ラブレター(2)

ラブレター(2)







 研究室に届けられる郵便物を毎朝仕分けするのは、青木の仕事である。
 本来は新人の仕事だったのだが、現在第九には青木の後輩はひとりもいない。よってこれまで通り、掃除から買出しまで、研究室の雑務はすべて青木のところに戻ってきてしまった。

 今年から青木も、単独でひとつの事件を任せてもらえるようになった。
 しかし、後輩が一人もいないとなると、伝票の整理や資料保存など新人がやるべき仕事も青木がやらなくてはいけないから、自分の捜査をしている時間がなかなか取れない。
 その問題を解消するために、青木の出勤時間は、1時間ほど早くなった。
 掃除と郵便物の仕分けと伝票の整理は、この時間を使ってやることに決めた。時間なんて作るものだ、と誰かが言っていたが、工夫すれば何とかなるものだ。大量の仕事をさばいた後は、心地よい充実感がある。それを味わえるなら、30分くらいの早起きは平気だ。

 第九に届く書簡には、仕事に関する署内メールの他に、民間からのものも多くある。
 人権擁護団体や、第九を快く思わない民間人からの非難の手紙などもあって、こういうものを見るたびに青木は心を痛めていたのだが、嬉しいことにその数は減少傾向にある。
 特に今年に入ってからは、大幅に減った。これは室長の功績によるものだ、と青木は独り決めしている。
 今年の1月に、室長は人権派の弁護士とTV対談を行なっていて、その番組はとても評判が良かった。
 番組の中で室長は、MRI捜査の概要を一般の人にもわかるようにやさしく解説し、第九の職員たちは平和な社会を創るために、懸命に努力をしている、と訴えた。そのメッセージは電波に乗って、薪の完璧な笑顔と一緒に、日本中に届けられた。
 結果、これまで第九の仕事を誤解していた、これからも頑張ってください、などという手紙もちらほら舞い込むようになった。第九による事件解決が公式発表されたときよりも、ずっと好意的な反応だった。

 郵便物の中には、職員個人に宛てた私信も何通かある。殆どが室長宛のものだ。
 これは有名税みたいなもので、テレビで見た薪の美貌に心を奪われた民間の女性からのものが、特に多い。封書なので内容はわからないが、おそらくはラブレターだ。
 彼女たちは当然、薪の実態を知らない。
 この手紙が封を切られることもなく、ゴミ箱に直行してしまうことなど、想像もしないだろう。
 冷酷な態度だとは思うが、薪は自分宛の私信は、信用のある人間からのもの以外は絶対に読まない。昔、薪のところには、ラブレターに偽装された怪文書が多く届いたからだ。
 青木は今日も、3通の可愛らしい封筒を、シュレッダー行きの箱に入れた。
 薪のことを心から応援してくれている彼女たちには可哀想だが、本人のところに持っていったら殴られる。そして結局、手紙は同じ運命を辿る。だったら青木の殴られ損ということになる。
 研究室の平和のためにも、この女性たちには涙をのんでもらおう。

「おはよう」
 後ろを振り向いて、おはようございます、と挨拶を返す。室長は今日も一番乗りだ。
 いつもは澄んだ双眸が、少し赤い。眼の縁が、いくらかはれぼったい。
 この顔は、あれだ。

「二日酔いですか?」
「わかるか? 昨日、ちょっと飲みすぎちゃって」
 薪の昨日の相手は、本庄学という男だ。
 薪の同期で、システム開発室の室長を務めている。第九からシステム開発室に異動になった新人の、その後のことでも聞いていたのだろう。
「今朝は、アイスコーヒー淹れてくれないか」
「はい。さっぱりめのブレンドがいいですよね? キリマンとコロンビアスプレモがありますけど」
「おまえに任せる」
 薪は机から自分宛の郵便物を取り上げると、それを持って室長室に入っていった。廃棄箱の中にあったラブレターも見たはずだが、手に取ることはしなかった。

 箱の中のまごころたちに、青木は心の中で手を合わせる。
 申し訳ないとは思うが、青木にはこれくらいしかできない。

 ライトグレーのスーツに包まれた華奢な背中が、今日もきれいな曲線を描いていることに喜びを感じつつ。
 本日最初の仕事(ドリップ)に取り掛かるため、第九のバリスタは給湯室へ向かった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: