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ラブレター(21)

ラブレター(21)









 勝手知ったる上司の部屋に入るや否や、青木はバスルームに直行した。
 ジャケットを脱ぎ、ワイシャツ姿になって、髪をシャワーで濡らす。柑橘系の香りがするシャンプーで、手早く髪を洗い始める。
「トイレは隣……なんで頭洗ってんだ、おまえ」
 きちんと洗うことはない。ワックスだけ取れればいいのだ。

 かっきり2分で洗髪を終えて、ドライヤーのスイッチを入れる。鏡の中に写っている自分の顔が、緊張しているのがわかる。
 うまくいくかどうかわからない。逆に薪の傷を広げてしまうかもしれない。
 でも、いま薪のこころを癒してやれるのは、この男だけだ。

 薪はバスルームの入口に立って、訝しげな顔でこちらを見ている。
 青木の計画は露呈していない。

 ドライヤーを置き、髪をブラシで整える。いつものオールバックではなく、左からの斜め分け。
 ブラシを置いて、薪のほうを振り返る。強度の近視の青木には薪の表情はわからない。
 しかし、薪の激しい動揺は、周りの空気を振動させるほどに強かった。

「な……!!」

 なんのつもりだ、何をする気だ。
 そんな意味のことを、言おうとしたのだと思う。いずれにせよ、青木はその問いに答える気はない。これから一言も喋る気はなかった。

 薪はよろよろと後ずさり、バスルームのドアを抜けて、リビングに逃げた。青木が後を追うと、彼はソファの背もたれに縋って、乱れた呼吸を整えようとしていた。
 青木の影に気付いて再び逃げようとするが、ソファに躓いて床に膝をついてしまった。
 腰を落としてしまったら、もう立てない。
 座ったまま後ずさって、背中がソファにぶつかる。はっとして周りを見るが、逃げ場はない。暗い迷路の中で、袋小路に入り込んで戸惑うモルモットのようだ。

 床に膝を着いて、青木は薪を追い詰める。
 揺れる瞳に視線を合わせる。わななく唇が、小さな両手で覆われた。
「す……」
 手のひらを上に向けて差し伸べた腕の中に、薪は飛び込んできた。
「あっ、あっ……わああああっ!!!」
 2、3度しゃくりあげた後、びっくりするような大声で泣き始める。耳が痛くなるほどの声だ。Mホテルのロビーに響いた、雪子の声より大きい。
「うあっ、ううっ! ひうう――ッ!!」

 昨年の秋に、青木は同じように薪を慰めたことがあった。そのとき、薪は声を殺して肩を震わせて、静かに涙をこぼしていた。
 そのときとは比べ物にならない、激しさ。それは受けた傷の深さの違いか。

 否。
 相手の違いだ。

 きっとこっちが本当なのだ。
 渾身の力で縋りつき、ありったけの声で泣き喚く。儀式の相手が鈴木なら、薪はこうして自分を曝け出すことができるのだ。

「うああああっ! ああ……わああ……」
 小さな亜麻色の頭を撫でながら、青木は寒気がするような現実に直面する。

 自分では、このひとを癒すことはできない。薪を安らがせてやれるのは、鈴木だけだ。
 身体はぴったりと密着しているのに、心はとても遠い。
 いま、ここにいて、薪を抱きしめているのは鈴木克洋だ。
 自分ではない。

「ううっ……ひっ、うっ……」
 いつ果てるとも知れぬ慟哭は、徐々に啜り泣きに変わっていく。
 やがてしゃくりあげる音も低くなり。
 気が付くと、薪はしっかりと青木に抱きついたまま、眠っていた。

 青木は薪の身体を抱いて、ベッドに運ぶ。
 それはいつもの作業だ。酔いつぶれた薪を運ぶのと変わらない。それなのに、どうしてこんなに薪の体が重く感じるのだろう。

 ジャケットとネクタイを取って、ワイシャツのボタンを二つほど外してやる。ベルトを抜いて、靴下を脱がせる。最後に、涙の痕を濡れタオルで丁寧に拭いてやって、薄い掛布団を被せる。
 本当に手の掛かる上司だ。上役のお守りは大変だ、と青木の同期たちもこぼしているが、どこの上司もこんなに世話が焼けるのだろうか。

 寝室を出て、バスルームに向かう。
 洗面所に眼鏡を置いたままだ。あれがなくては帰れない。
 脱衣所に入ると、洗面台の上にドライヤーが使いっぱなしになっている。片付けるのを忘れていた。
 ドライヤーを定位置に戻そうとしたとき、青木は他人の気配を感じた。
 それはもちろん気のせいで、その正体は鏡に映った自分の――――。

 ―――― 違う。こいつは、オレじゃない。

 鏡の中の、他人。
 その人物に、青木は血が沸きかえるような嫉妬を覚える。

 手のひらを鏡に押し付けて彼の顔を隠し、青木は下を向いた。洗面台の流しに、いくつもの水滴が滴り落ちてきた。
「ちくしょ……」
 声を殺して、青木は悔し涙を流した。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは。


> 薪さんはあの世で鈴木さんに会ったらこのように抱きついて泣くのかもしれませんね(´`)

うちの薪さんは泣くでしょうねえ。 飛びついて、嬉し泣き。
原作の薪さんは、もっと穏やかに再会を果たすと思います。


> CоpyCatの青木と最後の晩餐の青木が重なりました。

あの時の青木さん、可哀想でしたね。
そして、やはりAさまも、
> トイレでの薪さんとのシーンの方が辛く見えたな。

ですよねー!
雪子さんの時には諦めたように眼を閉じただけだったのに、薪さんの時は、「読唇術に慣れたオレの眼は、(薪さんの口が鈴木さんの名を形取るのを)見逃してくれなかった」 とモノローグまで入りましたからね。 どっちがより傷ついたかって、やっぱり薪さんの方だったと解釈せざるを得ませんよね。

現在は、
はい、解消されたと思います。 それはきっと、雪子さんも同じです。 鈴木さんの死を受け入れることができた、と言ってましたから。
青雪の間で障害になっていたものは、きれいに取り去られた気がします。 男女の恋愛は少女漫画の最重要課題ですから、然るべき展開だったのだろうと、今は思えます。 
でも、ついつい笑ってしまうのが、
最重要課題であるはずの青雪の復縁と、薪さんと青木さんの別れのシーンに割かれたページ数の違い!
ページ数の違いはそのまま作者の思い入れの違いだと思うので、先生は青雪の復縁よりこちらを描きたかったのだろうな、と腐った考えが浮かんでしまうのです。(>m<)


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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