ラブレター(4)

 今日は仏壇に、お線香を2本、あげました。
 1本はお義父さんので、もう1本は、あの方の分です。
 薪さんを守ってください、とお願いしました。

 わけのわからないことを頼まれて、お義父さん、困っただろうな(笑)





ラブレター(4)








「みなさん、コーヒーどうぞ」
「ありがとう、みどりちゃん」
「みどりちゃんが淹れたコーヒーは、美味しいよね。いいお嫁さんになるよ、きっと」
「そんなあ」

 職員たちは感動していた。
 なんて普通の部署っぽいやり取りだろう。第九のモニタールームで、こんな会話ができる日が来るとは。
 思い起こせば、彼らが以前所属していた部署には、彼女ほど見た目は良くなくても、それなりに愛嬌のある女子職員がいて、こういう会話を日常的に交わしていたのだ。
 それが第九に来てからは、室長の嫌味と皮肉とブリザードのような言葉の暴力に晒されて、こんなふうに職務中にほっと気を緩ませることなどできなかった。このささやかな憩いの時間は、間違いなく彼女の存在によるものだ。
「みどりちゃんの顔見ると、元気が出るんだよな」
「第九の天使だよね」
「いやだ、小池さんたら。お世辞ばっかり」
「お世辞じゃないって」
 明るい笑い声。
 たったひとりの女子職員によってかもし出された和やかな雰囲気を、職員たちは心から歓迎していた。

 楽しそうな彼らを遠巻きにして、面白くなさそうな顔をした人物が2人。
 栗色の巻き毛を二つに結って、幼い顔の両側に垂らしているみどりを、半開きの目で眺めている。
「なに。あの女」
「新しい女子職員です」
 法一の三好雪子女史と、その若い恋人との噂がある第九の新人である。

「みどりちゃん、本当に彼氏いないの? そんなに可愛いのに」
「わたし、中学校からずうっと女子校だったから。男のひとって、ちょっと怖くて」
「そうなの? 俺たちのことも?」
「いえ、みなさんは別です。とっても面白いです」
「面白いって、それ褒め言葉じゃないよね」
「きゃ。ごめんなさい」
 トレーで顔を隠し、その上から大きな目だけを覗かせる。
 肩をすくめる仕草も弱気に下げられた細い眉も、震えがくるほど可愛い。職員たちにとって、彼女が第九に来てからの日々は、今まで一番楽しい時間だった。

「あたし、あーゆー女、大ッ嫌い」
「オレもです」
「なーにが男の人が怖い、よ。あんたにはお父さんも男の恩師もいないのかっての」
「ですよね。そんな女性が、警察なんかに就職すること自体がヘンですよ」
 かたや、法一の女医と第九の新人は、彼女に辛辣な批評を下す。彼らはみどりを中心とした輪に入ることを、自ら拒否していた。

 岡部の心配は杞憂に終わり、横川みどりは3日も経たないうちに、『第九の姫』の称号を室長から奪い取った。それは当然ながら陰で密かに囁かれていたことだが、薪にすれば不名誉な称号だから、熨斗をつけて贈るところだ。

 うちの室長が大変失礼なことを、と謝罪した岡部に、みどりは自分にも非があったと逆に頭を下げた。
「配属は、来週の月曜からだったんです。だから室長は、女のわたしがいるとは思っていなかったんだと思います。でも、わたし早くここに来たくて」
「第九に?」
「ええ。とても楽しみにしていたんです」
 誰もが嫌がる部署に来たがるなんて、変わった娘だ。
「薪室長にお会いしたくて」
 薪目当てか。それならわかる。連中には気の毒だが、薪が相手では勝ち目はないだろう。
 が、薪は職場恋愛をするタイプではない。彼女の気持ちは空振りに終わることだろう。

「室長。コーヒーどうぞ」
「ありがとう」
 今井の後ろからモニターを覗いていた薪に、みどりがカップを差し出す。受け取ろうとした薪の手が、みどりの手に触れる。みどりはぱっと頬を赤らめて手を引いた。
「あ、ごめん」
「いいえ」
 うれしそうに微笑んで、上目遣いに薪を見る。茶色の目には、薪に対する明らかな好意が表れている。その様子を見て今井を除いた独り者たちは、何やらコソコソと内緒話を始める。

「ちっ、結局薪さんのものかよ」
「まだわかんないって。今は穏やかな顔してるけど、事件が起きたら薪さんは豹変するだろ。あの切れっぷりに引かない女なんて、いないよ。三好先生でさえ近付かないじゃないか」
「俺たちにも望みはあるってことだな」
「俺たちの中の一人だけだけどな」
「俺はいいよ。年も離れてるし」
「いや。岡部さんは最初っから入ってませんよ」
「なんで!?」

 職員たちがバカな会話で盛り上がっている横で、みどりはおずおずと手を伸ばし、薪の襟元に触れた。新妻のように初々しい仕草で、ネクタイの曲がりを直している。

「あたしの眼には薪くんのタイは、限りなく垂直に見えたけど。視力、落ちたのかしら」
「オレにもそう見えました。メガネ、変えた方がいいですかね」
 薪が「ありがとう」と礼を言うと、みどりは頬を真っ赤に染めて頭を下げ、給湯室へ走っていった。
「清純ぶっちゃって。ああいうのに限って、陰じゃ遊んでるんだから」
「そうですよ。薪さんに馴れ馴れしくさわりすぎですよね」
「あんた、論点ズレてる」
 雪子は軽く嘆息すると、新顔の女子職員を追って、給湯室のほうへ歩いていく。流し台の前に立っていた彼女を捕まえて、買ってきたケーキの箱を差し出した。

「これ、みんなに配って」
 いくらか高圧的な言い方になってしまったかもしれないが、自分のほうが年上だし、立場も上だ。第九の男共がみんな彼女に夢中で、自分を見ようともしないのがカンに障っているわけではない。断じて、ない。
 今日の差し入れはマキシムドパリのレモンケーキ。甘みを抑えたさわやかな後味が特徴の、薪が好む数少ないケーキだ。ところが、
「今日はわたしがスコーンを焼いてきたので、これは持って帰ってください」
「はあ!?」
 みどりは箱の中を見ようともせず、皿にスコーンを盛り付けている。
 イチゴジャムとバターを添えて、それはそれで美味しそうだったが、ひとがせっかく持ってきたものを持って帰れだなんて、ズケズケした物言いが得意な雪子の助手だって言わない。

「法一のみなさんで食べたらいかがですか? 三好先生は法一の方でしょ。ここに差し入れしてくださる義理はないと思いますけど」
「あのねえ。あたしは薪くんの友人で、ここには準備室の頃から」
 給湯室から出て行く子供のように小さな背中に、雪子は畳み掛けるように言った。
 雪子が第九を訪れるようになったのは、7年も前だ。昨日今日来たばかりのパートタイマーなどに、義理云々を説かれる筋合いはない。
「今はわたしがいますから。みんなのことはわたしに任せて、三好先生はご自分のお仕事に精を出してください。そのお年で結婚もせずに、頑張っていらっしゃるんでしょ? 同じ女性として尊敬します。わたしには、絶対真似できません」
 雪子の広い額に青筋が立つ。真っ赤に塗った大きな口をぎゅっと引き結んで、雪子はみどりを睨みつけた。
 アニメの声優のように可愛らしい声だが、言っていることは凄い。
 かわいい顔をして、なんて嫌味な娘だろう。尊敬しているなどと心にもないことを言わない分、菅井のほうがまだマシだ。

「そうだよね。みどりちゃんは男のほうで、放っておかないもんね。三好先生みたいに32にもなって独り身なんて、無理だよね」
 ここでみどりの肩を持っておけば、他の連中に水を開けられると踏んでか、小池が彼女に尻尾を振る。……次回から、小池の分の差し入れは買ってきてやらない。
「こわーい。先生が睨んでる。みどり、殺されちゃうかも。あのひと、柔道4段なんでしょ?」
「大丈夫。俺が守ってあげるよ」
「いい度胸ね、小池君」
 ばきぼきと両手を鳴らして、雪子は小池にプレッシャーを掛ける。小池の顔が青くなった。
 小池ごときが、雪子に勝てる道理がない。柔道空手、ともに2段の薪でさえ敵わない。第九の中で雪子より強いのは、岡部ただひとりだ。

「小池」
 薪が咎めるような声で、部下の名を呼ぶ。
 さすが、薪は雪子の長年の親友だ。ぽっと出の女子職員より、雪子の味方をするに決まっている。
「雪子さんは僕と同い年だ。誕生日は4月だから、いま37歳だぞ」
 ひどい。致命傷だ。

「一応、気を使ったんですけど」
 5歳も年をサバ読んでくれた小池の心遣いを無にした親友に、雪子は眩暈を覚えた。薪らしいといえば薪らしいのだが、この場合はそれで許すわけにはいかない。
「悪かったわね! どうせあと3年で40よ!」
 鈍すぎる親友とその部下たちに罵声を浴びせて、雪子はモニタールームを出て行った。ハイヒールの靴音が強く響いて、彼女の怒りの激しさを表していた。

「雪子さんはどうしてあんなに怒ったんだ?僕、なんか悪いこと言ったか?」
 薪が呆気に取られた顔で、自動ドアのほうを見ている。本当になにが彼女を怒らせたのか、解っていないらしい。
「女性に、本当の年を言っちゃダメなんですよ」
「どうしてだ? 職質のときは、必ず訊くだろう?」
「これだから彼女できないんだよな、このひとは」
 掛け合い漫才に興じる小池と上司は放っておいて、青木は雪子の後を追いかけた。彼女の差し入れに未練があるわけではなく、こんなことで、彼女が第九を敬遠するようなことがあってはならないからだ。

 雪子は薪の親友で、青木の大事な恋愛相談の相手だ。さらには、横川みどりをどうしても好きになれない青木の、唯一の理解者でもある。
 人当たりが良くて、誰とでも仲良くなれる青木だが、何故かみどりとは反りが合わない。正直なところ、須崎よりも苦手なくらいだ。
 青木はみどりのように、自分が女性であることを強調して男の関心を買おうとする女性はもともと好きではないのだが、彼女のそれはあまりにもわざとらしくて、バカにされているような気がする。みんなは気にならないのだろうか。

 それに、みどりからは何となく、自分に対する敵意のようなものを感じる。
 休憩時間や昼休みに、青木が他の職員と話をしていると、必ずと言っていいくらいみどりが間に入ってきて、青木には解らない話を始める。職員たちはだれもが彼女と話したがっているから、青木との会話は中途にして、みどりと楽しそうに喋りだす。
 同僚の場合はまだいいが、薪との会話を邪魔されるのは許せない。シャチのショーの話をしていたのに、自家製苺ジャムの話にとって返されたときには、イチゴ畑に埋めてやろうかと思った。

「三好先生」
 第九の正門のところでようやく雪子に追いついて、青木は白衣の背中に声を掛けた。
 雪子がこちらを振り向いて、待っていてくれる。どうやら怒りは静まったようだ。

「すみません、嫌な思いをさせて」
「青木くん。あの娘に、あたしが柔道4段だって話した?」
「いいえ」
 第九では雪子の勇猛ぶりは有名だが、それを来たばかりのみどりがどうして知っているのか、疑問に思ったらしい。
「三好先生の話は、横川さんの前では、してなかったと思いますけど」
「あたしの顔も知ってたわよね」
 確かに、言われてみれば、雪子とみどりは今日が初対面のはずだ。誰も雪子を紹介していないのに、みどりはどうしてこの女性が、法一の三好雪子だと解ったのだろう。

「もしかして、人事部のプロフィールを見たんじゃないですか? それなら先生の所属も顔も、柔道4段だってことも解りますよね」
「バカね。プロフィールの資格欄は自己申告なんだから、柔道のことなんか載せるわけないでしょ。男が寄ってこなくなっちゃうじゃない」
「え。いや、女薪って渾名が付いてる時点で、すでに署内の男性はムリなんじゃ」
 はっとして青木が口を閉じると、雪子は手に持っていたケーキの箱をゆっくりと地面に置くところだった。
 それからおもむろに立ち上がり、にっこり笑って青木に近づいてくる。こういうところが女薪だ。本当に薪と雪子は共通点が多い。

 引き攣った笑いを浮かべて、青木は雪子の大外刈りを受けた。

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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きゃはははは

面白くなってきましたね。
青木にライバルが出来ると、何でこんなに楽しくなるんでしょう。
私、あおまきすとのはずなのに(笑)

この彼女が核爆弾を落とすわけですね…というと罠なのかな。
くくくくく、続きが楽しみでなりません。

めぐみさんへ

いらっしゃいませ、めぐみさん。
お忙しい中を、ありがとうございます。(帰省に向けて、やることがたくさんあるって・・・・あまりごムリなさらないでくださいね。)

> 面白くなってきましたね。
> 青木にライバルが出来ると、何でこんなに楽しくなるんでしょう。
> 私、あおまきすとのはずなのに(笑)

それはめぐみさんが、ドSだから(笑)

> この彼女が核爆弾を落とすわけですね…というと罠なのかな。
> くくくくく、続きが楽しみでなりません。

そんなこと言ってくれるの、めぐみさんだけですよ~!
みなさん、2週間くらいして、この話が終わってから見に来るって(^^;
わたし、どんだけヒドイことすると思われてるんでしょう(←自業自得)

めぐみさんも、お忙しいでしょうが、あの・・・・・SLIPのつづき・・・・・う・・・・・めぐみさんのペースで、更新してくださいね!(早く読みたいけど、さすがに自重)

Aさまへ

Aさま、こんばんは。(^^

> 青木狙いでなくてよかったと言うべきなのか・・

ふふふふー、
そういう話だったらまだよかったのかもしれませんね~。 青木さんは薪さんにゾッコンですからね、心配要らないです。


> 雪子さんにあんな口きけるなんて、只者ではない。青木の邪魔したり・・何か、企んでるのでは!?  > 企んでるのはしづさんか(^^;)

そんな~、企むなんて~。
ただ、このお話はずーっと前から書きたくて。 このお話の衝撃を大きくするために、たくさん伏線入れたんですよ~。(←それを企むと言う)


仕事へのお気遣い、ありがとうございます。
今日、やっと区画線引いて現場完了です。(^^) 後は変更設計書待ちなので、下準備を進めています。 がんばります~。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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