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ビアガーデン(8)

 昨日、カウンターが2000を超えました。
 ありがとうございました。
 これもマメにお寄りくださる、みなさまのおかげです。
 サイト名を変更しても、来訪してくださる方の数があまり変わらないので、公式と間違えられてた、ということはなかったみたいです。ホッとした。(笑)

 こんなズレまくったサイトにお時間を割いていただいて、本当に感謝しております。
 これからも、よろしくお願い致します。




ビアガーデン(8)






 そして第九には、日常が戻ってくる。
 室長が、報告書のファイルを抱えて部下の間を回る。昨日の酒宴の乱れは微塵もなく、いつもの冷静な表情だ。

 室長は、それぞれのモニターを背後から覗いて、部下の捜査の進み具合を確認する。報告に頷きながら、行き詰った捜査には光明を、間違った推理には軌道修正を施す。それは指導というよりはヒントを与えるという程度の微かな指示で、部下の成長を促すためのものである。
 進行中の事件では、自分ひとりでもズバズバ推理を進めてしまう薪だが、それでは部下が育たない。だからこのように、事件そのものは終わっているがその証拠固めのためのMRI捜査のときには、薪は自分の推理を語らない。ひとりひとりの推理能力を高めることが、第九のクオリティをより高める。そのことを薪は、重々承知している。

「今井。この誘拐事件の報告書だが」
 薪は途中で言葉を止めて、今井の顔を見た。
 近付いてみると、今井の顔には殴られたような痕やら引っ掛き傷やらが残っている。後頭部には大きなこぶもできている。喧嘩でもしたのだろうか。

「おまえ、どうしたんだ?その怪我」
「いえ、その……」
 理由を聞いても口を開こうとはせず、何故か赤くなっている。そのうえ、薪の顔を見ようとしない。
 その不自然な様子から、推理能力に優れる第九の天才は、部下に訪れた不幸にひとつの仮説を立てた。
「もしかして昨夜、酔った勢いで」
 今井の顔が、思い切り引き攣る。これはどうやら間違いない。
 薪はつややかな口唇を今井の耳元に近づけて、こっそりと囁いた。
「無理やり彼女に迫ったんだろ」
 今井は不自然な笑いを浮かべたまま、固まっている。やはり図星だ。
「女性はそういうの、嫌がるからな。それで引っ叩かれたんだろ」
「……はい。仰る通りです」

 自分の仮説が的を射ていたことに満足して、薪は鷹揚に頷いた。
 今井は彼女との付き合いは長いはずだが、それゆえに演出に凝ったり、プレゼントをして彼女を喜ばせてやる努力を怠っているに違いない。ここは一つ、年上の男性として女性の扱い方をアドバイスしてやろう。
「女っていうのはな、雰囲気に弱いんだ。彼女と仲直りしたかったら、ちょっとしたプレゼントでも用意して、シャレた店でメシでも食わせてやって、好きだよとか言いながらキスしてやれば一発だ」
「キス、ですか」
「そうだ。女をモノにしたかったら、まずはキスだ。キスで酔わせることができれば、簡単にベッドに連れ込める」
「……室長が、キスが上手いのは知ってます」
「あん?」
「室長。どうぞ」

 青木の声に、薪は顔を上げる。
 目の前に、芳しい魅惑の液体の入ったカップがある。そういえば、今日は昼にコーヒーを飲まなかった。
 青木はいつも、わりと早めに研究室へ帰ってくる。業務開始の10分くらい前には、昼寝から醒めた薪にコーヒーを淹れてくれるのだが、今日は姿が見えなかった。

「お酒の翌日なので、酸味の強いガマテラを使ってみました。コクを出すためにジャバロブスタと、香り付けにモカを少々混ぜてみました」
 飲む人の体調まで、しっかりと気遣ってくれる。第九のバリスタの名に恥じない仕事振りである。
 薪は上機嫌でマグカップを持つと、室長室へ入っていった。
 せっかくのコーヒーだ。椅子に座って、ゆっくりと楽しみたい。

「サンキュー、青木」
「これはオレの仕事ですから」
 そんな謙虚な言葉と共に、青木は今井の机の上にコーヒーを置いた。
 この後輩は2年目になるのに、まだ一番下っ端のままだ。4月に入ってきた3人の新人は、1週間で一人が辞め、残りのふたりも2ヶ月足らずでいなくなった。
 そんなわけで、青木はまだ新人の仕事をしているが、実際のところ、なかなかの実力を付けてきている。いくつか、メインで報告書を上げた事件もあるくらいだ。しかし、本人はあくまで控えめな態度を崩さずに、進んでお茶汲みやコピー取りや、買出しに行ってくれる。

「コーヒーもありがたいけど、室長のことだよ」
「ああ。今井さん、なんか困ってたみたいだったから」
 今の件でも分かるように、青木はとてもひとの気持ちには敏感で、気も利く。勘違いばかりしている誰かさんに、爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ。

「内緒話してたみたいですけど。なんだったんですか?」
「この顔の傷、彼女にやられたんだろうって」
 今井の顔に傷を付けたのは、第九の仲間たちである。
 酔っ払った薪にくちびるを奪われた後、何故かみんなに袋叩きにあったのだ。どう考えても自分は被害者だと思うのだが、めちゃめちゃに殴られた。
 そういえば、その中に、この謙虚な新人もいたような気がするが。この一番でかいこぶは、こいつの大きな拳によるものだったような――――。
「みんな酔ってましたからね。ふざけて軽く小突いたつもりだったんでしょうけど。ああ、でも痛そうですね。大丈夫ですか?」
 いや。きっと気のせいだ。こんなやさしい男が、そんなことをするはずがない。このコブは、きっと岡部さんだ。

「たいしたことないよ。所詮は女の力だ」
 薪の的外れの仮説を皮肉って、今井は両手を広げた。エスプリの効いた冗談に、青木は苦笑する。
「薪さんの勘違いは、日々進化してますからね」
「進化っていうのかね。―――― あれ?このコーヒーって、なんか味おかしくないか?」
 なんだかヘンに酸っぱいような苦いような、それでいて薄いような。とても第九のバリスタの手によるものとは、思えない味だ。

「そんなことないだろ。いつも通り、美味いよな」
「おまえ、口の中腫れてて、味がわかんなくなってるんだよ」
 同じコーヒーを飲んでいる同僚に指摘されて、なるほど、と今井は納得する。たしかに今日は、食事もまともな味がしなかった。昨日の酒の影響も残っているし、口中に傷もある。
「口の中が切れてて染みるだろうからって、青木がおまえに気を使って、手間のかかるアイスコーヒーを淹れてくれたんだから。残さず飲めよ」
 本当に気が利くやさしい後輩だ。こいつが第九に来てくれてよかった。
「ああ。ありがとう、青木」
「どういたしまして」
 温かい新人の心遣いを、今井はありがたく飲み干した。

 10分後。
 空になったグラスを集めて給湯室へ戻った青木に、岡部が話しかけてきた。岡部も昨日は飲みすぎたとみえて、冷蔵庫のミネラルウォーターをラッパ飲みしている。
「で? 本当は何を入れたんだ?」
「はい?」
「とぼけるな。今井のコーヒーだよ。下剤か? 雑巾の絞り汁か?」
「なにも入れてませんよ」
 岡部は、疑わしそうな目で青木を見ている。やっぱり岡部にはバレてしまったか。
「本当に普通のコーヒーですよ。みんなのコーヒーを取った後の搾りかすから抽出して、それを煮詰めたものですけど」
「……それは、普通のコーヒーとは言わんだろ」
「エコロジーの時代ですから」

 このセコイ嫌がらせは、今井が薪のくちびるを奪ったことに対する、ささやかな報復である。今井の後頭部を一発ぶん殴ったくらいでは、気が収まらなかった。自分が受けたショックの大きさを考えれば、竹刀で叩いてやりたかったくらいだ。
「今井さんが体を壊したら、困るのは室長ですから。あのひとを困らせるような真似はしません」
「賢明だな」
 ミネラルウォーターを飲み干して、研究室へ戻ろうとした岡部を呼び止めて、青木は昼からずっと気になっていたことを聞いてみた。
 
「室長が第九であんな夢を見たのは、初めてじゃないですか?」
 時々、岡部と一緒に薪の家に泊まりこんでいる青木は、今まで何回か薪が夜中にうなされているのを聞いたことがある。
 たいていは3人で一緒に酒を飲んで、最初に潰れた薪をベッドに寝かせてやってから、岡部とふたりで飲みなおすのだが、薪の声が聞こえるように、寝室のドアは少しだけ開けておく。苦しげな声が聞こえてきたら、すぐに岡部が薪をなだめに行って、落ち着いたらリビングに戻ってくる。
 そのとき青木は、息を潜めてじっとしている。
 自分が殺した親友に良く似た青木の姿は、薪を怯えさせてしまう。だから青木は、薪の悪夢を止めてやることができない。
 しかし、その夢を第九で昼間見たというのは、初めてではないだろうか。

「初めてじゃない」
 青木の疑問を、岡部はあっさりと否定した。
「事件のすぐ後は、ひどかった。うたた寝してもうなされてたよ。睡眠薬と精神安定剤が手放せない状態だったんだ」
「そうだったんですか……」
 岡部は、その時期の薪を支えてきたのだ。だから薪は、岡部に絶対の信頼を寄せている。青木がどうしても入り込めない、ふたりの絆である。

「でも、この頃薪さん、よく笑ってくれるようになったし。昨日も、楽しそうにしてましたよね」
 薪の傷は、徐々に塞がってきている。そう思うのは、青木の都合のいい解釈だろうか。
「命日が近づいてきたからな。そのせいだろ」
 あの事件が起きたのは、8月9日。夏の最中の蒸し暑い日だった。
 その日が近付くにつれ、薪は事件を思い出してしまうのだろうと岡部は言う。
 岡部の言うとおりかもしれない。やはり、忘れることなどできないのだ。

「そう落ち込むな。おまえが薪さんの家にちょくちょく出入りするようになってから、あのひとはずいぶん明るくなったぞ。あのひとの笑顔が増えたのは、おまえのおかげだよ」
 そんな嬉しいことを岡部に言われて、青木は自然と笑顔になる。自分の価値を誰かに認めてもらえるのは、とても誇らしい。
「まあ、意地悪のほうも磨きが掛かったみたいだけどな」
 ……それもオレのせいですか。

「そういえば、今日は金曜ですけど。定例会どうします?」
 定例会というのは、薪の家で週末に開催される、男3人の色気のない飲み会のことだ。
「今日はやめとくって、薪さんが言ってた」
「そうですよね。昨日あれだけ飲みましたものね」
「いや、そうじゃなくて。明日行きたい所があるからって」
 その場所がどこだか、青木には察しがついた。
 おそらく、岡部も分かっている。岡部の目は「薪さんの邪魔をするなよ」と言っている。

 青木は黙って頷くと、アイスコーヒーのグラスを洗う仕事に戻った。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは。

今井さん、踏んだり蹴ったりですよね。 善意で薪さんを止めに入っただけなのに。(^^;
今井さんファンの方には申し訳なかったです~。


> 青木は更にコーヒーで報復を!結構、腹黒かったんですね(^^;)

そうなんですよ、うちの青木さんは原作よりもかなーり腹グロで。 だって天使くん、書きにくいんだもん☆


> 今井さん、薪さんとキスしても平静を保てる貴重な人

に関しましては、
うちはみんなノーマルのなので~、他のみんなも似たかよったか、(宇野さんだけはちょっと危ないかも) 衝突事故くらいにしか思ってないんじゃないかな? 
みんなに袋叩きにされたのは、なんかこう、その場のノリで。 男ばっかりの職場の飲み会なんてそんなもんですよ。 ←偏見。


> 薪さん、家で眠れないから第九で寝てるのかと思ったんですが・・(;;) 次回はまた辛い展開かしら(><)

夏は薪さんにとって、どうしたって辛い季節なんですよね。
何を見ても聞いても、あの事件を思い出してしまう。 不眠も夏になるほどに酷くなる、そういう設定で書いてます。 
『トライアングル』とか『消せない罪』とか『スキャンダル』とか、うちのあおまき話で夏にトラブルが多いのは、薪さんが不安定になるからなんです。 てか、この時期、祟られてるんじゃないかと言う噂もありますが。(笑)

でも、わたしのSSの目的は、薪さんを幸せにすることなので。
年を追うごとに、薪さんは少しずつ回復して、青木さんへの想いを強くしていく話になっている、……かなあ?

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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