23日目の秘密(6)

23日目の秘密(6)








 青木の懇願で、薪はようやくパジャマを着てくれた。
 白い半袖のパジャマの上に水色のチェック柄のエプロン姿は、それはそれでやっぱり青木を平静ではいられなくしたが、裸にエプロンよりはなんぼかマシだ。
 ぜったいに、わざとだ。
 薪は自分の気持ちに気付いて、からかっているに違いない。ハダカにエプロンて、エプロンて……今夜は夢に見てしまいそうだ。

 湯上りの、全身が薄紅色に染まった薪の姿といったら、魂が抜けてしまうほどきれいだった。
 以前、第九のシャワー室で見てしまったものとは比較にならないくらい、色っぽくて扇情的で。それも今回は至近距離だ。青木に平静を保てという方が無理だ。
 青木の肩越しに、冷蔵庫の中からペットボトルを取っていった腕のしなやかさが、背中に当たっていた胸の体温が、青木を石にした。身体から石鹸の匂いがして、髪からはシャンプーの匂いがして、首筋に滴る水滴を弾く肌が桜色に染まって……女の子だったら、全力で口説いてる。
 よく痴漢で捕まった男が逆切れして「あんな短いスカートを穿いてるから悪い」などと見当外れの言い訳をしているのを聞いたことあるが、今は少しだけその男の気持ちが解ってしまう。こうして人は犯罪に堕ちていくのだろうか。

「野菜が全滅なんだよな。冷凍物しかないな」
 食事の準備を始めた薪に、青木は声を掛けた。
「手伝います」
「じゃ、このパンをトースターに。あとコーヒー頼む」
 コーヒー好きの薪らしく、専門店のブレンドを置いている。2人分の分量をきちんと量って、青木はコーヒーメーカーをセットした。さっき殺菌をしておいて良かった。
 薪は手際よく卵を割り、泡立て器でかき混ぜている。
 冷凍しておいた食パンに温野菜、ベイクドポテト。きれいな黄色に焼きあがった卵焼きは見た目にもふわふわで、とても美味しそうだ。
「有り合わせで悪いな。でも、コンビニとデリバリーはもうウンザリなんだ」
 確かに、コンビニの弁当は続くと飽き飽きする。青木もあまり好きではないが、研究所の食堂は昼時しか開いていないので、朝と夕食、そして夜食はいつもコンビニかデリバリー、もしくはテイクアウトの食事になってしまうのが実情だ。

 コーヒーの良い匂いがダイニングに立ち込める。トースターがチンと音を立てて、香ばしい匂いがする。実は青木は朝食は食べてきたのだが、美味しそうな匂いを嗅いだら急に腹が減ってきた。
「いただきます」
 さっそく薪のお手製の卵焼きを口に運んで、青木はびっくりする。今まで食べたことがないくらい、美味い。
「薪さん、料理上手なんですね」
「料理のうちに入らないだろ、こんなの」
 それは過少評価だと青木は思う。少なくとも青木にはできない。

 箸を扱う手がとても優雅だ。きっと躾がよかったのだろう。食べ方もきれいだ。
 そういえば、ちゃんと箸を使って食事をする薪を見るのはこれが初めてだ。いつも書類やモニターを見ながら、片手でつまめるものを食べているところしか見た覚えが無い。薪は昼休みはたいてい眠っているので、研究所の食堂でも一緒になったことがないのだ。
 小さな口唇がトーストをかじる。咀嚼して飲み込む。白い喉がこくりと動く。普通の食事風景なのに、どうしてこんなに目が離せないんだろう。
「……わかった。これ、やるから」
 青木のほうに、薪は二枚目のトーストをよこした。自分の注視の意味を取り違えたのだろう。捜査では勘違いなんかしたことがないくせに、と青木は心の中でぼやく。

「これ食ったら、帰って勉強しろよ」
「もう少し手伝います。奥の部屋の掃除が残ってますよね」
「あそこは寝室だから入るな」
 何か見られたくないものがあるのだろう。さっきリビングで、薪が引き出しに隠していた写真立てを思い出す。
 誰だって、夫婦の寝室に他人を入れるのは嫌なものだ。そういうことかもしれない。
 黙ってしまった青木を見て何を思ったのか、薪は軽蔑するような目で青木をねめつけると、箸を置いて腕を組んだ。
「言っとくが、僕はおまえの好きな雑誌やDVDは持ってないぞ」
 
……薪さん、誤解です……。

 かと言って、彼女の写真が置いてあるんでしょう、とも言えない。青木は黙ったまま3枚目のトーストをかじった。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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