23日目の秘密(5)

23日目の秘密(5)






「はあ。23日ぶりの風呂だ」
 生き返ったような心地よさに浸りながら、一人呟く。薪は風呂好きだ。広いバスタブに両手両足を伸ばして、まったりするのが彼の至福のときである。
 季節柄汗をかくので、職場でシャワーは使っていたが、あれはどうにもいただけない。湯船に浸からないと風呂に入った気がしないのだ。時間さえ許せば、朝からでもゆっくりお湯に浸かりたい。

 青木が掃除をしてくれたので、白い浴室は天井までぴかぴかだ。薪の顔が映るくらいに磨かれている。背が高いというのは便利なものだ。
 掃除はわりと得意なんです、と自分で言うだけあって、カビも水垢も残っていない。排水溝まできれいにしてある。先ほどのカビだらけの浴室と同じ場所とは思えない。もしかしたら、3週間前より清潔なくらいかもしれない。
 今年の新人は若いわりには気が利いて、薪に冷たいミネラルウォーターを勧めた後、風呂の用意をしてくれた。 こんなに丁寧に掃除をしてくれるとは思わなかったから、ろくに礼も言わずに「勉強しろ」と追い出してしまった。
 まあ、いい。あとで自宅宛に宅配ピザでも送ってやろう。

 湯船から上がって髪を洗う。この季節に3日も洗ってなかったから、べたべたしている。
 とにかく、最後の3日間は修羅場だった。風呂の時間も惜しんで徹夜で報告書をあげたのだ。最後に食事をしたのがいつだったかも覚えていない。雪子に知られたら、また雷が落ちそうだ。

 椅子に腰掛けて石鹸を泡立て、ボディ用のタオルで丹念に身体を洗うと一皮剥けたようにさっぱりとする。立ったままのシャワー室では洗いにくい足の裏や指の間をしっかりと洗って、ようやく人心地がついた。
 シャワーの勢いを強くして、一気に泡を洗い流す。身体に強くぶつかる温水が心地よい。その刺激の為か、ひと仕事終えた後の安堵感からか、下腹部が勃ちあがりかけているのに気付いた。
 そういえば、こちらも3週間振り……いや、確か2ヶ月くらい前だったような。

 我ながら枯れてるな、と思う。
 35歳という年齢を鑑みても、薪の性欲は薄いほうだ。昔からその方面にはさほど興味がない。
 セックスなんかしなくたって、人間死にはしない。誰かを誘うのも誘われるように仕向けるのも、面倒くさい。そんなヒマがあったら報告書の一枚でも仕上げたほうが良い。
 でもまあ、これは一応処理しておこう。その方がゆっくり眠れる。半端にしておいて、つまらない夢でも見たら最悪だ。
 石鹸の残る手で、そこを探る。床に両膝を折った姿勢で、握ってしごきはじめる。
「んっ……あ、はっ……!」
 いくらか呼吸が荒くなってくるが、至極あっさりしたもので、3分後にはすっきりした顔で残滓をシャワーで洗い流している。何とも淋しい性生活だが、無ければ無いで慣れてしまうもので、本人はこれで何ら困ることがないから、どうにかする気もない。30代でこれはさすがにマズイかとたまに思うが、やっぱり面倒くさい。

 もう一度ゆっくり湯船に浸かって、薪は上機嫌で風呂から上がった。
 サニタリーでは、独り暮らしには不釣り合いなほど大きな洗濯乾燥機が音を立てている。段ボール箱の中に入っていた洗濯物を、青木が入れておいてくれたらしい。
 バスタオルで身体を拭きながら、エアコンをかけておけば良かったと気付く。夏でも湯船には浸かりたい薪だが、その後が大変だ。冷たい風に当たらなければ、汗が止まらなくなってしまう。
 頭にバスタオルをかけて脱衣所を出ると、すでに部屋は冷やされていた。
 裸のまましばらく涼む。どうやら青木がエアコンをつけて行ってくれたらしい。本当に気配りのできるやつだ。宅配ピザはやめて、寿司を送ってやろう。

 水分補給をしようと髪を拭きながら台所に向かった薪は、冷蔵庫の前で何かやっている人影に気付いた。
 こいつ、まだいたのか。
「なにやってんだ、おまえ」
「あ、薪さん。冷蔵庫の掃除を」
 薪を見て、持っていた卵を取り落とす。ぐしゃりと潰れて床が汚れた。
「掃除してるのか汚してるのか、どっちなんだ」
 3週間の間に、冷蔵庫の中身はあらかた腐ってしまっただろう。せっかく旨い刺身を買っておいたのに、もったいないことをした。

「青木、水くれ」
 青木は何故か動かない。
「青木、みず!」
 怒鳴っても動かない。
 チッ、と舌打ちして自分で取りに行く。風呂から出たばかりなのだ、のどが渇いてたまらない。冷蔵庫の前の邪魔者を押しのけるように中を覗き込む。さっきの飲みかけがあったはずだが、どこにしまったかな。

 腐ったものはゴミの袋に移してくれたようで、冷蔵庫の中はほぼ空だ。野菜の汁やら魚の血やらで汚れた庫内を、除菌液で拭き上げていた最中らしい。
 ペットボトルを取り出して、飲み口から渇いたのどに流し込む。風呂でたっぷり汗をかいた身体に浸み通るようだ。
 本音では冷たいビールを飲みたいところだが、これからまだ部屋の掃除が残っている。買出しにも行かなくてはいけない。日常の雑務は地道に多いものだ。

 青木はまだ固まったままだ。疑問に思うが特に心当たりは……。
 あ、と思う。
 まさか、さっきの声聞かれたんじゃ。風呂場は声が反響するし。
 別に構うことはないか。こいつだって男だし、オナニーぐらいするだろう。
 しかし、薪の仮説は外れたらしい。

「服を着てくださいよ!」
 真っ赤になって叫んでいる。どうやら薪がハダカでいるのが気に入らないらしい。
「いいだろ、べつに。暑いんだ」
「オレがいるんですよ!」
 男の裸を見るのは不愉快だ、ということか。
「風呂から上がったらハダカで涼むだろ、普通」
「パンツくらい穿いてくださいよ!目のやり場が無いじゃないですか!」
「見なきゃ良いだろ!」
 何か言われたら倍返しが薪の基本である。すぐさま反論に出て、青木の抗議を封じ込める。新入りが室長に意見するなんて、十年早いのだ。
「じゃ、なにか? おまえ、自分の家でも風呂から上がったらすぐに服を着るのか? ここは僕の家だぞ、自分のうちで僕がどんな格好してようと僕の勝手だろ!」
 言い負かして胸を張る。が、たしかに裸の王様みたいで、それほど威厳のある姿ではないことに気付く。とりあえずバスタオルを腰に巻いて、それでもぶつぶつ言いながら、薪は下着を取りにクローゼットに向かった。

 クローゼットの中には、何着かのスーツと部屋着がかけてある。隅には小型のチェストが置いてあり、下着や靴下、ハンカチなど細々したものはその中だ。
「あ、しまった」
 3週間以上も泊り込んでいたせいで、下着の替えがない。全部職場へ持っていってしまったのだ。あの段ボール箱の中だ。
 取りに向かうが、箱の中身は既に空だった。資料の類は机の上に重ねてあるが、下着とワイシャツはどこにもない。そういえばさっき、洗濯機が回っていた。どうやら気の利く新人が、一枚残らず洗濯機に入れてしまったらしい。

「青木~」
 帰りの荷物をまとめる頃には意識が朦朧としていて、汚れ物もそうでないものもぐしゃぐしゃに突っ込んであったのだから青木が誤解するのも無理はないのだが、そんなことは考慮しないのが薪流である。
「青木、段ボールの中に僕の下着」
「いつまでそんな格好してるんですか? 早く服着てくださいよ」
「替えの下着がない」
「なんで」
「おまえが全部、洗濯機に入れちゃったからだろ!」
 自分が悪いくせに、そんなことは棚に上げるのは薪の得意技だ。
「替えの下着くらい家に置いてないんですか」
「泊り込みが長引いて全部持って行ってたんだから仕方ないだろ! じゃあ、おまえは30枚もパンツ持ってるのか!?」

「……薪さん。もしかして、オレの忍耐力、試してます?」

 この新人は時々、意味不明のことを言う。が、第九の室長の役職は伊達ではない。観察力と洞察力、そこから仮説を組み立てる速さなら誰にも負けない薪である。
「ああ、そうだな。もう11時か。腹減ったよな。朝食まだなんだろ?」
 そう言って、ダイニングの椅子の背に掛けてあったエプロンを裸の胸につけた。
「その卵、食べられそうか?」
「……ホント、もうカンベンしてくださいよ……」
「なに泣いてんだ。そんなに腹減ってるのか?」
 
 やっぱり良く分からない。
 世代の差だな、と見当違いの見解に達して、薪はクッキングヒーターの電源を入れた。



*****

 やっぱり新婚さんは、裸エプロンが基本ですよね♪(←変態)


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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ようやく読めてます♪

ああ、でも今、余り時間がないから、これの最後まで読めるかな~。
全部読んでからだとなかなかコメント書けなそうなので、思いついたら書かせてもらいます。

この話めちゃめちゃ面白いですね(^^)♪
もうすっごくリアルで…野菜、私も溶かしたことありますよー、一人暮らししていた頃(笑)

>「・・薪さん、もしかしてオレの忍耐力、試してます?」

爆笑。

さて、続きを…。

Re: ようやく読めてます♪

めぐみさん、いらっしゃいませ!

> もうすっごくリアルで…野菜、私も溶かしたことありますよー、一人暮らししていた頃(笑)

あははは。
主婦ならみなさん、経験のあることかもしれませんね。
リアリティにはこだわってます。(うそうそ。すでに薪さんがリアルから程遠いです)


> >「・・薪さん、もしかしてオレの忍耐力、試してます?」
>
> 爆笑。

ウケていただいて、嬉しいです。
でも。
鼻で笑ってください。めぐみさんのアレに比べたら、チリみたいなもんです。

レディ貝沼っっっ!!!

こんなところに書いて恐縮なんですが、めぐみさんの『幸せな世界』のおかげで、薪さんの目隠しの相手が判りましたね!
『・・・なにも見たくないから』
そりゃー、見たくねーわなーーー!!!
・・はっ・・・また、敵を増やしてしまった・・・かしら・・。

Aさまへ

Aさま、こんにちは~。


>青木ってばヘルパーさんみたい(笑)うちにも来て欲しいわ!

貸し出します。
あ、でも、すっごくたくさん食べないと動かないので~、ヘルパーさんの方が安上がりかも(笑)

背が低いと掃除は大変なんですよね。(^^;
わたしも、台所の壁と換気扇を掃除すると、必ず筋肉痛になります★
 

>薪さんの一人エッチにドキドキ(〃▽〃)おまけに裸エプロン(≧▽≦)青木、限界だろ!?

うひゃひゃ、懐かしい、裸エプロン!
あー、この頃は楽しかったなあ。 薪さんが青木くんの気持ちに気付いていないから、何でもできたんですよね。
今こんなの書いたら、R35くらいになりそうです(^^;


ありがとうございました~~。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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おかげさまで8歳になりました(^^♪
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