ビアガーデン(10)

 昨日は、すごくすごく、たくさんの拍手をいただきました。
 あまりの数に、また拍手カウンターのトラブル!? と思いました。(^^;

 何人かの方が、過去記事を読んでくださいまして。
 とてもとても、うれしかったです。
 本当に、ありがとうございました。





ビアガーデン(10)







「偶然だな。おまえもここに、知り合いがいるのか」
 薪は明らかに怒っていた。
 鈴木との逢瀬を邪魔されたことに、腹を立てているのだ。
 無駄だと知りながら、青木は見え透いた弁明を始める。百戦錬磨の捜査官を騙せるとは思わないが、自分の愚行を認めるわけにもいかない。

「ええと、叔父さんが」
「ふうん。実家は福岡だろ。なんで横浜に墓があるんだ」
「は、母方の叔父でして」
「おまえのお母さん、香川県出身じゃなかったか」
「いえ、長崎です―――― あっ」
 ついつい誘導尋問に引っ掛かって、青木は馬脚を現す。とにかく、ウソのつけない男なのだ。
「観念しろ。おまえに詐欺師の才能はない」
 あっても使い途に困ると思うが。

 薪は先に立って歩き出した。
 いつもより、歩調がゆっくりだ。これは、並んで歩いてもいいということだ。
「ウソも下手だけど、尾行はもっとお粗末だな」
 青木は身体が大きいので、もともと尾行は苦手だ。追跡の途中で服装を変えても、その身長で同一人物だと一発でばれてしまう。
「どこら辺から気付いてました?」
「始めから。家の前に、8時から立ってただろ」
 正確には7時からだ。しかし、そんなところからばれていたとは。尾行はもとより、張り込みの才能もないらしい。

「2時間待っても動きそうにないから、仕方なく出てきたんだ。僕は、ここへはいつも夜に来ることにしてるんだ。なるべく、人目に付きたくないから」
「すみません」
 薪が気にしている『人目』というのは、鈴木の家族や親戚のことだ。
 正当防衛とはいえ、息子を殺した人間の顔を見たくはないだろう、という薪の気遣いは、相変わらず続いているようだ。

「で? 叔父さんに何の用だったんだ?」
 薪は意地悪そうな顔をして、青木の見え透いた嘘を蒸し返した。亜麻色の瞳がきらきらしている。
 誰かを苛めてやろうというとき、薪はとても生き生きした顔つきになる。青木は苛めがいがあるようで、しょっちゅうこの目を向けられている。
「ちょっとしたお願い事です」
「お願い事って。ここは神社じゃないぞ」
「オレの叔父さんは、神様みたいなひとだったんです」
 青木の開き直った言い方に、薪は意地悪の矛先を一旦収めることにしたようだ。普段の穏やかな顔に戻って、何気なく周りの風景に目をやる。
 この辺りは、海を見渡せる霊園が多くあるせいか、静かで緑が多い。朝の涼しい時間帯なら、散歩にはもってこいの道だ。

「その神様に、何を頼んだんだ?」
「秘密です」
 青木が黙秘権を行使すると、薪は少し不機嫌な顔をした。
「そんな大したことじゃないですから」
 実際に、何をしてくれと頼んだわけではない。
 むしろその逆だ。

『オレが、あのひとの笑顔を取り戻してみせますから。見守っていてください』
 鈴木に頼んだのはそれだけだ。
 謙虚で奥ゆかしいと称されることの多い、青木らしいささやかな願い事である。
 しかし、その本音は。
『よけいな事をせずに、黙って見てろ』
 である。

 ―――― 絶対に、追い出してやる。

 夢に現れては薪を苦しめ続ける鈴木の存在は、青木にとって決して快いものではない。
 それに、薪の心に鈴木が住んでいる限り、自分は薪の中に入っていけない。
 初めは薪を惹きつけたこの顔が、今は逆にネックになっていて、薪はいつまでたっても自分のことを見てくれない。
 岡部は「青木のおかげで薪に笑顔が増えた」と言ってくれたが、それは青木に笑いかけているのではなく、自分の中の親友に笑いかけているのだ。
 その証拠に、薪は寝ぼけると100%の確率で、自分を鈴木と間違える。寝言ではいつも鈴木の名前を呼んでいるし、寝ながら微笑んでいるときには、確実に鈴木の夢を見ているのだ。

 周りの人間が思っているほど、自分は純情でもないし、お人好しでもない。表には出さないが、けっこう負けず嫌いで強情だ。
 薪を好きになってからは、その兆候が激しくなってきて、さらには醜い嫉妬心まで育ってきてしまった。

 青木にとって以前、恋は楽しくて幸せなものだった。
 こんなふうに、他人を羨んだり、妬ましく思ったりしたことは決してなかった。青木は昔から争いごとは苦手で、もしも友人と同じ女性を好きになってしまったら、自分は身を引くタイプだった。
 それが薪に関しては、どうしても譲れないと思ってしまう。他の人達を羨ましいと思ってしまう。
 薪のハートを捕えている鈴木は言うに及ばず、自分より薪の信頼を得ている岡部や、付き合いの長い第九の先輩たちや、薪の大学時代のことを知っている雪子にまで、実は嫉妬している。
 こんな恋は初めてで、自分でも戸惑っている。薪といると幸せな気持ちになることも多いが、それ以上に、マイナスの感情を持つことも多々ある。

 薪のことが、欲しくて欲しくてたまらない。
 自分のことを好きになって欲しい。
 このひとを独り占めにしたい。

 そんな身勝手な感情がどんどん沸いてきて、青木を良識を壊していく。
 自分はこんな利己的な人間だったのかと反省するのだが、一昨日のようなことがあったりすると、どうしようもない嫉妬心に身を焼かれる。

 青木を振り回すその美貌の人は、6月末の暑さの中、きっちりと黒服に黒いネクタイ姿で、汗ひとつかいていない。アスファルトから立ち上る熱気は、風景を揺らめかせるほどの暑さなのに、薪の周りにだけは、涼やかな空気の層があるようだ。

「さて。せっかく横浜まで来たんだ。中華街でメシ食って帰るか」
「まだ金香楼のランチに間に合いますね」
「あそこの麻婆豆腐が美味いんだよな」
「この暑いのに、麻婆豆腐ですか?」
「僕は暑さには強いんだ」
 歩きながらそんな話をする。
 特別な意味はない、四方山話。薪と過ごすこんな時間が、青木にはとても楽しい。

「薪さんて12月生まれでしょう? 寒いほうが好きなんじゃないんですか?」
 薪は冬の生まれだから、寒いほうが元気になるのかと思っていたが、本人は逆だと言う。冬に生まれた者は寒さに強い、というのは俗説らしい。
「じゃあおまえは6月10日生まれだから、雨が好きなんだな」
 なるほど。そういう理屈になるか。

「オレの誕生日、覚えててくれたんですか?」
「おまえだけじゃない。部下のデータは、全部頭の中に入ってる。事故が起きたときに、血液型と生年月日は必要だからな」
 殆どの病院は、名前と生年月日を入力すれば、その人物の病歴が表示される医療ネットワークシステムを導入している。不慮の事故などでかかりつけ以外の病院に運ばれたときに、事前検査をする余裕もなく治療に当たらねばならない際、このシステムは使用薬品を決定する重要な鍵になる。室長として、それを把握するのは当然ということか。

 薪は何を思い出したのかくすっと笑い、悪戯っ子のような目で青木を見た。
「岡部の誕生日、知ってるか?」
「いえ」
「3月3日だぞ」
「ぶっ」
 思わず吹き出してしまう。岡部の男らしい外見には、まったく似合わない。
「雪子さんは4月10日だ。よく覚えておけよ」
 二言目には雪子の名前を出してくる。これで青木を牽制できると思っているらしいが、その考えはいい加減捨てて欲しい。

「女の人の誕生日にはプレゼントが効果的だぞ。指輪とかネックレスとか、光り物が嫌いな女はまずいないから」
「その指輪は、鈴木さんからもらったんですか?」
 薪のアドバイスを遮って、青木は反撃に出る。薪はびくりと肩を上げて、どうやら青木の攻撃はかなりの威力を発揮したらしい。

「バカか、おまえ。男が男に指輪贈ってどうするんだ」
「それじゃ、誰から貰ったんですか? 自分で買ったわけじゃないでしょう?」
「これを買ったのは確かに鈴木だけど、僕のためじゃない。クリスマスプレゼントに、彼女にやるつもりで買ったんだ」
 ぜんぜん話が見えない。どうしてそれを薪がしているのだろう。
 だが、薪はその経緯については教えてくれなかった。もとより薪は、青木の前で鈴木の話をするのを嫌がる。
 しかしこの指輪は、やはり鈴木との大切な思い出の品なのだろう。でなければ、こんな日にしてくるはずがない。しかも左手の薬指だ。つまり、そういう意味なのだろう。

『僕は鈴木のものだ』
 薪はそう言った。それを具現化したのが、このプラチナのリングというわけだ。

「よく似合ってますよ」
 青木が指輪を褒めると、薪は嬉しそうな顔をした。少し頬を染めて、照れくさそうに自分の左手を見る。
 何を思い出しているのか、抑えきれずにこぼれだす笑み。指輪を見つめる、熱っぽい視線。

 ……引き抜いて、海に投げ捨ててやりたい。

 咄嗟に浮かんだ衝動に微かな罪悪感を覚えつつ、青木は薪の幸せそうな微笑に見とれていた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

ぶくく・・・

しづさま こんばんは

イプで~す♪ (ごめんなさい。イブじゃなくて、イプなんでした)

>しかし、その本音は。
>『よけいな事をせずに、黙って見てろ』
>――絶対に、追い出してやる。
>・・・・引き抜いて、海に投げ捨ててやりたい。

ぶぶぶっっっ・・・青木君、何気にライバル心というか、闘争心というか、オスになっとりますな(@@;  

>そんな身勝手な感情がどんどん沸いてきて、青木を良識を壊していく。

おおっと! まあでも、自覚があるから大丈夫かな。
これからが正念場ですね。青木が、変わってしまって、変わった原因が自分だと知ったら、薪さん悲しむでしょうねえ(;;)
いや、でも、しづさんの薪さんなら、「人のせいにするな」とか言ったり、あるいはまるっきり気づかないとか・・・?(笑)
青木がドロドロ男になるのでしょうか???

でも、原作の青木も、明朗系さわやか君とは言い切れないところがありますよね、なんとなく・・・。


事務連絡:
第九事務20090806-001号

この話を読んで思ったことがあるのですが、更新が途絶えているので(^^;)自分のところで記事にします。お名前ださせていただきますので、ご了承ください。あ、イニシャルにしておきますから!

失礼しました(^^;)イプさまへ

いらっしゃいませ~~。
あ、すいません。イプさまでしたか。ごめんなさい、失礼しました。(小さい字はよく見えない・・・・)
これから気をつけます!


> >しかし、その本音は。
> >『よけいな事をせずに、黙って見てろ』
> >――絶対に、追い出してやる。
> >・・・・引き抜いて、海に投げ捨ててやりたい。
>
> ぶぶぶっっっ・・・青木君、何気にライバル心というか、闘争心というか、オスになっとりますな(@@; 

こんな青木くんを書いてるのは、たぶん、うちだけです。
まあ、先の話の布石なんですけど、それにしても、ねえ。(笑)
青木くんの風上にも置けません(-◇-)
 
> >そんな身勝手な感情がどんどん沸いてきて、青木を良識を壊していく。
>
> おおっと! まあでも、自覚があるから大丈夫かな。
> これからが正念場ですね。青木が、変わってしまって、変わった原因が自分だと知ったら、薪さん悲しむでしょうねえ(;;)
> いや、でも、しづさんの薪さんなら、「人のせいにするな」とか言ったり、あるいはまるっきり気づかないとか・・・?(笑)

うちの薪さんは、気付きませんね!
恋愛に関しては、すごくニブイです。

> 青木がドロドロ男になるのでしょうか???

なりません・・・・・・・・・・・・あ、あれ?
・・・・・・ずーっと先で、もしかしたらなるかも・・・・・・うーん・・・・まだ分からないです・・・・・。

> でも、原作の青木も、明朗系さわやか君とは言い切れないところがありますよね、なんとなく・・・。

そうですね。
けっこう、ナイーブで悩み多きタイプだと思います。
やることが派手なので、行動派に思えますが、第九の仕事について悩んでたこともあったし、いまも・・・・。

> 事務連絡:
> 第九事務20090806-001号
>
> この話を読んで思ったことがあるのですが、更新が途絶えているので(^^;)自分のところで記事にします。お名前ださせていただきますので、ご了承ください。あ、イニシャルにしておきますから!

はい。どうぞどうぞ。
あ、今度は実名で大丈夫ですよ!!
こないだは、ほら。間宮の暴走話の真っ最中だったから(^^;
でも、すぎさんのところで暴露されちゃったし、もうこわいものはないです(笑)

またお越しくださいませ~。

Aさまへ

2/26に拍手コメントくださいました Aさまへ


Aさま、こんにちは。
お返事遅くなってすみません。 ←挨拶の一部になりつつありますね、気を付けます。


> 薪さん、思っていたより怒りませんでしたね。苛めるのが楽しいから?(^^;)

青木さんが家の前にいること、分かってて出かけたわけですから、当然尾行されることも予測済みだったんですね。 もしかしたら青木さんとランチしたかったのかも?(笑)

青木さんはあの体格ですからね、物陰に潜んだりするのは不得手でしょうね。 グラサンハゲも尾行するの、楽勝だったんじゃないかと。
てか、青木さんはもともと刑事に向いてな……いえ、何でもないです。



> 薪さんの心から鈴木さんを追い出したい、苦しむ薪さんを見ればそう思うのも仕方ないけど。
> 指輪を褒められて嬉しそうに微笑まれると海に投げ捨てたい、というドス黒さ(笑)

黒いですねっ!(爆)
でもこれ、一応次の話の伏線になってまして。 『ラブレター』という話がこの次に来るんですけど、そこで青木さんは、薪さんの中に占める鈴木さんの存在の大きさを改めて知らされるんです。 『ビアガーデン』で生意気言わせたのは、その衝撃をより深いものとして青木さんに与えるためです。
……すみません、黒いのはわたしです。(^^;


> 原作でもっと、嫉妬する青木が見たかった!

えー、嫉妬してたじゃないですか、滝沢さんに。 あんなにあからさまに妬いてたじゃないですかー。
4月号を読んで、わたしは完全に あおまきさん成就だ!! と思ってますので!
彼のこれまでの行動のすべてが、もうそういう風にしか見えないです☆ 
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: