ラブレター(15)

ラブレター(15)






 岡部がこの部屋を探し当てたことに、薪は驚かなかった。
「あのメモを見てたんだな、おまえ」
 図星だ。薪には簡単なことだ。
 このくらいのからくりは、青木でも見抜くだろう。
 メモの下のカードキーの数字を、岡部は正確に覚えていた。そのカードキーのデザインが間宮が持っていたものと同じであることに気づいて、この事態を予見した。

「薪さんにしては、うっかりしてましたね」
「書類の陰になって、僕のところからは見えなかったんだ。そんなものを彼女が置いていったなんて、知らなかったし」
 薪は岡部を見て、ククッと笑った。
「しかし、ドアを蹴破るなんて思い切ったな、おまえ。僕と彼女がその最中だったら、どうするつもりだったんだ?」
 その可能性は、限りなく低いと思われた。
 薪は、好きでもない女とそういうことができるタイプではない。風俗ならともかく、素人相手にそんな真似はしない。

「8時になったら、彼女がここに来るんだ。おまえは間宮部長を連れて早く出て行って」
 顔面に突き付けられた淡いピンクの便箋を見て、薪は言葉を呑み込んだ。
 亜麻色の目が大きく見開かれて、さっと顔色が蒼ざめる。この証拠品を手に入れるために岡部が犯した罪を知って、薪は鋭く岡部を糾弾した。
「僕のデスクの鍵を開けたのか!? 鈴木のアルバムを勝手に……!」

 岡部の卑劣な行為を責めるそのセリフは、今回の薪の不自然な行動が、その手紙に起因するものだと告白しているも同然だった。それに気づいて途中で言葉を止めても、後の祭りだ。
 もはや、どんな嘘も通用しない。薪を動揺させて言い逃れの道を塞ぐことなど、岡部にとっては朝飯前だ。

 室長の机の一番下の引き出しの奥には、シークレットボックスがある。簡単な鍵のかかるもので、一般の職員には見せたくない人事考課の書類などが入れてある。
 その中にあった、親友の写真ばかりで埋め尽くされた薄いアルバムに、この手紙が挟まれていた。
 女の文字で、『わたしの憧れだった鈴木さんを返して』と書かれている。
 これは確か2年前の秋に、薪のもとに届いた手紙だ。この手紙を見てから薪は、自分宛の私信(ラブレター)の封を切らなくなったのだ。

「この手紙を書いたのは、横川みどりなんですね」
 手紙にはもちろん、差出人の名前など書かれていない。しかしそれは、とてもきれいな文字で綴られていた。
「あのとき、彼女の自筆のメモを見て、あなたはそれに気づいた」
 岡部の問いに、薪は沈黙で答えた。
 ここまで辿り着いた岡部に、言い訳は効かないと悟ったらしい。
「それからあなたは、彼女の言いなりになった。彼女を庇い、彼女の言葉を否定せず、彼女があなたを貶めようとするのを解っていて、ここに来た」
 薪の後ろで、間宮がそっと席を立った。そのままドアのほうへ歩いていく。岡部たちの会話の内容を案じて、席を外してくれる気なのかもしれない。
「でも薪さん。そんな贖罪の仕方は、間違ってます」
 空いたソファに薪を座らせて、岡部は諭すように言った。
「あなたがそんなことをしたって、彼女の傷が癒えるわけじゃない」

「……どうしていいか、わからなかったんだ。彼女が僕の傷ついた姿を見たいなら、それを叶えてあげるのもいいかな、って」
 他の事なら、薪はこんな愚かな行動はとらない。岡部が言ったようなことは、薪だって分かっているはずだ。
 あの事件が絡んだ途端、薪は冷静でいられなくなる。
 アキレスの踵――――― 薪の弱点は、とても明確だ。

 なんと声をかけていいものかわからず、岡部はガシガシと頭を掻いた。
 この状態の薪に何を言っても、傷を広げてしまうだろう。
 が、呆然と空を見つめている薪が、また自分を責めているのを感じて、岡部は言葉を継いだ。
「彼女の目的は、あなたを社会的に抹殺することですよ。この様子も、きっとどこかから見ているはずです。ビデオ撮影でもして、それを公表する気でいるんですよ」
「お見事、岡部くん。君の推理は100点満点だ」
 間宮に腕を掴まれて、みどりが引きずられてくる。
 入口近くの、クローゼットの中に隠れていたらしい。岡部がドアを蹴破ったときには、さぞ驚いたことだろう。

「がっかりだわ、間宮部長」
 愛らしい天使の仮面をかなぐり捨てて、みどりは乱暴な口調で吐き捨てた。
「一度でも寝れば、薪室長はあなたに夢中になるって言ってたじゃない。何よ、あの陳腐な口説き文句。身体だけじゃなくて心も欲しくなった、とか言うんじゃないでしょうね」
「失礼な女だな。俺はベッドの相手とは、ちゃんと恋愛するんだ。例え擬似恋愛でもその場限りでも、そのほうがベッドが楽しいから」
 ドンファンの主張も、ここまでくれば見事かもしれない。これだけ徹底されると、だれも突っ込めない。
 
 間宮の腕を振り払って、みどりは薪を睨んだ。
 その凶悪な視線を、薪は弱気な瞳で受け止める。すべてが露見したというのに、彼女はまだ薪を傷つけることを諦めていない。
「岡部。間宮部長をお連れして、先に帰ってくれ。僕は横川さんを送っていくから。もう遅いし、女性の一人歩きは危険だ」
 むき出しの敵意を痛いほど感じながら、薪は彼女を庇うことを止めない。自分が犯した罪に科せられる罰は、すべて甘んじて受け入れる。
 2年前に何一つ咎めを受けなかった薪は、自らそれを求めていた。
「薪さん」
「岡部。頼む」
「しかし」
 そこに重苦しい空気を破って、二人の男女が現れた。ばたばたっと派手な靴音を立てて、壊れたドアから駆け込んでくる。

「薪くん! まだ犯ってない!?」
「薪さん! まだ食われてないですか!?」
 どちらも薪の貞操を案じる言葉だが、正反対なのは何故だろう。

「あれ、岡部さん? 間宮部長まで」
「どーゆーこと?」
 どんな過程をたどって彼らがここに現れたのかは不明だが、辿り着いただけでも誉めてやろう。現場経験のない青木が、慣れない張り込みや聞き込みをしたのだ。その努力だけでも認めてやりたい。

「青木。ちょうどいい。おまえが横川さんを送っていってくれ。僕に送られるのは、彼女も厭だろうから」
「え、どういう意味ですか? 薪さん、彼女と付き合ってるんじゃ」
「あんたのホモのお相手に送ってもらうなんて、まっぴらよ!」
 第九にいたときとは別人のようなみどりの態度に、青木は声を呑んだ。
 部屋が、シンと静まり返る。
「横川さん。何度も言ったけど、それは誤解だから」
「なに? 薪くん、この男とデキちゃってたの?」
 みどりの発言は、間宮にとって大問題だったらしい。腫れあがった唇を歪めて、間宮は薪を説得にかかった。

「騙されちゃいけないよ。この男は、その女とデキてるんだよ。俺はさっき見たんだから」
「ちょっと、いい加減なこと言わないで下さいよ! 薪さんに誤解されたら、どうしてくれるんですか!」
「こんな二股かけるような男よりも、俺のほうが君に相応しいよ」
「間宮部長にだけは言われたくないです! 曜日ごとの恋人が1週間分いるくせに!」
「俺を甘く見るなよ。今のところは12人だ」
「一週間で、足りないじゃないですか」
「午後と夜で分けるんだよ」
「ああ、なるほど。じゃ、あと2人はいける計算ですか」
「薪くんは特別だから。まる1日独占ってことで」
「さすが薪さん、ってなに勝手なこと言ってんですか!」

「……岡部。二人とも窓から蹴り出せ」
 11階の窓から落とされる恐怖に、空気の読めない男たちは、慌てて口を閉ざしたのだった。




*****


 みどりが薪さんに宛てた手紙のことは、『2060.6 オフタイム』というお話に、ちらっと出てきます。
 ほんの2、3行なので誰も覚えてないだろうと安心していたら、わんすけさんが、覚えてました。脱帽ですー。(@@)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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実は‥ヘンタイ好き‥?

しづさん、おはようございます。
朝っぱらから連ちゃんで‥読ませていただきました‥‥‥

って‥ちょっと、ちょっとーーーっ!!!
岡部さんっ!‥ひどくない?なんでいきなり殴っちゃうの!
間宮部長が可愛そうでしょ!

‥え‥?
やはり‥おかしい‥ですか?
いやーー、色々あって‥ねじ、ハズれてしまいました‥
元来、へんな奴だと言われ慣れてる私ですから‥
またおかしな癖がでているようです‥
しづさん‥ごめんなさいね‥

でもっ!
殴るのはどうかと(まだ言ってる‥)
だって顔はだめでしょ、傷が目立たない処にしてほしい‥って‥そこかいっ!

薪さんも、もう少し自分を大切にしていただかないと。
ひとりで生きてる訳ではないんですから‥
こんなに心配してくれる方々がいらっしゃるんですから。

とりあえずここにいる全員‥
「反省室行きだーーーーーーっ!!!」

‥鬼畜女が乱入し命じました‥すみません‥しづさん、勝手に命令して‥。

ラストの12行‥秀逸です‥さすが、しづさん(^^♪

パワーをとりもどしつつある?ruruharuでした。
‥怒ってらっしゃる‥?(^_^;)

同士ですね!(ruruharuさんへ)

おはようございます、ruruharuさん。
いらっしゃいませ。

> って‥ちょっと、ちょっとーーーっ!!!
> 岡部さんっ!‥ひどくない?なんでいきなり殴っちゃうの!
> 間宮部長が可愛そうでしょ!

つはあ!
間宮をかわいそうって・・・・・しかも太文字って!
世の中広いわ(笑)

> ‥え‥?
> やはり‥おかしい‥ですか?

はい。おかしいです(←書いてるわたしは、もっとおかしい(^^;)

> いやーー、色々あって‥ねじ、ハズれてしまいました‥
> 元来、へんな奴だと言われ慣れてる私ですから‥
> またおかしな癖がでているようです‥
> しづさん‥ごめんなさいね‥

あ、あやまらないでください!
せっかくヘンタイ仲間が見つかったというのに!(笑)

> でもっ!
> 殴るのはどうかと(まだ言ってる‥)
> だって顔はだめでしょ、傷が目立たない処にしてほしい‥って‥そこかいっ!

顔!
顔が問題なんですね?お尻とかお腹とかだったらいいんですね?足の一本や二本もげても、×××と顔さえ無事ならいいんですね!?
って、なに?この物騒なコメ!(×××にはお好きな言葉をどうぞ(^^)

> 薪さんも、もう少し自分を大切にしていただかないと。
> ひとりで生きてる訳ではないんですから‥
> こんなに心配してくれる方々がいらっしゃるんですから。

まったくですよ。
バカなんですよ、うちの薪さんは・・・・・。
でも、うちの青木くんは、そこがまた・・・・・放っておけないみたいです。

> とりあえずここにいる全員‥
> 「反省室行きだーーーーーーっ!!!」
>
> ‥鬼畜女が乱入し命じました‥すみません‥しづさん、勝手に命令して‥。

すいません、岡部さんだけは許してあげてくださいm(__)m(←ひいき)

> ラストの12行‥秀逸です‥さすが、しづさん(^^♪

掛け合い漫才を楽しんでいただけて、うれしいです。
あーゆーのは得意中の得意です(^^

> パワーをとりもどしつつある?ruruharuでした。
> ‥怒ってらっしゃる‥?(^_^;)

怒ってませんよー!
怒るはずないじゃないですか。貴重なヘンタイ仲間に!(←ものすごく失礼。ごめんなさい・・・・)

コメント、ありがとうございました!

Aさまへ

Aさま、こんにちは~。

> メモ・・なるほど、そうでした。

筆跡で分かったんですね。 さすが薪さん、驚異的記憶力。


> やっぱり、法十のナイトは岡部さんですね(>▽<)

腕も立つし頭も切れる、最高のナイトですっ。
わたし、岡部さん大好きなんですよ~、もうリアルで好き。 現実に居たら惚れると思います。


> それにしても、みどり、許せん(>皿<)

素直に怒ってくださって嬉しいです。(^^
みどりは悪役なので、限界まで厭な女に書いた心算です。 一応、彼女なりの理由と筋は通しましたが、決して認められるものではないですよね。

だから薪さんは、もっと毅然とした態度で彼女に対すれば良かったんです。 それができないのがうちの薪さんのダメダメなところで~、でも、それも徐々に解消されていきますから。 青木さんの愛情で、彼はどんどん強くなりますから。 ご安心ください。


> 原作の薪さんもけして、自分を許せたわけではないのでしょう(´`)

他人に言われてどうこうできるものでもないと思います。
自分を責めても鈴木さんは喜ばないこともちゃんと分かってて、それでも自分に対する嫌悪は止まらないのでしょうね。(;;)

だからやっぱり、薪さんは孤独になっちゃダメだと思うの。
傍に誰かがいて、ずっと薪さんにたくさんの愛情を注いでくれて、その愛情が薪さんの中にいっぱいに充填されて初めて自分の価値を認められるんじゃないかと思うの。 自分自身は認められなくても、自分が好きな人のことは認められるから、彼が好きなものなら僕も愛してみよう、ってことになるんじゃないのかなあ……

でもやっぱり青木さん以外の人はイヤ。(←わがまま)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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