。
「これをどうぞ」
「ま、薪室長!」
 ミックスフライと別添えのポテトサラダ。冷奴のおまけも付いている。

「岡部にあなたに謝罪するように言われまして」
 昨夜味わったばかりのつややかなくちびるが動いて、プレートの訳を説明した。薪は、岡部の言うことなら比較的よく聞く。岡部のことを信頼している証拠だ。
「昨日はずい分絡んでしまったそうで。すみませんでした」
「そんなことはありません。俺も楽しかったです」
 ああいう絡みなら、大歓迎です。もっと絡んでいたかった、いやその。
「僕は飲みすぎると、記憶が飛んでしまうんです。あなたにとても失礼なことをしたそうですけど、僕は何をしたんですか?」
「それはその……」
 気配りの上手い岡部らしい。きっと内容は話さずに、ただ迷惑を掛けたから謝っておいてください、とでも言ったのだろう。

「もしかして、殴りましたか?」
「いえ。殴られはしませんでしたけど。窒息しそうになりました」
 竹内は言葉を選んだ。
 それ以上細かい事情を話すわけにもいかず、竹内が黙ってしまうと、薪は気取った仕草で肩を竦めた。
 その華奢な肩も身体も、昨夜この腕に抱いた。今付き合っている女のものより、遥かにしなやかで締まったからだだった。

「とにかく、謝りましたから」
 投げやりに言って、薪は竹内に背を向けた。
 そのきれいな後姿に見蕩れる。
 季節柄、薪はジャケットを着ていない。だから、体の線がよくわかる。白いワイシャツの背中から、腰のラインがとても優美だ。
 それを見て竹内は、自分の腿の上に乗っていた、ちいさなヒップの感触を思い出す。
 しっかりした肉の感触だった。思わず撫で回したくなるような――――。

 その場を立ち去りかけた薪だったが、何かに気が付いたように足を止め、竹内のほうを振り向いた。亜麻色の瞳が氷のように冷たい。下衆な考えを見透かされたのだろうか。

「これからは、僕が酒を飲んでいるときには近付かないで下さい」
 剣呑な口調で、薪は言った。
「この次は、あなたを窒息死させるまで、止めないかもしれませんよ」
 ……されてみたい。
「その覚悟があれば、歓迎しますよ」
 踵を返した肩越しに殺し文句を吐き捨てて、薪は自分の席へ歩いていった。
 
「相変わらず、怖いっすね~」
 はあっと詰めていた息を吐き出して、大友が囁いた。
「え? どこが?」
「どこがって。竹内さん、酔っ払った薪室長に、首を絞められたんでしょ? 次は殺すぞ、っていま言われてたじゃないですか」
 大友は、薪が竹内の首を絞めたものと思い込んだらしい。表現の仕方を誤っただろうか。
 たぶん薪も、竹内の言葉をそう取ったのだ。薪には昨日の記憶はないのだから、あんなことがあったとは夢にも思わず、窒息という意味を言葉通りに捉えたのだろう。

「ああ。仲間内で楽しくやってるところを、邪魔しちゃったからな」
 大友の誤解を解くわけにはいかない。あれは、第九の職員と自分だけの秘密だ。
「普通、それぐらいで首絞めたりしないでしょう。酔っ払った振りしてわざとやったんじゃないですか?」
 あの行為が意図的なものだったら、どんなに嬉しいだろう。

「あのひとって、本当に性格悪いですよね」
「うん。まったくだな」
 そんなことはない。
 薪は本当は、ひとに気を使う性格だし、とてもやさしい。今だってこうして、新しいランチのプレートを持ってきてくれたではないか。冷奴のおまけまでつけて。

 酔ったはずみとはいえ、キスなんかしてしまったら、よけい可愛く思えてきた。
 しかも、あのキスの激しかったこと。甘くて扇情的で――――。

「竹内さん」
「うん?」
「しょうゆ、いつまで掛けてんすか?」
「……いいんだよ。俺は冷奴は、いつもこうして食べるんだよ」
 どっぷりと醤油に浸かった豆腐を見て、今日の午後はとても喉が渇きそうだ、と竹内は思った。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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おめでとうございます

しづさん、2000hitsおめでとうございます。
これからも素敵なお話を楽しみにしています。

今日、スーパーに行ったらレジの方の名前が「たけうち」さんで、

帰ってこちらに伺ったら「ビアガーデン」の最新作が竹内さん中心で、

そしてカウンターが2000番でした。

……なんて幸せな日なんでしょう。

あ、でも私が一番好きなのはもちろん薪さんですから!

腐って上等!

しづさん、こんばんは。

‥く、腐ってる‥でも‥いいですーーーっ

‥ただ単に竹内さんになってみたいだけか…私。

決して青木くんが気の毒とは思わないところがやはり‥しづさんと

同じ病‥そう、ドS‥でありますね。

いいんです。変わらず腐ってるところが‥ス・テ・キ‥。


ごめんなさい…今12時前なので少しおかしくなってます‥勘弁して下さい(>_<)


これ以上おかしくならないうちに失礼します…。


ruruharuでした^_^;




管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ありがとうございます

いらっしゃいませ、歓喜の歌さん。

> しづさん、2000hitsおめでとうございます。
> これからも素敵なお話を楽しみにしています。

ありがとうございます!
素敵なお話・・・・・じ、自信ない・・・・・わたしの頭の中には腐った与太話しかございませんが、歓喜の歌さんの脳の中で、素敵なお話に変換を・・・・・・ムリでしょうね・・・・・・すいません・・・・。

> 今日、スーパーに行ったらレジの方の名前が「たけうち」さんで、
> 帰ってこちらに伺ったら「ビアガーデン」の最新作が竹内さん中心で、

これ!わたしも経験あります!
8月号読んだばかりのショックも覚めやらぬ時に、お姑さんのお使いで仕方なく寄った100円ショップの店員の名前が「青木」さんでした・・・・(女のひとでしたが)かみさまは、そんなにわたしが泣くのを見たいのか、と思いました・・・・・・。
別の日は、コーヒー屋さんの店員さんが、岡部さんでした。
このときは幸せな気分になりました♪

> そしてカウンターが2000番でした。
> ……なんて幸せな日なんでしょう。

歓喜の歌さんが、キリバン踏んでくださったんですね。
マメに覗いてくださって、本当にありがとうございます!

> あ、でも私が一番好きなのはもちろん薪さんですから!

M 『うれしいな。歓喜の歌さん、僕もあなたのことは、好ましく思ってます。今度いっしょに食事でも・・・』
お、久しぶりに出てきたな、女の子大好きの脳内薪さん。
こいつは口ばっかりなんで、聞き流してやってください(^^;

ruruharuさんへ

こんばんは、ruruharuさん。

> ‥く、腐ってる‥でも‥いいですーーーっ

本当に、腐りきってますね・・・・・夏ですからね(^^;

> ‥ただ単に竹内さんになってみたいだけか…私。

え?マジで?
薪さんにはめちゃくちゃ嫌われてますが、それでもいいの?

> 決して青木くんが気の毒とは思わないところがやはり‥しづさんと
> 同じ病‥そう、ドS‥でありますね。

青木くんは全然、可哀相じゃないと思います。薪さんに、気にいられてますから。
竹内の方がよっぽど憐れです(笑)

> いいんです。変わらず腐ってるところが‥ス・テ・キ‥。
> ごめんなさい…今12時前なので少しおかしくなってます‥

あれ、不思議ですよね。
夜中の方が筆が進みますよね。イタグロとか、エログロとか・・・・・(グロは外せない(--;)
ちょっとおかしくなってる時間帯だから、おかしな話になるのか(笑)

ありがとうございました。
また、お越しくださいませ。

Mさまへ

鍵コメいただきました、Mさまへ

> 「りーまんらぶ」っていうんですか!?
> 新しい言葉、知りました!メモメモ・・・(笑)

あれ?サラリーマン同士の恋愛のことを、こう言うんじゃなかったでしたっけ?ボーイズラブと年齢的に隔たりがあるので、わたしは使い分けてたんですが。
違ってたらごめんなさい。(^^;)

例のブツについては、Mさまのご判断にお任せします。(^^
しづのワガママで困らせて、申し訳ありませんでした。m(_ _)m

> そんなことより!
> 竹内さぁぁぁぁん・・・!
> 本気ですね!
> 本気で薪さんの魅力に参っちゃいましたね!
> 押し倒したくなるのもわかります~~~!

かれは、とうの昔に薪さんのトリコです(笑)
あのおとり捜査のときから、持って行かれてました。でも、青木ほど若くもないし、バカでもないので、ちゃんと女性とのお付き合いは続けてます。
現実をわかっているんです、竹内は。

> 青木君とのバトル、楽しみにしています!

いや、バトルはないでしょう(笑)
だって、薪さんは竹内のこと、大っキライなんですから。勝負にならないです(^^

> えろい薪さん、大歓迎ですから!

うははは!
あれはダメです、公開できません。鍵を5個くらいつけないと、やばいです(滝汗)
わたしの脳内では、このふたりは今年の春にはデキちゃってたもんですから、今や、「幸せな薪さん=エロイ薪さん」という方程式が不動のものになってしまっておりまして・・・・・ここから何とかして抜け出さないと、サイトをアダルトサイトに登録変更しないといけなくなる、って何を書いてるんでしょう、わたし(爆)

No title

再びごめんなさい!

‥わーん、しづさんちがいますっ(^_^;)

あの、膝に座られてチュゥされた時だげ、限定で竹内さんに

なりたかっただけですっ。ひえぇぇーーっずっとは嫌だぁ!

あはははは‥以上でございます‥許して下さいこんなことで

また来てしまって‥。

ruruharuさんへ

あら、ruruharuさん、どうなさいました?

> ‥わーん、しづさんちがいますっ(^_^;)
> あの、膝に座られてチュゥされた時だげ、限定で竹内さんに
> なりたかっただけですっ。ひえぇぇーーっずっとは嫌だぁ!

でしょうね(笑)
竹内は、本当に不憫です。多分、うちのキャラで、いちばん報われないんじゃないかな。
ちょっと可哀想なので、いま竹内の話を書いてます。少しはいい目を見せてやりたいです。

> あはははは‥以上でございます‥許して下さいこんなことで
> また来てしまって‥。

いえいえ、来てくださってうれしいです。
こういう掲示板ぽいの、楽しいですよね。
また、いらしてください。お待ちしております♪

Aさまへ

Aさま、こんにちは~。


>竹内さん、超面白い!

てか、バカっすね。(^∇^;
本当にうちのキャラはバカばっかりでね~。 主役からしてもう……もごもご。

竹内は、一応、うちのヤローどもの間では一番のイケメンという設定です。
え、一番は薪さんじゃないのかって?
薪さんは、本人の意思に反して女性部門にエントリーされてますので、あしからず★


>竹内さんならキス以上のことをしても許せるかも・・でも、間宮のような人間のクズにはならないんですよね!?(^^;)

えええ~、やーだー!
うちの薪さんに触れるのは、青木さんor鈴木さんに限らせていただきますっ!! ←叫んでいることと書いてることが違う。
わたし、本当にイヤなんですよ、薪さんが青木さん以外の人とどうこうするの。 薪さんは青木さんだけのものであって欲しいっ。 
の割には、色んな男に襲われまくってる薪さんですが、(^^;) でもほら、みんな未遂だし、薪さん合意してないし、……信じて?


竹内と間宮は~、
似てるような似てないような?
どっちもプレイボーイですけど、竹内は女性オンリー、間宮は男女ともウェルカム。 違うのは、竹内は二股かけずに短期間で付き合いと別れを繰り返してて(振られてるとも言う)、間宮は常に複数の愛人と付き合ってることくらいかな?
薪さんへの愛情は、竹内の方が強いです。 間宮は、自分の愛人の一人に薪さんを加えたいだけです。 彼が一番愛してるのは、自分の奥さんなので。 
この辺は裏設定なので、間宮は外道でいいんですけどね。(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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